温泉施設の残念な現状にガッカリする件
ハスキー達が張り切って捜査した結果、浴槽の中にも灰色の大ウナギのようなモンスターが数匹潜んでいるのを発見した。そいつ等は、40度以上のお湯も平気なようで末妹は感心し切り。
確かに普通の魚類なら無理だろうけど、そこはモンスターなのでそんな奴がいても不思議ではない。逆にハスキー達の方が、お湯の温度に驚いていて笑ってしまう。
シャンプーされるのが嫌いなコロ助も、何故かお湯に潜む敵には果敢に突っ込んでずぶ濡れに。いや、水遊び自体は好きなのでその辺は不思議ではないのかも。
何となくモヤッとする末妹は、自分の愛犬を睨んで何だかなぁって表情である。そして茶々丸も、この温かい水の中がお気に入りの様子。
萌を背中に乗せたまま、楽しそうにスイ~ッと浴槽の中を泳いでいる。そして、潜んでいた大ウナギの電撃に痺れて、仰天してお湯を飛び出すお茶目な仔ヤギ。
おバカとフォローに入った姫香に言われ、その辺は普段と変わらぬ様子。
「確かにこれは、お客さんを招いても大丈夫なレベルだねぇ……逆に、この施設を放っておくのが勿体無いよ。コロ助さえも、ご機嫌に泳いでるじゃん」
「茶々丸も呑気に泳いで、潜んでる敵に電撃喰らってたけどね。でも確かに、探索着でうろつくのも場違いな感じがしちゃうよね。
護人さん、隣の女風呂もちょっと覗いてみようよ」
「そうだな、まだ下への階段も見付かってないしな。それにしても、確かに山の中にあるレベルの温泉施設じゃ無いなぁ」
呆れた口調の護人だが、子供たちの意見も概ねそんな感じだった。そして思うのは、それをどこかから伝え聞いた者がいたのではないかって想像である。
それをあの町興しプランナーが耳にして、何とか活用出来ないかと計略を練ってのこの依頼なのだろう。担ぎ出された来栖家は良い迷惑だが、まぁ間引きだけはしっかりする予定。
この温泉施設を町興しに活用出来るか否かだが、子供たちも半信半疑な物言いだった。要するに、魔素を恐れない人がどれだけいるかとか、ダンジョン内で裸になるのって怖いじゃんとの至極真っ当な意見だとか。
確かに、1層の敵はそんなに強くは無いけど、人がいるからと言って敵が新たに湧かないなんて事は無い。実際に、来栖家の面々も目の前で湧くモンスターを見た事は何度かある。
仮に、この“温泉旅館ダンジョン”の1層の温泉に入浴客を招いたとして、安全が確保出来なければ話にならない。そんな訳で、この温泉復興計画はどうやっても頓挫する気配がプンプン。
護人としては、間違っても番台作業をうっかりと請け負わない様にしないと。もっとも、仮にもこちらはA級探索者チームである。
それを常時、雇い続けるのは金銭的に無理ではなかろうか。
「相手はそこまで考えて無いのかもね……もしくは、お友達価格で何とか押せるって、甘い考えを抱いちゃってるとか?
