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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の春~夏の件
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姫香と紗良が広島市の研修に参加する件



 護人の運転で日馬桜町の駅まで送って貰った姫香と紗良は、午前中の広島行きの電車へと無事に乗りこんで。見送りに来てくれた香多奈から、お土産買って来てねとの激励を受け。

 家族とハスキー軍団に見送られ、いざ2人で旅立ちを迎えて10分後には。姫香は早くも後悔と言うか、ホームシックに似た症状に見舞われる破目に。

 困ったモノである、隣に座る紗良もこれにはお手上げ。


「広島駅まで、まだ1時間半以上あるんだから……テンション上げて行こうよ、姫香ちゃん。協会の能見さんから聞いた話だと、同じ年頃の駆け出し探索者が80人近く集まるんだって。

 ホテルに2泊……は仕方無いけど、有名な探索者さんが講義とか実習訓練しくれるって話だから。訓練受けて、強くなって戻って来ようよ!」

「う、うん……そうだねっ、もう申し込んで参加は決まっちゃってるもんね。ドタキャンしたら、色んな所に迷惑が掛かっちゃうし。

 頑張るよ、強くなれるかは分かんないけど」


 そんなの紗良にだって分からないけど、姫香にはテンションを上げて貰わないと。第一この元気娘には、落ち込んでいる姿は全く似合わない。

 2人はいつもの普段着で、本当に遠出して遊びに行くような格好だ。かしこまった服装で無くて良いとの事なので、その点は助かるのだが。

 武器や探索着、お泊りグッズなど荷物の多さは大変かも。


 その点紗良と姫香は、叔父の護人から魔法の鞄を持たされているので助かっている。紗良が鞄から前の日に買った飴玉を取り出して、はいっと姫香に手渡す。

 今の時代は、お菓子の類いも割と品薄で入手がし難いモノの1つである。それをお互い口に含んで、他愛の無い話をしたり景色を眺めたり。

 JR加計線は、週末にもかかわらず人混みはまばら。


 お陰で好きな席に座れて、リラックス模様の2人の姉妹である。紗良もずっと宿舎生活で、通学には交通機関を使った試しがなかったので。

 多少のハイテンションで、今の情景を楽しんでいる紗良だったり。それに釣られて、姫香も段々と楽しくなって来た感じ。

 そして車窓に、紗良の通っていた高校の校舎が入り込んで。


「あっ、見えたよ姫香ちゃん、あれが私の母校だよ! まだ数ヶ月しか経ってないけど、何だか懐かしいなぁ……敷地内に、ずっと住んでた寮もあるからねぇ」

「そっか……紗良姉さんはこの高校で、青春の3年間過ごしたんだ」


 実際は中高一貫の女子校なので、実は5年間を過ごした場所である。5年前の“大変動”で身寄りを亡くした、そんな境遇の娘たちが多数、一時期は寮に溢れていた事もあったりして。

 4人部屋に倍の8人とか入居していた時期もあって、それはそれで楽しかった。そんな苦労話が、紗良の口から途切れる事無く溢れて来る。

 それを感心しながら、聞き入る姫香。


 ローカル線な上にこのご時世で、電車の速度は本当に遅い。それでもほぼ山と田舎町ばかりだった景色に、1時間後には変化の兆しが。

 沿線の景色は賑やかになっていて、つまりは広島市内に入っていた。先ほどよりも建物が増えて来て、アストラムラインの路線も見えたり見えなかったり。

 ただ今は、その路線は稼働していないらしいけど。


 車窓から見える道路も、車の通りは本当にまばらでトラック装甲車が大半だ。これでは市内の中心部も、昔ほどの栄えてた街並みの面影は期待出来ないかも。

 今回の研修が行われるのは、広島駅のすぐ近くのホテルとの事である。平和記念公園や本通りの商店街の付近には、行く機会があるのかは不明だ。

 どの程度の自由時間があるのかも、そもそも分からないと来ている。


 大まかなスケジュールは、一応出発前に聞いてはいるのだが。到着予定の金曜日の今日は、駅前ホテルに集合して4時から講習会、そして夕食を食べながらの懇談会が催される予定らしい。

