広島周辺の探索者&ダンジョン事情その21
これは時系列的には、ギルド『日馬割』の合同依頼で、隣町へとやって来た休日の朝の出来事の話。来栖家チームは別行動と言う事で、“鉄橋下ダンジョン”の間引きへと向かって行った。
一方の異世界チームと星羅チームの面々は、地元の自警団の隊員3名に最新の失踪現場へと案内される。そこから張り切るザジをリーダーに、その場に残された証拠を見極めに掛かる流れに。
日馬桜町の隣町の立地は、一応は瀬戸内海側に面している。ただしその事件のあった町は、まだ山の中に位置していた。広島市からも電車で1時間は掛かるし、まぁ田舎と言っても差し支えは無い場所である。
従って、建物の密集していない場所も多数存在して、案内されたのもそんな場所だった。主要道路からも少し奥まった、少し歩けば山と言うか藪の広がる土地の一軒家である。
見渡せば、ぽつぽつ他の建物も一応遠くには窺える感じ。ただし、よほど大きな音を立てないと、気付かれないかなって距離はお互いにあるようだ。
なるほど、ここに住んでいて押し込み強盗に遭ったとしても、周囲の誰も気づかないだろう。説明を始める自警団の若者は、他の失踪現場も似たような家屋だと口にする。
それから、だいたい2~3日に1度は必ず通報がなされると苦い顔で報告して来た。近くの山の中では、獣に食い散らされたような現場も発見されたそう。
そこにもすぐに案内出来ますと、あまり乗り気でない口調の案内人。
「正直、何度も見たい類いの現場では無いですからね……恐らく獣の仕業でしょうが、死体は酷い損傷で肉の部分はほぼ残っていない有り様でした。
“変質”した犬か何かを野山で見たって証言も、チラホラあがってます」
「おっと、素人が余計な推測をするんじゃないニャ! そう言うのは本業に任せて、事実だけを正確に述べるニャ!」
「いや、今のは証言だから事実でしょ……そもそもザジってば、本業が探偵でも何でもないじゃん。しかもこっちの言葉、半分も分かってない癖に。
あぁ、分かったってば、言いたいだけだったんでしょ? 怒らないで、みんなで現場検証しようよ」
星羅の茶々入れは、ザジ名探偵のお気に召さなかった模様。プンスカ怒った猫娘は、現場検証もそっちのけで怪しい場所へ案内しろと案内人にせっつく有り様。
残りの面々も、スキル頼りで追跡出来れば良いかなって感じでついて来ている。楽しくない現場検証より、有益な敵の目撃情報の方が有り難かったり。
そんな訳で、しばらく地図を見たり山の斜面を眺めたりと、敵の痕跡を真面目に調べる一行である。既にザジが探偵の主力なんてお遊びは解除され、それぞれ真剣に犯人追跡に当たっている。
そうこうしている内に時間も経過して、お昼休憩をしましょうと自警団の案内人たちが告げて来た。当然ながら、ほんの数時間で難事件解決とは誰も思っておらず。
最悪、夜中の張り込みまで想定していた隣町の自警団員達である。つまり彼らは、A級チームの本当の実力と言うのを全く知らなかったのだ。
スキルと言うのは、探索中でなくても充分に人外の能力を発揮する。そして今回その取っ掛かりを得たのは、他ならぬ“元聖女”の星羅だった。
さすが元A級で、若くして10以上のスキル持ちである。《蘇生》スキルが有名だけど、彼女はその他の探索系や強化系のスキルも結構揃えている。
昼食後に、何となくこの周辺の地図を女性陣で眺めていた星羅チームの面々なのだが。不意に星羅が、このポイントが怪しいねぇとある一点を指差した。
土屋がすかさず、その地点をペンでマーキング。隣の柊木は、スマホの地図アプリを起動させてそこまでのルートを示し出す。
そしてすぐ近くにいた異世界チームに、奇襲を掛けるよと急ぎで告げる。その辺のフォーメーションは、同じギルドだけあって堂に入っていて素晴らしい。
そして土屋の先導で、動き出すギルド『日馬割』の2チームである。
「ズブガジちゃんで近付くと、目立つし逃げられる可能性があるかな……出来れば潜伏地点を皆で囲んで、一網打尽にしたいんだが。
無理かな、目的地は山の中の一本道の突き当りの廃屋みたいだし」
「難しいな……ズブガジに遠回りして貰って、山の上のポイントを押さえてみようか。その気配でバレるかも知れんし、敵が何人いるかも不明だしな」
作戦を話し合う土屋とムッターシャだが、囲い込み作戦はかなり遂行が難しそう。ザジは果敢に突っ込むニャと、勇ましいだけで使い物にならない有り様。
星羅のスキルも、これ以上の絞り込みは無理みたい。取り敢えずは、ズブガジに乗って星羅と柊木が大回りから反対側へと位置取りする作戦に。
そして残りの者も、廃屋が視認出来る距離まで詰めての待機。夏の日差しはそれなりに強烈で、山の日陰はそれを和らげてくれはしているモノの。
じっとりと汗を掻きつつ待つ時間は、それなりの緊張感で神経を削って来る。そして不意に廃屋の入り口に人影が動いて、ムッターシャが気付かれたなと呟いた。
怒涛のラッシュを掛けるムッターシャとザジのペアは、人間離れした動きで廃屋へと詰めかけた。それに立ち塞がったのは、醜く“変質”した大型犬が2匹だった。
それらを斬り伏せて、逃げ出した人影を確認する追跡チーム。鬼と妖精と、それから大柄な怪物は探し求めていた“喰らうモノ”に間違いない。
追い詰められた奴らの反撃はかなり熾烈で、チーム分けしたせいで機動力も削がれてしまった事が仇となった。結局は見失わないまでも、1時間に渡る追跡でも退治には至らず。
逃げ込まれた先は、異世界チームも良く知る場所だった。いや、実際に潜入したのは過去にたった1度だけある。“喰らうモノ”ダンジョンは、あの時と外観にほぼ変化はなし。
「悔しいニャ、まんまと逃げられたニャ……こうなったらリリアラに結界を張って貰って、出入りのチェックを厳重にするニャ!
