広島周辺の探索者&ダンジョン事情その2
7月終わりの2泊3日の育成研修で、女子のみのチームを組んで探索した経験は、野木内陽菜にとって凄く愉快な出来事だった。広島市へと、単身で旅行した経験もそれなりに楽しかったし。
同年代の仲間たち、それからもっと格上のベテラン探索者とも知り合いになって。その両方から刺激を受けて、そして現在……陽菜はスランプに陥っていた。
端的に言うと、このままで良いのかと言う精神的な悩みである。
探索者として食べて行くなら、浅層のみを仲間と潜っていればそれなりに稼げる。探索者として高みを目指すなら、もちろん更なるレベルアップが必要だ。
そうすればより強い敵を倒せるし、必然的に儲かる率も上がって行く。ただし、危険もそれにつれて上昇するので、生半可に鍛える事はしない方がマシかも知れない。
仲間との兼ね合いもあるし、難しい問題だ。
現在の陽菜のチームメンバーは、全員がレベル1桁でE級の探索者である。探索歴だけは長いので、今回の育成研修に出掛けたのは陽菜だけではあったけど。
陽菜の2歳年上の兄の武流と、その親友の川瀬智樹とが初期のメンバーで。それに智樹の妹の千佳と、半年前に陽菜が加わって。
現状の、4人チームが出来上がったのだった。
兄たち2人チームの時には、無理せず3層あたりまでしか潜らなかったり、自警団チームに同伴したり。そんな感じで経験を積んで、小遣い稼ぎをしていたのだが。
陽菜と千佳で4人チーム編成になると、割と本格的に活動を始める事となって。5層の中ボスにも、月に2度くらいは挑む程に実力はついて来た。
今ではいっぱしの探索者チーム、尾道でも少しずつ名が知れて来ている。
チーム的にも波に乗って来ているのだが、さらに深い層に潜るとなるとかなり微妙で。単純に人数を増やすか、各々がもっと強くなるかしないと難しい状況に。
それ故のスランプと言うか、停滞を感じて心がどんよりしてしまっている感覚が。そんな心情を、今回の研修で新しく友達になった女の子たちに相談してみると。
いや、陽菜の性格では弱みを見せる事も難しかったのだが。
何と言うか、ダンジョンを一緒に潜った仲間の絆は思ったより強かった。一瞬でも命を預け、そして預けられたチームと言う強い絆。中でも最年少なのに、見事にチームを纏めていた姫香と言う名の少女は、今でも素直に尊敬している。
因島の美智子と安佐南の怜央奈も、また機会があれば一緒に潜っても良い程度には信頼はしているけど。ラインの返信は頑張ってとか、落ち込まないでみたいな軽い内容だった。
案の定と言うか、自分の欲した台詞では全くない結果に。
その点、姫香と言う少女のラインの返しは秀逸だった。強くなるのに理由も理屈もいらないよと、何とも男気の溢れる言葉と共に。
こっちは魔人ちゃんに弟子入りして、家族で“理力”なるモノを自在に操れるように特訓中との事。一緒に添付された写真には、賑やかな家族と犬猫の姿が写っていた。
特訓を楽しめるって、何て素敵な環境だろうか。
そう思うと、居ても立っても居られない陽菜である。兄に相談と言うか直談判して、1ヶ月くらい武者修行に出たいと頼み込んで。
驚く武流には、相手の迷惑も考えろと真っ当な理論を持ち出して反対されてしまったけれど。感触的には、何度か突っつけば突破出来そうな感触を得て。
何とかチームの面々を含め、説得してみせると誓う陽菜。
――それは強くなる道順が、朧気ながら脳裏に閃いた瞬間であった。
日馬桜町の3つ隣の駅の近くに、一夜にして出来上がった“大樹ダンジョン”のその後の顛末だけど。鬼の造ったダンジョンだとの噂が広まったお陰で、誰も入って確かめたがらないと言う体たらく振りで。