 それから土曜日は、午前中に講習会に参加して、午後は実習で市内のダンジョンに潜るらしい。それから夜に再び講座があって、探索知識を深めるとの事。

 更に一泊した日曜には、軽く武器やアイテム講座を開いて終了するそう。


 つまりは、日曜のお昼にはお開きで、そしたら家へと帰れるみたい。早くもそれが待ち遠しい感じの姫香はともかく、勉強する気満々の紗良は講習の内容が楽しみで仕方無い。

 それぞれの想いを乗せて、列車は目的地へと進んで行く。




 そしてお昼前に、ようやく電車は終点の広島駅へと辿り着いた。乗車客もほぼいない車内は寂しくも、それでもアナウンスはお疲れ様と長旅をねぎらってくれている。

 ホームに降り立つと、そこも人影はまばらと言うか寂しい限り。って言うか、階段付近に居座っているガラの悪い若い男たち数名が、こちらを揃って注視していて気持ち悪い。

 田舎にはいないが、不良とかチンピラの類いに思える。


 そいつらは3人いて、ガタイの良い茶髪のアロハシャツを着た奴と、中肉中背の眼つきの悪い金髪リーゼント野郎、それから短い茶髪の色黒のチビ野郎だった。

 値踏みする様に紗良と姫香を眺めて、これは良いカモだと判断したのだろうか。田舎者の娘2人、絡む価値ありと行く手を塞ぐ構え。

 その様子は、ナンパとも少し違うよう。


「よう、姉ちゃんら……どこの田舎から出て来たんだ、ご苦労なこって。ひょっとして、探索者研修受けに広島まで出て来たのか?

 女だてらに生意気だな、どんな装備使ってんだ?」

「俺らが先輩として見てやるよ、少々金が掛かるけどな。おっと、よく見りゃ可愛い顔してんじゃんか……姉ちゃん、俺らとイイ事しねえか?」


 何だか一方的に盛り上がってるヤンキー連中だが、田舎者扱いされてる姫香は憮然とした表情。紗良に至っては怯えているし、完全に不良にからまれている状況だ。

 普通の女子なら怖がって言いなりになりそうな場面だが、姫香に限ってはガンを飛ばし返す勢い。紗良を後ろに庇いつつ、荒事になれば自分だけで対応する構えだ。

 それでも素手では不利と思ったのか、魔法の鞄から武器を取り出す。


「ノサれたくなかったら、素直に道を開けてよ……今時どうして、ヤンキーなんて時代遅れの相手をしなきゃなんないの。

 こっちは探索者だし、遣り合えば怪我じゃ済まないわよ?」

「ぎゃははっ、おい見ろよ……アイツの持ってるの、くわじゃねえのっ! さすがに田舎者だなっ、それでアスファルト耕すってか!?」

「おいおい、それより……アレってもしかして、魔法の鞄かよっ? もし本物なら、容量次第じゃ100万超える品物だぞっ?

 この路線使う田舎者が持ってるとか、やっぱ今は向こうの方が潤ってんだな!」


 姫香の取り出した武器を見て、高笑いしていた茶髪チビだったけれども。金髪リーゼントは、明らかにサイズ違いの長物を吐き出した鞄が、魔法のアイテムだと気付いた模様で。

 明らかに目の色が変わって、それに反応したアロハデブが無造作に手を伸ばして掠め取る構え。すぐさまそれを叩き落とした姫香、気安く触るんじゃ無いわよと相手を睨み付ける。

 男前過ぎる少女だが、多勢に無勢でやや不利か。


 金目の品物が目の前にあると気付いた不良軍団は、完全に物取りにシフトした様子。金髪リーゼントと茶髪チビは手にナイフを、アロハデブはサップと言う殴打武器を取り出した。

 お互いに距離を取って、まずは牽制と威嚇と大人しく荷物と金を置いて行けとの催促。犯罪者の言う事を聞きたくない姫香は、恥を知れと一喝するのみ。

 騒ぎで人が来られたら不味い相手は、それならと一斉に襲い掛かって来た。


 思わず悲鳴を上げる紗良だったが、実際に痛い目を見たのは不良軍団だった。武器のリーチが違うのもあるが、姫香の『身体強化』は荒事にピッタリのスキル。

 まずは鍬先の素早い一撃で、真ん中の金髪リーゼントが綺麗に吹っ飛んで行く。その勢いのまま壁に激突、それを隣で見ていたアロハデブは驚き顔で一瞬の躊躇。

 構わず突っ込んで来た茶髪チビは、見えない壁に激突してその場に引っ繰り返る。


 前以て仕掛けていた『圧縮』の空気の塊、特訓の末に今や姫香の十八番おはこになっている戦法だ。無様に倒れた相手の、隙だらけの股間を踏み潰してこれて2人目の野盗も撃破完了。

