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どうやら乙女ゲー世界に転生したらしい

 デッカイホールには、きらびやかな衣装を身にまとう若者があふれている。


 思い思いに語らう姿をチラリと目の端に捉えながら、俺は優雅にフォークを動かした。


 鹿肉のステーキにかけられたソースがなかなかに美味い。


 立食パーティーにも関わらず、俺は一段高い場所にあるテーブル席へと腰を下ろし、優雅に食事中だ。


 周りには数人の共がいるが、彼らは立ったまま。


「殿下、またアイツらがランドマイン男爵令嬢をイジメていますよ」


 今日の為に仕立てたのであろう礼服の上からでも分かる、ガッシリした筋肉質な青年と少年の中間の男がそう口にした。

 彼は騎兵隊長を代々務める軍閥貴族の一つ、キャバルリー伯爵家の次男、ナンツである。

 次男だが武芸の点では長男以上と評され、将来を嘱望されている。が、俺からすると脳筋過ぎて隊長職は無理なんじゃね?と言いたくなる。

 慎重で兵站に明るい兄や、文武に優れ常識に囚われない柔軟な思考を持つふたつ下の弟の方が騎兵隊長には良いだろう。


「まったく。家柄だけで自分には何もない無能が、何を偉そうにゲファーレン嬢に詰め寄っているのやら」


 そう口にしたのは、端正な顔立ちにどこか神経質さが滲み出ているミニスター伯爵家の長男、バットである。

 今をときめくミニスター内務卿の子息という以外に何の特徴もない奴だが、野心だけはあるらしい。


「フン、所詮は地歩を固める為に婚約しただけ。実際に家を継ぐまでにいくらでも変更は可能じゃないか。何であんなに上位者気取りなのやら」


 そう見下した様に話すのは、見るからに自信に満ち溢れた出で立ちをしているディプロマート伯爵の長男、ヴァロカーである。

 権勢欲だけは人一倍。ここ数代、他の外交閥貴族を差し置いて外務卿に就いている名門だ。すでに父の跡を継いで外務卿になる事しか考えていない。


 俺は、そんな共の愚痴だか自慢を聞き流しながら鹿肉のステーキを味わう。


「うん。このソースは当たりだな」


 そう満足し、彼らが愚痴る先へと視線を向ければ、色とりどりのドレスを身にまとう美人や美少女が戯れているではないか。


 そんな中で、一際目立つピンク髪の小柄で庇護欲を唆り、危なっかしく儚い印象を与える美少女が居る。


「リリアーナ、その辺にしておけ」


 俺はそのグループの中心人物に声を掛けた。


「殿下ぁ〜」


 一斉に振り向く彼女らの中から、そう甘ったるい猫なで声を発して飛び出して来るのはゲファーレン嬢である。


 ランドマイン男爵は領地持ちの貴族であり、主な産業は農業。主要産物がイモであるためイモ男爵などと呼ばれているらしい。

 男爵は可もなく不可もない凡庸な人物であり、領地も窮乏するほど貧しくは無いと聞いている。


「殿下ぁ〜、リリアーナさま達が私を虐めるんですぅ。私の家はイモしか取り柄の無い貧乏男爵ですから、宮廷候爵の様な身なりや振る舞いなど出来るハズが無いじゃないですかぁ〜」


 甘ったるい声でそう訴えて来るが、抱きしめようとすると、まるで熟達した戦士の様にスルリと躱す。

 そして標的をナンツへと変え、彼の婚約者の所業を訴える。


「ナンツさまぁ、聞いて下さぃ〜、メリッサさまがぁ〜」


 さらに残るふたりへも同じ事を行う。


「本当にあの無能は!」


 そう憤るバット。


「もはや我慢ならん!」


 そう言い出したのはナンツである。


「そうだな。踏み台の為の婚約だったが、こんな事なら我慢する必要も無いだろう」


 と同調したヴァロカー。


「殿下もそうではありませんか?いくら門閥とは言え、リリアーナさまが当主という訳では無いのですよ。それなのに頭ごなしにゲファーレン嬢にアレコレ指図するなど、身の程を弁えなさ過ぎる!」


 バットが俺に賛同を求めて来る。


 チラッとピンク髪を見れば、泣いている筈の唇は歪んでいるではないか。


 恋は盲目とは言うが、これはさすがにどうかと思うあざとさである


 そんな事が分かるのは、スキルやギフト何ていう魔法の成果ではなく、あのピンク髪に悶々とし過ぎてキレかけた時、前世なる記憶を思い出した事による。


 とくにチートと誇れる知識は持ち合わせておらず、ラノベ風に言えばステータスは地の俺、第一王子そのままなのだが、前世の平凡、凡庸な記憶にも助けになるモノは存在した。


 ただ、他人に誇れる様な話ではなく、水商売の店で散々貢いだ記憶であったり、盲目的に叶わぬ恋慕に焦げた記憶である。


 そう。


 あのピンク髪は商売の為に媚びを売る嬢であるとか、エーティーエムなる貢ぐ事を求める何又もしているゲスやナントカ女子なる犯罪者のソレである。


 生活のため、成績の為に貢がせる商売ならばまだ良い。諦めもつく。

 が、ピンク髪はゲスや犯罪者の類であり、何人靡き、何人貢がせられるかを楽しんでいる節がある。


 それを隠せない辺りが、商売をやっている訳では無い稚拙さか。 


 そして、もうひとつ気付いてしまったのが、あまりに都合良く出来た「学園」だ。


 15歳から18歳までの3年間を寄宿舎生活で過ごし、男女が交流する場となっている。


 建前上は家門に囚われない婚約者探しの場を与えるためと謳われているが、じゃあ何で高位貴族や王族は入園前に婚約者が決まるんだ?


