2度目の異世界ダンジョン探索が決定してしまう件
驚いた事に、その元ネタのアニメを末妹の香多奈も知っていた。そして可愛いと騒ぎ立てての、見事ドワーフ親方からのレンタルへと話は纏まった次第。
来栖家チームが依頼を請け負ったタイミングで、ズブガジのメンテも終了したとの知らせが。それを聞いて、異世界チームはちょっと稼ぎに出て来るとの言伝を残してチームで出て行った。
揃って工房を後にする、その姿の何とも勇ましい事。その際には、異界のダンジョンには気をつけてなと来栖家チームに助言をくれた。
ズブガジも調子が戻ったようで、心なしか進む姿はご機嫌に感じる。何にしろ彼らの目的が達成されて、来栖家としても誘った甲斐があったと言うモノ。
そして問題の来栖家チームだが、親方から呪いの長剣を受け取って、これで所持してる呪いの品は全部で3つ。まぁ、来栖家所有の品については、浄化後に使うとも限らないけど。
心情的に、家の中に呪いの品があるってのは気持ちが悪いのも確か。そんな程度の相談だったのに、まさかダンジョンに浄化に向かう事になるなんて。
人生って、本当に儘ならないモノである。
そんな事を考える護人を余所に、着々と準備は進んでいく。親方の指示によって、弟子たちが周囲の地図や簡易魔法アイテムを持たせてくれたのだ。
主に、迷子にならずにダンジョンに辿り着いて、そこから戻って来れる対策を講じてくれているみたい。何しろここは隠れ里、出るのはともかく戻って来るのは一苦労なのだ。
それを熱心に聞いているのは、ほぼ紗良の仕事だったりして。香多奈はルルンバちゃんの改造計画を、熱心に親方へと伝えている所。
つまりは、探索のお仕事から帰って来たら、究極体のルルンバちゃんを拝めるとの期待が大きいよう。ドワーフ親方は、大笑いしながら任せておけとご機嫌な様子。
そしてお弟子さんから貰ったアイテムの使い方を、何とか把握した来栖家の長女。地図と睨めっこしながら、護人を相手に出発前の最終確認を行なう。
その辺りの細かい計画が苦手な姫香は、ミケを抱っこしてアンタも頑張るんだよと打ち合わせの真似事など。ミケはニャアッと、何ともヤル気の無い返事である。
いつもの態度だが、決して不機嫌では無い様子でまずは安心する姫香。萌もテンションは低いけど、それはいつもの事でコンディションは悪くなさそう。
不意に決まったダンジョン探索だが、チームの状態は通常通り。ハスキー達も同じく、彼女たちの調子は家族が毎朝みているのでその辺に抜かりは無い。
かくして、来栖家チームの2度目の異世界探索は決定したのだった。
「戻った時が楽しみだなぁ、ルルンバちゃんがどこまで格好良くなってるか。あっ、今の姿もとっても可愛いよ、ハロ……じゃなくてルルンバちゃん!
でも、武器が少ないから探索の役に立つのは大変だと思うの」
「そうだね、奥の手を封じられて異界のダンジョンに探索に向かうのは勇気がいるよね。でもまぁ何とかなるでしょ、逆に異界の地で迷ったりする方が怖いよね。
その点は平気なの、紗良姉さん?」
「うん、魔法のアイテムの使い方さえ間違えなければ……向こうで言うスマホのナビみたいなのを、こっちの魔法アイテムが代用してくれる感じかなぁ?
