キッズチームが思わぬお手柄を上げる(?)件
苔の絨毯が全部売れた事に、姫香は素直に感心していた。ここに末妹の香多奈がいれば、声を出して驚いていた事だろう。モノ好きなお客もいるねと、本人を前に辛辣なコメントを発していた可能性もあるが。
とにかく午後の売り上げも、そんな感じで順調に伸びていた。釣り道具一式やらクーラーボックスも、同じく中年の客が纏め買いしてくれた。
もっともそれは、紗良の巧みな接客トークのお陰かも知れない。普段は人見知りな性格の長女だが、売り子になると変なスイッチが入ってしまうのかも。
まるで別人のように、お客さんの特性に合わせておだてたり持ち上げたり。そのお陰もあって、異世界の絵画も追加で2枚売れてご機嫌の姉妹である。
ただし今月は、探索者のお客さんの数が少ない気がする。甲斐谷や『ヘリオン』の翔馬、『麒麟』の淳二の広島市チームの連中は、今の所は見掛けていない。
あれだけの大きなレイド作戦があったので、今頃は地元で羽根を伸ばしているのかも。いつもはそれにくっ付いて来る怜央奈も、足が無いせいか来ていない。
もっとも彼女は、4月中旬から女子チームで泊まりに来る予定。
「今日は探索者チームの来客が少ないね、みんな遠征して遊びに来る気力も無いのかな? まぁいいや、そろそろ交替して休憩に入ろうよ、紗良姉さん。
のんびりしてたら、他の屋台が閉まっちゃうし」
「そうだね、新しい屋台が出てるって小鳩ちゃんが言ってたからチェックしなきゃ。それじゃあ、今回も私からでいいかな、姫香ちゃん?」
いいよとの言葉に、それじゃあお言葉に甘えてと立ち上がる紗良。護衛に一緒に行動する予定の凛香も、それじゃあねと姫香に挨拶して去っていく。
残った姫香と小鳩は、のんびり構えながら売り子を継続中。その30分後にブースに遊びに来たのは、ギルド『羅漢』の雨宮チームだった。
顔見知りの来客に、姫香も調子はどんなと挨拶を交わす。そちら程じゃ無いけど、地元は何とか安定してるよとの返事は何よりである。
そして金銭面でも潤っているのか、売れ残りの武器の『水妖の短剣』と『飛竜の小剣』の2本を買って行ってくれた。オマケしても2本で70万と高値の商品、ただその分性能は良い武器である。
探索者をしていれば自然と武器防具は揃うけど、自分で使える品と言うのは意外と少ない。そのために他から買う行為は珍しくないのだが、一気に2本とは。
景気がいいですねとの姫香の言葉に、向こうはストリートチルドレンの受け入れ話を口にした。要するに、その人材が順調に育って来てるって事だろうか。
それは何より、熊爺キッズ達もご同輩の無事な引っ越しを喜ぶ筈。
そんなやり取りの後ろでは、今回も来てくれた企業の買い付け人が護人と話をしていた。前回家まで来て貰って、もう売る物も無いかなとも思ったけど大外れ。
“アビス”探索で回収した、ミスリル装備や重オーグ鉄製の武器類は向こうも喜んで買い取ってくれるみたい。他にも素材系や古い金貨、真珠や宝石類なども売りに出して結構な儲けに。
企業売りの稼ぎも、そんな感じでまずまず上々な気配。一方のブースでは、異世界製の食器や調理器具が、珍しさも相まっで少量売れて行く程度である。
それでもまぁ、お客さんの数が極端に減らずに済んで良かったと思う。平和が一番、今回訪れた人々が満足して帰ってくれればそれで良い。
人の流れを眺めながら、そんな事を思う店番の姫香だった。
一方の香多奈だが、現在は“ダン団”の実行部隊チームにロックオンされて逃げ出せない状況。何故そうなったと思わなくも無いが、今は原因を考えている時では無い。
幸いにも、こちらには護衛のコロ助とルルンバちゃんがいる。それから大人のヘンリーと、ヤル気満々の天馬と龍星の双子も頼もしい限り。
ただし向こうのキャンピングカーは、トレーラー型の大型車である。そこが誤算と言うか、出て来た“血染め”の釘宮の手下たちは、総勢7名と大所帯と言う有り様。
これで素人の、キヨちゃんや太一を逃がすのが難しくなった。手下の半分は、物騒にも手に銃やサブマシンガンを携えてるし。逃走中に、無防備な背中から撃たれたら目も当てられない。
連中なら、そんな行為も躊躇わずやりそう……揃いも揃って悪者顔で、他人の血を流すのに何の罪悪感も無さそうな輩たちだ。
そんな手下たちも、情報を求めてこんな田舎で足止めされている現状を苦々しく思っていたのかも。大人のヘンリーには警戒しているが、子供を嬲って良いとの指示には嬉しそうな表情に。
彼らは警察機関が機能しないのを良い事に、各地で好き勝手して現在は雇われ傭兵をしているに過ぎない。そんな連中の中にも、スキル所有者が何人かいる始末。
もちろんリーダーの釘宮も、強力なスキルを備えている。子供達が怖気付くのも当然だ、そこにあるのは純粋な悪意なのだから。
この状況に、当然向こうの悪漢共は余裕の表情。何しろ、警戒するのは巨漢のヘンリーのみなのだ。その彼も、武器は予備のダガーしか所持していない様子。
そこに近付いた龍星が、おっちゃん手を出してと何か策がある物言い。驚くヘンリーだが、小さな手に握られた手の中には何と立派な棍棒がいつの間にか出現していた。
彼の『伸縮棒』スキルは、接触すれば他人にも譲渡が可能なのだ。
「銃持ちとスキル持ちが厄介だけど、市内に住んでた時はこんなピンチは何回も経験してるしな。香多奈ん家のコロ助は強いけど、多分子供を守ろうと動くかな?
