町の住人の失踪事件に巻き込まれる件
その案件は割と急で、護人にしてみれば何で自分が巻き込まれるの感が半端なく強かった。それでも峰岸自治会長に呼び出され、そこに自警団の面々が揃っているのを目撃して態度を改める。
つまりは割と大事件なのかなと、心の中で推測して人知れずため息を1つ。一緒について来ていた姫香には、恐らくバレていたとは思うがそこは仕方がない。
そんな集会所では、自警団『白桜』の細見団長が経緯の説明中だった。つまりは、警察機関の無いこの日馬桜町では、この手の面倒事は自警団チームが背負う事も含めての説明中。
事件が起きたのは、何となくこの場の雰囲気から察していた護人である。それが失踪事件と知ったのは、この細見団長の説明での事。
しかも恐らくはダンジョン絡みと聞いて、なるほどと納得の表情に。自分達の分野だねと、活気に満ちた呟きを発する姫香は多少不謹慎ではある。
とは言え、被害者が生き返って文句を言って来る訳でも無し。沈んだ気分を醸し出したとしても、知らない相手だと限界がある。そこは我慢して貰うとして、団長の話してくれた経緯をざっと把握する護人。
それは何と言うか、自分勝手で同情出来ない部分も含まれていた。
つまりはその失踪した親子の敷地内にも、来栖家と同じくダンジョンが生えて来ていたらしい。普段なら自警団に泣きつく案件だが、どっこいその親子は全く違う対応を取っていた模様。
そのダンジョンの所有権を主張して、自分達のモノだから勝手に入るなと自警団チームを追い返し。発生から数年は、自分達で上手い事管理出来ていたとの話。
ところがここ数か月、その親子と全く連絡が取れなくなっているのだ。近所の人たちも、見掛けなくなって日にちが経つにつれ、これは不味いんじゃないかと自警団に相談したのが今回の経緯らしい。
それを受け、自警団は敷地内どころか家屋も調べたのだが、やっぱり親子の影は窺えず。ちなみに男やもめのその親子、父親が50代で息子2人は30代だった。
護人も顔くらいは覚えていたが、地区も違うし親しい間柄では無かった。敷地内のダンジョン探索で、彼ら親子はガソリンや車のパーツを回収してかなり潤っていたそうな。
そんなダンジョンもあるんだと、姫香は話を聞きながら感心した素振り。しかしまぁ、行方不明の確定から既に1ヶ月以上がゆうに過ぎている訳で。
恐らくだが、ダンジョンで亡くなっている可能性がとても高い。
「それを証明するのは、限りなく不可能だって探索者は誰でも知ってるけどね。何しろダンジョンで亡くなったら、ほんの数日で死体は綺麗に分解されるそうだから。
ただ、その人の持ってた所持品は宝箱の中身になるって話だけど」
「そうだな……ダンジョンに入って生存確認をしてくれって依頼なら、あまり意味はない気がするよ、自治会長。ダンジョン内で1ヶ月以上も生き残ってる確率なんて、限りなく低いだろうし。
ウチのチームが潜る意味は、あんまり無いんじゃ……」
「それでも誰かが潜って、捜査しましたって体を整えるのが筋じゃろうて。前野の親父も息子たちも、アレで腕っぷしだけは強かったからな。
強い敵が湧いた可能性を考えると、この町で一番強いチームに行って貰わにゃ」
「それじゃ、やっぱり私たちの出番だねっ……ところでその前野さんは、協会には所属してなかったのかな?」
してなかったらしい、もちろんそれは違反でも何でも無いし、取り締まる事も当然出来ない。協会とは、探索者の相互協力の組合程度の位置づけの組織なのだ。
ダンジョン探索に必要な情報や消耗アイテムを提供したり、魔石や薬品を一定額で買い取ったり。そんな設備を利用しなくても、ダンジョンの間引きに支障はない。
ただし探索者同士の繋がりとか、確実な取引先は不定となるのは仕方がない。とは言え、魔石や薬品や回収品をどこに売ろうと、販売先が確定すればそれは個人の自由である。
