休む間もなく次の間引き先へと向かう件
新造ダンジョンの“戦艦ダンジョン”の処理を、何とかこなしての次の日。その日の夜も、来栖家チームはペット達のためにキャンピングカー泊を行なった。
探索を終えた後だと言うのに、キャンプ泊を思いっ切り楽しむ子供達は頼もしい。護人も連日のダンジョン探索を言い渡されて、少々不安ではあったモノの。
この調子なら、何とかなるかなとホッと胸を撫で下ろすのであった。そして次に向かうのは、広島空港のすぐ近くの“三景園ダンジョン”だと決めてある。
何故なら、レイド拠点のすぐ近くのダンジョンだからだ。
こんな所がオーバーフローを起こしたら、せっかく方々から集まってくれた探索者達が安心して眠れない。作戦初日の昨日の彼らは、それなりに激戦だったと伝え聞いている。
情報元は岩国チームのヘンリーや、青空市の常連の『ヘリオン』の翔馬や『麒麟』の淳二である。ラインでの遣り取りで、子供達から向こうの状況をある程度把握出来ていたのだ。
それを聞いて、向こうの作戦に加わらないで良かったと改めて思ってしまう護人だった。それ程に奪還に向かった町は、かなり陰惨な状況だったみたい。
自分だけならともかく、子供達にそんな町の状況を見せたくはない。ここは素直に裏方に徹して、影からのサポートに全力を注ぐべし。
そもそも、協会依頼で召集された今回も、日当的にはチームで1日6万円と決して高くはない。恐らくは、市街戦に挑む探索者チームは、もう少し良い条件を得られるのだと思いたい。
何しろ、ダンジョン間引きの役割の来栖家チームは、回収アイテムでも収入を得られるのだ。つまり、他のチームよりは追加で報酬を得られる計算である。
まぁ、護人としてはその辺は別にどうでも良い問題だ。
つまりは、無理して限界まで命を張る義務も無いって事でもある。その点は気が楽だし、普段通りに探索をすればオッケーって意味でもある。
子供達も、入って来る情報には胸を痛ませている様子。それから、自分達で出来る事を精一杯頑張ろうと、そんな心意気で今日を臨むみたい。
その意気ごみは尊重すべきだし、チームとしても良い舵取りでこの依頼を終えたい。そう思う護人だが、さすがにこんなに詰まったスケジュールは久々である。
今の所は、子供達にもペット勢にも昨日の疲れは窺えない。護人自身も、若返りの効果か目立った疲労は体に残っていなくて順調そのもの。
朝の支度をキャンプ施設で行う子供達は、珍しく香多奈が率先して働いていてとっても楽しそう。気候も普通に良いし、キャンプ泊を楽しんでいる感じすらある。
姫香も朝食の支度を手伝いながら、凛香達からラインが来たよと家族に報告している。家畜の世話は無事終わって、家畜たちに体調の悪い子はいないとの知らせ。
笑顔の姫香は、完全に大らかな田舎の子そのもの。
それからキャンピングカーの外のスペースで朝食をとって、紗良の“三景園ダンジョン”の説明会。“ダン団”の影響のせいか、最近の動画のアップは見付からなかったモノの。
かなり昔の動画が見付かって、それを観るに難易度はC級程度らしい。たまに精霊系の敵が出る時があって、そうなると少々危険度はアップする感じ。
フィールド型ダンジョンで、綺麗な庭園フロアが定番らしいのだけど。景色に見とれていたら、痛い目に遭うから気をつけてとの紗良の言葉。
それに対して、は~いと元気な末妹の返事である。
「それじゃあ、探索の準備が整ったら出発しようか……とは言え地図を見るに、ここからなら車で数分で到着する距離みたいだな。
慌てる事も無いかな、間引きも10層程度で構わないだろう」
「朝から突入だと、その位は楽勝なんじゃない、叔父さん? だからもうちょっと進もうよ……最近はウチのチーム、ダンジョン運が上昇中なんだから!
