無視も出来ない“新”敷地内ダンジョンを窺ってみる件
ようやく突入態勢が整った、“喰らうモノ”ダンジョンの攻略を来週に控えて。週末を迎えた来栖家の面々は、ここに来てやや浮足立っていた。それにはもちろん、前回の攻略失敗を引き摺っての面もある。
島根と愛媛からA級チームを呼び寄せて、またもや失敗なんて事になったら目も当てられない。そんな末妹の呟きが、未来を招いて確定しかねないと焦った面もちょっとある。
それじゃあどうするのと、半分キレながらの姫香の問い詰めに。末妹は、まだ時間があるんだから敷地内のダンジョンで特訓でもすればと気楽に返す。
なるほど一理あるねと、多少冷静さを取り戻した姫香は小首を傾げて悩む素振り。今日は週末で、幸いブルーベリーの収穫くらいしか家族の予定は無し。
ついでに島根の『ライオン丸』と愛媛の『坊ちゃんズ』だが、息合わせに合同で探索に行こうと言う話になっていた。どこか良い場所を教えてくれと、歓迎会の時に相談されていたのだ。
そこで思い出したのが、鬼の用意した“ダンジョン内ダンジョン”5つである。ここは鬼たちが言ってた通り、特殊でコアの修繕も異様に早かった。
気付いたらダンジョンは、5つとも普通に活動を再開していた模様。それを確認に向かった姫香とハスキー達は、何とも言えぬ表情に。
もっとも、ハスキー達は普段から夜中の特訓に使っていて知っていたかも。それにしても、何とも個性的なダンジョンを近場に抱えたモノだ。
さて、それじゃあ新しい“報酬ダンジョン”は一体どんな?
「攻略するとかは別にして、1度はどんな感じなのかみんなで見ておいた方がいいんじゃない、護人さんっ? ってか、ゲストチームが訓練に行くって言ってるし、ウチらもどっか探索しに行くべきかも?
異世界チームと星羅チームも、今日はダンジョン探索するって言ってたし」
「そうだねぇ、うちだけ家でのほほんとしているのも、確かに体裁が悪いよねぇ。ペット達は行く気満々で、お庭で待機しているみたいだし。
ここはもう、我が家も探索に出掛けるしかないのでは、護人さん?」
「それじゃ、急いで支度しなくっちゃだね……ほらっ、萌もムームーちゃんも出掛ける準備してっ!」
そんな訳で、家畜の世話を終えての朝食後のミーティングで。週末の来栖家は、他のチームと足並みを揃えるべく急遽探索を予定に組み込む事に。
その第1候補だが、鬼が用意してくれた“鶏兎ダンジョン”内の新造ダンジョンが最有力候補に。1度潜った場所は、ネタバレしていてテンションが上がらないとの子供たちの意見である。
そうと決まれば、まずはゲスト2チームを敷地内の“鼠ダンジョン”へと案内して。それから自分達は、鬼の用意してくれた“報酬ダンジョン”へと赴く流れに決定。
それを伝えた数分後には、探索準備を終えた異世界チームと星羅チームが庭前へと集合を果たした。それから更に15分後に、麓から車で上がって来た島根チームと愛媛チームが合流する。
途端に賑やかになる来栖邸の庭だけど、傍目から見たら物凄く壮観である。何しろA級チームが4組に、B級チームが1組と言う並びなのだ。
ここにいない『シャドウ』チームも、青空市の後には合宿と称して来栖家に数日泊まり込んでいた。今週は里帰りして不在だが、探索者の腕前は訓練で上がっている筈。
とにかく難関ダンジョンの攻略へ向けて、全力で頑張っている一同である。今日の合同探索も、チーム間の最終的なチェックの意味合いが強い。
それにしては、島根の『ライオン丸』チームの面々はやや浮かれている気がしないでも無い。それを珍しい生き物を見る目で眺める末妹も、ちょっと容赦がない。
「野郎どもっ、とにかく探索で目立って女の子たちの好感度を上げて行くぞっ! 丁度4対4のシチュエーションだ、誰が選ばれようと恨みっこなしだぜ!」
「そうだなっ、向こうもA級チームだから同格の探索者は新鮮な筈だっ……良いところを見せれば、なびく可能性はとっても高いぞ!?
