協会の用事を済ませて敷地内を散策する件
午前中の日馬桜町の協会支部は、いつも通りに利用者はおらず至って静かなモノ。協会職員の能見さんに温かく迎え入れられた一行は、揃っていつもの席へ。
今回は女子チームもいるので、魔石の換金もやや複雑で大変である。もっとも、“ペンギン村ダンジョン”で回収した魔石は、同行したスタッフに全て売ってしまっている。
因島での間引きと、福島市での探索結果は既に尾道の協会に報告済みだ。換金も終わっているので、今日は“アビス”の結果を報告&換金すれば良いだけ。
問題は動画の視聴チェックなのだが、何しろ4回分の探索で時間が掛かり過ぎる。しかもその内の2日は、チームを2つに分けて探索を行っているのだ。
それを全部観ようと思ったら、半日以上かかってしまう恐れが。そんな訳で、ここでのチェックは“アビス”の護人チームの探索シーンのみと言う事に。
後の動画チェックは、暇な時に来栖家の誰かが同伴して行う約束に。能見さんが編集する際に、使っちゃ駄目なシーンなどの指示をあらかじめ貰わないと。
概ね好評を貰っている来栖家の探索動画だけど、能見さんの影の努力も大いに関与しているのは確か。バリバリ仕事の出来る能見さんは、その辺の細かな妥協も許さないのだ。
それ故に、前もっての出来上がりイメージの共有も、ある程度はやっておきたい。来栖家としても、投げっぱなしは失礼と感じて協力は惜しまない構え。
そんな訳で、女子チームで“アビス”探索を進める本隊チームの視聴会の開始。護人は少し離れた席で、2チーム分の魔石の換金を江川にお願いする。
それから仁志支部長と、大事な大人の話し合いを少々。
「いやいや、ギルドで2つ目のワープ装置の交換に成功したそうで。本当におめでとうございます、彼女たちの尾道との行き来に使われるそうですが。
聞くところによりますと、福山市では危ないシーンもあったそうで?」
「ええ、下手に藪をつついて大きな蛇が出て来ちゃいまして……その件では、ムッターシャチームにも今後の応援を約束して貰って、備えは徐々に大きくなって行ってるんですけど。
やはりずっと待ちの姿勢も、ストレスが大きくなるしどうかなと思いまして。お陰で敵の大将の素性や実力が分かって、向こうの手駒も減らせました。
ただまぁ、縁切りまでには恐らく至って無いかなと」
そう口にしながら、護人はムッターシャとの話し合いの内容を仁志へと報告する。それから相手を壊滅へと追い込む、覚悟のほどまで尋ねられたと。
そこまで話すと、全面戦争待ったなしみたいな感覚に陥ってしまうけれど。こちらの弱点をちまちま狙われるより、よっぽど良い案に思える不思議。
それには仁志支部長も、考え込む仕草で押し黙ってしまった。取り敢えずは協会本部には報告してくれるそうだが、モンスターではなく人間同士の抗争となると躊躇う気持ちは護人にも理解出来る。
その気持ちは当然だし、護人も狙われているのが自分の身内で無ければもう少し鷹揚に構えられていただろう。今は全く、相手に情けを掛ける気なと起きなくなっているけど。
報告と言えばと、仁志は協会本部から“ペンギン村ダンジョン”の魔石換金&依頼遂行料が届いていると言って来た。その額は約70万円と、たった5層の探索にしてはまずまず。
それから、2チームでの“アビス”探索の魔石の売り上げが江川から。それによると、姫香チームが110万円程度で、本隊チームが100万足らずとやや差が出た模様。
それに関しては構わないのだが、協会から“アビスリング”を幾つか売ってくれないかとの依頼が。どうやら協会本部に備え付けのワープ装置の貸し出しで、回収が滞っているそうな。
確かにあの装置は、リングが無ければ無用の長物である。来栖家の蓄えは現在50個以上あるし、そこまで頻繁に使う予定もない。
そんな訳で、向こうの顔を立てる計算も兼ねて10枚ほど売る事に。
これで追加で30万円ほど儲かった、女子チームのリングは別管理なのでまぁ平気だろう。来栖家チームも、移動は基本キャンピングカーなのでワープ装置の使用はそこまで頻繁ではない。
それよりお隣の子供達は、能見さんを交えて熱心に動画視聴をしている模様。護人チームは10層全て水エリアだったので、動画的には見応えはあるとは思う。
