景色を堪能しながらより深層へと潜って行く件
お昼休憩を終えた来栖家チームは、活動を再開して8層の探索を終えて9層へ。9層も似たような景色が広がっていて、敵が出なければ散策には持って来いだ。
モンスターの密度に関しては、深くなる程に濃くなって来ている気も。当然敵の強さも同じくで、雑魚だと侮っていたら手痛いしっぺ返しを喰らってしまう。
レイジーの件程では無いにしろ、そこは確かに要注意には違いなく。ハスキー達もその点は学習して、不用意に深追いしなくなって来た。
紗良の注意も、そう言う意味では通じたようで何より。
もともとは学習能力はとっても高いハスキー達、9層も気分一新して探索を始めてくれている。ちなみにさっきの水の狂精霊は、魔石(中)に魔玉(水)を17個にオーブ珠を1個ドロップしてくれた。
さすが強敵で、下手すると中ボスより強い精霊系のモンスターではあった。それがまさか、2層続けて遭遇するとなると洒落では済まされない事態。
幸いにも、今度はトレント系の木精霊だった様で、素早い機動力や派手な遠隔系の攻撃手段は無くて何より。それでも木の根伸ばしや、膨大な体力と言う点は厄介な敵だ。
しかも体を揺らしてゆっくりと移動していて、まるで小型の要塞である。小型と言っても立派な幹の古木なので、それなりの体積を誇っている。
それ以上に厄介なのが、この木霊の大カミキリムシやら甲虫やらの召喚技だった。一度に数匹単位で召喚して来るので、対応する側もかなり大変。
ルルンバちゃんの『波動砲』すら効きが悪く、さてどうしようかと前衛に立つ護人も思い悩む。そんな時、レイジーの炎のブレスが決定的に戦況を好転させてくれた。
炎に吞まれる大樹モンスターは、声にならない絶叫を放つ。
「やった、いいよっレイジー……弱点属性を見事に突いたねっ! さっきのミスを見事にカバーしちゃったね、さすがウチのエースの片割れだよっ!」
「おっと、最後の敵の悪足掻きに巻き込まれないように注意しろ、みんなっ。それにしても、ナイス判断だったぞ、レイジー。
しかし、ブレスの威力も随分上がってる気がするな」
主の護人にもそう褒められて、有頂天のレイジーである。それでも、敵が完全に沈黙するまで、気を抜かずに尻尾を2回だけ振るに留めるストイックさ。
ようやく木霊トレントが魔石(中)へと変わってくれて、これで安心して脱力出来る。MP補充に後衛に呼ばれた後も、全身を撫でられて得意満面のレイジーである。
魔石の他にも、敵はスキル書を1枚とレアっぽい木材を幾つかドロップしてくれた。アイテムの回収もまずまずで、連続の熱戦にも文句の無い子供達である。
更に東屋の1つにツグミが宝箱を発見して、一気にテンションアップ。ただし、中身は薬品類とか木の実とか、魔結晶(中)が3個とか普通の品ばかり。
ただまぁ、一緒にもみじ饅頭とか紅葉柄の着物各種が入っていて量は多かった。妖精ちゃんも、着物の内の1枚は魔法のアイテムだと保証してくれた。
次は区切りの10層で、中ボスが待ち構えている階層である。こう連続して強敵と戦うってのは、なかなか大変だし今日の目標の15層はしんどいかも。
護人がそう言うと、それなら中ボスはミケさんに頼めばいいよと、至ってお気楽な香多奈の返しである。頼られた当猫も、仕方無いなと言った感じでミャアとの返事。
やっぱり末妹には甘い、来栖家の愛猫だったり。
「ミケさんの返事も聞けたし、さっさと10層に進もうよっ……今度の階段はどの辺りかな、パターンを掴んじゃうとフィールド型のダンジョンでも移動は楽だよね。
このルートをそのまま戻れと言われたら、結構きついけど」
「戻り道に帰還用の魔方陣が使えるって、凄くラッキーだと思うねっ。ただし案外これも、ダンジョンが探索者を奥に誘い込む罠かも知れないけど。
香多奈みたいに楽ばっか考えてたら、ドツボに嵌まるから注意しなさいよ」
そんな返しを姫香にされて、思いっ切り剝れる末妹の香多奈である。お互いの言いたい事は分かるので、護人も仲裁は難しい。
取り敢えずは喧嘩になりそうな雰囲気を和らげて、ゲートを見付けて10層のエリアへと到着である。そこは相変わらずの秋の気配と、さらさらと舞い落ちる紅葉が綺麗な場所だった。