 まさにこの状況をセッティングするためとしか思えないじゃないか。


 さらに、貴族社会は一夫一婦制を敷き、浮気や不倫に厳しいにも関わらず、なぜが見逃される「主人公」による複数交際。


 そう、ピンク髪が主人公である事は間違いない。でなければリリアーナたちによる行為に不満が出るのはおかしい。


 何か大変な事態が起こる訳でもなく、イケメンやインテリアばかりが蠢く学園なんて、他に考えられるか?

 女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲーだろ?これは!


 それに気付いた瞬間、ピンク髪への想いが秒で消えた。

 やっている事がキモ過ぎる。


 しかし、ピンク髪が逆ハーを成立させればハッピーエンドなゲーム世界ではないのだよ、ここは。たぶんな。


 つまり、あんなゲスに逆ハーかましていては国が滅びる。

 まあ、アレにクレオパトラの様な国を想う気持ちや国を背負う気概があるならまだしも、アレには王妃や高位貴族の婦人として外国や派閥を掛けたパーティーを背負う意識が微塵も無い。


「アナスタシア!」


 バットが叫ぶ


「メリッサ!」


 ナンツも叫ぶ


「クラリス!」


 ヴァロカーも続いた。


「リリアーナぁ」


 俺は婚約者を呼ぶ。


「ゲファーレン嬢をイジメるお前とは婚約破棄だ!」


 と宣言したバット


「ランドマイン男爵令嬢をイジメるお前とは絶縁だ!」


 とイキるナンツ


「イジメに加担する奴との婚約など無効だ!」


 とドヤるヴァロカー


「ねえ、アル。この人たちは正気でして?」


 やって来たリリアーナの腰に手を回すと、彼女は不思議そうにそう口にした。


「殿下!」


 3人が俺を驚愕の目で見て叫ぶ。うっせーな


「なぜイジメの主犯を糾弾しないのですか!」


 バットがそう問いただして来るが、イジメとは何ぞや?


「殿下ぁ〜、酷いですぅ」


 ピンク髪も何か言って来る。


「ナンツ、バット、ヴァロカー、お前らは誰に断って婚約破棄など口にしているんだ?」


 逆に問いただしてみる。


「イジメを行う様な愚物との婚約など無効に決まっております!殿下」


 ヴァロカーがキリッと根拠の無い自信に満ちた顔で答える。


 さらにナンツを見れば


「騎兵たる者、常に公正であらねばならんのです!」


 そう、裏付けなく胸を張る。


「殿下、まさか保身ですか?ヤレヤレ」


 バットに至ってはこちらを馬鹿にして来る。


「時にランドマイン男爵令嬢、父君から縁談の話は来ているのか?」


 3人を無視してピンク髪に問いかける。


「そんな話はぁ〜、興味が無いのでお断りしてますぅ。私は自分で真実の愛を見つけるんですぅ」


 との返答を得る。


「ナンツ、メリッサ嬢との婚約を破棄する以上、ひいては軍務卿ミリタリア候爵の引き立ては受けないのだな?」 


「バット、内務閥の名門タックスマン伯爵を足蹴にするのだな?」


「ヴァロカー、クラリスは俺の従姉妹だ。ネゴシエント大公に背くとは、中々の度胸だな」


 3人はそれでも事態の深刻さを理解していないのか、キョトンとしている。


「ナンツ、騎兵隊は軍務卿配下ではなかったか?軍務のトップを足蹴にして騎兵隊でやっていけると本気で考えているならおめでたい話だ。しかし、メリッサ嬢もまるで婦人として扱う気がないお前より、スマートにエスコートする弟の方が気に入るかも知れないな」


 そう言ってもナンツはどうでも良いらしい。


「あんな女を宛てがわれるガインが可哀想になりますな!」


 と、本人は嫌味のつもりだろうが、后宮騎士団という後宮を守る部隊の女性騎士になることが内定しているメリッサ自身が文武両者のモノノフである。あの赤髪ポニテで引き締まった綺麗な顔立ちを見ても分かるだろうに。

 こんな脳筋よりも、気遣いも出来て共通の話題が持てる弟の方が幸せだと思うぞ?


