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極の細道  作者: 江泉 敬
7/9

タンポポとヤクザ

 タンポポの話をしようと思う。

と言ってもあの雑草の黄色い花の事ではない。いや、うん。黄色い花の話でもあるか。


 私の住んでいた町のとある裏通りにタンポポと言う名前の店があった。

愛らしいシングルマザーが営むラーメン屋ではない。ゴツいおっさんが営む喫茶店だ。

より詳しく言うと喫茶店のような飯屋と言うか飲み屋と言うかとにかく変な店だ。

 まず外観がおかしい。商店の脇から砂利の小道を上がって行くのだが、両脇に大きな石が点々と置いてある。そのすべてに極彩色のペンキが塗られていて、その中には苦悶の表情を浮かべる男の顔が描かれている物もある。

店は掘立小屋とかバラック小屋とか言うのを通り越して、子供の作った秘密基地が廃墟と化した感じだ。

 入口にはタンポポとペンキで書かれた大きな板が大きな石に立て掛けられていた。

変という意味では未だにこの店を超える変な店を私は見た事が無い。そんな変な店にお前は何をしに行っていたのかと聞かれたら返答に困るが、まぁシンプルにご飯を食べに行っていた。

 当時の私はテレビに出れるぐらいの大食いで、食欲を満たす為には多大な食費がかかった。しかも大食いだと知られるのが嫌で色んな店をハシゴしていた。馴染みだとか常連だとか、そういった物も含めて理由はともかく顔を覚えられたくなかった。目立ちたくなかったのだ。

そして行き着いたのが1軒の店でラーメンを5杯食べるのではなく5軒の店で1杯づつラーメンを食べるというスタンスだ。

 だがこのタンポポではそんな気兼ねなどしなくて良い。

ここの店主とは別筋で知り合って既に顔見知りとなっていたからだ。いらっしゃいと言われて目が合った時にお互いに驚いたものだった。それ以来私はここを食事処を兼ねた連絡所として使っていた。

それにしてもまぁおかしな店だった。何を頼んでもすべてが規格外の大盛りで、例えばスパゲッティを頼むと500グラムの袋の麺をすべて鍋で茹でる。ピラフ(とメニューには書いてあるが炒飯である)を頼むと5合飯を中華鍋で炒める。コーヒーを頼むと植木鉢のようなカップになみなみと入れて出してくる。

 それで食事は500円ほど、コーヒーで300円ほどなので採算度外視どころか赤字確定である。

来た客はまぁ大体食べきれずに残す。そういった客に対してはつりを渡さない。ひとこと「こんなに残したんだからつりは要らねぇよな?」と言うだけである。客の方も文句を言わない。そして2度と来ない。そりゃそうだ。

 メニュー表には店主の自慢話が延々と書かれているが、それも頭がおかしい人特有の駄ボラと流してしまえればかわいい物である。ただ、この店主の駄ボラはちょっとばかりシャレにならなかった。元○○組(誰でも聞いた事のある大組織)で、喧嘩で負けた事は無い。今まで千人以上の相手を叩きのめしてきた云々と書いてある。

 組織と無関係の人間が組織の名前を語ってはいけない。ヤクザの組員と言う物は組織の看板を背景にして飯を食っているのだから、カタギがその看板を勝手に使うのを許す訳が無い。

とは言え私には店主がまるっきりの嘘を言っているようにも思えなかった。

さきほど別筋で知り合ったと書いたが、彼と知り合ったのはしょっちゅうトラブルが起きる割り高なバーだった。ぼったくりとまでは言わないが通常の倍ぐらいのカネを取る。

当然揉め事ばかりなのだがケツ持ちで呼ばれるなんて事は滅多に無い。自分たちで対応出来るからだ。

 そんなバーから客と揉めたから誰か来て下さいという電話が珍しく組にかかってきた。

処理係として出向いたらバーテンとチンピラ2人の合わせて3人が正座させられていた。

腕を組んでボックス席に座っていたのがタンポポの店主であった。

私は無言で向かいに座り、タバコを吸ってもいいか尋ねた。

そして聞きもしないのに勝手に経緯を語り始めたチンピラに灰皿を投げつけた。

タバコを吸いながらタンポポの店主に事情を聞いた。

 対応も態度も悪く接客された上に法外な請求をされたとの内容で、まぁ良くあるパターンだったが一応伝票を見た。水割り1万円、オードブル3万円、サービス料金10万円となっていて思わず笑ってしまった。

これだけヤクザ特有の凄みを漂わせている男によくもまぁ吹っかけたモンだと思った。

だが私もあなたはどこの組の人ですか?などとは聞かない。組同士のいざこざになったら面倒だし、なによりその責任を負いたくない。

 サービス料金は無し、ただし飲み食いはしたのだから残り4万円の内の半分、2万円を払ってくれるようにお願いした。タンポポの店主は意外そうな顔をしたがすぐに財布から2万円を出して席を立った。店を出る直前、私はちょっとしたイタズラをした。襲いかかるような動きで背後に回ったのだ。だが一切反応しない。肝の座り方が尋常ではない。私は背後に回ったまま店内の者にありがとうございましたぐらい言えと怒鳴りつけた。

タンポポの店主が出て行った後で再度3人に怒鳴りつけた。


「お前らあの人が誰か知ってて吹っかけたのか?もう少し相手を見ろ!!」


 そのままバーを出て事務所に戻り、済みましたとだけ言った。

仮にバーの者に誰だったんですか?と聞かれても答えないが(私も知らないし)それで話は済む。

彼らだってヤクザとは揉めたくないし多少なりともカネが入ってきているのだから文句のつけようもない。

それにしてもタンポポは殺風景な店だった。

メニューはダンボール、壁にも気味の悪い絵が描かれたダンボールが貼ってある。

ただ、中庭は案外ときれいだった。タンポポ以外の草花が生えていない。

一度その理由を聞いた事がある。


服役していた時に運動場のすみっこにタンポポの花が咲いてましてね。

今まで何でこんなにきれいな花がある事に気が付かなかったんだろうって思ったんですよ。

出所したらタンポポに囲まれて暮らしたいと思ったんです。

もっと早くタンポポがこんなにきれいな花だって知っていればなぁ、刑務所になんて行かなくて済んだかも知れないなぁ。


 そんな事を口にした。

別の話をしていた時に店主が妻の浮気相手のヤクザ(兄貴分)を殴り殺して逮捕された事を聞いた。

本当かどうかは分からない。服役していたかどうか、元○○組だったかどうか、分からないがそれで良いんじゃないかと思った。多分彼は今が人生の一番穏やかな時なのだと思った。


それから2年ほど経った。特に理由はないが何となく足が遠のいていたある日、店主が首を吊って死んだと聞かされた。偽装殺人ではないらしい。支離滅裂ながら遺書もあったという。

聞いてすぐにタンポポに行った。6月だったがひどく暑い日だった。

ペンキを塗られた石もタンポポと書かれた板もそのままだった。店も相変わらず廃墟のようだった。

何も変わらず、店主だけが居なかった。

私は立ったまま1時間ほど中庭を眺めて、そして立ち去った。




中庭にはきれいなタンポポが一面に咲いていた。

私はしみじみとタンポポってこんなにきれいな花だったのか、と思った。

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