カルスト平原エリアで次々に奇抜な敵と遭遇する件
「あれっ、ハスキー達はどっちの方向に行ったのかなっ? ここは岩の森で視界が効かないから、ちょっと離れると仲間を見失っちゃうよね。
姫香お姉ちゃん、右と左どっち?」
「ハスキー達なら左に進んだかな、そんなに離れて無いから大丈夫だよ、香多奈。それより、空の見張りもしっかりしてなさいよね。
またワイバーンとか、大物が空から襲って来るかもだし」
「そうだな、おっと……この音は何だろう? 何か大きな物が移動しているような感じだな、そんなのエリア情報にあったっけな?」
不審そうにそう呟く護人だが、その音は確かにしばらく後には皆が聞き取れるように。何だろうねと姫香も不思議そう、偵察に行ってこようかと名乗りを上げる。
この“秋吉台ダンジョン”も既に8層目、そろそろ何か大物が出て来ても不思議ではない。そう言えば、フレイムロードの目撃例もこの平原エリアであったとの話。
そいつかなぁと、ワクワクした表情での末妹の言葉に、護人は何も言い返せず。そんな奴をどうやって退治するかなど、具体的な作戦は全く決まっていない。
レイジーは属性的には同じく炎だし、ミケは雷属性なので嚙み合わないかも。ボス級の敵に相対するのに、そんな訳でちょっと不安な護人である。
ところが、姫香の報告ではこの音の正体は、フレイムロードとは全くの無関係だと判明した。どうやら岩の先端に掛かったレールの上を、移動している巨大な要塞があるらしい。
そんな物凄いからくりの要塞だが、そこに住んでいるのはどうやら獣人軍みたい。戻って来たハスキー達も、アレにはどうやって乗り込むのと不思議顔。
子供達も、頭上をゆっくりと通り過ぎる巨大要塞には凄いねとの感想しか無い。よく見れば岩の上のレールは、カルスト平原エリアをぐるっと1周していた。
何故にこんな造りなのかは不明だが、探索者が攻め落とすには確かに苦労しそう。逆にワイバーンとかに目をつけられそうだが、モンスター同士は喧嘩しないのかも。
どちらにせよ、これは手出し出来ないなぁと家族で話し合っていたら。間の悪い事に、茶々丸が岩の柱の1つに上へと登る階段を発見してくれた。
人が1人登って行くのがやっとのその細い階段は、どうやらあの巨大要塞のレールへと続いているらしい。このルートを使うか否か、短く論議がなされ。
結局は、好奇心に負けて向かってみる流れに。
岩の間に繋がっているレールは、あの巨大要塞の運搬を担うだけあって1本がかなり広い。それこそ車が通れる幅の奴が10本程度、等間隔に並んで宙で繋がっている。
動力が何なのかは判然としないが、移動要塞はさっき攻略した集落の軽く5倍以上の大きさだ。中に詰めているモンスターの数も、当然それなりになる筈。
そこに来栖家チームだけで乗り込むなんて、正気の沙汰では無い。少なくとも護人はそう思うのだが、子供達の好奇心はとどまる所を知らずな感じ。
今回は侵入ミッションだねと、あの巨大要塞を堪能する気満々の様子。レイジーの炎の軍隊に陽動して貰えば、何とか行けるでしょと姫香も呑気に作戦を口にする。
取り敢えずレールまで登ってみようよと、香多奈の発案に待ってましたと従うハスキー達。ルルンバちゃんは、狭い階段に絶望的な視線を送って全開で躊躇いモード。
それでも何とか苦労して、レールの高さまで登って来た来栖家チーム。その頃には、巨大要塞はとっくに一行の登って来た柱の巨石を通り過ぎていた。
止まる気配のない移動要塞は、絶えず不気味な稼働音を響かせてとってもミステリアス。あんなのに乗り込む者の気が知れないが、どうやら子供達は行く気満々らしい。
姫香の立てた作戦だが、後衛陣は護人が薔薇のマントの飛行モードで上からこっそり侵入するそう。ルルンバちゃんはどうやっても無理なので、ツグミに闇のトンネルを掘って貰うらしい。
それを利用して、ハスキー達と姫香も下から何とか入ってみるねとの事。このツグミの闇トンネルだが、実は姫香は何回か潜った事があるみたい。