だって宝の地図が2枚だよっ、また出ちゃうかもっ!?」
「そんな理屈って存在するのかな、ダンジョン運なんてさ。アンタって、口から出まかせばっかり言いながら生きてる子だからね」
そんな誹謗中傷に、失礼でしょとすかさず反論する末妹である。朝から元気だなと、護人はキャンピングカーを出す準備をしながら喧嘩の仲裁に入る。
いつもの事なので、ハスキー達も完全スルーして車内へと入って行く。その動きは滑らかで、昨日の疲れも残って無さそうで一安心。
とは言え、連日のダンジョン探索など遠征で数回行った程度の来栖家チーム。無理はしないと宣言してあるけど、子供達は興が乗ったら図に乗る習性が。
そこはしっかり、大人の護人がブレーキを掛けて行かないと。甘い性格なので、その辺のさじ加減は難しいとは言え。初見のダンジョンだけに、何があるか分かったモノでは無いのだ。
そんな事を考えている内に、車はあっという間に目的地へ到着した。そこは確かに、昔は綺麗な観光地だったのだろうが、今は手入れは行き届いていない感じ。
子供達は気にしていないようで、さっさとキャンピングカーを降りて探索の準備を始めている。ペット達も同じく、ヤル気を漲らせて入り口を見据えている。
そのダンジョン入り口は、平凡な階段仕様で大きさも普通程度。
その点は一応安心かも、何しろダンジョンの入り口は中の敵の大きさに比例すると言われているのだ。オーバーフロー騒動では、特にその傾向がハッキリと現れる。
だからと言って、油断が出来ないのもダンジョンではある。
そして10分後、いつもの陣形で突入した“三景園ダンジョン”の第1層である。そこは想像通りのフィールド型ダンジョンで、綺麗な庭園の景色が広がっていた。
中央には池があって、少し奥まった所には滝が設置されている。あまり近付くと、水棲モンスターが襲い掛かって来るのはリサーチ済み。
間引き目的なので、それらもキッチリと退治して進むべきだろう。チームでそう話し合って、立派な桜並木の中をハスキー達が先陣を切って進んで行く。
つまりはこのフロア、春の仕様となっているみたい。後方を歩く撮影役の香多奈は、呑気に綺麗だねぇと燥いだ声をあげている。
確かに水辺の枝垂れ桜など、うっとりする程に美しいとは隣の紗良も思う。そんな中、前方では既にハスキー軍団が敵のイタチ獣人と戦っている。
その台無し感は何とも拭い切れないが、そんな強い敵でなかったのはすぐに判明した。数匹の獣人軍は、姫香が手助けに入る前に全て壊滅してしまった。
まず初戦は、軽く来栖家チームの完全勝利である。
「獣人が出て来たけど、体つきはゴブリンより貧弱な感じだったね、護人さん。フィールド型のダンジョンだけど、動画では階段の場所のパターンは決まってたし。
まずは建物の方に進むか、滝の方をチェックするか決めようよ」
「あっ、あの橋を渡ってみたいかもっ……池の上を渡れる通路もいいねっ、あっちに進んでみようよ、叔父さんっ!」
「意外と大きい池だねぇ……香多奈ちゃん、危ないから水際には近付いちゃ駄目だよ?」
紗良の忠告は、もちろん水中からの敵の不意打ちを警戒しての事。池には普通に鯉が泳いでおり、今のところはモンスターの姿は無し。
そんな訳で一行は、水上ルートを優雅に進んで気分はまるで観光者。整備された日本庭園を、犬の散歩ついでに周遊しているような気分だったり。
それが破られたのは、紗良の言ってた水中からの襲撃だった。鉄砲魚の水撃砲みたいな射撃が、左右の水中からチームへと一斉に放たれたのだ。
油断していた訳ではないが、子供達がここの景色に見とれていたのも事実。ただしハスキー達は、全く警戒を怠っていなかったのは褒められるレベル。
コロ助はすかさず《防御の陣》を張って、敵の射撃をブロックしてくれた。そしてもう片方は、レイジーが炎のブレスで強引に相殺してしまった。
何と言う力技と思わなくもないが、彼女のその後の行動も素早かった。池の上に飛び乗っての、敵の居そうな場所への『針衝撃』を連発する。
これまた力技で、水中に潜んでいたモンスターを撃破。