「バット、父君は確かに内務卿だ。しかし、それはお前の力や業績ではない。父君を超えたいなら、稀代の才媛アナスタシア嬢を手放すのは愚策ではないのか?」


 しかし、バットには何のことか分かっていないらしい。


「殿下ともあろう者が、まさか目の前のイジメを見逃せと唆すとは、あきれますよ」


 コイツは内務の仕事を思想統制や犯罪取り締まり、単なる数字としての徴税としか捉えていない。

 残念だが、そのイジメの主犯格と指名したアナスタシア嬢はタックスマン卿の領地、それも経済のハブでもあるナバンで育ち、経済、物流、法律に明るい。

 何ならバットは一度たりとも実務科目で彼女に勝った事が無い。彼のアレは単なる劣等感でしか無いのだが。


「ヴァロカー、分かっているよな?」


 ヴァロカーはガッカリした様子で俺を見る。


「殿下、いくら大公令嬢と言えど、あからさまなイジメを行っていた話が知れ渡れば、せっかくの足掛かりを失うじゃないですか」


 ダメだコイツ。本当にクラリスと会話したことあんのか?

 うちの母親、王妃すら手玉に取れるあのヤバい知能と超速回転の舌をもってすれば、ピンク髪の広めた噂なんか秒で消し飛ぶわ。

 

 それにだ、アイツがあざと可愛い行為をやれば、ピンク髪も裸足で逃げ出すんじゃね?

 みてみろ、あの金髪清純そうな顔。アレが演戯って信じられるか?


 腹ん中はブラックホール並の底なしだ。何でこの状況でおとなしくしてるか分かって無いんだな。


 ヴァロカー。お前、初見で捨てられてんだよ。後が怖いから真実は話せないがな。


「えぇ~、なんですかぁ?どうしてそんな話になるんですかぁ〜」


 ピンク髪がまだそんな事を言っている。


「ゲファーレン嬢、君は父君から縁談の話が来ていたはずだな。たしか、ディストリビュート伯爵から、だったか」


 それを聞いたピンク髪はあからさまに嫌そうな顔をする。


「えぇ~、嫌ですよぉ〜。ブサイクじゃないですかぁ〜。それに、次男ですよぉ〜、私、働くんですかぁ〜?」


 アホだろ。


 仮に、王妃や内務卿婦人になれば、無いこと無いこと噂されている夫や自分の行状や醜聞を笑顔で抹殺するテクニックが要るんだぞ?経理やってる方が遥かに楽な仕事だ。

 毎日誰かを蹴落とし、誰かの罠を暴き、誰かを罠に陥れ、それら情報収集や行動の為の手駒の手綱を握る。んなこと無理だろ、ピンク髪には。


 それに、ディストリビュート伯の次男はふたつ下のフツ面だよ、ブサイクではない。それどころかキレ者の噂すらある有望株だ。俺が王太子府の商務部に欲しい人材である。節穴過ぎるだろ、ピンク髪。


 そう、コイツは相手の顔や地位のみで相手を選別し、あまつさえ下位貴族のイケメンやショタメンに手当たり次第に声を掛けてその気にさせて貢がせ、焦らして楽しんでいた。

 ま、遊びとはいえ焦らされた俺は、我慢出来ずにリリアーナに癒しを求めていた訳だが、ピンク髪にそんな弱みは見せられない。


「次男のフレディックは俺が立太子すれば商務部に呼ぼうと考える人材だ。商務卿は無理でも、そこそこ出世が望める有望株だったのに、見る目がないな」


 俺はワザとガッカリしながらそう呟いた。


「分かりました。もうイイです!」


 ピンク髪はそう言って怒り出した。おいおい、あの甘ったるい猫撫でしゃべりはどこ行った?


「王子ロストとか最悪だけど、ビックスリーをゲットしたならベターエンドじゃん」


 ポソリとそう言っているのが聞こえた。


 え?コイツも転生者だったの?ってか、コイツの世界に転生しちゃったのが俺って事かもしれんね。


 3人も何やら俺を睨んでいる。


「殿下がこのまま立太子出来ると思っているんですか?今後が楽しみですね」


 バットがそんな事を言い、3人もピンク髪を追いかけるようにホールを後にした。


 残されたのは成り行きについて行けないその他大勢と俺たち。


 そこへスッと寄って来たのはクラリスだった。


 顔はまだ演戯が入っている。


「おいアル。ザコども潰すんだろ?楽しそうじゃねぇか」


 これがコイツの本性である。上に3人兄弟が居るんじゃね?と前世の記憶が囁くが、そうではない。コイツが長女。下にはしっかり真面目で勉強ができる優秀な弟が居る。叔父の豪快で周到な部分を二乗乗せしたのがクラリスである。キレすぎるんだよ。


「今日のクラリスは一段と可愛いのに、こうなってしまっては台無しですね」


 リリアーナが苦笑している。


「んなこたぁイイんだよ。今は」


 


 それから数日後、俺やクラリスの訴えによってあの3人は家名剝奪と言う処分が下り、ピンク髪は実家へ連れ帰らる事が決まったが、その後どうなるかは今のところ未定とのこと。きっと修道院送りなんじゃね?と言うのが俺らの見立てである。

 

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