いよいよ“岩国基地ダンジョン”に複数チームで挑む件
1日の中休みを経た次の日、つまりは遠征3日目は朝から岩国の協会に寄る事から始まった。護人は協会の偉い人との会談に時間を取られて、どうやら遠征参加のお礼を述べられているらしい。
そんなの関係無い子供達は、岩国の協会の建物前で暇をしていた。お隣には、今日1日行動を共にする岩国チームが同じく暇そうに佇んでいる。
リーダーだけの会合なので、他の面々はこの後の探索に備えて武器のチェックなど行っている。来栖家の子供達は、それとは真逆で完全にリラックス状態。
姫香はハスキー達のおねだりに根負けして、ボール遊びの相手をしている。駐車場に投げられたボールは、さながら疑似的な獲物のようにハスキー達に狩られて行く。
最初は3匹での争奪戦を行なっていた姫香だが、それだと各々がスキルを使って酷い事になりそう。そこで今では順番制を導入して、概ね平和な光景に。
その向こうでは、香多奈が茶々丸に騎乗してあちこち飛び回っていた。文字通り、建物の屋根程度なら平気で飛び乗れるので、そのルートは縦横無尽である。
それを見兼ねて、紗良が危ないよと末妹に声を掛ける。
「こっちは平気だよ、紗良お姉ちゃんっ……茶々丸に乗っかる遊びは、少なくともハスキー達のボールの争奪戦よりは安全だから。
あれは下手すると、スキルの撃ち合いで血が流れる所だったよ!」
「そうだね、この前のフリスビーもそうだったし……遊んでいる内に、ハスキー達のテンションが上がり過ぎちゃうから困るんだよね。
護人さん、早く戻って来ないかな?」
「朱里さん、ミケちゃんを触りたいのは分かりますけど……あんまりしつこいと、ミケちゃんも癇癪を爆発させちゃいますよ。
それより、今から探索する“岩国基地ダンジョン”の特徴はどんなでしたっけ?」
極度の猫好きらしい舞戻だが、その想いは一方通行な模様。ミケは触ろうとする気配を敏感に感じて、先程から威嚇を放って見ていてコワい。
普通の猫なら、精々が引っ掛かれる程度で済む。ところが来栖家のミケに限っては、天災レベルの拒否反応が来てもおかしくないのだ。
そんな愛猫を何とか宥めながら、寂しそうな舞戻にも適当に話題を振って対応に忙しい紗良である。真面目な朱里は、その質問に敏感に反応する。
そうしてスラスラと、真面目顔で“岩国基地ダンジョン”の特徴について話し始めた。つまりは割と珍しい、3つのコアが混ざり合って出来たダンジョンであると。
5層以降は帰還率50%と高難易度で、ランク制限が掛けられている。ドロップ品には拳銃やら現代火器が混ざっており、そちらも買い取り制限が掛かっている。
つまりは、それらは岩国の協会が直接買い取るとの事。その辺は文句の無い紗良だけど、やっぱりA級ランク“岩国基地ダンジョン”は話からも手強そう。
中もエリアが複合していて、入る度に地形が変わっているとの話。
「特に元米軍基地の居住区エリアは、パペット兵士やオーガ兵が銃や爆発物で武装して襲って来るから厄介だな。ここはベテラン探索者でも、苦戦するし死傷率も高いから注意が必要だと思う。
私たちも、“岩国基地ダンジョン”に潜るとしても、このエリアは普段は避けてるかな?」
「へえっ、私たちはどうするんだろうね……前の“戦艦ダンジョン”で、銃持ちの敵とは戦った経験はあるけど。やっぱり怖いから、避けれるなら別のルートを行くべきかな?