簡単に言えば、自分達が進んだルートを魔法の石板が記憶してくれるのね」
なるほどと、姉に質問した姫香はその答えを聞いて納得顔に。それなら出て来た道順を間違いなく戻れるし、変に迷う事も無くて安心である。
護人は親方や子供達と話し合っての最終チェックを終え、それじゃあ行こうかと号令を掛ける。は~いと元気な返事と、跳ねるようについて来るボールボディのルルンバちゃん。
ちょっと和むが、これから向かうダンジョンはそれなりに高難易度らしい。地元では“清浄と汚濁のダンジョン”と呼ばれているそうで、異界の冒険者の評判も良くないそうな。
死霊系の敵も確認されてるけど、逆に浄化ポーションも多く回収出来るそう。相反する特性を持つダンジョンには違いなく、手強いのは確かだとチームの気を引き締めに掛かる護人である。
ただし香多奈などは、紗良お姉ちゃんの《浄化》スキルがあれば無敵だよと呑気な物言い。跳ねて移動するAIロボを撮影しながら、この動画も好評になりそうとご機嫌である。
テンションの高いハスキー達の先導で、集落の別の出入り口へと工房のお弟子さんに案内される一行。そこからお気をつけての言葉と共に、ゲートを潜って隠れ集落を後にする。
そして排出された周囲の景色に、凄いねと驚きを隠せない子供たち。ハスキー軍団も安全確保に、忙しなく辺りのチェックを行っている。
香多奈が感心していたのは、いかにも風変わりな植物群だろうか。枝葉がヘンな場所に密集してる幹の太い植物が、等間隔に並んで生えている。
背の低い茂みも独特で、色鮮やかな葉や花が特徴的だろうか。よく見れば土の色も赤褐色で、外国の地の雰囲気が半端ではない。
まぁ、異世界も外国の内と思えばそうなのだが……そして当然、周囲には集落も街道も存在しないと言う。説明では僻地にあるダンジョンとの事だったので、それも当然だろう。
今のところ、危険な動物やモンスターの気配は無さそう。その点は良かったけど、さてどちらに進むべき? ハスキー達も、進むべき方向はさすがに分からない。
そんな訳で、地図を確認しながら護人と紗良で方向を割り出す作業に約5分。何とか見当をつけて、ようやく進み始める異界の見知らぬ土地である。
こんな時は、やっぱり護衛のハスキー達がとっても頼りになる。
幸い、山慣れしているメンバーで、しかも周囲の視界は良好と来ている。天気も良いので、揃って進むのに何も問題は無い。道のりに関してもほぼ平坦で、目的地も少し歩いたら見えて来た。
地図と睨めっこしていた紗良も、あの遺跡跡地に間違いはないと保証してくれる。その報告を聞いて、一気に盛り上がるハスキー軍団&子供達。
「親方に貰った魔法のタグも付けてあるし、開封の魔方陣で隠れ里にもちゃんと戻れるようになってるし……あとは探索を成功させて、呪いの装備の解除が上手く行けば全部オッケーかな。
念の為にって魔法のマスクは工房で借りたけど、ペット達全員の分が無いのよねぇ。瘴気と魔素が酷いダンジョンだって話だけど、私の《浄化》スキルで何とかなるかなぁ?」
「そっか、ハスキー達の臭いだか瘴気対策が全然ダメなのか。護人さん、勢いでここまで来ちゃったけど突入前からピンチかもっ!
紗良姉さんのスキルが効かなかったら、ハスキー達が大変だよっ」
「うん、まぁ……その時は、マスク装備のある者達だけで探索するしか無いな。ハスキー達は、残念だけどお留守番して貰うしか方法が思いつかないな。
それは仕方が無い事だし、我慢して貰おう」
その言葉に、ええっと驚き顔の子供たち。ハスキー達も、そんな殺生なと抗議顔で振り向いて来る。とは言え、大切な家族を使い捨てのコマみたいに扱えないのも事実。
体調を崩すのを前提に、一緒に連れてはいけないよと護人はチームの説得を試みるも。その大人の正論は、どうもハスキー軍団&子供達には受け入れて貰えない様子。
子供達は、チームで家族だからこそ一緒に行くべきだと護人を説得する。ハスキー達も仕切りに甘えた鳴き声を発して、連れて行ってと催促して来る。
まぁ、最悪の場合は解毒ポーションがぶ飲みで何とか行けるかも知れない。しかし大事な家族だからこそ、決して無理はさせられないのも当然である。
そんな感じで入り口で騒いでたら、不意に妖精ちゃんが背後の瓦礫へと飛んで行った。それに気付いた萌が、護衛のつもりなのかそれに追随する。
護人からすれば、最悪このダンジョン探索は取り止めても全然構わないのだ。親方から預かり物をしてしまった手前、ちょっと引き返せなくなった感はあるけれど。
