ヤクザは太く短く、カネは汚く稼いできれいに使う
私はいわゆる不良少年だった。幼少の頃から身近にヤクザが居た環境だった事も多少は影響しているかもしれない。なにしろ銭湯に行けば刺青を入れたヤクザが常時5~6人は湯船に浸かってたし、近所で揉め事があるとすぐにヤクザが来て仲裁に入ったり半グレを追い払ったりしていたものだった。今思うと神社のすぐ近くに住んでいたせいだろうと思う。神社の近くには組事務所があり飲み屋街があり、闇市の名残とも言える通りがあった。
任侠映画の影響なのか、私の見知っているヤクザはほとんどが強きをくじき弱きを助くの気質で生きている男たちばかりだった。そしてまた自由で陽気な男たちばかりだった。
よくヤクザを博徒と香具師とに区別して語られるが私にとってはヤクザはヤクザだった。祭りになれば夜店も出すし、揉め事があれば間に入って礼金を貰ったり借金の取り立てもしていた。この場合の借金とは金が無くて支払えない人の事ではなく、大概は悪質に借り倒し、踏み倒しをしている輩が相手だった。それは個人ではなく企業の場合もあった。なるほど法律や契約を笠に着て企業が貧しい人を泣かせる世の中で、唯一人の道理を説いて対等に渡り合えるのはヤクザしか居なかっただろう。
なぜならヤクザは道理の為には平気で法律を破るからである。そして法律を盾に取る者にとって最大の落とし穴、泣き所が【人を殺してはいけないと言う法律は無い】という事である。もちろん罰則はある。
最近のドラマなどでこの話が出て初めて知ったという人も多いと思うが、この事自体は常套句とまでは言わないが少なからずヤクザが口にしていた言葉である。
「儲けちゃいけないって法律でもあるのか」
「契約書にサインした以上何を言っても変わらない」
そうやってゴリ押しする人間でも
「だったら聞くが人を殺すなって法律は無いが法律が無いって理由でお前は人を殺すのか?」
そう言われたら返す言葉はない。相手がヤクザなら尚更である。
その上で、お前がやっている事は人殺しと同じだ。死ねと言っている訳じゃなく殺しにかかってる。と言われれば大好きな法律を振りかざす事は出来なくなる。
もちろんヤクザは謝礼を貰う。これはちょっと声をかけて解決しようと本腰を入れて相手を刺したり攫ったりして事件になっても変わらない。相場は大体引っ張った金の5割、半分だ。これにかかった経費なども別で貰うからほぼ6割から7割ぐらいの礼金がヤクザに払われる。仮に一千万円の案件だと依頼者には300万から400万ぐらいのお金しか戻らないが、これを多いと見るか少ないと見るかはその人個人の考え方次第である。
1円のお金も戻らないと諦めていた者や、恨んでいた相手を懲らしめてもらえたと言う者にとっては決してぼったくりではないだろう。
逆に、ちょっと声をかけただけで解決してるのに引っ張ったお金の半分も取るのは暴利だと言う者も居る。これは【その程度の事で儲けるの?】と言う気持ちがあるからだと思うが、それはヤクザが本業として常に命をかけて仕事をしていると言う事がわかっていない。ともすれば自分にだって出来ると思うからであろう。
支払う方だって何の後ろ盾もない個人にカネなど出さない。無下に断ったらどんな目に合わされるかわからない、現に先達たちがその実例を示して懲役なり指名手配なりを受けている。その結果として恐れられている組織だからこそカネを払うのである。
さて、礼金を貰うととにかく使う。
直接相談された場合は丸々懐に入るが上からの指示で動いた場合は500万引っ張っても100万も貰えない。これで遊んで来いと言ってせいぜい30万から50万を渡されて終わりである。だが金額の多寡によらず貰った金は親の仇のように3日ともたずに使ってしまう。
弟分に小遣いを渡し、時には弟分も連れて飲み屋をハシゴする。私自身も何度か同行した事があるが、お店のママさんと、店に女の子がいればチップを渡す。
女の子と言っても当時の私の母親以上の歳の女性ばっかりだった。
薄い水割りを1杯だけ飲みながら耳にタコができるほど聞き飽きた武勇伝をよく聞かされた。
そうやって4日目の朝にはタバコを1本くれとか昼時になると昼飯の出前おごってくれとか言い出す。なんとも無計画で行き当たりばったりだが、私が事務所に出入りしていた当時のヤクザはこういう人が多かった。
「ヤクザは太く短く、カネは汚く稼いできれいに使わねぇとな」
私のおごりで出前のカツ丼を食べながら大威張りでこう言ったものだった。