ちゃんと別ルートはあるんですよね、朱里さん?」
そんな両者だが、昨日のキャンプ泊で結構打ち解けて来ていた。コミュ力お化けの姫香と違って、紗良はやっぱり人付き合いはあまり得意ではない。
特に相手は年上だし、朱里は何を考えているか分からない不思議キャラなのだ。妹2人がペット達と戯れていると、どうして良いか分からなくなってしまう。
まぁ、男性陣に寄って来られるよりは遥かにマシではある。これがヘンリーとか家族持ちだと、まだ対応も楽だったりするのだが。
そんな『シャドウ』の男性陣は、真面目に武器のメンテナンス中である。精神集中の一環でもあるのか、その表情はとっても真剣。
たまに気になるのか、鬼島や笹野は騒がしい来栖家と同僚の方へと視線を向けている。そんな香多奈だが、相変わらず呑気に茶々丸に騎乗して駐車場を走り回っている。
それから撮影機器を作動中だよと、周囲に愛想を振り撒けと通達しながら駆けて行くその姿。新しい撮影器具は少女の肩口に設置されており、完全にハンドフリー状態で扱いやすくてグー。
その利便性に、とっても有頂天な香多奈であった。
「ええっと、そんな訳で山口県で随一の広域な“秋吉台ダンジョン”の攻略なんですが。ここにいる4チームで、明日のお昼に美祢市に移動して貰います。
その翌日の早朝から、1日掛かりでの間引きを行って貰うって事で宜しいでしょうか。参加チーム数は、今の所12チームと聞かされております。
全員がB級ランク以上で、A級は来栖家チームと福岡から1チームですね」
「山口県にはA級チームがいないから、そこはまぁ仕方が無いですけど。確か、福岡の方面からのチームがA級でしたっけ? ムッターシャの異世界チームも、俺らより強いしA級認定でいいと思いますよ。
まぁ、賑やかなレイドになるのは間違いなさそうですね」
「問題が起きなきゃ良いけど……まぁ、ウチらは固まって行動するのが、一番安全な方法でしょうね。ここは我々も初めて潜るダンジョンなので、何のアドバイスも出来ませんが。
過去にオーバーフロー騒動で、酷い事になった場所でもありますね」
そう口にする『シャドウ』のリーダーの三笠は、溢れ出たモンスターにはサファリパークの虎やライオン型のモンスターが多数混じっていたと苦々しい顔に。
どうやら潜った事は無いけど、オーバーフロー騒動の後処理にはチームで赴いたらしい。それから周囲に散った猛獣型モンスターを追いかけ回して、相当な苦労をしたそうな。
その苦労が分かる護人は、内心で大変だったろうなと同情する。秋吉台と言えば、サファリパークの他にもカルスト台地や鍾乳洞があって、変化に富む地形で県外にも有名ある。
そんな場所に出来た広域ダンジョンって聞いただけで、探索の大変さを想像してしまう。“もみの木森林公園ダンジョン”や“弥栄ダムダンジョンは、歩き回るだけでも本当に大変だった。
それこそ岩国チームは、ダンジョン内の移動にバイクとか持ち込んでいたような? そう護人が質問すると、今回も持ち込む予定だとチーム『グレイス』の伊澤は軽く口にして来た。
岩国の協会の支店長の米田は、来栖家チーム用のロードバイクも用意しましょうかと気を遣ってくれる。とは言え、紗良や末妹の香多奈がそれを乗り回す姿が全く想像出来ない。
そんな訳で、その提案は謹んで辞退する事に。
「来栖家チームは、その気になればルルンバちゃんに乗って高速移動が可能ですもんね。昨日も凄かったなぁ……あんな高スペックな仲間、ウチにも欲しいですよ」
「俺はやっぱり、ハスキー犬が仲間にいる方が羨ましいかな。戦闘能力だけじゃなく、追跡能力まで備えてるって!
優秀過ぎて反則じゃんって、毎回動画を観ながら叫んでますよっ!」
「いやいや、やっぱり猫ちゃんが最強でしょう……ツンデレな所もまた可愛くって、それなのにたまの手伝いで、天災級の暴虐振りを発揮するのは反則ですよね!」
何だか来栖家の戦力の、熱い品評会が始まってしまって居心地の悪い護人である。確かに他のチームからすれば、羨ましいスペックのペット勢には違いないだろう。
ただし護人からすれば、大切な家族の一員でしかない。探索で活躍しようがそうで無かろうが、そこはあまり関係はない。ハスキー達は毎日護衛任務を頑張ってくれているし、頑張り過ぎとさえ思っていたり。
向こうは楽しんでダンジョンについて来るので、その点は気が楽だけど。ルルンバちゃんに関しては、その存在自体が奇跡なのは確かである。
お隣の小島博士などは、ルルンバちゃんは付喪神の類いでは無いかと推測しているみたい。それにしては、素直で末っ子気質な神様で信憑性には欠けるかも?