次に出て来たら、こっちも容赦しないニャ!」
「そうするしか無いな、さすがしぶとい“喰らうモノ”だが……ダンジョンと融合しても、食欲を満たすためにうろつき回るとはいかにも奴らしいな。
これは早急に、本拠地を潰す算段を整えないと」
――“喰らうモノ”との決戦は、これ以上後回しには出来ない模様。
四国の渓谷と言えば、徳島県の大歩危と小歩危が有名である。しかし、チーム『坊ちゃんズ』のホームの愛媛県にも、山の方へ目を向ければ幾らでも渓谷は存在する。
その中の1つの、仙波渓谷の辺りに、どうやら突発的にダンジョンが生えてしまったらしい。主要道路でモンスターの移動が確認されて、これはオーバフローだと一時大騒ぎになったのがつい先週の事。
そして“今治城ダンジョン”を攻略し終えたA級チームの『坊ちゃんズ』にも、その確認のための依頼がやって来た。結果、広島に遠征に行く予定を先送りにする破目に。
久し振りにあのチームに会えるねと、メンバーはかなり盛り上がっていたがそれも先送りに。特にモフモフ大好きなエースの阪波鈴鹿は、目に見える程の落ち込みよう。
姫香や香多奈と、ラインの遣り取りを割と頻繁にしていたリーダーの氷室もそれは同様だった。何しろ女子だけのA級チームに、浮いた話もない有り様なのだ。
そこに島根の、同じくA級チームのメンバーとかなら紹介出来るよとの誘いの文面に。同じ位の稼ぎの独身男性との合コンかよと、実はメンバー達も盛り上がっていたのだ。
そんな時のオーバフロー騒動での足止めである、これが悲しまずにいられようか。そもそも愛媛は、元々ダンジョン多発地域で地元の間引き案件も割と多忙なのだ。
その上、A級になってからは他の地域への遠征仕事も多く舞い込んでスケジュールが大変! 元が部活の先輩後輩で結成されたチームなので、仲間から表立っての不満は出ないけど。
皆がストレスを抱えてるのは、長年の付き合いから簡単に分かる氷室である。
「確かに厄介な案件だけどさ、他のチームがダンジョンの発生場所を突き止めたって話だし。意外とすぐ終わるんじゃないかな、静香の『探知』スキルを使えば」
「そっ、そうだね……今回は4チームだっけ、オーバーフロー騒動の解決に当たるチームは。前にやった大歩危峡のオーバーフローの時よりは、まだマシだと思う」
「アレは確かに酷かったね、妖怪系の奴らが山の中を跋扈してて。天狗とか児啼爺はともかくとして、10メートル級のデイダラボッチが出た時はこっちが泣きそうになったよ!