まぁ、間違っても隣町の自治会はお友達では無いけど」
「知らないけど、地元の探索者にでも頼むつもりなんじゃないの? ダンジョン内なんて、事故が怖くて私達はとてもじゃないけど管理業はしたくは無いよね。
ってか、どのチームもそれは同じな気がするけどなぁ」
「そりゃそうだ、モンスターに襲われた責任とれって言われても嫌過ぎるもんね……ルルンバちゃん、お湯に浸かったらダメだよっ。
自慢のボディが錆びちゃうからねっ!」
末妹にそう言われたAIロボは、まさにお湯の中に足を突っ込もうとしていた所。ペット達が楽しそうなので、自分もと思った彼はお茶目さん。
魔導ゴーレムのボディは、このくらいでは錆びる事は無いだろうが末妹の言葉にも一理ある。そんな訳で、ルルンバちゃんは自重して湯船から離れるのであった。
ちなみに今回のルルンバちゃんは、室内エリアを見越して小型の魔導ボディを選択している。それにカタツムリの空間収納をくっ付けて、ついでにドローンを合体させた形状だ。
最新スキルの《並列思考》に関しては、訓練中でまだまだ上手く使いこなせていない。そんな訳で、2台の同時運用はもう少し先になる予感。
そもそもこの“温泉旅館ダンジョン”は、B級ランクとの事なので過度な戦力も必要としない筈。相変わらずの後衛の護衛ポジションを、今回も担う予定のAIロボである。
そんな感じで騒いでいたら、ハスキー達はもう片方の女風呂へと向かって行ってしまった。それを追う後衛陣だが、備品に置かれているシャンプーや石鹸は回収出来るねと嬉しそう。
他にも風呂桶などは、新品っぽくて持って帰ってと言わんばかり。青空市で売れそうとの紗良の言葉に、張り切って回収を始める香多奈である。
そして女風呂へと移動を果たすと、そこにはすっかり敵の間引きを終えたハスキー達が待っていた。ついでに次の層への階段も見付けたらしく、全員でその前に陣取っている。
一応は褒める姫香だが、あんまり離れ過ぎないようにと念の為の釘刺しも忘れない。C級ランクならともかく、B級は微妙なラインで魔素も高かったとの報告なのだ。
下手に別々に孤立して、妙な仕掛けになど引っ掛かりたくはない。
まぁ、ハスキー達からすれば物足りない感じは大いにあるのだろう。それでもご主人の命令は聞き届けてくれたようで、ペースは落としてくれて良かった。
お陰で、姫香と茶々萌コンビの中衛陣も戦う機会がちょっとだけ回って来るように。とは言っても、2層の敵も大ネズミや大ムカデがメインで歯応えはまるでナシ。
一行が出た先は温泉施設エリアかと思いきや、どっこい宿泊施設エリアの方だった。どんな繋がり方かは不明だが、ダンジョンなので不思議って程でも無い。
そんな施設内を、ハスキー達はご機嫌に列を組んで進んで行く。指揮を執るレイジーは、姫香のお願いを“獲物を独り占めしないで”と捉えたようである。
確かにそれは良くなかったなと、適当に中衛にも敵が流れるように探索を進めるハスキー達。そして区分けエリアでは、ちゃんと後続を待っていれば文句は出ない筈。
建物の出入り口では、ここでは初見の大蛇と遭遇したけど強くは無かった。ツグミの『土蜘蛛』で串刺しにされて、魔石(小)を落としてそれで終了である。
そんな感じで、再び2層の宿泊施設の探索を行う来栖家チームの面々。ここもメインは大ゴキブリや大ネズミで、大半はハスキー軍団や中衛陣が始末し終えていた。
各部屋の見回りの際に、たまに隠れていた奴が後衛陣に襲い掛かる事もあるのだが。そこは護人やムームーちゃんが、見事に護衛の役を果たして回っている感じ。
まぁ、そこまで苦労しても2層の各部屋に大したモノは置かれてはいない。精々が鑑定の書とか、浴衣セットや急須や湯飲みとかその程度である。
それらも新品なので、一応は回収して回っている律儀な紗良と香多奈。それでも見回りは5分も掛からず、宿泊エリアの滞在も10分とちょっとあれば済んでしまう。
そして待っていてくれてたハスキー達と合流して、中庭を通って温泉エリアの建物へ。基本はこのルートかなと話し合う後衛陣は、呑気に本当に温泉宿の雰囲気を楽しんでるよう。
もっとも、来栖家の敷地内には今や立派な露天風呂が設えてあるのだ。こんな山の中の温泉宿に、羨ましいなんて感情はあまり働かないのは道理。