そんな感じでのリーダー会合は、軽く15分程度で終了の運びに。最後に今日の“岩国基地ダンジョン”の、間引きをしっかりお願いしますの言葉で締めとなった。
今回のこの探索だが、間引きと共に岩国チームの武器や弾丸の補充の側面もあるようだ。なので護人の方にも、回収をなるべくお願いしますと通達があった次第。
ついでに例のダンジョン内移動手段として、バイクやバギー類が回収出来たらお願いしますとも念を押されてしまった。
そして再度、来栖家チームにも如何と勧められるも。まぁ確かに後衛の移動速度が上がれば、ハスキー達とも足並みが揃うかもだが。
やっぱり、紗良や香多奈が運転する姿は想像出来ない護人であった。
そして一行は、駐車場で待っていたチームメイトたちと合流を果たす。そこから岩国チームの先導で、今日の攻略予定の“岩国基地ダンジョン”へ。
意外と近いとの話だったけど、本当に10分足らずの運転でついてしまった。海沿いのその敷地は、今は荒れ果てて人の影は皆無。
ただし、しっかりとダンジョンの気配は漂っていて、誰も守る者のいない門を潜って一行は危険区域へ。守る者はいなくても、看板はたくさん立っていてここが立ち入り禁止区域だと知らせている。
ヘンリー達の装甲車は、そんな看板やバリケードを無視して基地の中心地へと進んで行く。そして幾らも行かない内に、割と大きなサイズのワープゲートが出現した。
基地内は軍事施設だけでなく、どうやら居住区や遊戯施設もあったようだ。今は住む者もなく、寂れて行く一方なのは致し方が無い。
海側はアスファルトの滑走路エリアのようで、軍事用の建物も垣間見える。今はヘリや飛行機類は、視界内には全く見当たらない。
用があるのはゲートだけ、とは言えその景色に感慨に耽る者も数名。
「何となく見覚えがあるな、子供の頃に1度友達と遊びに来た事があってね。平和な頃はゴールデンウイーク期間に、この基地が一般開放されてたんだよ。
航空ショーとか催しもあって、見に来る人も多かったな」
「私は家族と、以前はここに住んでいたからね……住む者もいなくなって、こんなに寂れた基地を見るのは忍びないよ。
とは言え、ダンジョン内ではそんな感傷に浸っている暇は無いからね。言わずと知れた複合タイプのA級ランクのダンジョンだ、気を引き締めて行こう」
「叔父さん、昔ここに来た事あったんだ……そっか、岩国ってそんな遠く無いもんね。今から家に帰ろうと思ったら、1時間ちょっとで帰れちゃうんだっけ?」
アンタもうホームシックなのと、姫香に揶揄われた香多奈は違うよとエキサイト。帰られても困る岩国チームは、それじゃあ入ろうかと号令を掛ける。
それから来栖家所有の『巻貝の通信機』を、各チームに配って準備完了の流れに。4チーム揃って、巨大なワープゲートを潜ってダンジョン探索の開始である。
そして見たのは、錆びてない建物が整然と並んだ岩国基地の居住区の通りだった。ただし住民はおらず、モンスターがいきなり徘徊している。
複合タイプのせいなのか、建物は途中から鬱蒼としたジャングルに呑まれてしまっていた。その反対側だが、巨大な倉庫が重なり合うように隣接して凄い事に。
お陰で滑走路は潰れてしまっていて、全体的に圧迫感のある造りのダンジョンとなっている。そしてヘンリー達の話では、どこも等しく危険度は変わらないそう。
とは言え、その危険に関しては色々と種類があるよう。
「それじゃあ俺たち『ヘブンズドア』と『グレイス』チームは、比較的に兵器の入手率が高い倉庫エリアに進むよ。来栖家チームは、打ち合わせ通りに『シャドウ』チームと行動を共にしてくれ。
進むルートに関しては、そちらの好きにしてくれて構わないよ」
「了解した、それじゃあどこに進もうか……“広大ダンジョン”を思い出すな、あそこもいい加減酷かったけど。強敵も出て来たし、そう言えば嫌な罠もあったなぁ。
今回は逸れないように、みんなで固まって行こう」
「ジャングルの中に遺跡みたいなのがあるね、宝箱も設置されてるかもっ!? 建物の中って、意外と何も無かったりするんだよね。
前回もそうじゃ無かった、お姉ちゃん?」
末妹にそう言われ、そうだったかもと思わず答えてしまう姫香である。そのお陰で、香多奈の我が儘が通って来栖家チームはジャングルを進む事に決定した。
もちろん行動を共にするよう言われた、『シャドウ』チームの4人も一緒である。戦力はともかく、そのチームの運営方法に思い切り不安そうな表情の一行。
それには気付かない振りをして、ハスキー達は悠々とジャングルの中へと消えて行った。それを追う後衛陣は、何の躊躇いも無く呑気に構えている。
同行者が増えようが、ハスキー達は前衛を譲る気は無い様子。
――かくして、2チームでの“岩国基地ダンジョン”の探索はスタート。