頑張ろうぜ、この探索に俺たちの未来を賭けるぜっ!」
確かに切羽詰まった野郎共の、魂の叫びを盗み見するのは面白いかも知れない。それを聞こえてても、敢えて無視するマナーはとっても大切。
愛媛の『坊ちゃんズ』の女性4名は、そのルールを守ってとってもお行儀が良い。もっとも阪波鈴鹿だけは、ひたすらコロ助を撫でて悦に浸っている。
『坊ちゃんズ』の女性リーダー氷室に至っては、働きアリを得た女王のような表情がちょっと怖い。香多奈にだけは、あんな女性になって欲しくないなと護人はちょっと思ってみたり。
そんな騒動を挟みつつ、4組のチームは“鼠ダンジョン”へと向かって行った。最初に懸念していた、A級チーム同士の軋轢は全く存在していなくて何より。
それに関しては本当に良かった、こちらも余計な神経を遣わずに済む。チーム『ライオン丸』が、早くも女性チームに尻に敷かれそうな気配はこの際仕方がない。
その辺はノータッチで、向こうのやり易いようにして貰えればオッケー。
「さて、それじゃあこっちも探索に出掛けようか。ハスキー達が急かして来てるし、ウチらの準備はすっかり出来てるからね」
「確かに向こうのチームばっかり訓練させても、主催チームとしては格好がつかないもんね。せっかく鬼が用意してくれた報酬だって、確認しないと失礼だろうし。
そう思えば、丁度いいタイミングなんじゃない、護人さん?」
「そうだな……どうせ他のチームが探索してるのに、ウチだけ休む度胸も無いしな。それじゃあ取り敢えず入ってみて、中の様子を窺う感じで行こうか。
全部を攻略するかどうかは、中の階層数次第かな?」
合計の階層数が15以上だと、1日で全て攻略するのも大変になって来る。そもそも“鶏兎ダンジョン”に入るのも、来栖家的には随分と久し振り。
ハスキー達は、間引きと称する経験値稼ぎで、夜中に入っている可能性もある。ダンジョン内の変化など、そんな報告も無いし内情は不明だ。
それは行けば分かるよと、香多奈などは呑気に構えて早くも歩き始めている。それに先行して、ハスキー達も軽やかな足取りで敷地内を進んで行く。
今回も主力は彼女達には違いないし、その点では本当に頼り甲斐のある仲間である。今回もムームーちゃんを連れて行く気満々の末妹に関しては、護人ももはや掛ける言葉もない。
ただし、妖精ちゃんの操る戦闘ドールが、足元をウロチョロするのは如何なモノか。今回から実戦投入すると息巻いてる小さな淑女にも、護人は何も言い出せず。
香多奈などは頑張ってねと楽しそうに声を掛けてるし、紗良も錬金の師匠には強い言葉を発せない。かくして、チビ妖精の我が儘は日々増長して行くのであった。
まぁ、彼女もチームの役に立とうと思ってくれている筈ではある。強く窘めるのも違うだろうし、いざとなればミケが強制折檻してくれるだろう。
この力関係は、恐らく天地が引っ繰り返っても崩れる事は無さそう。例え妖精ちゃんが、スマートに戦闘ドールを操れるようになったとしても。
ウサギは所詮、どう頑張ってもネコには敵わない。
「おっと、結局1層目には変化が無かったかな? 向こうの“鼠ダンジョン”と同じ構造なら、2層目の支道から入れるゲートが出来ているのかもな。
次の層は注意して確認頼むよ、ハスキー達」
「そうだね、敵もほぼ出て来なくなってる点も同じかも……“報酬ダンジョン”の数は幾つかな、1個だけだと今日中に探索して終わりだね」
「えっ、複数の可能性もあるの、香多奈? 私はてっきり、1個だけで豪華な報酬をゲットして終わりだって思ってたよ」
そう言う姫香に対して、1個なんて寂しいじゃんと良く分からない反論をする末妹である。そして実際、2層に降りて確認した所……支道3つに対して、その奥に存在するゲートも3つ程確認が出来てしまった。
