ミケの体調がちょっと心配な件
「それでね、何と茶々丸もこの前探索者デビューしたんだよっ、孝明先生! 萌も同じくデビューしたんだけど、この子はドラゴンだからちょっと特殊なのかも?
先生、この子も定期健診してくれる?」
「ドラゴンの健診はした事ないのぅ、どっか具合が悪そうなのかい、香多奈ちゃん?」
「そんな事無いよ、家の中で最近元気が無いのはミケさんくらいかなぁ? 寒いせいもあるけど、あんまり外に出歩かなくなったし。
叔父さんは、歳だから仕方がないって言ってるけど」
その話を一緒に聞いていた、和香と穂積もそれには同意の構え。毛艶があんまり良くないよねと、若い世代は老いには残酷なのは仕方無い事か。
孝明老人は、歳を取るとはそう言う事だよと子供達に諭すような物言い。老化と言う事象は、この中では自分が一番よく知っているのだが。
それを子供に分かるように伝えるのは、なかなか大変なのは確か。
月に1度の家畜やペットの定期健診で、子供達に捕まってしまったのはまぁ良いとして。午前中は他の畜産農家を回っていたので、来栖家は午後にずれ込んでしまったのだ。
そのせいで好奇心が旺盛な、子供達からの矢継ぎ早の質問責めに合うのはもう慣れてしまった。ただし香多奈だけならまだしも、今回は追加で2人もいて賑やかさもひとしお。
ほとんど面識は無かったお隣さんの子供達だが、香多奈の説明でこの町の『民泊移住』計画は順調らしいと知る孝明老人。来栖家のポツン生活は、この賑やかな隣人を迎えて終焉となったらしい。
それは良い事なのは確か、孝明老人も田舎暮らしなので、寂れて行く我が町と言うフレーズは大嫌いである。このままこの山頂も、どんどん賑やかになって欲しい。
例えば護人が結婚して、この家に子供が増えるとか。
まぁ、向こうの算段としては香多奈が成人するまではと思ってる節があるので。強くは言えないし、最近は家族でチームを結成して探索業など始める始末。
危険な仕事をこなしているだけに、更に相手を探すのが難しくなったとも。その辺に関しては、既に町のお抱えになって辞めるに辞めれない事情になっている。
そうは言っても、知り合いからすればやはり心配ではある。話を聞くに、最年少の香多奈も毎回くっ付いて探索に同行しているそうだし。
心配する老獣医師に、しかし末妹はあっけらかんとした表情。
「全然大丈夫だよっ、叔父さんやお姉ちゃんもいるし、ハスキー達なんてチョー強いしっ! コロ助は先生を見て逃げてっちゃったけど、ツグミとか物凄いんだよっ?
ツグミ、先生に何かスキル見せてあげてっ!」
「ツグミ、あれやって……宙からボール出す奴っ!」
香多奈と和香のリクエストに、呼ばれて寄って来たツグミは愛想良く応えてくれた。そしてリクエスト通りに、《空間倉庫》から遊び用のボールを取り出してそれを皆に提示する。
それを見て、物凄く素直に驚く孝明老人。漫画の主人公みたいと、そのチート染みた能力に腰を抜かさんばかり。影にも潜れるんだよと、調子に乗った子供の再度の要求に。
これまた素直に従うツグミ、最近は茶々丸や萌と遊ぶ事も多く、子供の相手は慣れたモノである。その能力にも、新鮮なリアクションで反応する孝明老人。
まぁ、探索やらスキルやらと縁の薄い人間なら、こんな大仰な反応は普通ではある。その騒ぎを聞きつけて、近くにいた護人が慌てて駆け付けて来た。
仔ヤギの茶々丸を捕獲して、その後ろにはレイジーも控えている。
「ふうっ、やっと茶々丸を捕まえられたよ……追い駆けっこを、遊びと思ってるから始末に悪いよな。レイジーに手伝って貰わなけりゃ、夜中まで掛かってたよ。
お前たち、孝明先生を驚かして遊んでるんじゃないだろうな?」
「ち、違うよっ……ツグミのスキルを、ちょこっと見せてあげてただけだってば。あっ、今度は茶々丸を診て貰うんだ、コロ助も捕まえなきゃ!
