フレイムロードの縄張りにウッカリ踏み込んでしまった件
そんな感じで、8層は慌しくゲートを潜って次の層へと躍り出た来栖家チーム。そして出て来てビックリ、何と見慣れて来たカルスト平原が炎まみれ。
これにはハスキー達も驚いて、単独で偵察に出て良いモノか考えあぐねている。姫香がこれは、噂のフレイムロードのテリトリーなのではと推測を口にした。
それを聞いたハスキー達は、レア種との遭遇チャンスに張り切って警戒を始める。とにかく周囲の平原は、枯れ草が燃えるとかのレベルでは無い炎の威力。
何と言うか、立っているだけで熱さにやられてしまいそう。真っ先に文句を言い始めたのは、やはり香多奈で確かに体力的にも辛いかも。
紗良が気を利かせて、周囲に《氷雪》スキルを放っての気温調節を行おうとすると。それに呼応したように、こちらの気配に感付いて敵が出現して来た。
それは炎を纏った、巨大な獣の姿をしていた。
「うわっ、アレは何だろう……フレイムロードじゃないよね、ビーストタイプかなっ? 2匹いるね、結構強そうかもっ!?」
「俺と姫香で相手をしようか、ハスキー達はフォローに回ってくれ。紗良は引き続き、周囲の炎を消す作業をしておいてくれ。
萌と茶々丸とルルンバちゃんは、後衛の護衛を頼んだぞ」
出現したフレイムビースト2体は、猿顔だが四肢は狼と言うキメラタイプでとっても強そう。身体は炎で出来ており、噴出する炎が時折ヘビとなって襲って来る。
近付くだけで火傷しそうだが、そんなのを物ともしない同属性のレイジーである。逆にツグミやコロ助は、手出し控え目で自慢の毛皮が焼かれないよう必死。
その分、護人と姫香が前面に出ての対応は当然とも言える。何しろ2人とも、スキルで何とかしてしまえる算段を持っているのだ。
とは言え、一歩間違えば一大事なのでこちらも必死の対応である。姫香の『圧縮』防御からの《豪風》スキルは、一応敵のHPを削ってくれている模様。
護人も《耐性上昇》や《堅牢の陣》で、何とか敵の熱気を遮断出来ていた。それから《奥の手》での殴り攻撃で、巨体の相手を追い詰めて行く。
そしてレイジーのフォローと言うか、炎を以て炎を制する戦い方は秀逸だった。まさに狩りのプロと言うか、巨体相手でも風格すら漂わせて挑みかかるその姿と来たら。
お陰で護人の方の戦闘は、5分足らずで討伐完了。
そして姫香の手伝いをするのだが、その頃には周囲の炎も消え去っており。敵の優位なホームの筈が、炎を鎮圧されていつしか囲まれてのボコ殴り。
そして哀れな2体目のフレイムビーストも、あっさりお亡くなりに。さすが紗良の魔法能力はチームでもトップレベル、末妹も涼しくなったと喜んでいる。
それはミケも同様で、よくやったと長女の頬に珍しくすりすり。とは言え状況は、依然として炎で焼かれた野原の割合ばかり多くて超大変だ。
何故か突き出たカルスト岩までが、ロウソクのように炎を灯して燃え盛っている。自然界にはまず無いこの状況、原因はもちろんたった1体のレア種なのだろう。
そいつは手下のフレイムビーストが倒されたのを察知して、炎の中にゆっくりと出現して来た。見上げる程のその巨体、炎の王はゆうに身長8メートル以上はありそう。
うわあっと驚きのリアクションの子供たち、こんな大物と相対するのも久し振り……とも言えない。単独で倒すのは、恐らくかなり難しい相手だと思われる。
来栖家チームの作戦としては、まずは紗良の《氷雪》スキルで相手を弱らせる。物理は効果か薄いだろうから、後はミケに頼るか他の魔法手段に頼るかくらい。
範囲の氷魔法も、相手があれだけ大きかったら効果も高いだろう。そう思った矢先に、何と相手のフレイムロードが先手を打っての炎の雨の乱打攻撃。
慌ててそれを防御する、護人や姫香や紗良の魔法防御を持つ面々。それで何とか、家族全員の被害をカバー出来たのは本当に良かった。
ただしこれでは、紗良が攻撃に回れず少し不味い事態かも。とか思ってたら、キレたミケが《昇龍》スキルで雷の龍を召喚していた。
コイツの大きさもフレイムロードとタメを張るし、以前に香多奈の召喚した炎の精霊を折檻した前例がある。それを知る子供達は、雷の龍に頑張れと声援を送る。
しかし、何と向こうの炎の巨人も、新たに手下のフレイムビーストを3体も召喚して来た。さすが向こうのホーム、敵に有利な地での対戦はかなり不味い気も?