深夜の目撃者がいたせいで、その信憑性を表立って疑う者も存在せず。それ程に、3匹の鬼たちの伝説は“大変動”の後のこの地域では悪夢に近いレベルに祀り上げられていたのだ。
悪夢と言うより厄災か、とにかく誰も進んで近寄りたがらないのも当然で。
それ程の被害が、一時期この地方を賑わせたのもつい数年前の事。2つの探索者チームが、何と全滅して生き残りメンバーすら皆無と言う大事件が発生したのだ。
悲惨な事故は、3匹の野良モンスターが元凶だと言う事だけは判明していた。目撃者の情報では、探索者の死骸から首を抜き取って遊ぶ人型の鬼の姿を遠目に見掛けたそうで。
それ以降は、積極的な山狩りは出来なくなったと言う顛末が。
つまりはこの町も、積極的に活動する探索者チームは全く存在していない。自警団の存在だけど、細々と間引きを行っての自衛手段に留まっているのが現状である。
新しく出来た厄介なダンジョン、しかも前兆も一切なく出来上がった奇妙なタイプと来ている。幸いにして、オーバーフローの気配も無いのが有り難くはあるけれど。
放置も決して望ましくなくて、町民は頭を抱えている始末。
「……一応は、広島市の探索者協会と西広島の協会には、支援要請は出しておいたんだけどね。今の所、どこからも色よい返事は届いていない有り様だよ。
不味い事態に陥る前に、何とか中の様子だけでも調べて欲しいんだけどねぇ?」
「そりゃあ他力本願過ぎでしょ、とは言え地元の探索者もいない訳だし……ウチも嫌だよ、幾ら自警団と言っても能力以上の仕事は無茶振りでしか無いよ。
鬼伝説は有名だからね、命を懸けてまでの探索はしたくないね」
この町の自警団の団長と、自治会長の会話はこんな感じで平行線のまま。他力本願なのは充分に分かっているが、だからと言ってたった一つの命を懸けて、探索になど向かえない自警団。
自警団の目的は、飽くまで地元の安全の保持である。積極的なダンジョン探索は求められておらず、現状では危険と判断されてない“大樹ダンジョン”の攻略も同じ事。
だからと言って、今までと形状の異なるダンジョンの放置も怖過ぎる。
かくして、2人の平行線の議論は延々と続く事に。良い案が湧き出る訳もなく、どうしよかねぇと中身のないやり取りが続く。2人とも40代の後半で会話の節々からは生活の疲れも窺えて。
彼らにとって唯一の希望は、そのダンジョンが未踏破であると言う事。一般的に、誰も入った事の無いダンジョンは、良宝箱&ドロップ率が非常に良い。
これでお人好しの探索チームが、釣れてくれれば良いけれど。
――そんな僅かな期待に、賭けるしかない中年2人だった。
《《それ》》は元は宝石の形をしていて、生まれは向こうの世界だった。彼は強靭なる意思を有しており、それは気付いたらその内に芽生えていたモノだった。
思考と言うのは楽しくもあったが、それを得てから退屈も味わう時間も多くなった。何しろ話し相手もいないし、退屈しのぎに起きる変化もほとんど無いのだ。
動こうにも、彼が持つのは思考能力だけだった。
その能力だが、知らない内に別の能力へと派生していた。それには長い時間が経った気もするが、時を測る術を持たない彼には分る筈もなく。
とにかく《《それ》》が得たのは、自分の魅力に属する能力だった。宝石に魅了されたある程度知能のある生命体を、好きに操る能力である。
これにより、彼はある程度の自由を得た。
そして長かった退屈な時間も、ようやく終わるかに思われたのだが。実はそうも行かず、彼の扱われ方は飽くまで大切な宝飾品に過ぎなかった。
四六時中それら魅了した生命体を操るのも難しく、何よりその生命体の社会性はとことん低かった。面白味のある活動はほとんどなく、彼は所有される事にすぐに飽きてしまった。