そんなエリアを見渡した限り、怪しい場所が池のふちに1ヵ所窺えた。5層と同じような壁無しのお堂に、今回はちゃんと中ボスが待ち構えているのも発見出来た。
これだと先制攻撃も可能だねと、5層の方が難易度高かった発言をする香多奈。それに対して、相手が反応しそうなギリギリまで近付こうかと姫香が提案する。
その接近の最中に、河童型のモンスターに絡まれたのはご愛敬。ついでに大トンボの群れにも遭遇して、中ボスの間に辿り着くのも一筋縄では行かない感じ。
そしてその騒動で、バッチリ相手はこちらを察知してしまったみたい。これは奇襲は無理かなと思うけど、中ボスもお堂を出て来ず待ってくれている。
その辺は、ダンジョンの法則なのか律儀だねぇと紗良の呟き。
そして雑魚を倒し終わって、ある程度突入の準備も整って一息ついた来栖家チーム。その時、紗良の肩の上からミケが勝手に飛び降りて、中ボスのお堂へと近付いて行った。
そしていきなりの雷落としから、中ボスの始末を敢行してくれた。お陰で待ち構えていた敵が、どんなタイプだったのかもはっきりと確かめられず終い。
さすがミケさんと喜ぶ香多奈だが、他の面々はただ呆れるばかりな表情。末妹に抱きかかえられたミケは、まぁ約束を守っただけなので悪くは無い。
そのまま先へと進みそうな末妹に待ったをかけて、一行は中ボスが既に退場したお堂の中央へ。そこには魔石(小)が1個に、スキル書が1枚落ちていた。
それから広い舞台の隅っこに、11層への階段と退出用の魔方陣と宝箱のセットが。さっきの推測通りに、どうやら中ボスの間には退出用の魔方陣は設置されているみたいで何より。
これなら帰り道を心配せず、15層まで進む事は可能かも。
安全で快適な帰路の確保も、言ってみれば探索者の定石には違いなく。間引きが完璧ならともかく、疲れ切った帰り道に狩り損なった敵に襲われる事だってあるのだ。
そう言う意味では、副業としての探索業とは言え、随分と成長して来た感のある来栖家チームである。もともとペットの戦闘力の水増しで、新人離れしていたチームだったけど。
その辺まで気配りができ始めたのは、やはり探索経験を重ねて来た結果だろうか。そして10層どころか、間引きなら15層は進まなきゃ的な発想も然り。
C~D級ランクの探索者チームでは、とても出て来ない発想には違いなく。頼もしいんだか図に乗ってるんだか、護人の立場では少々不安ではある。
とは言え今回の探索は、子供達の提案通りにまだまだ続くみたい。
「さあっ、あと5層頑張ろうっ! 時間もまだ2時過ぎだし、全然余裕だよねっ……20層でも良い位だよ、そうしよっか護人さん?」
「いやいや、そこまで頑張らなくてもいいよ、姫香……次の日も探索仕事が控えているからね、夕方で切り上げる位で問題は無いよ」
「そうだね、昨日の疲れも正直ちょっと残っているし……香多奈ちゃんとかも、寝起きがいつもより悪かった気もするもんねぇ」
家族の体調を一番チェックしている紗良の言葉に、香多奈はいつも寝起きが悪いよと一刀両断の姫香である。それでも何とか、姫香は今回の探索は15層までで納得してくれた。
ちなみにさっきの宝箱からは、鑑定の書や薬品類に加えて虹色の果実も2個ゲット出来た。他にも魔法使いの使う杖みたいなのが1本に、強化の巻物が2枚。
後はこの庭園のポストカードっぽいお土産品やら、何かの苗木が数本ほど。それは紗良が喜んだけど、何の苗かはさすがに妖精ちゃんにも分からず。
薬品の中には中級エリクサーがあったので、一応は中当たり以上の宝箱には違いなかった。ただし魔法アイテムは杖のみで、その辺はちょっと残念かも。
それでもここまでの回収率はまずまずで、何より景色が良いので探索にも張りが出ると言うモノ。このフロアは初夏の庭園と言うか、小高い丘に沿って紫陽花が咲き誇っていてとっても綺麗。
それからここも、池と石橋と石灯籠の見事な景観に、奥には小さな滝もありそう。東屋も探せばあるかも、茂る青葉で全部が見渡せるわけでは無いけど。