まぁ、動画の再生回数は割と伸びてくれたけど」
「いや、鈴鹿がバカ正直に、児啼爺をオンブしようとした時は参ったなぁ……」
そう揶揄われる、このチームのエースの阪波だけど、全然懲りた様子もない。逆に、お年寄りには親切にと小声で呟いて、動画の視聴へと戻って行く始末。
それはライン友達の、日馬桜町の香多奈からの私信動画だった。その内容は、コロ助と戯れる新しいペットのムームーちゃんの紹介動画である。
どうやら異世界に遊びに行った際に、岩陰に隠れていた迷子を拾って来たらしい。この位のサイズなら、すっかり遠征の多くなった自分達チームでも持ち運べるかも知れない。
鈴鹿の悩みはこれに尽きて、動物が大好きなのに遠征旅行がやたら多くてペットが飼えないのだ。そのストレスを、友達からの動画で癒すと言う毎日である。
今もメンバーの運転で、山へのルートをキャンピングカーでの移動中。合コンの話で盛り上がる仲間を余所に、彼女は動画の中のモフモフに癒しを求めていた。
これでも戦えば、10メートル級のモンスターもほぼ一撃で倒す剛腕の持ち主である。ただし、気の良さから妖怪トラップ(児啼爺)に、簡単に引っ掛かる性格でもある。
そこはまぁ、メンバーもすっかり慣れっこで過剰な追及も無いと言う。チーム内の空気は、こんな感じで取り敢えず良好に保たれている。
ただし、やはりストレス管理は大事で、そこに来てのA級チームのレイド(合コン)のお誘いである。リーダーの氷室としては、この機会を逃す訳には行かない。
つまり、この仕事をさっさと終わらせるぞと、意気はとっても高かったり。
――かくして愛媛の『坊ちゃんズ』は、今日も依頼任務に奔走するのだった。
異世界の用件から帰って来た来栖家チームだが、家族の面々は日常に忙しなく戻って行った。何をそんなに生き急いでいるんだと、それを見る妖精ちゃんは常に思っている。
ただまぁ、異種族の寿命の短さをつい最近知った彼女はその考えを改める。特に小さなペット達は、10年ちょっとしか生きられない未熟な魂達らしい。
それでもそんな未熟者に、テリトリーの主導権を握られているのが我慢ならない小さな淑女である。名前をあげるとしたら、あのミケと言うこちらを付け狙う生物だ。
アイツには、何度叩き落とされて口に咥えかけられただろうか……思い出すだけでも腹立たしいが、それを覆す回収品が今回は多数見つかった。
実際には、迷子のネビィ種とそれから呪いを解除された兎の戦闘ドールである。これらを自分の陣営に取り込めば、縄張りを大きく広げる事が出来る!
薔薇のマントにも、そんな策略を持ち掛けた事が以前にはあった。しかしアイツは単純で、自分がご主人の1番になりたいだけらしい。
そのご主人の膝の上に、ミケが乗っかって甘える姿に度々嫉妬する薔薇のマント。それ以外は至って平穏で、スリープモードで自制が掛かるらしい。
それだけ魔素の薄いこの現世で、稼働するのは大変って事ではある。アレはアレなりに、他のペット達と折り合いをつけて生活に馴染んでいるようだ。
使えない奴だなと、妖精ちゃんはチョー残念に思う。
そこで迷子の新入り軟体ペットである、アレを鍛えて自分の部下にするのだ。彼女の部下には紗良や香多奈もいるが、コイツ等は敵猫に元から超甘なのだ。
使えない人材の筆頭であり、まぁお世話してくれるから許すけど。妖精ちゃんはこれでもセレブ出身なので、仕えてくれる者には甘い性格なのだ。
とにかく部下は必要だ、駄目となれば自ら兎の戦闘ドールで自衛するしかなくなってしまう。これは異界でも、実は超レアなアイテムではある。まぁ、呪いを含む人形は、どこでも敬遠されるのがその理由の大半である。
そんな些細な理由で、秀逸な武器を手放すのはいかにも馬鹿げている。皆は知らないのだ、この戦闘ドールの本来の姿といざと言う時の高出力を。
それを知ったら、家族全員が引っ繰り返るだろうから言わないけれど。雷を自在に操り、最近は壁をすり抜けちゃったりも出来るあの厄介な好敵手であっても、恐らくこの戦闘ドールには敵わない筈である。
それがバレたら、家長に絶対取り上げられるから間違っても言わないけれど。自分の弟子の末妹は、そのせいで何度も叱られて便利な魔法アイテムを没収させられているのだ。
こっちが使い方を丁寧に教えてやってるのに、取り上げられるとは本当にバカな子である。まぁ、種族は違えど子供ってそう言うモノだから仕方が無いのだろう。
だからこの迷子のネビィ種への教育も、やや慎重にしないといけないだろう。取り敢えずは戦力になる火力を与えて、自分を崇拝させる所から手掛けないと。
妖精ちゃんは賢いので、紗良が宝珠を隠す場所をしっかりと覚えていた。盗み見るまでもない、彼女達は身内に甘いのでガードがとっても緩いのだ。
まぁ、最終的にあの軟体ペットが戦えるほど強くなれば、家族もきっと喜ぶだろう。つまり彼女のやる事は、概ね正しいし間違っていないって理屈である。
やるべき事は大まかに2つ、軟体生物の強化と手懐けがまず1つ目でとっても大事。その予備案として、戦闘ドールを自衛用に動かす練習をする事。
何より大事なのが、その凶悪なまでの性能を家族に隠しておくコト!
――妖精ちゃんのテリトリー拡張計画は、こうして秘密裏に始まった。