居心地は悪いけど、変な場所に出た事は無いとのお墨付き。ルルンバちゃんのサイズでも平気かなぁと、心配はその程度であるらしい。
まぁ、何にしろ彼が置いてけ堀を喰らわずに済みそうで良かった。
「あっ、護人さん……あそこに見張りの櫓が立ってる、オーク兵がこっち見てるね。今の所は、こっちが近付かない限り警戒はしてないと思うけど。
近付く素振りを見せたら、警戒の鐘を鳴らされちゃうかもっ?」
「おっと、それは不味いな……俺の弓矢で届くかな、かなり距離があるけど。倒せたら敵は魔石になるから、死体を見て騒がれる心配は無い訳だ」
「やっちゃえ、叔父さんっ……頑張って、今回はスニークミッションだからね!」
難しい言葉を知ってるわねと、姫香は驚き顔で末妹を見詰める。得意げな香多奈は、アニメで観たもんねとこの作戦に前のめりな様子。
そして護人の超ロング射撃が思いの外に上手く行くと、やったと手を叩いて喜んでいる。それからレイジーに向かって、陽動作戦の準備をしてよとお願いを始める。
末妹に作戦を任せられない姫香は、前衛組の指揮は自分がとるからと妹をチョップで黙らせる。萌は念の為に後衛に配置するねと、作戦は最終段階に。
そして5分後に辿り着いた移動要塞の後部は、なかなか壮観な景色と言うか壁の分厚さ。これは集落と言うより、ちょっとした都市並みの規模な気がする。
何でこれを動かす事にしたのか、良く分からない面々はひたすら感心して壁を見上げる。ちなみにレイジーは、5匹の炎の狼と3匹の炎の鳥を召喚済み。
ツグミは闇のトンネル掘りにMPを使う予定で、今現在は節約中っぽい。今回は前衛に任命されたルルンバちゃんは、ちょっと緊張気味で動きがぎこちないかも。
そんな中、元のサイズに戻った萌と末妹の香多奈を抱えて、護人が最初の飛行運搬を始める。ミケも一緒で、これだけ護衛がいれば先行した香多奈も安全な筈。
壁の上で安全を確認した護人が、今度は紗良を運ぶために降りて来た。それから別行動をとる姫香に、短く無茶をするなよと言付ける。
ハスキー達にも頼むぞと激励を飛ばすと、任せておいてと激しい尻尾振り。それで護人が安心出来たかは不明だが、上に放置したままの香多奈も心配である。
そんな訳で、紗良をお姫様抱っこして末妹に合流すべく飛んで行ってしまった。それを羨ましそうに見ていた姫香だが、すぐに探索モードへと気持ちを切り替える。
そしてハスキー達に、それじゃあ行くよと指示を飛ばすのだった。
緊張のスニークミッションの開始だが、ハスキー達は平常通りでビビってる感じは受けない。現在は裏通りの1つを陣取って、敵の気配を探っている所。
陽動作戦は行う予定だが、タイミングが早過ぎると動き辛くなりそう。そして下手に動くと、大柄なルルンバちゃん辺りが敵に見付かってしまう恐れが大きい。
偵察の結果、この移動要塞はオーク兵士とオーガ兵の混合部隊で運営されているみたい。どの兵士も良い装備を着込んでいて、練度が高そうなのが特徴だろうか。
この集団を相手に、さすがに全滅させてやるとか間違っても思えない姫香。ただしハスキー達はヤル気充分で、向こうが向かって来たら受けて立つ気満々な様子。
そんな彼女達を宥めながら、姫香は裏通りで息を潜めてルートの確認。目立つルルンバちゃんが味方にいるとは言え、なるべく敵に見付からずに目的の塔へと辿り着きたい。
壁上の見張り棟から侵入した後衛陣は、敵に見付からないように移動中の筈。それとタイミングを合わせて、姫香組も移動を行いたい所。
などと思っていたら、いきなりのイレギュラーが。どうやら壁上の通路にいた見張りに見付かったようで、警鐘と同時に周囲が騒がしくなる気配が。
団体に囲まれる前に、姫香はこちらも手を打たないと不味いと判断する。陽動の騒ぎをレイジーに頼んで、ルルンバちゃんには近くの壁を破壊して貰うように頼み込む。
そこから始まる、騒がし過ぎるスニークミッション。
「レイジー、陽動はなるべくこの場所から離れたあっち側でお願いね……移動前に、みんなMP回復ポーションを飲んでっ!