最悪、自分だけで中を覗きに行くのも全然アリ。
過去には“ゴミ処理場ダンジョン”も臭かったし、あれより酷いのかなと香多奈は全員で行く派の筆頭である。そんな議論の最中に、突然萌がクゥと甘えた声を上げて来た。
ビックリした面々は、何事かと思わずそちらを注視する。どうやら妖精ちゃんが、瓦礫の下から妙なスライムを発見したらしい。
毎度の如く空気を読まない小さな淑女だが、彼女の方にもしっかりと言い分があるらしい。香多奈が通訳するに、どうやらこの粘体生物はスライムに似てるけど違う生き物らしく。
似て非なるこの粘体生物の正体だが、妖精ちゃんに言わせると立派な知性体なのだそう。意思疎通も可能みたいで、温和で人を襲った話など聞いた事が無いとの事。
「へえっ、見た目は完全にスライムだけど……でも中に浮いてる核とか、ちょっと違いはあるのかな? これが知的生命体って、異世界は本当に不思議だよねぇ。
私たちの話してる事、向こうは理解出来てるのかな?」
「さすがに言葉は通じないでしょ、お姉ちゃん……私もよく分かんないや、ひょっとしてまだ子供なのかもね。妖精ちゃんの話だと、滅多に遭遇しないレアな種族らしいんだけど。
そんなのが、何でこんな場所で1人でいるんだろうね?」
レアな種族なんだと、姫香は感心してそのスライムモドキを眺める。そう言うのを引いちゃうのが私たちなんだよねと、末妹は何故だかとっても誇らしげ。
仲間と逸れて不安で震えてるのかなと、紗良は粘体生物に同情的。どういう事情なのかは不明だが、まぁスライムは震えるのが仕事みたいなモノ。
そんな事を内心思いつつ、香多奈は妖精ちゃんと共にこの異世界生物と接触を図る。異世界に住んでいても目撃例が極端に低くて、遭遇が奇跡に近いこの粘体生物だけど。
紗良の推測が当たりだったようで、香多奈はスライムから不安の感情を汲み取ってしまった。子供だとの推測も大当たりで、この子は庇護を求めている様子。
この辺から、護人は何だかとっても嫌な予感を覚え始める。背中の薔薇のマントも、あんな余所者は受け入れられないと、抗議するように波打ち始める始末。
それに反して、子供達は可愛いねぇとまるで新しいペットを迎え入れるような雰囲気。家長の立場では、これ以上そんな異世界生物を来栖邸に迎え入れるのは、薔薇のマントでなくても勘弁して欲しいところ。
などと思う護人だけど、ペット達はそうは思っていない様子。向こうがまだほんの子供と言うのは、異種族でも分かるのかミケも焼きもちを焼く事も無く。
それどころか、レイジーも興味深そうに顔を近付けて挨拶を交わす有り様。粘体生物もそれを受け入れて、最初の接触はどうやら上手く行った模様で何より。
そしてとうとう、香多奈はその生物の抱っこに成功!
「うわっ、何か凄いヘンな感触だねぇ……この子の仲間をどうやって探せばいいのかな、妖精ちゃん? 迷子なら、ちゃんと親の所に返してあげないと。
紗良お姉ちゃんも触ってみる、面白いよ?」
「ええっ、大丈夫かな……手が溶けたりしない、香多奈ちゃん? うわっ、ふにふにした独特な感触だねぇ……でもこの子を、ダンジョンに連れて行けないし困ったわねぇ」
「確かにそうだね、中は瘴気で溢れてるって話だし……どうしよう、護人さん?」
話を振られた護人は、うちの子にしようって話にならなくてホッと安堵のため息。そして同時に、異界の知生体の子供をダンジョンに連れて入るのは確かに非常識だ。
子供達もそれは分かっているけど、交替で抱っこして情は完全に移っている様子。どうしようかねぇと、姫香も一緒になって頭を悩ましている。
香多奈など、ムームーちゃんと既に名前まで付けちゃったりして。このままなし崩し的にペットに迎え入れるのは、少女のいつもの手口である。
それを阻止すべく、護人はこれから危険なダンジョン探索だよと子供達に催促する。ハスキー達もお仕事の時間だと、入り口目掛けて殺到して行く素振り。
香多奈も残念そうに、軟体生物を瓦礫の傍へと降ろしてここに隠れてなさいと言い聞かせている。あわよくば、帰りに再び合流して連れ帰る気満々だ。
ムームーちゃんは、せっかく出会ったお仲間とは離れたくは無いみたい。寂しさからか、ついて行こうと必死にムームーと存在を主張している。
その姿はやっぱり哀れで、置き去りは罪作りに思えてしまう。
――さて、この迷子の幼子問題はどう処理すべき?




