キッズ達が初の探索チームを結成する件
その週の土曜日は、来栖家の周りは来客で大わらわの状態になっていた。まずはお隣の凛香チームの面々と、それから熊爺と引き取ったキッズ達が5名。
その理由は、何と言うか壮大な口裏合わせとでも評そうか。つまりは香多奈を始めとする子供達が、保護者を説得して回ってこの日に探索者デビューを果たすのだ。
香多奈はまぁ、元から家族チームにくっ付いて、何度もダンジョンへと探索に出掛けている。ただし和香と穂積に関しては、まだ早いと凛香チームには1度も同行させて貰えず。
そんな現状に変化が起きたのは、1つは例の“春先の異変”の惨事だった。力の無い者は抗えず、ダンジョンから溢れたモンスターから逃げるしかない。
そこに香多奈が、小学生チームを率いて見事に避難所を守り切ると言う実績を示した。例え子供でも、知恵と勇気で何とかなると周囲に知らしめる事が出来たのだ。
それを知って、凛香や隼人も考え方を改めたのは事実である。180度まだ早いと反対している立場を、90度くらいに和らげた感じ。そもそも凛香チームは、全員が親を亡くした孤児集団である。
頼れる肉親がいないのは、全員が一緒の立場なのだ。
早くから自立すると言う考え方は、別に間違っていないと心の中では分かっているのだ。ただし5年以上面倒を見て来た、可愛い妹だし弟なのもまた事実。
その辺の折り合いで、今まで揉めていた感じだろうか。
今回は熊爺家の双子もデビューすると言うし、ギルド『日馬割』のリーダーが直々に引率してくれるって話である。それならまぁと、凛香と隼人も折れた次第である。
つまりは子供たちの、長きにわたる説得と口裏合わせの戦術がようやく実を結んだのだ。そうやって今日のデビュー戦を勝ち取った訳で、子供達は朝から興奮のしっぱなしと言う。
そんなキッズ達、午前中には馴染みの企業の移動販売車に来て貰って、揃いの戦闘着も設えて貰っていた。小学校の教材の時と同じく、兄や姉からの贈り物に舞い上がっている和香と穂積である。
それは熊爺家の天馬と龍星も同じく、新調して貰った革製の戦闘着を馴染ませようと動き回っている。その姿は忙しなく、或いは緊張しているのかも知れない。
熊爺に関しては、それ程には心配もしていない様子であった。来栖家の厩舎にお邪魔して、今年生まれた2頭の子牛を眺めてご満悦な表情を浮かべている。
側では香多奈が、お産に付き合って物凄く大変だったんだよと熱弁を振るっている。それを周囲の面々も、何故か感心しながら聞き入っていると言う。
騒がしさの目立つ少女だが、不思議と人を引き付ける魅力は持っている。
「もしかしてだけど、この子牛たちも将来探索について来ちゃったらどうしよう? ウチは茶々丸って前例があるからさ、そう言う事もあると思うの!
叔父さんは駄目って言うかも、2頭とも女の子だから」
「ほうじゃな、将来はお乳をいっぱい出して貰わんとなぁ。護人の所も、牛が順調に増えて来たのぅ……こんなら、増えたご近所の分も充分に賄えそうじゃわい」
「そうだな、熊爺の所の規模には到底及ばないけど……今年から、自分の田んぼで牧草も育ててみようと思うんだ。
そこまで作付面積は広くは取らないけど、アドバイスを頼むよ」
末妹の他愛ない話を聞きながら、護人と熊爺の大人の会話も色々と弾む中。お昼を大人数で済ました一行は、庭先に出て子供達を盛大に送り出そうと凄い雰囲気だ。
熊爺ももちろん、自腹で双子に探索着やその他を買ってあげていた。幸いと言うか残念ながらと評するか、年上の3人のキッズ達は探索者には興味は無いそう。
今は熊爺や他のメンバーと一緒に、双子を盛大に送り出している所である。お泊まり組の陽菜やみっちゃんや怜央奈も、心配しながら子供集団を見守っている。
この朝からの騒ぎに、ゼミ生と異世界チームも見事に釣られ出て来た。ここまで大人数になってしまうと、さすがの来栖邸のキッチン&リビングにも全員が入り切れない有り様。
そんな訳で、お昼は庭先でのバーベキューで、集まった一同をお持て成しする来栖家であった。お泊まり先輩の星羅も、食材の準備やお握り作りを積極的にお手伝い。