ルルンバちゃんがそこの壁を壊してくれたら、逆の道を通ってあの塔を目指すよっ!」
姫香の号令に、素直に従うハスキー達&ルルンバちゃん。もちろん陽動が上手く行って、片方のルートを潰したからと言って敵と遭遇しない訳ではない。
出遭った敵は全て潰すよと、姫香の続いての勇ましい指示出しに。ヤル気に満ちたハスキー達は、当然とばかりに前に出ていつもの護衛のフォーメーション。
その背後からは、派手に岩の壁が破壊されて崩れ落ちて行く爆砕音が。ルルンバちゃんの手際を褒めながら、姫香たちは目的の塔へと進んで行く。
そして案の定、見回り中の警護兵団と遭遇しての激しい戦いの開始。こちらの戦力は充分だけど、向こうもオーガ兵が混じっていて相当な兵力を揃えている。
これを乗り越えるのは、かなり時間が掛かりそう?
一方の護人たちは、壁上の見張り棟の通路から一番目立つ塔へとショートカットを決め込んでいた。本当は全員でこのルートを来たかったけど、ルルンバちゃんはさすがに重過ぎる。
あのボディを抱えて壁を超えるのは無理なので、已む無くの二手に分かれての攻略である。こちらも塔内の戦力の駆逐作業をこなすので、それなりにハードな役割を抱えている筈。
そう思いながら、こっそりと進んで行く後衛組である。それが末妹は面白いみたいで、このスニークミッションを楽しんでいる様子。一方の紗良は、かなり緊張した表情だ。
そして思い出す茶々丸の存在、あの子はどっちについて行ったんだっけと。こっちにいないから向こうかなと、末妹の返事は物凄く的を射ている。
「そう言えば、作戦立てる時にいっこも名前が出て来なかったね、茶々丸は。多分だけど、レイジー達が上手くフォローしてくれてるでしょ。
こっちの役割も大事なんだから、茶々丸だけに関わってられないよっ」
「それは良いけど、何で萌は仔ドラゴンのままなのかな? 護人さんが担いで移動する時に、香多奈ちゃんと一緒に運べるように元の大きさに戻ったんでしょ?
ひょっとして、変化のペンダント無くしちゃった?」
「いや、あれは俺が預かって……確か側にいた、茶々丸の角に引っ掛けた覚えがあるな。その時は、茶々丸も後で上に運ぼうと思ってたんだよ。
それが往復している間に、綺麗に忘れちゃったみたいだ」
それは不味いねと、末妹は萌を引っ繰り返してペンダントの所在を確かめている。結果、やっぱり仔竜は持っておらず、従って鎧や装備も不所持と言う。
参ったなぁと頭を抱える護人だけど、今更引き返す事も出来ないこの状況。少なくとも、誰かが萌の装備は回収したと思うけど、それにしてもこのイレギュラーは痛過ぎる。
不測の事態に頭を抱えていたら、急に移動要塞が騒がしくなった。響き渡る鐘の音は、恐らく侵入者の発見を告げる合図なのだろう。
こちらに向けられる兵はいないので、発見されたのは姫香たち地上部隊なのだろう。その点では陽動作戦をするそうなので、大きく道は逸れていないとも言える。
こちらはも萌が半人半竜形態になれないと言う、思わぬハンデを言い渡されて。それより本当に、装備の類いを誰かが回収していてくれているかの疑問も出て来て、冷や汗が止まらない護人である。
その肝心の萌は、香多奈に抱っこされていつもの無表情(?)でのマイペース。確かに仔竜は何も悪くないので、慌てる必要も無いのだろう。
それでも少しは慌てて欲しいよなと、理不尽な護人の内心である。
――移動要塞は、こちらの思惑を無視して騒がしさを増して行くのであった。




