7月の青空市も盛況のうちに終わって行く件
お昼を屋台で買い足した子供達は、いつものメンバーで集まってとっても賑やか。どこで食べようかと相談しながら、人込みを避けて駆けっこで移動して行く。
それもこれも、香多奈がこっそり持ち出したポケット式の空間収納が有能過ぎる。これに入れておけば、買ったばかりの屋台のお好み焼きも冷めずに持ち運び可能なのだ。
しかも走ってもぐちゃぐちゃになる事も無いし、飲み物もこぼれないと言う素晴らしさ。某ネコ型ロボットみたいと、その容姿をリンカに笑われはしたモノの。
有用なのは確かで、未来感覚を味わえる魔法アイテムは大した品である。どこでも扉的なアイテムもあれば、もっとスゴイのにねと盛り上がる一行。
それはさすがに叶わず、町中を走っていつしか地元の小学校方面へ。双子はまだ通えてないけど、来年には確実に編入も可能との事なので慣れておきたい場所ではある。
和香や穂積みたいに、一緒に通える友達が増えるのは素敵なイベントには違いない。リンカばかりか、キヨちゃんや太一もその事実には大いに興奮している。
それはそうだ、田舎の小学校に転校生なんてそうは来ない。
「どの学年に入れるか分かんないけど、そうなったらウチの小学校ももっと賑やかになるねぇ! 楽しみだねっ、天馬ちゃんに龍星ちゃんっ!
あっ、でも……来年は私達は中学生だっ!」
「山の上の塾でも、双子は凄く勉強頑張ってるもんね! 熊爺家のお兄ちゃんたちは、農業とか牧畜の方に興味があるみたいだけど。
それは仕方ないか、熊爺の家にお世話になってるんだから」
そんな話で盛り上がりながら、キッズチームは学校前の通りを抜けて裏山へと続く小路へ。この周辺はアジサイ小路と化していて、今の季節はとっても見応えがある。
お昼は裏山の頂上で食べようと言う話になって、香多奈が家族に唐揚げ持たせて貰えたよと報告すると。リンカが突然、アニメの唐揚げの歌を元気に歌い始めた。
他の面々もそれに合わせて、ぶりばりぶりばりあげ~てとか調子よく歌に参加。最後はお前の口の中ベロ~ンなるで♪ と歌い終わって、どっと一斉に爆笑する。
その歌を知らない双子は、揃って不思議顔でナニその歌と訊ねる。それにはキヨちゃんが、小学校で流行っているネットの昔のアニメ動画だよと解説してくれた。
内容は擬人化した唐揚げが、若手の会社員に広島弁を教えると言う良く分からないモノである。ちなみに香多奈が持たされた唐揚げは、ワイバーン肉を使った紗良の渾身の作。
来栖家にとっては、ワイバーンも既に鳥の仲間と化してしまっている。それはともかく、それをお裾分けして貰えると知って、他の子達はテンション爆上がり中。
それから頂上に到着して、車座になった一同に屋台で買ったお好み焼きやら焼きそばが行き渡る。その中央には、お重に入った紗良の唐揚げがどーんと置かれる事態に。
それから再び、皆での唐揚げの歌の合唱が。揚げたての唐揚げでは無いので、間違っても口の中は火傷しないのだが子供達は大爆笑。
良く分からないテンションのまま、頂きますから子供達は昼食を開始。その間の話題は、脈略も無くあれこれと推移して行って大変。話題もそうだけど、食欲のままに中央の唐揚げや卵焼きはあっという間に子供達の胃袋の中へ。
そう言えば、この卵焼きもダチョウの卵の奴だったと香多奈の告白に。それは凄いなとか、普通に美味しかったよと周囲の反応は飽くまで普通。
それから来栖家チームの最新の探索動画を一緒に観たり、夏休みの計画を話し合ったり。双子は広島市に研修旅行に出掛ける事が、既に決まっていてそれを報告する。
それを羨ましがるリンカ達だが、和香と穂積は微妙な表情。広島市の出身者にとって、荒れた市内より田畑で作物がたくさん収穫出来る田舎の方が良いって考えなのかも。
双子にしても、同じく今更里帰りしてもなって表情。
「でもまぁ、ウチのギルドの名前を知らしめたり、田舎の良さを同じ年齢の子に分からせるのには意味があるかもだからさ。