紗良も大忙しで、この人数を捌いての昼食バーベキューを取り仕切る。それでも午後からは、探索の予定も入っていないので気は楽そう。
何しろ護人の方は、これからキッズチームを率いての探索なのだ。
つまりは5人の子供の子守りをしながら、ダンジョンを探索する訳だ。その心労と大変さは、察するに余りあるなぁと紗良は思ってしまったり。
幸いにもレイジーとコロ助、それからミケも積極的について行くみたいでフォローはバッチリ。ついでにルルンバちゃんと、それから茶々丸と萌も当然のように参加を表明しているのはアレだけど。
妖精ちゃんも、せっせとお出掛け準備をしているのでついてくるつもりのよう。この小さな淑女は、どうも香多奈のマネージャーか何かを自認している感じが漂って来る。
色々と行動は突飛だが、それなりに彼女の中では整合性は取れているらしい。とにかくこのメンバーで、今回潜るのは敷地内の“鶏兎ダンジョン”である。
ランク自体はD級程度で、そこまで心配は無いダンジョンだ。ただし過去には、“師匠”魔人ちゃんが罠で設置されていたり、7層だか8層だかでレア種が湧いたりなどの実績もある。
はたまた5階層程度の中ボスに、コカトリスが配置されていたりと。本当にD認定で良いモノかとの声も、あちこちから上がっている次第である。
何と言うか雑魚は低ランクでも、一点張りの豪華特典がある感じ?
そんな所に子供連れで潜るのは怖いけど、他に良い場所も思いつかず。敷地内なら融通も利くし、いざとなったら救助隊もすぐに駆け付けられる。
そんな訳で、緊張する面々は保護者達に見送られつつ、ダンジョン前へと勢揃い。レイジーやミケは、今回は子供に狩りを教えるんだなと理解は素早い感じ。
それだけが、護人にとって唯一の救いだろうか。
「ええっと……それじゃあ探索を始めるけど、ダンジョン内では勝手はしないようにな? 規律を乱すと大怪我の原因になるし、命の危機になる事もあるからね。
ペット達もフォローはしてくれるけど、自分の身は自分で守れるように頑張ろう。自分の配列をしっかり把握して、お互いが動きやすい位置を早めに確かめて。
今日は2時間の探索予定だからね、無理はしないよ」
護人のその言葉に、は~いと元気な子供たちの返事。そしておチビちゃんチームは、それぞれ頬を紅潮させながらレイジーとコロ助の後に続いて歩き出す。
保護者として責任重大の護人は、憂鬱ながらも責務を果たすべくそれに追従する。幸いなのは、レイジーやミケがフォローする気充分で同伴してくれている事だ。
この2匹がいるだけで、事故率はかなり減ってくれるだろう。それから熊爺家の双子の天馬と龍星も、どうやら戦闘経験が多少はあるみたい。
護人の目論見としては、この2人を前衛で戦わせてお茶を濁そうかなって感じ。手強い中ボスなどは、戦闘経験の豊富な面々が担えばそれで良い。
戦闘と言うのは、見たり雰囲気を味わうだけでも勉強になるのだ。
「それじゃあ、天馬と龍星が前衛で暫く進もうか……フォローに関しては、レイジーとコロ助で頼むぞ。ここのメインの敵は、角の生えたウサギと大鶏だ。
大鶏の蹴爪と、ウサギの角には充分に注意して」
「叔父さんっ、小部屋にスライムが湧いてたらさ、和香ちゃんと穂積ちゃんがお試しで倒しても良い?」
「わっ、お姉ちゃんに買って貰ったナイフの出番だねっ!?」
香多奈の時にはスコップだったので、装備の点では和香と穂積は恵まれているようだ。ただまぁ度胸に関しては如何程か、今も相当に舞い上がっているみたい。
先頭集団は、遺跡タイプの真っ直ぐな通路をゆっくり進みながら、初めてのダンジョン探索を噛み締めている。緊張はしているみたいだが、硬くなっている感じも見受けられない。
そこはさすが場数を踏んだ双子だ、2人とも短槍を手にそれなりに様になっている。そして出現する角ウサギに、出たよと後ろに報告して戦闘準備に入って行く。
レイジーとコロ助は、まずはお手並み拝見と左右へと散ってフォローの準備。角ウサギは双子に狙いを定めての突進準備、それが不意に別の方向に引っ張られて行く。