行方不明の親子は、そんな感じで独自に販売先を開拓していたと思われる。潤っていたとの話なので、定期的に自分の敷地内のダンジョンには潜っていたのだろう。
聞けば猟友会にも所属していたそうで、猟銃も所持していたみたいだ。モンスターにも銃は効果があるので、それを所持していたら気が大きくなる場合もあるだろう。
そんな近代兵器を過信すると、大事故に繋がってしまう可能性も高いけれど。今回もそんな流れだったとしたら、本当に悲しい結果となったモノだ。
まぁ、現時点では死亡が確定とは言い切れない。
捜索するだけ無駄だとは、ここにいる皆が心中で少なからず思っているだろう。それでも体裁を整えるのは、社会的な責任を遂行するために他ならない。
そんな訳で、なし崩し的にダンジョン内の探索要員に駆り出された来栖家チーム。ウチには子供もいるのにと、思わなくもないがこればっかりは仕方がない。
例えは凛香チームや他のチームに回すにも、重い案件だしこちらで処理出来ればそれが一番だろう。そんな訳で、護人は休日の今日を利用して、午後一から探索に向かうよと自治会長に告げる。
そうして一旦、準備のためにこの場を後にする護人と姫香であった。
そしてその午後の1時過ぎ、自警団チーム数名と一緒に来栖家チームは町の指定された敷地内へと到着した。大畠地区の外れにあるその家屋は、主要の県道からはかなり奥まった場所に位置していた。
大きな車だと、入るのにちょっと苦労しそう……とは言え、この山間に位置する町はそんな立地の敷地は多い。平らな土地は駅前と、そこを通る県道周辺位である。
後は総じて、山を何とか切り開いて家屋を立てたり田畑を拡げたりの立地ばかり。まぁ、広島県自体がそんな海の近くにすぐ山と言う土地ばかりなのだ。
町を拡げるには、とにかく山を切り開くしか手段の無い運命の県ではある。ただ広島の市内だけは、例外的に太田川の三角州から出来ていると言う。
そのせいで土壌が脆弱で、地下街や地下鉄の計画は全て頓挫してしまってるけど。ちなみに牡蠣が美味しいのも、この山と海の近い立地のお陰である。
とにかく開拓するには、有利な土地では決して無い。
そんな屋敷の佇まいに、キャンピングカーを降りた来栖家の面々は親近感を覚えている様子。人の気配こそ無いけど、近所のいないどん詰まりの立地なのだ。
ハスキー達も勝手に散って行き、周囲に怪しい点は無いか嗅ぎ回ってくれている。探索準備もバッチリな子供達も、ダンジョンはどこかなと話し合う。
そんな中、護人だけが呼ばれて家屋の探索を一緒にして欲しいとの依頼。気の進まない護人だが、仕方が無いので一緒に他人の家の中へとお邪魔する事に。
素人の視点が加わった位で、何が分かるか甚だ疑問ではある。案の定、無人の家の中に違和感を感じるけれど、それはただ主人の不在と言う一点のみ。
男やもめが長いせいか、室内はお世辞にも綺麗に片付いているとは言えない。ただそれも、生活感の範囲内で不潔と言う程では無い。
それに加えて数か月の不在で、埃は室内に結構貯まっていた。結局、失踪の手掛かりは誰も掴めず、今回の探索もただの時間の浪費に終わってしまった。
その反対に、外にいた子供達はダンジョンの入り口を発見していた。それから納屋の状態を見て、ここで家主は探索準備をしてたんじゃないかと言って来た。
その発見に、周囲の大人たちは口をあんぐり状態。しかしよく見れば、確かに猟銃の弾や手入れ用の品が納屋に整然と置かれてあった。
そして肝心の猟銃だけが、どこを探しても見付からないと言う。
「なるほど、確かにここで着替えた痕跡が3人分あるな……一応は前野親子も、万全の備えでダンジョンへと潜ってはいたのかな?
これは探索に出掛けて、無事に帰って来れなかった可能性が高くなったな」
「魔素濃度も一応測っておいたよ、護人さんっ。そんなに濃くは無かったけど、平均よりは上かも……今回は自治会依頼だよね、前野さん親子の捜索って条件で良いの?