つまりは、銃持ちの雑魚をさっさと減らす作戦がいいかも?」
「そうだね、あっちの飛んでるロボットも守備的にしか動かないかも……ルルンバちゃんだっけ、アレも戦えば強いと思うんだけどな。
だから私たちで、先に銃を無力化するのが得策かな?」
「なるほど……どちらにしろ、あのリーダーはフリーに出来ないな。あの男は俺が受け持とう、銃の乱射には充分注意して。
出来れば、後ろの子供達を安全地帯に逃してやりたいんだが」
天馬と龍星の冷静な作戦に舌を巻きつつ、ヘンリーも何とか言葉を返す。武器や装備無しで危険人物と遣り合うのは、本来なら御免被りたい所ではある。
とは言え、自分の愛娘も背後にはいるし、下手に逃げる訳にも行かない。幸い向こうは油断し切っていて、それだけが唯一の付け入る点だろうか。
などと考える間もなく、釘宮が踊り掛かって来た。奴の手に持つ武器は、まるで鋸のように刃がギザギザしていて、アレで斬られたら相当痛そう。
その戦う表情も、愉悦に満ちていてサイコっ振りが窺えると言うモノ。そんなのに付き合い切れないヘンリーは、スキルで貰った棍棒とナイフで何とか凌いで行く。
釘宮の部下たちも、子供達が逃げ出して大人に報告しないように囲い込みを始めていた。その中の1人が、威嚇だか本気だかでサブマシンガンを連射する。
それに反応するコロ助、弾丸の幾つかが彼の《防御の陣》のバリアに跳ね返された。その攻撃に腹を立てるコロ助だが、如何せん庇う人数が多過ぎる。
下手に動けば、敵の射撃に怪我人どころか死人が出るかも。
調子に乗って、敵の巨大なハンマー持ちと双剣の使い手が距離を詰めて来た。こちらも両方、厭らしい笑みを浮かべて弱い物をいたぶるのが好きそうな顔付きだ。
それを双子が迎え討とうとするが、さすがに銃弾を避けたり弾いたりは無理。何とか隙を作ってよと、天馬と龍星は味方の香多奈とルルンバちゃんを窺う。
それに応じて、香多奈は和香と穂積に、鞄から師匠を呼び出すようにとお願いする。それからルルンバちゃんに突撃命令を下して、自らも相手へとスキルを仕掛けに掛かった。
さすがに魔玉は持ち歩いてないけど、弱体スキルなら声が出せれば飛ばせる。姉妹喧嘩で使って叔父さんに怒られて、あれ以来は滅多に使ってないとは言え。
怒りを込めたその怒声は、少女にしては効果は抜群だった。
「わらこんならぁ、こん畜生どもがナニしようちゅんじゃ!? 子供じゃ思うてナメんなよ、アホンだらっ! (注釈:ねぇ君達、虫けら共の分際で何をしようって言うのかな!? 子供だと思って舐めたらダメだよ、おバカさんっ♪)」
「わっ、香多奈ちゃん……ワイルドだねっ、どうしたの?」
「あっ、向こうの連中が今の恫喝? で怯んでるっ……その隙に双子が攻め込んで、何人かの武器を取り上げたよっ!
私たちも今の内に、師匠を呼ぶ準備をしなきゃ!」
和香の言葉通り、『叱責』スキルで弱体化した相手の隙を突いて、双子がナイス仕事振りを発揮した。天馬の『自在針』と龍星の『伸縮棒』が、敵の持つ厄介な銃を弾き飛ばして行く。
その連携は、実は夕方の特訓で何度も練習していた型だった。今回も、それが見事に決まって3人分の銃を弾き飛ばす事に成功!