とは言え、逃げ出す訳にも行かずに辛い立場の来栖家チーム。
「うわっ、向こうもまた炎の獣を、3体も召喚して来ちゃったよっ! どうしよう、護人さん……紗良姉さんに、何とか攻撃の方に回って欲しいけど。
周囲の炎の力も、またまた増して来て不味いかもっ?」
「確かに向こうに有利な土地で、このまま戦い続けるのは不味いな……ミケの魔法のゴリ押しも、相手があの数だととても単独じゃ無理っぽいし。
俺のこの剣なら相手を斬れるだろうけど、近付くのも命懸けだもんな」
「こんな炎の中を突っ込んで行くのは自殺行為だよ、叔父さんっ! えっ、あれっ……妖精ちゃんに、アンタが頑張れって言われちゃった。精霊召喚で周囲の炎を操れば、防御に割く手が減るから攻撃も可能だろうって。
そっか、あの杖も持って来てるしやってみて良い、叔父さんっ!?」
たまに役に立つ妖精ちゃんの助言により、末妹の香多奈を反撃の作戦のメインに据える事に。何しろ周囲を炎で囲まれて、家族は防御スキルで手一杯の状況なのだ。
恐らくフレイムロードのスキルなのだろうが、立ち上る炎が蛇となって十秒に1回襲い掛かって来ている。それに呑まれたらゲームオーバーと言う、来栖家は現在極限の状態に置かれており。
レイジーがその撃破を手伝ってくれているけど、基本は護人か紗良の防御スキル頼りである。姫香は護人に言われて、『圧縮』スキルで何とか空気の循環作業をこなしている所。
これは単純な理科の授業と言うか、人間は酸素を吸わないと数分持たずに倒れてしまう。炎も酸素を物凄く吸うので、こんな場所ではあっという間に酸欠に追い込まれてしまうのだ。
もはや家族全員が大汗を掻いていて、酸欠状態だけは姫香の空気の循環操作で何とか免れている状況。そんな中、末妹の香多奈が汗をダラダラ流しながら、鞄を漁って例の杖を取り出した。
香多奈が手にした『炎の召喚杖』は、この炎のエリアにとっても興奮している印象。少女がそれを制御出来るかは、全くの不明で再び暴走する可能性もとっても大きい。
それでも護人のゴーサインに、張り切る香多奈と妖精ちゃんのコンビである。水の精霊はこんなエリアに呼び出しても焼け石に水と、『炎の召喚杖』を指示したのも妖精ちゃんだった。
そこからの少女の集中力と来たら、恐らく過去最高では無かろうか。その結果、召喚に応じて出現したのは例の狐タイプの小柄な炎の精霊だった。
それを見た香多奈は、明らかに肩を落としてガッカリ模様。
それもその筈、この子は以前にミケと取っ組み合いの喧嘩の末に、負けて配下に加わった精霊なのだ。多少は命令を聞いてくれるかもだけど、強さで言えばそれ程でもって感じ。
ところが炎の精霊の力がやたらと強いこのフィールドでは、そんな末妹の懸念も払拭される事態に。香多奈と妖精ちゃんが見守る中、あっという間に狐のサイズは数倍に膨れ上がって行ったのだ。
炎を発する尻尾に至っては、何本にも増えて大盛況な有り様。周囲の炎を吸収して、勝手にどんどんサイズを増して行く香多奈の召喚獣である。
その頃には、ミケの雷龍もロードに加えてビーストの加勢で思いっ切り不利な状況に。ミケ本体も『雷槌』で加勢するけど、敵の有利属性の場での闘いの有利は覆せず。
そこに満を持しての、炎の大狐の参戦である。生まれては襲い掛かって来る炎の蛇を蹴散らして、まずはビーストへと咬み付いて行く。力の差があったのか、咬み付かれたビーストは足掻きながらも炎となって消えて行く。
それを見て、おおっと驚きの声を上げる家族たち。ただし召喚主の香多奈は、実はそれどころでは無かった。茶々丸を招き寄せて、《マナプール》でのMP供給をお願いして召喚維持に全力投球中。