それでも自分の動画を観られてる気恥ずかしさから、間違ってもそちらには合流出来ない護人である。仁志支部長と他愛ない会話を続けながら、最近の近辺の情報も仕入れる事に。
そちらは本当に色々とあるようで、例えば探索者の昇級の方法がより厳しくなりそうだとか。今までは魔石の換金額がメインだったのだが、レベルやその他の貢献度も考慮に入れるようになるらしい。
それから、S級の『反逆同盟』の最近の活動状況も少々。同行するチームも少なくて、県北のダンジョン間引きも割と苦労しているそうである。
特に大規模ダンジョンの間引きに関しては、地元の協力は不可欠には違いなく。そこら辺の交渉が、或いは上手く行っていない感じなのかも知れない。
「確かに協会本部がS級探索者を派遣してくれたってのは、アピールには持って来いなんですがね。大規模ダンジョンともなると、どうしても間引きに10チーム以上が必要になって来る訳でして。
向こうの地元の戦力も、精々トップはB級なのでやり繰りは苦しいですよね」
「それはまぁ、そうでしょうけど……でも“巫女姫”のオーバーフロー予知地点が、確か山間部のその辺りなんですよね?
あまり悠長に構えていたら、取り返しのつかない事になるのでは?」
「仰る通りですが、県外から応援を募る作戦も連発は出来ないんですよ。それは明確な“借り”なので、どの道いつかは返さなきゃならない義務が生じますからね。
協会本部も、色々と面倒を抱えて大変ですよ」
その面倒の一端を担ってるのが、まさに来栖家と福山市の騒動だったりする。そう思うなら、県北レイドに参加してよと仁志の目は雄弁に語っていたり。
とは言え、こちらも厄介な案件を抱えており、しかも家族旅行を終えたばかりの護人としては遠慮したい思い。そんな水面下の遣り取りを交えながら、会談は進行して行く。
少女たちの視聴会は、その逆で至って平穏で羨ましい限り。動画に関してはここ数日の探索で掃いて捨てる程にあるので、能見さんは編集作業で忙しくなるだろう。
その事を申し訳なく思いつつ、そこは旅行のお土産でお茶を濁す毎回の流れ。今回はカニ肉や牡蠣など、ダンジョンで回収した海産物がたくさんある。
その他にも、因島のオッちゃん達に持たされた魚介類もたくさんあるので、今回はそれも一緒に配る予定。改めて振り返ると、なかなかに充実した家族旅行だった。
護人としては、宴会で酔いつぶれた記憶が大半を占めてアレだけど。初日から寄り道が発生して、オーバーフロー騒動を収めたりとイレギュラーもあったけど。
子供達も喜んでいたし、姫香の誕生日の特別感も演出する事が出来た。
――夏の良い思い出として、家族の皆の記憶に残れば何より。
それから一行は、お昼前には来栖邸へと戻っての寛ぎタイム。香多奈たちはまだ戻っていないようで、アイツお昼どうするのと姫香が姉らしく心配している。
麓に遊びに行ってる子供達は、何らかの移動手段がないと山の上に戻って来るのも難しい。護人もそう言えばと携帯をチェックしたら、キヨちゃん家でお呼ばれするとラインで報告が入っていた。
麓から登って来る時に、ドタバタしてチェックを忘れてしまっていたようだ。それを姫香に報告しながら、旅行疲れかなと肩を揉む仕草の護人である。
それを抜かりなく見ていた姫香が、旅行の間も運転ずっとしてたもんねと相槌を打つ。それからお昼食べたら、部屋で休んでなよとの優しい言葉。
紗良もそれに同意して、外仕事はみんなで手分けして夕方までに終わらせると請け合ってくれた。孝行者の子供達を持って幸せだなぁと、心が温かくなる護人である。
そんな訳で、昼食後には姫香とお泊まり3人娘は外仕事をこなしに出掛けてしまった。紗良は洗い物や家の中の片付け、洗濯などをこなす予定。
外仕事の姫香たちは、敷地内の見回りをした後に露天風呂の大掃除をする予定。家畜小屋の掃除もしたいし、暑い中なかなかハードなスケジュールである。
その点、姫香は友達を使い込む気満々である……来栖邸の規則で、ただ飯食らいは3日までなのだ。陽菜たちは3日以上泊まる予定なので、つまりは客扱いしなくて良いって理屈だ。
その暴論を聞いて、ブー垂れるのは怜央奈のみ。
「さっきはお客さん扱いしてくれるって言ったじゃん、姫ちゃんのウソつきっ! この暑い中、あっちこっち掃除してたら熱中症で倒れちゃうよっ!