ただし、距離を詰めて来たハンマー持ちと双剣の使い手は、弱体を受けつつもその場で踏ん張っていた。“血染め”の釘宮も同じく耐えたようで、さすがの二つ名持ちである。
対峙するヘンリーも、慣れない武器で強敵相手に決め手に欠ける中。攻め込ませない位置取りや戦術は、さすがに自衛隊上がりのタフさを感じさせる。
一方の双子も、ハンマー持ちと双剣使いの猛攻に今度は防戦一方。ハンマー持ちは、恐らく筋力強化系のスキルを持っており、双剣使いは口から衝撃波を放って来る。
ルルンバちゃんがサポートに飛び込んで、何とか均衡を保っている感じだろうか。AIロボだからと言う訳では無いが、彼は人間相手に殺傷行為は苦手な模様だ。
飛行ドローン形態でも、本当はルルンバちゃんは充分に強いのだが。
そんな感じでの戦場で、次の手を打って来たのはキャンピングカー前の手下たちだった。何だかんだで、半数の者はまだ武器を手にしているのだ。
弱体からも何とか持ち直し、改めて良い様にやられた憎しみでもって子供達を睨み据え。やりやがったなと、香多奈たちが固まっている方向へと詰め寄って来る。
怯えるレニィは、会ったばかりの香多奈へとしがみ付いて半泣き状態。コロ助はフリーだが、後ろにいる半ダースの子供の盾役をこなすため動けない。
双子によって弾き飛ばされた銃の類いは、さっさと『牙突』で破壊しておいたけど。問題は、《防御の陣》を使っている最中に『牙突』は撃てない点に尽きる。
それを知ってか知らずか、激しさを増す敵の射撃である。
「不味いよ、奴ら近付いて来る……師匠の召喚はまだ、和香ちゃんっ?」
「えっと、ランプにチャージする魔石が無いっ……透明の魔石が鞄に1個も入って無いよ、香多奈ちゃんっ!」
「本当だ……赤と黒色のはあるけど、透明なのが無いっ! かっ、代わりに鶏頭のパペットを起動させるねっ、香多奈ちゃん!」
非常事態に慌てるキッズ達、どうやら香多奈は肝心の透明の魔石を鞄に入れ忘れていた模様だ。代わりにと穂積が呼び起こした鶏頭のパペットは、たった1体でいかにも頼りなさげ。
前回の体育館の拠点防衛で活躍した、骸骨軍団の召喚アイテムの骨壺だけど。アレはさすがに何度も持ち出せず、魔法の鞄の中には入っていない有り様である。
痛恨の忘れ物に、香多奈は先生ゴメンなさいと心の中で担任の先生に平謝り。何度も忘れ物を注意されていた末妹だが、ちっとも懲りていなかったのだ。
今になって分かる、事前の準備ってすごく大切だと。
守るばかりのコロ助は、物凄く不服そうながらじりじりと後退する。それに合わせて香多奈たちも後退するけど、走って逃げるのは果たして可能だろうか?
妖精ちゃんもこれは不味いなと思ったのか、助けを呼んで来ると飛んで行ってくれた。ただし、この小さな淑女が叔父さんや姉を連れて来るのに、どうしても5分以上は掛かりそう。
これは不味いかなと、子供達も半泣きになりながら心が折れそうになったその瞬間。突然どこからか雷が鳴り響き、敵の拠点のキャンピングカーが凄い音を立てて破壊された。
これにはその場で戦っていた、全員が驚いて動きを止める破目に。その正体にいち早く気付いたのは末妹の香多奈で、ミケさんっ? と姿の見えない愛猫の名を呼ぶ。
そして背後の草むらから、堂々とした足取りで出現するニャンコ。その視線はかなり鋭くて、ウチの子に何しとんじゃワレ? 的な言葉を今にも口走りそう。
その後の顛末は、何と言うか陰惨の一言に尽きた。あいつら悪者だよとの、少女たちの告げ口を聞いた途端にミケの恫喝のシャーが発動。それと共に、次々と吹っ飛んで行く“ダン団”の実行部隊の面々。
巻き添えを喰らいそうになったヘンリーは、辛うじて自ら身を伏せ何とかセーフ。彼はこのニャンコの動画を、何度も見ているしその実力も知っていたのだ。
“血染め”の釘宮は、今回その武器で誰も血に染める事は叶わなかった。まぁ、自らも血を流さなかったので、二つ名的には残念な結果となった次第である。
とは言え、感電して動けない現状では仕方無し?
――何とか守り抜いた愛娘は、今は絶対的強者に夢中な様子。




