突如として怪しい企業依頼が舞い込む件
9月の青空市も終わり、末妹の香多奈は新学期を迎えて忙しそう。朝からバタバタと騒がしく、保護者の護人も再び送迎の日々が訪れる。
気候も段々と涼しくなっていて、特に朝や夕方過ぎは随分と過ごしやすくなって来た。山の上に住んでいると、そんな季節の変化はいち早く察知する事が出来る。
そしてあっという間に秋が来て、冬支度に追われる事になるのだ。これを疎かにすると、家屋が雪の重みで倒壊したり、車で麓に降りれなくなったりと大変だ。
季節の変わり目は、田んぼや畑の本業でも色々と気を遣う事は多い。家畜の体調にも影響を与えるし、本当にボヤッとはしていられない。
そんな事を話し合いながら、香多奈と和香と穂積を麓の小学校に送り届け。その帰り道の運転中に、護人の携帯に突然の着信が協会から飛び込んで来た。
協会からの電話は、無い事はないけど緊急でない限りは珍しい。最近も投稿用の動画チェックに、姫香や香多奈がほぼ毎日能見さんに会いに出掛けていたのだ。
つまりは、用事があればその時に言付ければ事足りる訳である。そんな事情を思い出しながら、緊急の用事かなと電話に出る護人であった。
ついでに言うと、甲斐谷の要請での県北のレイドも本決まりとなってしまった。決行は9月の下旬のシルバーウイークになるだろうが、岩国チームも同行すると言ってたしチーム数は足りる筈。
その案件についても、日馬桜町の協会は把握している筈。地元の間引き案件も、最近は凛香チームと地元の自警団『白桜』が頑張ってくれている。
お陰で、A級の来栖家チームはやたら遠征依頼が多くなったと言う皮肉。これならまだ、地元のダンジョンに駆り出されていた頃の方がマシだったかも。
そんな事を考えながら、電話に出ると仁志支部長の声が響いて来た。
そして語られる用件だが、突然来栖家チーム宛てに企業依頼が舞い込んだとの事。しかもせっかちにも、協会にアポなしで乗り込んで面会を希望してるそうな。
一言で評すると非常識だが、それだけ切羽詰まっているとも言えるのかも。何しろ市内の探索者の有名どころは、県北や宮島に接続された“浮遊大陸”に出掛けており。
そのせいで、かなり寂しい状況だと甲斐谷も言っていた。宮島から行けるようになった“浮遊大陸”の“太古のダンジョン”も、今や探索者達にかなりの人気らしい。
青空市でもそんな話を聞いたし、その内に子供達が行きたいと言い出すかも。
とにかく車を停めて携帯で話していた護人は、その企業の面会人と顔を合わすかどうか思案する。お人好しの彼は、せっかくこんな田舎まで来て門前払いは可哀想と思うタイプ。
そんな訳で、仕方無く上りかけていた坂をUターンして、麓に戻って協会へと赴く事に。その駐車場には、確かに見慣れぬ高級装甲車が鎮座していた。
仁志の話では、広島の有名企業らしいけど詳しい話は聞き出せなかったそう。秘密主義と言うか、依頼相手としか情報を共有したくないのは企業の性なのかも。
大きな企業にはあまり良い印象の無い護人は、そんな事を考えながら協会の扉を潜る。室内を見渡すと、すぐにスーツ姿の見慣れぬ中年男性が目に入った。
「おおっ、あなたがA級チームのリーダーの来栖さんですかっ! お初にお目にかかります、私“塩田工業株式会社”の真鍋と申します。
今回は、是非ともあなた様のチームに依頼を受けて頂きたく、はるばる広島からやって参りました!」
「は、はぁ……どうも、ギルド『日馬割』のリーダーの来栖護人と申します」
何となく向こうの勢いに呑まれて、気後れしながら向こうの差し出した名刺を受け取る護人。その途端、ビッと《心眼》スキルが発動して、この肩書きが全て嘘だと判明した。
こんなスキルの暴走はたまにあって、便利なんだか困った事態なのか判別しにくいのだが。今回は依頼主の嘘を早急に見抜いてくれて、さてこの後どうしよう?