 情けない悲鳴が、列車の去ったホームに響き渡る。


 サップを構えていたアロハデブは、完全に混乱して出鱈目でたらめに殴り掛かると言う戦法を選択。奇声を上げて、唯一有利な巨体を利用して詰め寄って行く。

 素人の動きだが、殴られたり捕まれたりすると厄介には変わりない。姫香は慎重にそれを捌いて行き、タイミングを見計らって横殴りの一撃を加える。

 刃の部分は使わず、とにかく吹き飛ばすだけの攻撃だ。


 目論見通りに吹っ飛んで行った巨体は、ホームの柱に勢い良く衝突してその動きを止め。ついにはその場に立ってるのは、姫香と紗良の姉妹だけに。

 姫香は素早く武器をしまって、ついでに相手の武器も全て没収して行く。それからヤンキー連中の戦意が完全に喪失しているのを見定めて、紗良をエスコートしてその場を去る事を選択する。

 これでまだ15歳、鮮やかなお手並みだった。





 その後の顛末だが、完全に大人たちの対応は当て外れだった。改札の駅員に強盗に遭ったと告げるも、都会では警察機関は機能していないと返答されるのみ。

 この辺だと、辛うじて『探索者協会』が安全じゃないかとの助言を貰ったが、それも路面電車で15分掛かる市内の方面に建っているらしく。

 2人で相談した結果、さっさとホテルにチェックインする事に。


「ああっ、怖かった……姫香ちゃん、あんまり無茶な真似は止めてよね? 男の人3人相手なんて、怪我するんじゃ無いかって冷や冷やしたよっ!」

「怪我しても紗良姉さんがいるじゃん、大丈夫だよ。普段からモンスター相手にしてると、あんな不良とかは完全に格下に見えちゃうし?

 多分だけど、10回遣り合っても10回勝てるよっ!」


 男前な発言をする姫香だが、紗良の心のケアまでは忘れてはいなかった。もう無茶はしないし、紗良の事は絶対に守るからと約束して。

 迷う事も無く、《《元》》新幹線口の改札口から駅の建物を抜けた瞬間に目的のホテルを発見。それ以前に、こんな華やかな駅など見た事も無かった2人である。

 さすがに駅周辺の流通は、今でも活発で店舗もほとんど開いていて。


 とっても活気が溢れていて、田舎の町並みとは完全に違って人通りも割と多い。すっかりおのぼりさんと化した姉妹は、しばらく無言でその景色を眺めやるのみ。

 ホテルも馬鹿みたいに階層が高いし、これはひょっとしてお泊りの値段もそうなのかと気にしてしまう程。協会持ちで無料宿泊が可能とは言え、やはり心の隅では気にしてしまう。

 そんな景色に思わずビビる2人、姫香なんてさっきの度胸は何処へやら。


 さっきの相談でチェックインを先にと決まっていたけど、お昼もまだな2人である。幸い魔法の鞄があるので、荷物の重さは全く気にしないで移動出来る利点はあるのだが。

 荷物を部屋に置いてとか、気にしないで済むのは有り難いけれど。下手に駅の周囲をうろついて、さっきみたいな不良に再び絡まれるのも面白くない。

 姫香の頭の中の作戦では、幾つか良い案が浮かんでいて。


 その中の1つに、同じ地方の研修生と友達になって、固まって行動してしまおう的な案が。それなら姉の紗良も安心するだろうし、叔父の護人にも良い報告が出来る。

 高校に行かないせいで友達が出来ないってのを、特に気にしていた育ての親である。そこをクリアするのが、実は今回の小旅行の目的でもあって。

 姫香にとっては、研修などは二の次だったり。


 ホテルの中にも食べる所はあるかもと、そんな感じで取り敢えずはチェックインをする事に。名前と目的を告げると、カードキーと研修に使う会議室のフロアを知らされた。

 一応4時からと言う事になっているけど、遠方から来た研修生はチラホラいるらしい。食事出来るところを訊いたら、それもホテル内にちゃんとあるそうな。

 感心しながら移動しようかと話していると、不意に後ろから話し掛けられた。


「ああっ、香多奈ちゃんのお姉さんたちでしたっけ……? ホラ、この前の青空市で妖精ちゃんを見せて貰った安佐南の怜央奈れおなですよぅ!

 香多奈ちゃんは来てないんですかっ、妖精ちゃんは?」

「さすがに小学生はお呼ばれされなかったわね、本人は行きたいって言ってたけど。久しぶりね、怜央奈ちゃん……あなたも研修会に参加するんだ。

 ひょっとして、ホテルにも泊まるの?」


 泊まるらしい、そしてこの前の動画も見ましたよと姉妹を労う仕草。どうも直前の探索で、レア種相手に苦戦したのを知っていて、難儀だったねぇとこちらの心配までしてくれている。

 彼女の知り合いにも、来栖家パーティのファンだと言う探索者が多いらしく。犬猫同伴の破天荒振りとか、ドロップ運の強さとか、上げる動画は魅力満載なのだそう。

 そう持ち上げられて、満更でも無い姫香。





 ――とにかく1人目の友達ゲットだ、多少知り合い色が強くても。










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