それだと見付からなかったら、延々と深層まで潜んなきゃならないよね?」
「あっ、いや……録画機器を渡すから、適当な階層までで構わないよ、姫香ちゃん。その録画情報は、協会も欲しいそうで依頼料は倍増しになる筈だから。
嫌な役を押し付けて済まないが、宜しく頼んだよ」
別にいいよと、姫香は飽くまでクールな返答振り。確かにあまり気分の良い依頼では無いが、町で一番最強のチームと認められての声掛けなのだ。
無碍には出来ないし、地域貢献は月に1度程度は率先してこなした方が良い。ただ働きは御免だが、今回は自治会と協会の両方からお金が支払われるとの事。
末妹の香多奈にしても全く無頓着で、ルルンバちゃんに受け取った録画機器をご機嫌に取り付けている。新しいダンジョンに潜る事が、楽しくて仕方がない様子。
それはペット達も同様で、立派な車庫内に見付けたダンジョン入り口に興奮模様。中の情報だが、ガソリンや車のパーツが入手可能と言う以外は全くの不明と来ている。
素人の親子チームが攻略出来ていたらしいので、そこまで強い敵が出て来るとは思えない。とは言え油断は大敵、推定で人死にも出ているのだ。
そんな理由もあって、今回の探索前の注意点は微妙に酸っぱいモノに。ひょっとして、行方不明者のゴーストが出て来るかもとか、宝箱から遺品が出て来るかもとか。
そんな事を口にするのは、少々憂鬱な護人である。
「まぁ、その辺は仕方無いと言うか、今回のメインの依頼だもんね。香多奈は怖かったら、峰岸のオッちゃん達と外で待ってたらいいよ」
「嫌だよっ、絶対について行くもんねっ! 私が行かなかったら、コロ助も萌も一緒に行かないんだからねっ!」
「そんなに怒らないの、香多奈ちゃん……お姉ちゃんは、香多奈ちゃんが心配だからああ言っているだけなんだから。
私も心配だけど、不測の事態には私がしっかり守ってあげなきゃね」
そう言う紗良も、実は少し不安そうで顔色はあまり良くない。それでも家族が万一怪我をした時の為に、ついて来る気満々の長女である。
それは末妹の香多奈も同じく、仲間外れなんて真っ平御免なので。叔父の護人にせっついて、早くダンジョンに潜ろうよと自分の同行を既成事実にするのに忙しい。
姫香はそれ以上何も言わず、ハスキー達に続いてダンジョンへと入って行った。そんな訳で、なし崩し的に始まる“車庫ダンジョン”の攻略である。
そんな今回の目的は、普段の間引き案件より少し複雑だ。それでも、何とかなるだろうと護人も覚悟を決めて後に続く。どの道こちらは専門家では無いのだ、行方不明者の捜索なんて話を振られても無理!
精々が、ハスキー達に異変があったら教えてくれと頼むくらいのモノ。他力本願な方式だけど、その位しか素人の捜索隊リーダーに出来る事などありはしない。
逆に気楽になった護人は、探索開始の合図をチームに発するのだった。
そうして、薄暗い車庫内に出来ていた入り口から入ったダンジョンの第1層である。どうやら前野親子は、車庫にダンジョンが出来て以来、そこの管理は入念だった模様。
車の駐車をキッパリ諦めて、普段は厳重に開閉式の鉄扉で蓋をしていたみたい。それなら確かに、オーバーフローにもある程度は対応可能かも。
まぁ、それで完全に野良モンスターを閉じ込められるかと問われれば、それは疑問ではある。ただ少なくとも、時間稼ぎ程度にはなってくれるだろう。
そもそも、定期的に潜って間引きを行っていたとの話である。ガソリンが回収出来るとの情報もあったが、出た先はなるほど見慣れた感じの車庫内だった。
いや、見慣れてはいないけど雰囲気は入り口の車庫そっくりだ。
「あっ、やっぱりこんな感じのフロア構成なんだ……ある程度広いけど、扉の向こうはどうなってるのかな?
私の予想だと、同じ間取りの続きかな?」
「そうかも、ハスキー達はどっちに行ったのかな? あっ、向こうで戦闘音がするね、この入り口には見るべき箇所は無いみたい」
「光の魔玉を使うね……ルルンバちゃんの方の撮影、ちゃんと始めてる? 車庫の端っこに置かれてるのは、中古車か何かかな?
特に怪しくはないよね、護人さんっ」
出た先は広い田舎の屋根付きの車庫で、出て来た入り口を除くと怪しいのは端っこの中古の自動車くらい。それを恐る恐る覗き込んだ護人だが、車内には特筆すべきモノは何も無し。
戦闘音はその奥の扉の向こうからで、用心して姫香が向かってみた所。同じような屋根付きの空間で、ハスキー達が大ヤモリ3匹と戦っていた。
恐らく壁に張り付いていたのだろうが、今はハスキー達に地面に落とされて劣勢である。と言うより、そのまま討伐まで待ったなしの流れに。
そして1分と経たず、順番に魔石へと変わって行ってしまった。そこは洒落た感じのガレージだったが、特に目立ったモノは置かれておらず。
それでも多少は慎重に、辺りを覗ってしまうのは仕方が無い。
――そんな感じで、内心ではやり難く感じながらの探索になりそう。




