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極の細道  作者: 江泉 敬
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高利貸しKの話(2)

 Kが50を少し過ぎた頃、私は地元の雀荘でSと言うヤクザの組長と知り合った。

いつも羽振りが良く、私は時々酒の席に呼ばれて、その度に小遣いを貰ったものだった。

そのSと麻雀を打っていた時、夜中の3時ぐらいだったと思うがS宛に電話がかかってきた。

当時は風営法がどうとかで夜の1時を過ぎたら賭け麻雀扱いとなる為に雀荘は閉めなければいけない事になっていたのだが、雀荘を事務所代わりに使うヤクザの組長を摘発するほど当時の警察は強気ではなかった。

 電話を取ったS組長は短いやりとりの後で麻雀のお開きを宣言し、自分の勝ち分に上乗せしたカネを卓の3人に渡してきた。異例というか初めての事だったので驚くのと共に、Sの周囲に嫌な匂いを感じた。

私は朝まで打つ予定が無くなったのと手に入れる予定のカネよりも少ない事に文句を言いながら、Sに人乞いを提案した。朝まで打つつもりだった分何でもいいから仕事をさせろと言ったのだ。

 渋々承諾したSが駐車場にあるセドリックに乗るように促してきた。当時のセドリックは今とは違い、会社の重役クラスでなければ乗れないような高級車だった。今で言うところの最高グレードのクラウンと同じぐらいの価値があったと言えば少しは分かって貰えるだろうか。

Sの車に同乗して着いた先は古いアパートだった。入口のそばに何度か目にした事のあるSの若い衆が立っていた。

 案内された先には顔の腫れ上がった若い女性が横になっていた。どこか体の形が不自然な気がしてよく見ると腕と肩が体にめり込んだように引っ込んでいる。一目見ただけでかなりの大怪我なのが分かった。

 女性と若い衆が付き合ってるらしい事は雰囲気で察したが、その怪我が痴話喧嘩などではなく事件に巻き込まれた物だと言う事が女性の話で次第に分かってきた。

女性はSの経営するクラブのホステスで、店に向かう途中車で跳ねられた。体中が痛く、意識も朦朧とする中、車から出てきた男に草むらに引っ張られて乱暴されたと言う。

Sはその男の人相風体や特徴を女性に詳しく聞いていた。やがてSはよくわかったと言って救急車を呼んだ。何らかの口裏を合わせたらしく警察は来なかった。

 そして女性の情報から私にも犯人の見当がついた。

犯人はKだった。人相特徴もさる事ながら、当時この周辺で肌色のベンツに乗っている男はKしか居なかった。


「高利貸しのK・・・だろうね」


 私の問いに歯切れ悪く相槌を打ったSの目が鬼のように吊り上がっていた。


 ここからは私が伝え聞いた細切れの情報を繋ぎ合わせた物になる・・・

Sと若い衆はKを訪ねて問い質した。Sにとってはヤクザとも交流のあるKには少なからず横の繋がりがある為にあまり荒っぽい事は出来なかったらしい。

 なるべく穏便に双方が納得できる線で話を進めようとした。だがKは頑として否定した。乱暴された女性に対しても嘲笑さえしたという。その不誠実さに憤慨した若い衆が単独でKを攫って拷問にかけて自白させた。犯人でなければ知るはずもない新たな事実も出てきた。だが解放されるやいなやKが反撃に出る。神経を切断された足を引き摺りながら警察署へと駆け込んで若い衆を逮捕させたのだ。その若い衆は執行猶予無しの実刑判決を言い渡されたらしい。

 もうゼニカネの問題ではなくなっていた。

私はそう遠くない内にKは始末されるだろうという予感がした。


半年ほど経って私がSの事を忘れかけていた時、ふらっとSが雀荘にやって来た。

翳はあるが相変わらず陽気に振舞うSを見て本当に凄い男だなと感心したのを覚えている。

 Sの若い衆が収監されたと言う噂を聞いたすぐ後ぐらいにKが轢き逃げされた。ベンツの運転席から降りた所を後ろから来た車に跳ねられたという。左ハンドルがアダになったなと言う声もあった。

Kは死ななかった。その代わりに半身不随となって車の運転はもちろん女性との営みも出来なくなっていた。

 警察の捜査の甲斐なく犯人は捕まらなかった。K自身、犯人を知っているのに黙っている、との噂も流れた。入院中、自宅の豪邸が火事になった。3つ向こうの山の先からでも火柱が見えたという。違法建築だから当然保険になど加入していない。いや、加入できない。

 借用書のたぐいも雪だるま式に増やした現金もその火事で消失した。カネを洗いざらい持ち出された上に放火されたとの噂もあった。


「久しぶりだねSさん」

「ああ、随分とご無沙汰だった」

「久しぶりに会ったんだから寿司でも食いに行こうよ」

「ん、まあいいだろう」

連れ立って駐車場に行くとSの駐車スペースに装甲車のようなゴツいジープが停まっていた。

「この車、Sさんの?」

「ん?ああ」

「セドリックは飽きちゃったんですか?」

「ああ、あれな。ちょっと事故を起こしちまってな。スクラップにしちまったよ」

「スクラップ、・・・ですか」

「やっぱり車は頑丈な奴じゃないとダメだなぁ。見ろよこの車、きっとコイツなら人を轢いても潰れもせずに相手をあの世行きに出来るぞ」


 あれから早40年が経とうとしている。KもSも既にこの世には居ない。

少し前に聞いた噂で、あの時の若い衆も死んだという。

Sは組員10人足らずの小さな組の親分だったが、もしかしたらその中の何人かはまだ生き残っているかも知れない。そう言えばこれはSの話ではなくKの話だった。最後にKのその後を書いて筆を置きたいと思う。


Kは半身不随になってからすっかり意気地が無くなったと言われるようになった。

実際のところ体の自由が利かなくなってからはヤクザどころかカタギにも随分と借金を踏み倒されたという。






医療費と日々の暮らしの中でカネが底をつき、晩年のKに残されたのは醜悪な人相だけだったという。

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