そしてここに出没する敵は、大セミとイタチ獣人がメインみたい。それらを片付けながら、最短の探索ルートを模索する姫香とハスキー軍団である。
ここも割と広さがあるので、ルート計画はとっても大事。
「アジサイは、ウチの近くももうすぐ満開になるよね。ここみたいにびっしり道に沿ってじゃ無いけど、私は地元のアジサイが一番好きだなぁ」
「そうだね、地元のアジサイの幹は古いから、毎年ちゃんと花が咲くかなって心配になるけど。ちゃんと咲いてくれると、心が満たされる感じになるよね」
「おっと、ハスキー達は花見より探索が優先みたいだな……遅れないようついて行こうか、みんな」
護人の言う通り、ハスキー達はさっさとゲートを求めて進み始めていた。そこでこたつ大の蝸牛に遭遇して、さっそく戦闘を始めている。
コロ助のハンマー攻撃で、戦いは短時間で勝利を得る事が出来た。ただし、お返しに粘弾を飛ばされて、溶解液かなとちょっと冷やりとした場面も。
ハスキー達は紫陽花小路に沿って、丘の上を目指すつもりらしい。それに大人しく従う一行だが、見下ろす景色もまた素晴らしい。吹き降ろす心地よい風と、それから遠くから聞こえるセミの声。
その声がモンスターの可能性も、まぁ無きにしも非ずって感じなのがちょっとアレだけど。幸いにも、ハスキー達の勘は冴えていて丘の上にゲートを発見。
その前に屯っていた大バッタ数匹を簡単に駆逐して、さて次は12層である。これまでの経験上、次は下った先の池の側にゲートがある筈。
ハスキー達もそう推測して、池の方向へと下って行くようだ。その動きは相変わらず淀みは無く、2日連続の探索に疲労の色も無いみたい。
そしてこの層も、敵の出現は割と多かった。
それを張り切って倒して行く、ハスキー軍団&茶々萌コンビである。姫香も参戦して、イタチ獣人と飛んで来た大セミを討伐する。護人とルルンバちゃんも、後方支援で遠距離武器を振るっている。
討伐時間は出現モンスターへの慣れと共に、どんどん短くなって行く。香多奈も『応援』を飛ばすけど、これなら必要無いかなって感じ。
その敵の出現の勢いは、池の淵に降りてからも続いており。装備のやたら良いリザードマンや、大アメンボの射撃部隊が団体で出現して来た。
どこからか鹿威しの音が響いて来て、池の周囲はいかにも涼し気な雰囲気だ。そんな風景を尻目に、ガツンとぶつかるモンスター軍と来栖家チームである。
熾烈な戦いは、今度こそこちらもスキルを大盤振る舞いしての5分以上の熱戦に。さすがに獣人タイプで、スキルや武器を上手く扱う輩は相手をするのも大変だ。
それにアメンボの水弾サポートが加わると、厄介この上ない布陣となる。ただし敵がこちらを深追いしてくれて、水場から離れてくれたのが幸いした。
これで水弾飛び交う、不利なエリアから離脱出来たのは大きかった。
「よしっ、トカゲの軍団を倒し終わった……後は池に浮いてるアメンボ倒すよ、ツグミっ! あいつら動きが素早いから、サポートお願いねっ!」
「コロ助と萌も負けたらダメだよっ、応援してあげるから頑張って!」
いつの間にか後半は競争になってしまったけど、こちらに怪我も無く切り抜けて護人としては一安心。紗良もMP回復ポーションを用意しながら、戦いが終わるのを待っている。
ルルンバちゃんは散らばった魔石を拾いながら、戦闘後の後始末に余念がない。とは言え、まだ水弾が飛んで来るので完全に気は抜けない。
そんな時、茶々丸がプリプリしながら護人の元にやって来て、何か文句を言いたげな様子。どうやら池に浮かぶ敵への対処方法が無いので、それを怒っているらしい。
それは仕方が無いと言うか、護人などは姫香やハスキー達に任せれば良いと思うのだが。仲間外れが嫌いな茶々丸は、遠隔スキルが欲しいと強請って来る。
神様でも何でもない護人は、その願いを聞き届けられる筈もなく。我慢しなさいと宥めるのみ、香多奈の通訳はそれは仕方ないよと一応は慰め口調。
みんな何かしら、不満を胸にして生きているんだよと。小学生の悟ったような物言いに、思わず笑いだしそうになる護人はそれを隠すのにちょっと大変。
とは言え、それはある意味真理でもある訳で。
――もっとも、仔ヤギの茶々丸には全く刺さらなかったよう。