大騒ぎしている香多奈は、その後の追加に出て来た敵も、大声を出して皆に場所を知らせている。ちなみに水中から姿を見せたのは、人すら乗れそうなサイズの大カエルだった。
不思議な事に、割と透明で深くも無い池なのに、敵が水中に潜んでいるのが分からなかった。何かのダンジョンの仕掛けなのかも、だとしたらこの後も厄介だ。
一度に数体出現したそいつ等に、護人が弓矢で咄嗟の先制攻撃を喰らわす。ルルンバちゃんも魔銃でそれに追従、あまり広くないコンクリの架け橋で繰り広げられる局地戦。
後方から強引に架け橋に乗り込んで来た大カエルに、茶々丸が『跳躍』から襲い掛かる。そして切れ味鋭い角での一撃で、いきなり致命傷を与えていた。
姫香の方も、その場で回転してからの《豪風》の風の刃飛ばしで敵を遠隔で始末している。この技は、最近ようやく実戦でも使えるレベルに成長を遂げたスキルである。
毎日の夕方の特訓は、そう言う意味では有意義で裏切らない。ツグミのフォローもあって、大型のカエルたちは反撃の機会も無く倒されて行った。
5分後には、ようやく水中からの奇襲は全て終了の運びに。
「ふうっ、終わったかな……ちょっと出鱈目な襲撃だったね、あの大カエルなんてサイズ的に水の中に潜んでられない筈なのに。
さすがダンジョンの仕掛けは、ある意味何でもありだよ」
「そうだな、目視での警戒が無駄なのは結構辛いな。ハスキー達も直前まで気付けなかったし、ある意味別次元からの襲撃だったんだろう。
今後はなるべく近付きたくないけど、まぁ間引き目的だしなぁ」
「それじゃあ……今後は囮役を立てて、敵が出て来たらみんなでフルボッコにするとか?」
かなり乱暴な香多奈の作戦だが、それはアリだねと乗っかる姉の姫香。その視線を感じ取って、私は囮役にならないからねと荒ぶる末妹である。
確かに香多奈にそんな役は危なっかしいけど、コロ助とかなら全然アリかも。いざとなったら《防御の陣》もあるし、いよいよ危ないとなれば《韋駄天》で逃げれる。
今回の依頼の間引きだが、そんなに広くは無いと言っても、フィールド型ダンジョンを歩き回るのはそれなりに時間が掛かる。景色は綺麗で散策は苦ではないけど、敵を間引きながらの移動はそれなりに大変。
1層を丸々全て駆逐しながら下って行くのは、まず不可能だしナンセンスだ。そんな訳で姫香の言った通り、階段を探して回りながらの探索がベターだろう。
改めてそうチームの方針を確認して、取り敢えずは目に付いた敵は全て倒して行くよと公言する護人。それに頑張るよと姫香が返事して、オーッと乗っかる末妹の香多奈である。
いつもの来栖家クオリティ、呑気なその雰囲気は毎度の事でもある。護人も既に受け入れていると言うか、諦めてペット達の活躍に期待する眼差しである。
そして危険な池の側を一度離れて、やっぱり池に隣接する建物へと向かう一行。張り出した舞台のような桟橋は、まるで宮島の厳島神社を思わせる。
建物もどこか古風で、恐らくはそう言う景観を目指して造られたのだろう。その周辺にもやっぱりイタチ獣人が巣食っていて、その殲滅に少々時間を費やす。
それから改めて、周囲をうろつき回ってようやく次の層への階段を発見に至った。この層の探索に掛かったのは、合計で40分程度だっただろうか。
フィールド型ダンジョンにしては、まずまずのペースだろう。この感覚が掴めれば、移動に関してはもう少し早める事も可能になって来るだろう。
ついでに家探ししていた子供達は、宝箱は無かったなぁと残念そうな表情。ここは簡単な売店や喫茶店が入っている建物で、かなり期待していたのに残念。
それでも明るく、次に期待だねとポジティブな末妹のコメントに。まだ1層目だからねと、姫香も追従して先に進もうと言って来る。
それに反応して階段へと進むハスキー軍団、探索モードの彼女達に一切の迷いはない。つまりはサーチ&デストロイ、邪魔な敵は排除して主たちの安全を守るのだ。
そして宝物が見付かれば、みんなで喜んでハッピーな気分を共有する。それを繰り返して、最後まで安全を保ってダンジョンを出たら彼女たちの勝ちである。
人生は単純、お仕事の遂行も同じく難しく考えない。
――後は戻って、美味しいご飯を食べればこちらもハッピー。