かくして新しい持ち主を求め、《《それ》》は再び旅立った。
当てのない旅は長い間続き、ある日彼は世界が全く別の世界と繋がったのに気付いた。つまりこちらの世界とは別に、彼の遊び場が拡がった訳だ。
その頃には彼にも、新しい便利な能力が派生していた。元は大きくて豪華な宝石だった《《それ》》は、新たに変身能力を得ていたのだ。
ただし相変わらず、自分で歩く事は不可能だったけれど。
つまり変身は無生物に限られており、彼はその頃には好んで片手剣に姿を変えて所持されていた。しかし彼を振るう蛮族は、彼をとことん乱暴に扱う始末。
彼はその蛮行に嫌気がさして、新しい世界へと旅立とうと画策した。その通路を探し出すのは比較的簡単で、世界の至る所に穴が開いていた。
彼の生まれた世界は、その頃には混沌に溢れていた。
とにかく彼が入り込んだその穴は、魔素の支配する空間だった。そして魔素で形作られたモンスターは、彼の元の所有者をいとも簡単に抹殺して。
残された彼には見向きもしないと言う知能の無さ、これにはいい加減腹が立ったけど。文句を言おうも、彼の魅力はここでは効果が無い様子。
宝石に戻ろうと何に変わろうと、魔素が変じた化け物共は知らんぷり。
その内に、その穴の意思(驚いた事に、その穴にもひたすら広がろうとする意志と生命力があった)に呑み込まれそうになった。《《そいつ》》は彼を呑み込んで、用意した宝箱の報酬に彼を利用としているらしかった。
それは彼の望む未来では無いと、一度は反抗してみたモノの。どうやらこの穴は、2つの繋がった世界から力を持つ生命体が、通路にと利用し行き来しているらしい。
その事実を知って、彼はちょっと考えを改める事に。
いい加減、乱暴な扱いには辟易していた所だ……自分がこれと見定めた生命体に、自分の所有者になって貰おう。そう考えた彼は、地面に自ら半分埋まって新たな所有者を待った。
暫く待つと、目論見通りに生命体がチームを組んでやって来た。その頃には彼の知能は劇的に進化を遂げ、短い知性体との遭遇で色んな情報を得る事が可能となっていた。
そしてその者達は、残念ながら彼のお眼鏡には適わなかった。
やはり野蛮性は拭えず、彼の希望するラインは長い年月でどんどん上がっていた。しかしその選択を後悔する暇もなく、新たな所有者候補はやって来た。
次々と現れる知的生命体は、確かに優れた戦闘術や知性を備えていた。まぁまぁかなと感じる者もいるにはいたが、そいつが内に秘めた欲望は彼に拒絶反応を起こさせるに充分で。
結局は頑として、地面から抜けるのを拒んだのだった。
そうして彼は待ち続ける、気分はすっかり本来の所有者を待ち侘びる伝説の剣の気分である。どうやら長い間剣の姿を取っていたせいで、その考えが固まってしまったらしい。
それでも彼は、以前ほどには退屈では無くなっていた。新たに取得した力に、空間察知系の情報収集の能力が芽生えていたのだ。
それによって、彼は繋がった世界の情報を仕入れて行った。
世界は驚きと好奇心に溢れていた、それが彼が思考のアンテナを伸ばして得た結論だった。向こうの世界も“大変動”と“ダンジョン発生”に混乱を極めていたが、それでも知的生命体はしぶとく生にしがみ付いていた。
彼はそんな中、ひたすら新たな所有者を待ち続けた。もはや魅了を使おうとか祀り上げられようとか、そんな考えは頭から吹き飛んでいた。
ただひたすら、自分と相性の合うパートナーを見付ける。
――それだけが、伝説の剣となった《《彼》》のただ一つの望みだった。
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