それに応えて、狐タイプの炎の精霊はイケイケでフレイムロードと対峙する。残りのお供は雷龍に任せての、一騎打ちを挑むとはよほど自信があるのだろうか。
フレイムロードの気が逸れたお陰か、炎の囲い込みも気勢が弱まった気が。このチャンスを逃す手は無いと、護人は紗良と姫香に防御を頼んで防御の囲いを飛び出して行く。
薔薇のマントは、勇ましく主を敵の面前へと運んでくれた。
「うおっ、どこもかしこも炎の熱は半端じゃ無いな」
「護人さんっ、気をつけてっ……レイジーが加勢しようと、一緒に飛び出して行ったよっ! それから香多奈の召喚獣だけど、茶々丸のMPサポートがあっても長くは持たないかもだって!」
そうらしい、召喚された炎の精霊はどれだけ大食いなのだろう。呆れる護人だけど、それなりの見返りは示してくれていた。
巨体のフレイムロードに咬み付いて、その戦闘能力は相手に引けを取らない。そこに炎を纏ったレイジーが参戦して、足元に焔の魔剣で大打撃を与えている。
或いは『魔喰』スキルも発動しているのか、レイジーの体格は明らかに巨大化していて毛並みも真っ赤。ハスキーとはかけ離れた容姿だけど、忠誠心は一向に失っていない模様。
主の為に敵の気を惹いて、巨大な敵にも全く臆する事が無い。そして護人も、相棒のフォローを不意にするような愚行を犯す筈もなく。
バランスを崩したフレイムロードの、うなじ目掛けて魔断ちの神剣を叩き込んでやる。その威力たるや、レア種のフレイムロードも膝をついて屈する程。
いや、人型のフレイムロードにとってうなじはやはり急所だったと思われる。気付けば、あれだけ周囲に燃え盛っていた炎が、段々とその勢いを減じて行った。
それから目の前の巨体も、ようやく消滅して特大の魔石へと変わってくれた。
「やったぁ、何とか炎のレア種を倒せたね……私の子も、ちょっとは役に立ったかな。それじゃあ戻って、キツネちゃんっ!」
「いや、役に立ったどころかまさに救世主だったぞ、香多奈。妖精ちゃんもフォローありがとう、敵の有利なホームで戦う厳しさは並みじゃ無かったな」
「本当だよ……炎の熱からみんなを守るので、肝心の紗良姉さんが手一杯だったからねぇ。私と護人さんもそうだよ、周り中が炎だらけでその炎からどんどん敵モンスターが生まれて来るんだもん」
そんな話をしている間にも、平原の炎は完全に沈静化してくれていた。フレイムロードのいた場所には、立派なワープ魔方陣が生まれていてそれは予定通り。
それからドロップ品もかなりのモノで、魔石(特大)が1個に宝珠や赤い宝石が1個ずつ。ついでに、大きなサイズの斧まで転がっていた。
これを大喜びで拾い始める末妹、ちなみに狐タイプの炎の精霊は帰還済み。今回は素直に言う事を聞いてくれたのは、ミケの教育があったせいかも?
残念ながら、他の宝物は周囲には存在せずでその点は残念だった。ただし次は10層で、中ボスの部屋には宝箱が確定している。
それを期待して、次はガッツリ儲けるよと勇ましい末妹なのであった。それについては、もはや家族内で諫める者も存在しないと言う。
ダンジョン内の間引きは、協会から依頼された大事なお仕事ではある。とは言え、探索でお金を儲けるのも重要な任務には違いない。
何しろ探索業はかなりハードで、間違っても定年まで働ける職種などでは無いのだ。頑張って宝箱からお金を貯めて、早期リタイアを目指すのが正しい道である。
命あっての人生、穏やかな老後を迎えるには健康もお金も両方必要。家族で探索者をやっている来栖家としては、その引き時がとっても重要になって来る。
――それも含めて、リーダーの護人は考える事がたくさん。