そして思い切り体勢を崩して、槍の一撃を剥き出しの腹に喰らう始末。天馬の『自在針』は、自分より小柄な敵に対してはかなり有効な手段である。
そして新しく武器を買って貰った龍星も、その威力にご満悦な表情。今までは『伸縮棒』での撲殺しか攻撃手段が無かったので、刃付きの武器には興奮してしまう。
何にしろ、双子のコンピプレーは抜群と言う他ない。
とは言え、まだ小物モンスター1匹だけである。後ろに控えるチビちゃんズは、やんやの喝采を挙げている。双子は逆に、冷静に前進を再開する素振り。
そしてお次は大鶏が2匹、前に出ようとする茶々丸をレイジーが目で威圧して制止している。その辺はさすが群れのボス、そして再び双子がスキルで仕掛けて行く。
今度は龍星の『伸縮棒』スキルを使っての、遠隔からのちょっかい掛けからスタート。飛び回って回避する大鶏の片方を、天馬が『自在針』で素早く捕獲する。
そして近付いてから所持する短槍での止め差し、ハッキリ言ってハスキー達がフォローするまでも無い。残った大鶏も、双子のコンビネーションの前に良い所無く狩られて行った。
ドロップした魔石を拾って、後ろに手を振る余裕まである様子だ。茶々丸と萌はとっても暇そう、それはルルンバちゃんも同じで後衛でモジモジしている。
ちょっと過剰戦力だったかなと、早くも後悔する護人だがすぐ思い直す。何があるのか分からないのがダンジョンである、すり寄って来る茶々丸を宥めながらそう自分を納得させて。
その内に出番があるよと、ヤンチャ坊主を慰めてみたり。
「茶々丸っ、叔父さんに泣きついてもダメだからねっ……今日は私たちがメインの探索なんだから、無理やりついて来ても出番は無いよっ!
あっ、最初の支道があったね。スライムいるかなぁ……見て来ていい、叔父さんっ?」
「茶々丸と萌が暇そうだから、護衛を頼もうか。ミケもいるから大丈夫だろうけど、充分に気を付けて」
「はぁ~い、行って来ま~す!」
律儀な和香がリーダーにそう返事をして、香多奈の後にくっ付いて行く。その隣には、鶏頭パペットを操っている穂積も同行する。
このチビちゃんズの中で、一番緊張しているのがやはり圧倒的に経験値の低い穂積だろうか。とは言え彼も、姉達が持ち帰ったスキル書から相性チェックで念願のスキルを獲得しており。
『念干渉』と言う名のそのスキル、どうやら意志の微弱な動物やパペットに精神干渉が可能らしい。それを知った香多奈は、みんなで相談してある戦術を考案した。
それが“春先の異変”でも活躍した自前のパペットの、オート操縦である。パペット兵士と言うのは、従順だがどうしたって命令と動作の間に大きな齟齬が生まれるモノで。
それを無くせる『念干渉』スキルは、ひ弱なキッズの即時戦力アップにはピッタリである。とは言え、この干渉スキルを常時繋げておくのも、なかなかに大変な作業ではある。
穂積の試練は、つまりダンジョンに入った瞬間から始まっているのだ。
そして支道の突き当りの小部屋で、発見される1匹の大ダンゴムシ。コイツには特に攻撃手段も無いので、和香が代表して短槍で始末する事に。
ちなみにこの短槍、キッズのデビュー戦にお揃いで保護者達に買って貰った物である。香多奈まで強請って買って貰ったけど、今の所使うつもりは無い模様。
それでも一緒の品が欲しいのは、チームで同じ物を持っていると言う事実を望んた為だろう。和香の攻撃に耐える大ダンゴムシだが、レイジーの『針衝撃』でのちょっかい掛けに完全に与太ってしまった。
その隙を突いての柔らかい内側への斬撃に、見事に打ち取っての初勝利。やんやの歓声に照れながらも、自分が倒したモンスターの魔石を拾い上げる和香である。
そして次の小部屋では、穂積も同じパターンでの初討伐を勝ち取った。かなりの甘やかしには違いないが、何故かミケはとっても満足そう。
彼女から見れば、和香と穂積は離乳も済ませていない子猫に見えるのかも?
――華々しいデビューとは言えないが、よちよち歩きも一歩には違いなく。




