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2恒河沙円

 コンビニの商品棚を一瞥し、片っ端からいらないものまでカゴに突っ込む。ユーチューバーの真似事のようだと自嘲しながら雇った召使いたちに会計を任せ、募金箱がいっぱいになるまで万札を捩じ込んだ。


 「お前ら、昼はバカクソ高い寿司屋で100皿食うぞ」


 小躍りして喜ぶ召使い、もといパシリたちを尻目に、俺は頭を抱えた。出費が軽い、この程度の金使いじゃ到底間に合わない。


 預金残高“1恒河沙9999極9999載9999正9999澗9999溝9999穣9999秭9999垓9999京9999兆9951億2655万1071円”


 約2恒河沙円、10年以内に使い切らなければ、俺はとにかくとんでもない目に遭わされるらしい。

 


 ***



 きっかけは多分、あの日魔が差したせいだ。


 数年前、懐が寂しい俺はレースの必勝祈願として、柄にもなく金運に強いとかいう神社にお参りに行った。

 定職のない俺にとってなけなしの100円玉を賽銭箱へ放り、柏手をこれでもかと繰り返していると、ふと万札が賽銭箱の縁に引っかかっているのが目に入った。


 「おいおい早速ご利益じゃねえか!」


 罰当たりという自覚はなくもなかったが、俺は迷わずその金を財布にしまったその夜、あいつが夢に現れたんだ。

 

 「そんなに金が欲しければ恵んでやろう。ただし、10年以内に使い切らなければ、とにかくえげつない恐ろしい目に遭うからの」


 奇妙な夢だった。無駄に神々しい金ピカで小太りのジジイが俺に金を恵んでくれるというものだった。

 若干気持ち悪いが縁起のいい夢だと解釈し、俺はその日のレースに拾った金を含めて賭けたところ、見事に大勝ちした。


 神様っているんだなあと上機嫌で金を下ろしたその時、俺の通帳には2恒河沙円と全財産が端数のように記載されていた。



 ***



 行きつけのぼったくりバーで豪遊し、経理担当のパシリにその他パシリたちの日当1000万を振り込ませる。何人か俺の金を横領したようだが、好きなだけ持ってけといったところだ。


 ひとしきり無駄遣いを終えて夜も更けると、東京で物理的にも金額的も高いタワマンの最上階へと帰宅し、金に釣られて結婚した妻が出迎えてくれた。


 「ねえ、次はプール付きの豪邸が欲しいわ。ちゃんと戸建よ?マンションはもう飽きたわ」

 「いつも言ってるだろう、カードも通帳も好きに使いなさい」

 「あ〜ん!あなたってばほんと最高!」

 「ねえねえ、私にも家買ってよ」

 「私も!」

 「私も!!」


 妻の言葉に続き、各々の部屋で出迎えもせずにくつろいでいたハーレム部隊が顔を出す。俺はそいつらの顔を見ないまま、妻に向けた同じ言葉を繰り返した。


 「金之助さま……あの、ご報告があるのですが」


 風呂へ向かおうとシャンプー係の女を呼ぶと、そいつは視線を泳がせながらオドオドした様子で声をかけてきた。


 「何かな、手短に言いなさい」

 「あ……あの、元奥様その3が昼間に押しかけてきて……」

 「もうわかった、どうせ慰謝料がどうとか難癖つけてんだろう。いくらだい?」

 「ろ……ろ……6000億円……払えって……こここ国家予算みたいな!」

 「6000億だとお!?」


 その金額を聞いた瞬間、思わず俺は叫んでいた。小動物のようにビビり散らすシャンプー係を無視してスマホを取りに行き、あのクソ女に鬼コール。


 「てめえ!ざけてんじゃねえぞ!!慰謝料6000億だあ!?何だか知らねえが反省すっからもっと払わせろ!!1億倍払ってやっからさっさと手続き進めろォ!!」


 怒りに任せてスマホを放り投げ、1億倍じゃ全然預金が減らないことに気付き、俺は深くため息をついた。風呂は明日でいいとシャンプー係に金を投げ、一人ベッドに転がった。


 本当に、何でこんなことに。

 

 そりゃあ最初は楽しかった。不気味さはあったが、通帳を眺めるたび一生遊んで暮らせるとニヤけたもんだ。

 だが、一生分の贅沢はすぐに終わった。喉元過ぎれば何とやらと言うが、快楽まで過ぎてしまえばこんなものかと、今は金で埋められない何かと、漠然とした恐怖の確信だけを抱えている。


 通帳を開き、バカが考えたような数字の羅列を眺めた。間違いなくこれはやばい金だ。念のためボディガードはしこたま雇ってある。だが、どこの世界に2恒河沙円なんて振り込める大富豪がいるんだ。石油王や麻薬王なら持ってるのか?よくわからん。

 手がかりなのは、夢に出た金ピカジジイだけ。何度も繰り返した考え事だが、決まって最後にはあのジジイの祟りだと結論付けている。


 “とにかくえげつないとんでもなく恐ろしい目”だったか?もう一度夢に出てこい、話をさせろ、何する気だ、謝るからと念じながら、今日も眠りに就いた。


 翌日、妻をはじめすべてのパシリを総動員し、俺は球場をまるごと貸し切った贅沢大運動会を実施した。その後、半ばヤケになっていた俺は世界一のキャンプファイヤーを披露してやることにした。