和香ちゃんと穂積ちゃん、お願い捕獲手伝って!」
そんな台詞と共に、慌てて駆け出して行くお転婆な香多奈である。和香と穂積も慌てて追従、元気なのは良い事だけど。孝明先生はホッと一息ついて、茶々丸とレイジーの健診を始める。
それから来栖家の主である、護人との世間話などを少々。こうやって地域の噂話を集めるのも、孝明老人の趣味と言うか出張した際の癖である。
ちなみにレイジーもツグミも、ついでに茶々丸も冬の寒さも何のそので健康そのもの。健診が終わると、茶々丸は香多奈達に遊んで貰おうと、跳ねる様に去って行った。
ツグミはヤレヤレと言う感じで、面倒を見るためにそれを追うようだ。何しろ来栖家の主人の安全は、レイジーがついていれば万全なのだから。
ハスキー軍団は、日々の護衛仕事は真面目にこなすのだ。
まぁ、健診が嫌で逃亡中のコロ助については触れない事に。それよりここに来る前に、孝明老人は日馬桜町がストリートチルドレンを受け入れると言う話を耳にして。
その受け入れ先に、熊爺が手を挙げたと気になるニュースを話題に挙げる。あの頑固者が孤児たちの世話をするとは、どう言う風の吹き回しなのだろうと。
実は護人も、つい昨日協会に家族で換金作業に出掛けていて。その途中に仁志支部長から、その受け入れ日が近い事を聞き及んでいた。
ちなみに今回の現金報酬は、150万ちょっととそれ程には振るわず。最後に戦ったドラゴンの素材や魔石を売り払えば、恐らくその倍の報酬が得られたかもだが。
そこまで現金に困って無いので、それはマルっと保留した次第。
それからいつもの報告と動画依頼に、2時間余りの時間を掛けて。一昨日のお出掛けに次いで、なかなか忙しくて夕方の家族での厩舎裏の合同訓練はサボり気味。
とは言え、大量の魔石は魔素の関係でずっと手元に置いておきたくないのも事実。さっさと報告もしたかったので、協会へ出掛けるのは早いに越した事は無かったし。
実際、協会の調べでは魔素の影響は各土地で段々と拡がって来ているそうだ。その辺の話は、やはり“変質”問題と切っても切れない話題だったりして。
来栖家に関しては、幸いにもペットを含めて全員が変質の体調悪化から免れる事が出来た。それどころか、レベルアップからHPを纏う事が出来て逆に体力がついた感も。
お陰で家族ともども、探索業以外は平穏に過ごせている。
野外の農作業なんかは、探索で得たHPやステータスが随分と良い方向に働いて。若い頃よりも、疲れ知らずで農作業に従事出来ると言う。
危険なダンジョン探索も、悪い事ばかりでは無い……地元民からは感謝されるし、副産物でHPや高ステータスを得たし。ダンジョン産の魔石やら、収入の増加は言うに及ばず。
そんな話を孝明老人にしながら、子供達も乗り気だから今後も探索業は続けて行く予定だと護人の言葉。予知に出ている、“春先の異変”への対応はかなり気にはなるけれど。
その辺の警告も、念の為に孝明先生にしながら。ようやく捕まったコロ助を、子供達が引っ張って来ているのを視界に捉えながらも雑談を続ける。
下手に暴れられないコロ助は、どこか観念した表情。
「もうっ、注射とかしないから大丈夫だってば、コロ助! 子供の頃に、そう言いながら騙して注射したの、まだ覚えて根に持ってるんだよね。
あんまり長く待たせたら、孝明先生に失礼でしょ!」
「動物に嫌われるのは、獣医師の宿命じゃからなぁ……まぁ、そこまで逃げ回る元気があれば、診察するまでもなく元気じゃろうて」
「先生っ、そう言わずにちゃんと診てよ……せっかく苦労して、3人で捕まえたんだから。穂積ちゃんなんか、吹っ飛ばされそうになってたんだから。
さすがにコロ助が、不味いと思って止まってくれたけど」
さすがに遊びでも、子供に怪我を負わせたら叱られるのは分かっているので。未遂で終わらせたのは、コロ助の精一杯の誠意なのかも知れない。
そんな感じで、賑やかな定期健診はもう少し続くのであった。
翌日の放課後の時間、何と来栖家は今日も家族でお出掛けデーとなった。家族の提案で、香多奈にもスマホを持たせようとの家族の合意のもとに。
