やっとB級ダンジョンの10層へと到達する件
次の襲撃は、ジャングルの方向から集団でやって来た。いつものラプトル恐竜の群れで、茂る木々のせいでその勢いは減じられてはいるモノの。
数だけはやたらと多くて、ラプトルに乗ったパペット兵士までいる始末。銃持ち騎兵もいて、その勢力の接近は決して侮れない。
護人の号令で、一斉に迎え撃つ構えの来栖家チームだったのだが。プールサイドの視界の良さが災いして、後衛が身を隠す場所が周囲に見当たらないと言う。
それでもプールに近付き過ぎるのも、何と言うか不意打ちがありそうで怖い。仕方が無いので、前衛が無理やりジャングルの際まで近付いての迎撃戦に。
ただそうすると、茂みからの銃撃がとっても怖い!
「ルルンバちゃん、銃持ちを先に倒してくれ……ハスキー軍団もそのサポートを頼むっ! 空と水中にも注意しといてくれ、追加の敵が来るかも」
「叔父さんっ、早速だけどプールからエイみたいなのが飛び出して来てるっ! 割と数が多いけど、そっち大変そうだから紗良姉さんとミケに頼むね?」
「こっち本当に大変だから、紗良姉さんお願いっ! 無理そうだったら、コロ助を呼び返していいからねっ、香多奈!」
了解ッと、意外と明るい末妹の返事が響く中。紗良の《氷雪》が、プールの水ごとエイだかマンタ型のモンスターを凍り付かせて行く。
そこに香多奈の魔玉の投擲、派手に炸裂したそれは氷像となった敵を見事に粉砕して行った。それを紗良の肩の上で眺めていたミケは、手出しする程じゃ無いなと思った模様。
それ程に紗良の魔法の威力は、急激に上昇して頼もしい限りである。その肩の上のミケが視線を逸らしたのは、護人の懸念通りに空からも追加の敵がやって来たから。
そっちは手助けしてあげようと、ミケの優しさでの『雷槌』の発動。晴れ渡った密林の空に一瞬の稲光と、その後に凄まじい音が鳴り響った。
そのすぐ後に、追加で飛来して来たモンスター群がボトボトと墜ちて行く。
まさに敵も味方もビビらせる、ミケのご無体はまぁ毎度の事ではある。空から降って来た1ダースの魔石に、事態を察知して納得顔の来栖家の面々。
そして素早く、目の前の戦闘に戻って行く来栖家クオリティ。相変わらずの暴虐ニャンコの手助けに、確かに安心感は半端なくあるモノの。
突減の雷落としは、やっぱり心臓に悪いのは間違いない。とは言え、追加の敵に囲まれて窮地に立たされるより、数倍マシなのは確かな事実。
心の中では、この家族の守護神に感謝する面々である。
そして戦闘は、それを含めて滞りなく過ぎて行ってひとまずは安心の護人である。紗良とミケの活躍で、追加の水と空のモンスターは真っ先に駆逐されて行き。
ジャングルに阻まれて手古摺ったラプトルとパペット兵団も、何とか全て倒し切る事が出来た。結構な激戦になったのは、さすがB級の9層と言った所か。
苦戦までとは行かないが、地の利を上手く利用されたねとの姫香の感想に。まさにその通りで、ハスキー軍団の機動力を密林で封じられるとチーム的に辛い。
その辺は相手の陣地に踏み入っての探索なので、ある程度の覚悟は必要なのだが。そんなプールサイドの景色も、そろそろ終わりが見えて来た感じ。
とは言え、プールの中にはまだモンスターが潜んでいるのが窺える。
「あれはフグかな、大きくて狂暴そうだねぇ……モンスターサイズのイカもいるよ、イカって水上を群れて飛ぶ事もあるんだってね?」
「こっちに向かわれる前に始末したいけど、何とかなりそうかな、ツグミ? 水の中とかだと、さすがに影は伸ばせない?」
「あっ、茶々丸が……あの槍凄いねぇ、雷とかも操れるんだ! ミケには負けるけど、茶々丸も段々と頼もしくなって来たよねぇ?」
茶々丸の持つ『黒雷の長槍』は、デーモンとの死闘の果てに分捕った戦利品である。そのスペックは、仔ヤギが持つにはちょっと不相応な気もする。
ただし、来栖家の子供達はそんな事など気にしないので、茶々丸のお気に入りの玩具に成り下がっていると言う。元の持ち主のデーモンが知ったら、歯噛みして落涙する事請け合いである。