姫香姉ちゃんもついて来てくれるって言うし、取り敢えず行って来るよ」
「そうだね、私たちはもうギルドに入ってるから、特別他の人に教わる事も無いんだけどさ。同じ年齢同士の交流って言うか、そう言うのも大事だよって、姫香姉ちゃんが言うから。
ところで、みんなへのお土産はスタジアムの売店の奴で良い?」
お昼ご飯を、小学生チームとほぼ同じメニューで食べ終えた売店チーム。今は青空市の管理ブースを抜け出して来た、土屋と柊木が合流して一層賑やか。
もちろん食事も一緒のテーブルで食べて、その分売り子の手伝いはする予定ではある。そんなメンバーは、今は姫香の1学年後輩の、探索デビュー希望者の話で盛り上がっていた。
つまりは姫香と同じく、高校を辞めて探索者デビューすると豪語していた椎名多恵と言う名の少女について。その目論見と言うか計画は甘々で、姫香にペットを貸してくれと強請る始末。
そんな事は出来ないけど、ウチの特訓に混ぜてあげられるよと夕方の訓練に誘ったのだが。同級生の男子と3人で1度だけ来て、それっきり音沙汰が無くなってしまった。
風の噂では、今もまだ普通に高校に通っているらしい。早まった真似をしないでくれて、まぁ本当に良かった。そして高校に行きなさいと、最後まで説得していた護人の気持ちが少しだけ分かった姫香である。
こういう問題は、巡り巡って本人の元へとやって来るモノなのかも知れない。怜央奈を交えてそんな話をすると、土屋も柊木も大いに頷いて賛同の構え。
つまりは、年頃の子供を持つ保護者ってとっても大変なんだよと。
「そうだねぇ、私が来栖家にお世話になり始めた頃は、モロにその話題で家の中がギスギスしてたからねぇ。家庭教師の役目で最初は居候となったけど、今では本当の先生がお隣に住み着いてくれて本当に助かってるよっ。
あっ、もちろん土屋さんや柊木さんも大歓迎だけど」
「土屋さんは大工さんだし、柊木さんは散髪屋さんだもんね。本当に山の上の立地なのに、敷地内は便利になったよ……ところで、怜央奈は今日は泊まって行くの?
構わないけど、『シャドウ』のメンバーも今夜は合宿で泊まるからね」
「あっ、そうなんだ……でも泊まって行くよっ♪」
来たるべき“喰らうモノ”の再突入に向けて、最近はこんな合宿も頻繁に行われている。結果、来栖家の敷地はますます賑やかになって行ってる始末。
その上に、鬼の報酬でまたもや敷地内ダンジョンに異変が……ただまぁ、確かに腕を磨くのに、遠くのダンジョンまで足を運ばなくて済むって利点も。
そんな話をしている間にも、お客さんは途切れずやって来てくれており。今も随分と長い間売れ残っていた、化粧ポーチや化粧道具、バランスボールやボードゲームの類いが売れて行ってくれた。
店番の『シャドウ』の2人は、愛想こそ無いけど堂々とした接客振り。この調子なら、昼食休みにもう少し駄弁っていても大丈夫そう。
「敷地内のダンジョンに異変って、ナニ? それってみんなで潜った、ダンジョンの中から入る別のダンジョンみたいな奴の事、姫香ちゃん?」
「そうそう、アレがまた別の敷地内のダンジョンに出来ちゃってさ……鬼が言うには、報酬を豪華にしたから頑張って攻略して持って行けって。
ムッターシャ師匠といい、みんな随分とスパルタだよねぇ?」
それは凄いねと興奮する怜央奈だが、敷地内に住む者としては背中の辺りがゾワゾワしてしまう。話題はその後、夏の尾道旅行の話へと変わって行く。
時間が経過して、店番を交代しても賑やかに情報交換する女性陣は姦しい限り。その内に、お客に混じって『ライオン丸』のメンバーがやって来て、その騒ぎもひときわ大きくなって行く始末。
もうすぐ愛媛の『坊ちゃんズ』も来る予定だよと、そんな情報が飛び交っている。そんなA級チームの滞在に、それを見た宮島の新人チームの面々は驚愕の表情。
確かにA級チームなど、新人の内はそうそう遭遇する事も無いし驚くだろう。たとえ相手が、チャラい感じの浮かれ集団だとしても雲の上の実力者なのだ。