仁志支部長も困り顔、向こうもA級チームに余計な探索をして欲しくは無いみたい。それも当然、仮にもA級チームはそんな安っぽい存在では無いのだ。
そう目で語られた護人は、どうやって断りを入れるべきか既に脳内で思考中。それより、この時期にわざわざこちらを嵌めようと出張って来たコイツは何者だろう。
そんな好奇心は確かにあるが、どっこい向こうの依頼は規格外で一同ビックリ! 何とあるダンジョンに潜って、スキルを封じる“鉱石”を持ち帰って欲しいとの事。
そんな鉱石があるとは、協会のスタッフでさえ初耳である。秘密主義のそのスーツ姿の真鍋は、どこからその情報を入手したかは頑なに話そうとはしなかった。
ただし、その鉱石さえあれば例えば犯罪を犯した探索者を逮捕して、牢屋などに隔離しておく事も可能だと請け合って来る。他にも製品化に成功すれば、革新的な時代が訪れると熱く語る真鍋である。
それを聞かされている護人は、実は割と冷めた心情。何しろ《心眼》スキルが、親切にもその言葉の8割がたが嘘だと教えてくれているのだ。
本物らしく聞こえるのは、この男が根っからの詐欺師だからだろうか。
「この“魔獄ダンジョン”があるのは、実は尾道の近くの島でして……長らく放置されていて、ある企業が研究用にと目をつけたのですが。
どうやらランクが高かったようで、研究途中で引き上げたようでして。その時にデータの漏洩があって、我々の企業が手を上げた次第です。
その情報では、他のお宝もかなり豊富なのだとか」
「尾道ですか……そう言えば、福山市も近いですね」
護人のその呟きに、勢いよく話していた真鍋の笑顔が一瞬だけ凍り付いた。これは当たりかなと、内心で自分の推論の正しさを確信する護人。
上手い事ばかり口にする奴だと思っていたが、どうやら福山の闇企業と裏で繋がっているらしい。向こうの招待に、敢えて乗ってみる価値はあるだろうか。
真鍋が勢い込んで口にしていた、ある企業が研究に使っていたダンジョンと言う一節だけど。そこだけ《心眼》スキルは、本当だと判断してくれていた。
つまりは、研究していたのは例の福山の闇企業って事だろう。
向こうの情報提示では、“魔獄ダンジョン”のランクはB程度で過去に何度かオーバフローを起こしたらしい。それならギルド員総出で向かいましょうかと護人が口にすると、それには及ばないと焦った向こうの対応。
明らかに怪しいのだが、真鍋は必死でオイシイ情報はなるべく伏せるべきだともっともらしい事を口走っている。儲けをちらつかせて相手をその気にさせる手口は、明らかに詐欺師のそれである。
心中の呆れ具合を表情に出さないように努めながら、護人は前向きに善処する旨を相手に伝える。行くなら日次を知らせて下さいと、向こうの押しには辟易するけれど。
それに合わせて襲撃しますと、そんな相手の台詞《本音》すら聞き取ってしまいそうな護人。向こうも人材には苦労しているのかも……いや、《心眼》スキルが無ければ護人もコロッと騙されていたかも知れない。
今週の土曜日に向かってみると言付けて、偽の依頼者から“魔獄ダンジョン”とやらの詳しい情報を入手する。中の情報は驚くほど少なかったが、何とかダンジョンの位置だけは聞き出せた。
もっとも、それが無いと攻略どころではないのだが。向こうの男は、ダンジョンに関しては素人なのでみたいな言い訳をしきりに繰り返していた。
そんな奴が交渉役ってのも、そもそもおかしな話である。
要するに、向こうの算段では金に目が眩んでのこのこやって来た来栖家チームを、『哭翼』チームが一網打尽にするつもりなのだろう。馬鹿みたいに楽天的だが、企業の上部とは案外そう言うモノなのかも。
楽観的で失敗など考えず、失敗すれば部下のせいに出来るってイメージ。護人がそんな失礼な事を考えているとも知らず、スーツ姿の中年男は笑顔で帰って行った。
取り敢えず、敵の手先と仮定した男が去って行った事に、護人はホッと安堵のため息を漏らす。仁志は何かあるなと、そんなギルマスを胡乱な目で見ている。
協会にももちろん報告すべきだが、この件は余り広めるべきではないのも確か。こちらが気付いている事を向こうに察知されたら、相手が罠を張ってくれなくなってしまう。
「いや、まぁ……依頼を受けるのは、こちらもある思惑があるからなんですけどね。それを下手に喋って、その思惑が漏れると作戦が失敗してしまう恐れが。
取り敢えず、危険な場所のようなんで事前準備はしっかりして行く事にします」
「はぁ、そうですか……いや、身元確認も不充分な依頼人だったので、断って頂いても全然構わなかったんですけど。護人さんが案外と積極的なんで、ちょっと驚きましたよ。
しかしまぁ、スキルを封じる“鉱石”って本当にあるんでしょうかね?」
何かのアニメじゃあるまいし、それは恐らく嘘だと思われる。ただし無いとは言い切れないのが、ダンジョンの未知で不思議な所である。
こうなったら、向こうの言ってたダンジョンの難易度も怪しくなって来る。企業が研究を行なっていたと言ってたが、果たして何をしていたのやら?