スーパーのある大きな町へと、家族揃ってのドライブである。ついでに食料品やら生活用品やら雑貨も、大量に買い付ける家族イベントに。
もちろん当の香多奈は朝から大興奮、恐らくは小学校でも吹聴して回ったと思われる。学校側にも、ちゃんと“春先の異変”に備えての連絡ツールだと説明しており。
1年に渡る探索功績のせいで、快く了承を貰えたのは良かった。その代わり、授業中はしっかり仕舞っておくとか、使用に関してはルールは厳格に。
それもまぁ、当然と言われればその通りなのだが。
“大変動”以降も、スマホ関連の事業は幸いにしてサービスを継続出来ている。何社か潰れてしまったり、中継局の不備など問題も多いけれど。
ちなみにダンジョン探索中の、動画の撮影以外の機能は未だに可能な機種は存在しない。ダンジョンはやはり異界らしく、電波は届かないのは既に常識で。
それでもテレビ局が軒並み潰れてしまった現状、スマホ撮影からのネット動画は好評である。従って、その辺の機能の充実している機種も割と充実しているそうで。
香多奈も嬉しそうに、色はコレがいいとかケースは可愛いのが良いとか注文していて。家族と同じ通信会社には、何の文句も無さそうである。
まぁ、その辺の変更までは面倒なので有り難いけど。
「ああっ、でも小学校で持ってる友達いないや……どうしよう、ラインとかしたいのに。和香ちゃんと穂積ちゃんも持って無いし、してくれる相手がお姉ちゃん達しかいないっ!
あっ、でも能見さんとかしてくれるかもっ!?」
「働いてる人相手に、迷惑になるような事はしちゃダメだぞ、香多奈」
そんな台詞で窘める護人、契約に同行しているのは実は護人のみである。香多奈の学校帰りなので、紗良と姫香は買い物に赴いているのだ。
手分けして時間の節約をするのは、万一のトラブルが怖くて余りして来なかったのだが。何しろこんな時代だし、年頃の娘2人での行動とか少し不安もあって。
とは言え、さっさと町中の用事を済ませて夕飯までに帰りたいのも事実。そんな訳で、やむなくの別行動だが、まぁ恒例の姉妹喧嘩が起きないだけ静かで良いかも。
そんな末妹は店内でもテンション高く、もうすぐ自分のモノになる予定のスマホに夢中な様子。ラインや連絡の出来る相手の少なさを知って、少々慌て気味なのはアレだけど。
それは飽くまでも、緊急用だからねと釘を刺す護人である。
学校の授業中は電源を切って、鞄の中から出さないようにと。先生との取り決めた使用法を、香多奈に説明して守るようにと言い含める。
何しろ他の子供は、まだ誰も持っていないと言う事情もあるので。本当に何かあった時用に、家族に素早く連絡する目的のスマホ所持だったりする。
それには了解と、軽い調子で答えている末妹だけれども。ミケさんとか萌とか茶々丸を、たくさん写真に撮ってあげなきゃねと、妙な方向に張り切る少女である。
それから機種の設定にと、若い店員さんは奥へと引っ込んで行ってしまい。暇を持て余した香多奈は、さほど広くもない店内を歩いて見て回る。
店内には特例と言うか、護衛犬の名目で入れて貰えたレイジーとコロ助も待機していたけど。少女の興味を引いたのは、その通信会社のマスコットらしき白いロボットだった。
それは子供位の大きさで、愛嬌はあるが全く強そうでは無かった。ただし、各部位がスムーズに動くし、何と言うか未来志向ではある気が。
それを熱心に見る香多奈は、良い事思い付いたと叔父を振り返る。
「駄目だよ、香多奈……ルルンバちゃんのお土産は、別のモノにしなさい」
「ええっ、ルルンバちゃん絶対に喜んでくれると思うんだけどなっ! お店の人に頼んだら、譲ってくれないかなぁ?」
さすがにそれは、無理な注文と言うモノだ。第一、乗用草刈り機やドローンが自動で動く位ならともかく、無表情な人型のロボットはちょっと怖過ぎる。
こんなのが深夜に家のリビングを歩いていたら、悲鳴を上げる自信がある護人は。頼むからスマホだけで我慢してくれと、末妹に頼み込むのだった。
少女は不服そう、どうやら本気で気に入っていたらしい。
――いやしかし、さすがにアレを家に招くのは無理!
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