ちなみに、売り子の交替時にはティッシュ箱やトイレットペーパー系の日用品は、全て売り切れてしまっていた。缶ジュースやスナック類も同じく、それを律儀に報告して来る舞戻だったり。
その辺は軍隊上がりが関係しているのか、とっても規律に厳しい『シャドウ』のメンバー。引継ぎの際も、売り上げや釣銭の確認をお願いされて、思い切り戸惑っていた紗良である。
家族に手癖の悪い(?)妹を持つ身としては、姫香はそんな両者が新鮮に映ったようで。信頼してるよと舞戻を抱きしめて、その件は有耶無耶に。
そしてその他の売り上げでも、エーテルやMP回復ポーションは順調に全部捌けてくれた。更には吉和と宮島のチームが、それぞれ前衛用の『金の腕輪』と後衛用の『魔ウサギの耳』を購入してくれて。
それぞれ10万以上でのご購入、今回も売り上げ金額は順調である。
他の品で言えば、“車庫ダンジョン”で回収した車雑誌や整備用の器具、ジャッキや工具類が新たな持ち主を得てくれた。それから“岩国基地ダンジョン”の応急セットやアロハシャツも、順調に売れて行って既にない。
動物の縫いぐるみやジグソーパズルなどの娯楽品も、安く値をつけていただけあって売れ行きは好調。逆に嗜好品や高級品は、青空市と言えど売れ悩む傾向が。
それでも高級カバンが1個だけ売れて、秘かにニンマリしている紗良であった。やはりブースの責任者だけあって、その辺の責任感は人一倍強いのは仕方が無い。
この調子で、紗良は今月も売り上げを伸ばす使命に燃えていたり。
一方の来栖家キャンピングカー内では、もっと大物の取り引きがなされていた。甲斐谷チームの新入りの俊也用にと、『アラクネの甲冑』と『ダマスカスの剣』が高額で遣り取り中。
どちらも癖の少ない魔法アイテムの装備品だが、逆にそっちの方が有り難いと感じる探索者も多いようだ。主に自分の持つスキルとの反発が怖かったりとか、そんな理由で。
とにかく両方合わせて180万円のお買い上げ、さすがS級チームは財力も半端ない。それから甲斐谷からは、懇意にしている企業の販売ルートも教えて貰った。
チームのランクが上がると、探索での階層更新も自然と多くなって行く。それらを全部、協会や青空市で処分するのも実は大変なのだ。
『反逆同盟』チームも、最近は大半の品を懇意の企業販売人に売り流しているそうだ。それで得た金は貯まる一方なので、最近は使い方にも苦労しているそうな。
羨ましい話だけど、来栖家もそんなサイクルに既に嵌まりかけている。特に来栖家などは、食費や移住費にはお金が掛からない。
とは言え、農業を辞めるつもりもない護人は、余ったお金は家族サービスに注ぐかなぁと秘かに考えている。元が貧乏性なので、それも割と難しいのだけれど。
とにかく夏休みの家族旅行は、多少は豪華に行きたいモノ。
そんな事を考えていると、場はいつの間にか“アビス”の話題になっていた。聞けばギルド『ヘリオン』と『麒麟』所属の翔馬と淳二が、苦労の末にコイン交換品の『ワープ魔方陣記憶装置』を獲得したそうで。
これで現在広島市内には、合計で3つの転移装置を所持している事に。もう少し待てばもっと増えて行くだろうし、今後“アビス”フィーバーが起きる可能性も。
先に所持していた来栖家チームに関しては、全く使っていないし“アビス”も最近はご無沙汰だ。宝の地図を所持しているので、夏のギルド合宿では訪問を予定はしているのだが。
今はもうすぐに迫った“喰らうモノ”ダンジョンの攻略で、頭がいっぱいの護人である。更には鬼の報酬で、敷地内に余計なアトラクションが出来上がってしまう始末。
うっかりそう漏らすと、その話が初耳な面々は何だそれ的なリアクションに。改めて説明が難しい内容に、護人は簡潔にあらすじを説明する。
つまりは、敷地内にまた“ダンジョン内ダンジョン”が増えたのだと。愚痴りたくは無いけど、何故に自分の所の敷地だけこんな無法地帯になってしまうのだろう?
そんな思いで、思わずため息交じりに呟く護人なのであった。
「皆も鬼と契約する際は、充分に内容に気をつけた方がいいぞ?」