 「だーはははは!!金之助さん!最高にイカしてますよこりゃあ!」


 パシリたちがバカ笑いしながら札束を組み上げていく。俺も笑った。笑ってみせた。もはやわざわざ金をポケットに詰めようとする奴もいなかった。


 「金之助さま……こんな使い方良くないですよ……もったいないですって」


 経理のパシリがおずおずと俺にそう言ってきたが、頭をはたいて無視する。それでもベラベラ何か言ってくるので、仕方なく会話に応じてやる。


 「何だよ」

 「金之助さま、これは“貨幣損傷等取締法”といって、お金を燃やすのは立派な犯罪です!」

 「コインだけだろ、仮に捕まったらポリ公どもに好きなだけ金握らせとけ」


 そう言って経理のパシリにガソリンが入りの一斗缶を渡した。渋ってはいるが「そこに積んだ金好きなだけ持ってけよ」と囁くと、壊れた人形のような笑い声を上げて札束へ振り撒いた。

 そして、俺の音頭で一斉に火種が投げ込まれる。


 「そうら燃えろ燃えろ!!ひゃはははははは!!」


 俺は両手いっぱいに抱えた金を火にくべ、ダメ押しに財布もブチ込んでやると、球場は狂った歓声で包まれた。

 燃える金に飛び込もうとする経理のパシリ、踊り出すハーレム部隊、肉を焼き始めるその他パシリ軍団。多分地獄絵図なんだろう、これの何が面白いんだ。俺ってこんなことがしたかったのかな。でもまあ、金が減るなら笑ってやろう。


 「はははは!!あーっはっはっはははははは!!」



 ***



 最悪の報せは間もなくして飛び込んだ。

 経理のパシリが喜び勇んで俺の部屋へ訪れると、何が映っているかよくわからないタブレットを見せた。


 「金之助さま!新城財団の功績が認められて、多額の返礼金や各国からの報奨金ですごいことになってます!!」


 こいつが何を言ってるのか訳がわからなかった。寝起きだからじゃない、本当にわからない。


 「で、私の方で資産運用に回していた資金も大当たりでして!今まで寄付した額やこの前のキャンプファイヤー分も取り返せちゃいましたよ!!」


 本当に何だ、何を言っている。何故タブレットに映る俺の預金残高が2恒河沙円を超えているんだ?


 「ゆっくり説明してくれ……新城財団って何だ?返礼金?資産運用?誰がやったんだ?」

 「はい!この私めが折角のお金なので有効活用しようと、“新城金之助”さまを代表に据えた財団を設立してまして、そこで様々な慈善事業に――」


 考えるより先に、俺の右手が右ストレートとして経理のパシリの顔にめり込んでいた。


 「ぎゃっ!な……何するんですか!?」


 荒くなる呼吸を抑えることも忘れ、俺は泣きながらとにかく叫んだ。


 「このクソバカが!てめえはクビだ!!てめえなんか退職金2恒河沙円だボゲェ!!」


 通帳を投げつけると、経理のパシリは「え?……は……ひ、ふへへ……あ、お世話になりました!」と、戸惑いと喜びを抱えて去っていった。


 そう宣言したその瞬間、タブレットに表示された残高がバグったかのような速度で増えていく。それはもう、3恒河沙円に差しかかりそうなほどに。


 「へへへ……ちゃんと買い物で使わなきゃダメってことかい……?え?金ピカデブジジイよお……?」


 俺は虚空に向けて問いかける。今も見てるはずだろクソジジイよ、なあ、もう勘弁してくれ、勘弁してくれよ。


 「くっそおおおおお!!」


 俺はタンスに詰めていた現金をベランダから外へばら撒いた。タンスにクローゼット、金庫も空になると、口座から下ろした直後にばら撒いた。軍隊まるごと買い叩いてヘリや戦闘機でもばら撒いた。


 「もう知らん!もう知らん!どうにでもなれクソッタレ!!」


 来る日も来る日も世界中で金を捨てた。増えた金もまた捨てた。とにかく捨てた。

 娯楽など、金にたかるウジ虫を笑うくらいしかなくなった。



 ***



 とうとう10年目がやってきた。

 ボロボロになった上着を羽織り、ビル風に凍えながらコンビニへと向かう。

 商品棚を一瞥し、カゴも持たずに高菜のおにぎり一つだけを手に取り、自分で会計をする。


 「お会計、2恒河沙飛んで5京20億円になります」


 俺は5恒河沙円札で支払いを済ませ、募金箱を見遣った。もうあの頃のように金をねじ込む必要はない。


 世間は多分俺のせいで前代未聞の“ウルトラハイパーアルティメットインフレ”とやらに見舞われていた。原理はよくわからんが、とにかく大変らしい。


 「ま、月給20那由多だしな」


 俺は色々あって会社に就職し、慣れない仕事をどうにか頑張っている。

 インフレのおかげで2恒河沙円はさくっと使い切った。預金も一度0になり、貧乏生活には戻ったが、前より生きている実感がある。コンビニおにぎりがたまらなく美味い。


 アパートに帰る前に、因縁の神社へ足を運んだ。1万円玉を賽銭箱に放り、柏手を打つ。


 「これで仲直りだ。じゃあな、二度と来ねえ」


 明日の仕事へ備えて、銭湯に寄ろう。

 シャンプー係なんてもういらない、ただデカイだけの風呂を知らないジジイたちと楽しむ。それでいい、それが本当に楽しい。

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