幸いにも、陽菜やみっちゃんは青空市が終わって地元へと戻っている。若い彼女達を巻き込まずに済むのは、恐らくは対人戦が起こる事を踏まえると良かった。
それから、どうやら島に存在するダンジョンの入り口が、ゲート型であるとの情報を貰った。それなら来栖家チームが先に乗り込んで、ワープ装置でギルド員を呼び寄せる事も可能だ。
皆に相談せずに依頼を受けてしまったのはアレだけど、作戦を練って福山の闇企業を潰す良い機会だ。これを逃せば、また例の『哭翼』チームにいつ襲撃されるかと怯える日々が待っている。
そんな事になるくらいなら、不意を突いたつもりで襲って来る連中を、万全の構えで迎え撃つ方がよっぽど面白い。異世界チームや岩国の『シャドウ』は、喜んで手を貸してくれる筈だ。
子供達を巻き込むのは不本意だが、置いて行くのも向こうは嫌がるだろう。ペット達も今では相当に力をつけて来ているし、護人も頑張って守り抜く所存。
さて、そんな護人の計画はどこまで通用する事やら。
護人が企業依頼を受けてから、週末まであっという間に時間が過ぎて行った。その間に、依頼主の真鍋から連絡があったのはたったの1回のみ。
依頼は確実に遂行されるのか、その正確な日時を尋ねられただけで、依頼の遂行料の話さえしないお粗末さである。向こうは金を払う意思が無いのが、透けて見えるのは如何なモノか。
とにかく、こちらとしても餌に食い付いた釣り竿のしなりを眺めている気分の護人。異世界チームや『シャドウ』の面々とも渡りがついて、計画は順調に進んで行く。
子供達も、多少は緊張しているようだが全員参加を表明してヤル気は満々。姫香やザジ辺りは、その週の夕方の特訓の熱の入れようと来たら相当なモノ。
そうして9月の第2週の土曜日の朝、いつも通りに来栖家は家畜の世話を終えて朝食を食べ終える。それから山の上の面々に見送られて、ワープ装置で一気に尾道の“千光寺公園ダンジョン”までひとっ飛び。
前もって尾道の協会に協力を依頼してあったので、迎えの車の準備もバッチリ。それから港には、しっかりと船の準備も整っているとの頼もしい言葉。
気掛かりだったのは、尾道の協会にも百島の“魔獄ダンジョン”の情報が一切なかった事。入った事のある探索者も皆無で、一部の企業が管理&独占していたとの話である。
その企業と言うのが、どうも辿って行けば福山市に繋がりそうな気配。意外と手広く『哭翼』チームは、あちこちのダンジョンに潜って活動を行っているらしい。
その割には、オーバーフロー騒動を起こした過去があると言う話だったけど。そのせいで百島の西海岸側は、今では完全に無人となっているそうだ。
もっとも、最初から栄えていたのは島の東側がメインとの紗良の事前情報である。港があるのは島の北側で、そもそも西側には元から民家も少なかったみたい。
そんな場所に出来たダンジョン、果たして何が待ち構えているのやら。
――十中八九、罠があるのは護人としても織り込み済み。
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