初日なんだからちょっとは加減してよ、姫ちゃん!」
「怜央奈、ポーション持って来たから倒れそうになったら知らせろ? 便利な世の中になったな、働き過ぎても探索者のステータス補正はそれを苦にしないからな。
護人リーダーは、あれって気苦労の方が多いんじゃないか?」
「そうかもっスねぇ、協会でも偉い人と難しい話してたみたいだし。戻ってすぐ、自治会の集会もあるって電話受けてましたもんね。
せめて家の仕事は請け負うって、姫ちゃんは偉いっス!」
ポーション飲みながら仕事なんてしたくないと、怜央奈の怒りは収まる気配はない。それでも友達のためにと、手を抜かず働く姿にはほろりとさせられる。
まぁ、一番掃除を張り切って頑張っていたのはみっちゃんだったけど。それから『無限の水飲み器』や『軽量のネコ車』などの魔法アイテムを見て、先進的っスねと驚いている。
それは“秋吉台ダンジョン”の動物園エリアで入手したんだよと、便利でしょと明るい対応の姫香。ネコ車で運ぶのは汚れた敷き藁や牛のフンなのだが、驚くほど軽い。
それを聞いて、そっちを使わせてよと騒ぎ出す怜央奈である。
来栖家の飼っている牛は、6頭程度でそれ程には多くはない。ヤギは茶々丸を入れて5頭くらいで、一番多いのは卵を取るための鶏だろうか。
これらも日中は放し飼いで、敷地内を勝手気ままに駆け回っている。これらの家畜たちも、今年の夏の暑さを切り抜けてくれそうで一安心の家族たち。
それから掃除を頑張ってくれた友達に、慰労を兼ねて牛の紹介をする姫香である。ちゃんと全部名前がついていて、こう見えても全員愛想のよい家族たちなのだ。
鶏の中にも愛想の良い奴がいて、喋っている女子たちに近付いて来るのが数羽ほど。この子たちは香多奈が孵卵器で孵した奴ねと、姫香もスラスラと名前を呼んで抱え上げている。
何にでも興味を持つみっちゃんが、可愛いっスねと自分も鶏を抱っこの構え。そして何故か盛大に突かれて、友達の爆笑を誘っている。
かくして、騒がしい一団はもうしばらく敷地内の散策を続けるのだった。
ようやく静かになったリビングでは、紗良が鼻歌など歌いながら夕飯のメニューを考え中。今日も泊まり客に加えて、訪れる人が多かったら仕込みも大変だ。
とは言え、魔法の鞄の中には因島でお土産に持たされた魚介類が豊富に入っている。姫香が釣り上げたチヌも、今日は家族みんなで食べて貰う予定。
そのチヌがあまりに立派だったので、姫香はみっちゃんに頼んで魚拓にして貰ったのだった。それを家の壁に飾ろうと、護人は家の倉庫から使ってない額縁を探し出した所。
どうせなら、家族旅行の写真も一緒に飾りたいなと護人は構図を考え中。それを眺めるミケは、そのでっかい魚を見て何となく満足そうな表情。
子供達の狩猟の腕前が上がっている事に、母猫は満足感を覚えているのかも。ミケの行動には、そんな母性からの一貫性を感じてしまう護人である。
彼女から見たら、恐らくは護人も子供の範疇なのだろう。
――そんな家族の狩猟の腕も、そろそろミケから合格を貰えるレベル?
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