そんないい加減な長槍の使いかたでも、水の中の大フグや大イカは簡単に倒れてくれた。更にはツグミの『土蜘蛛』スキルが、容赦なく追い打ちを掛ける。
そして《闇操》での魔石の回収と、何とも万能感に溢れる姫香の相棒の活躍ぶりである。道中の危険も、簡単にあしらわれるレベルに成り下がる始末。
そして見えて来た売店、この9層にもしっかりあるみたい。
6層以降は宝箱こそ発見出来ていないが、ここでの買い物で良品をゲットする仕組みなのだろう。子供達も、そのシステムに不満は全く無い様子で嬉しそう。
早速、あれこれと並べられている商品を眺めてワイワイと騒いでいる。ちなみに今回の店員は、何故かパーカーにサングラス、それから麦わら帽子着用の夏仕様パペットだった。
売り物にもしっかり、水着やビーチサンダル、水中眼鏡や水泳帽が混じっている。その中に水泳道具を入れるビニール製の袋が混じっているのを香多奈が発見。
これってひょっとしてとの言葉に、値段をチェックする紗良なのだが。普通にコイン2枚で、値段からは魔法の鞄かどうかは全く分からない意地悪な仕様。
でもまぁ、安いからと交換してみたら何と吃驚。
「やった、普通に魔法の鞄だよこれっ! でかしたね、香多奈……今回の回収品で、一番の大物をゲットだねっ!」
「わ~いっ、やったね! コインはあと何枚残ってるの、紗良姉さん……お楽しみ袋は2個ここに置いてあるから、それは交換するとしてぇ。
後は何か交換してお得なモノ、置いてないかな?」
「えっと、お楽しみ袋にプラス4枚使ったとして、残りはまだ9枚もあるねぇ。次の10層に、売店があるかが分からないのよねぇ。
無い場合は、ここで使い切った方が断然お得なんだけど」
でもここで使い切って、次の層に売店があった場合は買い物が出来なくて悔しい思いをする事に。姫香が妹の香多奈に、こんな時こそ予知の出番でしょうと無茶振りをカマしている。
それに対して、そんな都合よく閃く訳ないよ、真っ当な末妹の反論に返す言葉もない姫香だったり。それより店員さんに訊けばいいじゃんと、それこそ無茶振りで返す香多奈。
素直な紗良が、その案を採用してパペット店員にお伺いを立てる。それ以上にビックリなのは、長女の問いにパペット店員が頷きを返してくれた事。
えっマジと、隣の姉妹も驚き顔なのは仕方のない事だろう。店員のリアクションを信じるなら、どうやら次の10層にも売店は存在するらしい。
それなら無駄遣いせず、コインは持っておこうと取り決める子供達である。
そして肝心のお楽しみ袋の中身だが、1つ目はポーション600mlとMP回復ポーション700mlがペットボトルに収められて入っていた。
有り難がる紗良は、早速その半分をペット達に与え始める。
他にも木の実が3個に鑑定の書が4枚、魔石(小)が4個とまるで宝箱の中身のよう。おまけにバスタオルが2枚にスルメイカが4枚、明るい色合いの女性用の水着が3着。
その内2着がビキニで、1着には魔法が掛かっているねと妖精ちゃん。こんなモノにまで魔法が掛かってるのかと、呆れた様子の姫香ではある。
それはかなり際どいデザインのビキニなので、着るにはかなり勇気がいるかも。とにかく当たりの袋には違いなく、やったねと意気の上がる子供達であった。
そのままの勢いで、2つ目も開封して行く香多奈。そちらにはエーテル500mlと解毒ポーション700ml、魔玉(水)が5個に魔結晶(小)が3個が入っていた。
ますます宝箱っぽい中身だが、追加の品は少しユニーク。
先ほどはスルメだったけど、こちらはカキの佃煮の瓶が2つ入っていた。それから海辺の生き物のフィギュアセットに、バケツやスコップなどの潮干狩りセットが。
そして最後に、真珠のピアスと首飾りのセットが出て来て一同ビックリ。真珠は人工モノも出回っているので、価値などサッパリ分からない子供達だけど。
ダンジョンの気前の良さ的に、これは本物じゃ無いかと自信満々な末妹である。とは言えこんな物を付けて出掛ける場面も無いし、売り候補一択だろうか。