つまりは、最低でも3つは“報酬ダンジョン”がある事は確定っぽい。3層に行ってみないと分からないけど、まだある可能性もとっても大きい。
どうしようと驚き模様の姫香に、取り敢えず今日はこの中の1つを探索しようと簡潔に答える護人。報酬が欲しいからと、あまり無理して攻略するのも違うだろう。
最悪、今日中に攻略出来なくてもその辺は諦めが肝心だ。ハスキー達も今日はここかと、護人が指定したゲートへと元気に突入して行ってしまった。
その姿は何の躊躇いもなく、ヤル気に満ち溢れている。
そして出た先だが、“鼠ダンジョン”の改良後に見慣れたロビー室っぽい空間だった。大人数の来栖家チームが出現しても、余裕のある広さの待機場所である。
そこには3つの扉と、それから扉式の未稼働のゲートが1つ。これを稼働させるには、鍵とかそんなトリガーアイテムが必要なのかも。
探索も1年以上を数えると、自然とその程度の推理は出来てしまう。それは頭の良い紗良ばかりか、香多奈までが推測を口にして最初行けるのは3つの扉らしい。
つまりは、最初はどの扉を選んでも良いと言う、向こうの“ダンジョン内ダンジョン”と同じ構造みたい。それらを全て攻略して、鍵をゲットして戻ると大ボスに挑めるパターンだろうか。
最終的には姫香もそれに同意して、末妹にどれから行こうかとご意見伺い。香多奈は元気に右端の扉を指差し、それに何の疑問も持たずに従うハスキー達。
いよいよ探索開始だと、その表情はとっても嬉しそう。そして先陣切って第1層フロアへと突入して、慣れた様子で周囲を嗅いで回っている。
少し遅れて入って来た、護人たちも同じく周囲の確認を行った所。どうやら最初のダンジョンは、遺跡タイプと言うか室内フロアみたいだ。
古い感じもしないし、異世界感も無いなと思って眺めてみると、どうも現代建築物っぽい室内である。意外と広くてフラットな室内に、目立って散在する妙な器具類。
アレは何かなと、敵の姿の見えない気軽さからそれに近付こうとする子供たち。ハスキー達も敵の姿を求めて、周囲をうろついてるけど見付からない様子。
今までの“ダンジョン内ダンジョン”では、1フロアに敵が50体以上出て来たので違和感が凄い。子供達はやっぱり器具が気になるようで、間近でそれを観察している。
そしてビックリ、姫香が試しに作動させると周囲に湧くモンスター達。
「わわっ、これって敵の召喚装置だった……ひあっ、一気に10匹もっ!? ハスキー達、フォローお願いっ!」
「おっと、ようやくの事敵が出現してくれたか……とは言え、まだこのエリアの仕掛けも完全に分かって無いしな。
他の装置には触らず、取り敢えず出て来た敵を倒すぞ、みんな」
「オッケー、叔父さんっ……ルルンバちゃんも参戦だよっ、頑張って! ルルンバちゃん、近接攻撃モードにチェンジっ!」
その言葉と共に、ノリノリで装備を変更させて良く分からないポージングを行うルルンバちゃん。その辺は、秘かに末妹と特訓を行っていたのだろう。
そこからの交換した魔導アームでの近接戦は、何と言うか容赦のない戦い振り。普段の温厚なAIロボと違って、無機質に敵を屠って行くその姿と来たら。
まさにお掃除殺人マシーンとでも呼ぼうか、ドワーフの親方も罪作りな装備を与えたモノだ。この魔導アームには、一応刀身やらの昔の回収武器を使用している模様。
ただまぁ、質量と言うかアームそのものが凶悪な武器となってまるで巨大な棍棒だ。これを、ほぼ無料でルルンバちゃんにプレゼントしてくれた親方は、ある意味来栖家チームのファンなのかも。
その装備の威力の初お披露目に、護人も驚いて目が点になっている。
――とにかく、新生ルルンバちゃんが増々頼りになる事は確か?