「う~ん、温泉宿ってどこもこんな感じだよねぇ、紗良お姉ちゃん。もっと子供にも楽しめる施設じゃないと、お客さんは寄り付かないんじゃないかなぁ?」
「確かにそうだよね、大人は宴会してお酒を飲めば楽しいんだろうけど。まぁ、山の中の宿屋って、基本的に山登りやスキー客に対応した施設ではあるよね。
だから宿泊自体は、温泉に浸かる位しか楽しみは無いかもねぇ」
温泉入浴にしたって、精々が30分で済んでしまうし子供はお酒も飲めないのだ。そう言う意味では、確かに香多奈の文句もごもっともではある。
皮肉な事に、現在はダンジョン化してそんな末妹もご機嫌に探索を楽しんでいると言う。とは言え、さすがの来栖家も休憩の際に、ここの温泉に浸かろうなどとは言い出さない。
そこまで非常識ではないよなと、護人は内心で冷や汗を掻きながら後衛の護衛についていた。同行するムームーちゃんは、終始ご機嫌でこの湿った環境が好きな模様。
反対に、錆びちゃうよと脅されたルルンバちゃんは、動きにキレがなくてその点は可哀想。日本の気候は、家電に対してあまり優しくないのはご存じの通りである。
それは“大変動”以降も変わりなく、梅雨もあれば夏もしっかり湿度は高い。地軸が傾いたと言われる割には、日本の気候は以前と同じ傾向を保っている。
むしろ、異常気象以前の気候に戻った感すらあって、その辺は農家としても一安心ではある。まぁ、このジメッとした湿度だけはどう仕様もなくて、そこは残念な点かも。
ルルンバちゃんの防水機能も含めてそんな話をしながら、子供たちは山間部の温泉宿案を酷評する。それから温泉内を見渡して、敵と回収品のチェック。
敵に関しては、ハスキー達が前の層を参考に順次始末して行ってくれていた。回収品は、シャンプーやリンス、石鹸や桶など選り取り見取りである。
それらを回収する後衛陣と、全体の安全に注意を向ける護人やルルンバちゃん。姫香と茶々萌コンビは、ハスキー達の討ち洩らしがないかと温泉内の見回り中。
装備を着込んで温泉の浴槽の周囲を歩き回る姿は、なかなかシュールではある。とは言え、敵も徘徊する中でTPOをわきまえろなど間違っても言えない。
今回も男湯から確認した一行だけど、ここには次の層への階段は見当たらず。そんな訳で、お隣りの女湯へと脱衣所を経由して移動する来栖家チーム。
一足先に向かったハスキー達が、灰色ウナギや蒸気ガストを見付けては倒して行っている。新しい敵としては、ゴーレムが出て来たけど生意気にも大理石である。
そんなの関係ないぜと、コロ助がハンマーで粉微塵にして行く。ダンジョンも、温泉に関するモンスターを揃えるのに苦労しているのかも。
ちなみに、ゴーレムは魔石(小)を落としたので、段々とB級ランクの片鱗が見え始めた気も。この調子で敵は強くなって行くのかなぁと、香多奈も後衛から推測を飛ばして来ている。
そして、アンタは迂闊に予知をするんじゃないわよと、毎度の姫香のお叱りの言葉。これまた毎度の、姉妹喧嘩の突入をやんわり制止する長女である。
そんな事をしている間に、ハスキー達は露天風呂への出入り口付近に3層への階段を発見した。1層の探索は20分程度で、まずまず順調な探索と言えそう。
「魔素が高いから警戒してたけど、敵の数もそんなでも無いし順調だね、護人さん。この調子なら、10層までは余裕な感じがするかな。
まぁ、仮にもB級だから油断は出来ないけど」
「そうだな、油断せずに丁寧に間引きしながら行こうか。夕方までみんなで頑張れば、10層か15層くらいは本当に行けそうだからね。
姫香の言う通り、基本は無理せず油断せず行こう」
「了解っ、3層も多分似たような感じだろうから、お昼前に5層の中ボス部屋は確定だねっ! 2つもA級ダンジョンを攻略したせいで、B級ランクなんて屁のカッパかもっ。
ハスキー達も、今日は15層まで行っちゃうよ!」
そう張り切る末妹に、ハスキー達も元気に尻尾を振って望むところの合図を返す。初見のダンジョンだけど、この調子なら確かに15層までは何とでもなりそう。
来栖家チームも苦難を乗り越えただけに、パワーアップ感は凄いかも。
――そんな自信を胸に、一行は初見のダンジョンを降りて行くのだった。
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