何にしろ、段々と良品が混じって来てお楽しみ袋が本当に楽しくなって来てる子供たち。それじゃあコインは9枚残して、次の売店に行こうとちょっと浮かれ気味。
そんな子供達に、次は中ボス部屋だよと釘を刺すのを忘れない護人である。
「あっ、そうだった……でも売店はあるんだよね、5層みたいな砦の中ボス部屋の中にあるのかな? ハスキー達の休憩も終わったよ、叔父さんっ。
さあっ、それじゃあ行こうっ!」
「アンタって本当に調子いいわよね、香多奈……でもまぁ、引き返す時間も考えるとあんまりぐずぐずもしてらんないよね、護人叔父さん。
中ボス倒して引き返す時間も考慮に入れて、4時間半くらいの探索かな?」
「そうだな……姫香の計画通りに、順調に行くといいけど。外で待ってる教授たちを、あんまり待たせて心配させてもいけないからな。
それじゃあ進もうか、ハスキー達」
リーダーの号令を受けて、元気に探索を再開するレイジー達である。売店の少し先に10層への階段は見付けてあって、そこら辺は何の問題も無い。
ところが10層フロアの造りが、またまた波のあるプール込みと言う驚き。出迎えたモンスターも、大クラゲや大ヒトデや大イソギンチャクの群れと来ている。
ただし今回は、大クラゲが水を吐いて突進して来ると言うイレギュラーが。自然界では水に浮かんでるだけの怠け者の癖に、モンスター化した途端に何ともアクティブ仕様には驚きの一同。
今回は大ヒトデも水弾を飛ばして来るし、前の層のやられキャラ振りとは大違いの敵の群れに。慌てて対応する来栖家チーム、特にクラゲの触手攻撃は厄介だ。
刺された事のある姫香は、『圧縮』で丁寧にブロックして行く。
レイジーの『魔炎』バリアも、向こうは突破出来ずに萎れて行くのみ。結局は、前衛に到達したクラゲはゼロ匹の完封試合だった。
そのあと護人は、子供たちの気を引き締め直しての進行開始。このフロアも、やっぱり狭いプールサイドの道しか舗装されたルートは存在せず。
仕方無くその道を、敵の襲撃に備えながら進み始める一行である。最後の戦いに備えて、チームの面々の意気も高めをキープしている。
途中の襲撃もそれなりにあったけど、9層のまとめて挟み撃ち的な構図では無かったお陰で。サクサクと倒して進んで、ようやくプールサイドの通路の終点へ。
そこでやっぱり、砦みたいな造りの入り口を発見出来た。
「おっと、ようやく中ボスの部屋に辿り着いたか。扉を守ってる敵もいないようだし、手前で休憩してから突入しようか。
作戦は可能なら姫香と紗良の速攻、無理なら俺がボスを引き付けてから攻撃だな」
「オッケー、護人叔父さん……敵が多かった場合はどうしよう、雑魚の護衛がいっぱいのパターンとかさ?」
「そうだな……メインのボスは俺が引き付けるから、雑魚はハスキー達とルルンバちゃんで数減らしだな。いつも通りに、後衛の壁になりつつ頼むぞ。
最終ラインの統率は、姫香がコントロールしてくれ」
いつもはコロ助かルルンバちゃんの役目なのだが、それを今回は姫香に担って貰う事に。敵の正体も分からないけど、まぁ恐らく巨大な恐竜だと仮定して。
そんな感じで作戦は決まって、忘れない内にと紗良が果汁ポーションを皆へと配って行く。5層のボス戦でも使ったけど、とっくに効果は切れている。
その後に護人が家族を見回して、用意は出来たかの確認を行う。香多奈が真っ先に返事をして、姫香も金のシャベルを手に準備オッケーのサイン。
それに後押しされるように、護人は前に進み出て砦風の扉に手を掛けて思い切り押してやる。それだけで、中ボスの間の巨大な扉は勝手に開いてくれた。
ハスキー軍団が真っ先に乗り込むのだが、その勢いは出迎えた波に封じられてしまった。何とこの中ボス部屋、全体が先程と同じく波のあるプール仕様らしい。
そしてそこにデンと居座るのは、悪名高きクラーケンと言う。
――そいつは映画のシーンをパクるように、数本の長い触手を揺らめかせていた。




