二つ名は一生
お控えなすって、手前生国と発しまするはーー
で、お馴染みの(でもないと思うが)仁義と言う物がある。
これは初対面の別組織同士、そして旅の道すがら世話になる組織への挨拶及び名刺交換のようなものだと思っていただきたい。まぁ鎌倉時代のやあやあ我こそは・・・みたいな側面も多少はあるが。
お控えなすってと言うのは、これから自分が名刺代りの口上を述べるから黙って聞いてくれと言う意味である。これに対してそちらさんこそお控えなすってと返される事もある。なんならお互いに譲らず、それではと同時に口上を述べ合うなんて事も希にあったらしい。
そしてこの口上、言い間違えたりトチったり最悪忘れて黙り込んだりすると非常によろしくない。何がよろしくないかと言うと軽く見られるのである。しかも死んだ後までも言われる。末代まで言われると思ってよろしい。
これを避ける為に、まず口上を述べる前に言い違いがあってもご容赦下さいとひとこと添える場合もある。まぁこのひとことを添える段階で言い間違ったら目も当てられないのだが。
今どきそんな仁義など述べる奴なんて居ねぇし聞いた事も無ぇよと言う人も多いかと思う。しかし今からほんの30年前ぐらいまでは、つまり平成の始めぐらいまではこれが言えないヤクザはモグリだとさえ言われていた。
さてこの仁義だが、名刺代りであるから生まれと育ち及び姓名を名乗る。もしあるのならば所属している組を(香具師はない場合もある)そしてもしあるのならば二つ名を述べる。
やっと本題に入ってきた。仁義でもここが1番重要で、尚且つ1番の聞かせどころなのである。
ヤクザは名前が売れてくると二つ名で呼ばれる事が多くなる。むしろ本名は知らなくても二つ名の方は知っていると言う者も居る。だからこそ出来るだけ格好良い二つ名が欲しい所ではあるのだが・・・
二つ名の由来には大別すると3つほどある。
ひとつ目は本人の功績または武勇伝で周りの者がそう呼ぶ場合。
ふたつ目はとにかく本人が好き勝手に名乗る場合。
みっつ目は使う獲物や背中の彫り物が由来になっている場合。
ちなみに私はみっつ目で【鉈】と呼ばれていた。
さて、このひとつ目とみっつ目は良いのだがふたつ目の名乗り方をするとやはり恥をかく場合が多いのだ。せっかくなのでこれは少し長くなるが書いておこうか・・・
ここに1人の若いヤクザの構成員が居る。名前はカズオと言う。
彼自身もそうだが彼の父親が小さな組の組長なので上の者はともかく同輩はいちもく置かなければ面倒臭い事になる。そんなカズオなのだが、見た目がちょっとアレなのである。
何と言ったらいいのかな・・・
モーテルのオーナーの目の前で指輪を飲み込んだ後で首を吊りそうな、と言うか。ホラー映画とかパニック映画で序盤に殺されるキャラっぽいと言うか・・・
とにかく悪い意味で日本人離れした顔をしていて、しかも凄く色白で太っていた。そして申し訳ないが見た目に合わせるように頭の方もちょっとばかり抜けている感じだった。
知らぬは本人ばかりなり、彼は影でアメリカンデブと呼ばれていた。ヘイお待ち、アメリカンデブのカズオの出来上がりである。正直これはちょっとかわいそうだったが挽回の道はいくらでもある。いや、あったと言うべきか。彼がヤクザとして1人の男として別の呼ばれ方をする日をじっと待っていれば違う未来が開けていたと思う。
彼が別組織との会合のお供として幹部のそばに控えていた時に、同じように来ていた別組織の若い衆と仁義を切り合う事になった。交流を深めるためという話だったが本当に馬鹿な事をやらせたモンだと思う。今まで彼が仁義を切るのを見た者は居なかった。それはそうだ、今まで1回もそんな機会に恵まれなかったし指導する者だって居なかった。
それゆえに言い違いがあってもご容赦下さいの言葉が無かったのだと言う。憐れである。
そして口上の段である。実際に私は聞いていないので端折らせていただく。端折れメロスである。
口上の最後、その最後の聞かせどころでカズオが二つ名を口にした。
「姓は田所、名はカズオ、人呼んで一匹狼のカズオと発します。行く末万端お引き回しのほど、よろしゅうお頼み申します」
これは勝手に名乗るの典型である。馬鹿なのでそこは責めるとかわいそうなのだが勝手にもほどがある。親(親分)が居るにも関わらず一匹狼は無法すぎる。
聞いていた全員があっけにとられて、出席していた幹部は蒼冷めていたと言う。
当然のように折檻を受けた。と言ってもせいぜい竹刀で叩かれた程度だからたいした事もない。
問題は二つ名が文字通り2つ出来てしまった事だ。この口上言い直しは利かない。もう彼は何か劇的な武勇でも轟かせない限り、または背中に彫り物でも入れない限り表向きには【一匹狼のカズオ】である。そして影ではアメリカンデブのカズオなのである。
彼とは結構長い付き合いで本当に色々あったので今後も出てくるとは思うが優しい目で見守ってほしい。
今現在、彼がまだ生きているのか足を洗ったのかどうか、私にはわからない。
だが今も元気に生きているとして・・・この小文を見て怒鳴り込んでくるのだけはやめていただきたい。




