滝下ダンジョンの報告に向かう件
その日は結局、入り口まで戻るのに1時間以上掛かってしまって。クタクタになって夕方過ぎに家に辿り着いて、家畜の世話や夕食の支度もちゃんとこなして。
それから入浴しての、いつもより早い時間での就寝。取り敢えずは凛香チームも無事に探索を終えていたのは確認出来たし、まぁ順当な1日だった。
翌日は月曜で、香多奈は朝から元気に小学校へ。1日であの疲れが回復するとは、子供って本当に侮れない。紗良と姫香も、朝の家畜の世話は大変そうだったと言うのに。
護人もそれは同じで、朝から体が重くて仕方がない。ハスキー軍団と茶々丸に関しては、こちらも元気いっぱいで庭を走り回っていると言うのに。
ちなみに《変化》はMPを使うので、普段の茶々丸は仔ヤギの姿である。
脱走癖は相変わらずで、それについては家族も既に諦めている。庭木は食べないように香多奈が言い含めて、お世話はハスキー達に丸投げ状態に。
茶々丸も、特にレイジーに対しては従順でよく懐いている様子。そこは一安心だし、変に悪戯をしないのなら庭で好きに遊び回ってくれて良い。
もう1匹の新入りペット、萌に関してはそこまでアグレッシブでは無く。香多奈がいない日中は、縁側で日向ぼっこをしたり紗良の後をくっ付いて回ったり。
家族の中では、紗良が一番面倒見が良くて萌を可愛がっていたのでそこは順当なのかも。最初は曲がりなりにも、竜と言う異界の生物だからと構えていた家族だったけど。
何と言うか、最近は犬や猫と変わらぬ扱いに。
「どうしたの、萌ちゃん……香多奈ちゃんいなくって寂しいの? お外出てみよっか、茶々ちゃんと遊んで貰うといいよ」
「家の中じゃ、ミケや薔薇のマントに無視されて肩身が狭いもんね……せめて探索でもう少し活躍出来たら、みんなの見る目も違って来るんだろうけどさ。
仮にも竜なんだから、もう少し存在感みたいなの欲しいよねぇ?」
「それは仕方無いよ、まだ産まれて2ヶ月しか経ってないんだから。探索について来るだけ、偉いと思うけどなぁ……活躍し始めるのは、多分もっと大人になってからでしょ」
そんなモノかなぁと、紗良姉の甘やかし具合に眉を顰めるスパルタ寄りの姫香。裏庭に放出された萌は、そんな言葉から逃げる様に駆けて行ってしまった。
誰に対してもフレンドリーな茶々丸が、萌を歓迎して一緒に元気に遊び始める。
ツグミが《空間倉庫》からボールを取り出して、3匹でそれを転がしたり狩るような動きを示したり。子供にとっては、遊びも大切な学びである。
とは言えツグミに関しては、やや手を抜いて茶々丸と萌に花を持たせている感じも。それを見守るレイジーも、子供を見守る保護者の貫禄。
それを縁側から、しばらくぼーっと眺めていた紗良だったけど。そういえば神崎さん夫婦に、赤ちゃんが無事に産まれたみたいと報告を口にして。
お祝いをしに、何かお土産を持って出掛けないとと護人に相談。昼食のために外から家へと戻って来ていた護人は、そうだったねとそれに同意して。
何が良いかなと、一緒に頭を悩ませ始める。
「植松の爺婆の所にも寄って、昨日の回収品のお裾分けしなきゃ……クレソンとかふきのとうとか、後は藁やヌカも喜ばれるかな?
ただまぁ、ダンジョン産だからしばらく魔素抜きに寝かさなきゃだけど」
「そうだな、後は木材やレンガも探索で入手したっけかな。そう言えば植松の爺が、裏庭にレンガでピザ窯造ったらどうかって言ってたな。
香多奈が喜ぶなら、春休みに造ってみてもいいな」
そんな事を話し合いながら、神崎夫婦へのお土産にポーション類を差し入れしようとの話に。それから実用的な雑貨とか食料品を混ぜ込んで、見栄えの良いバスケットに収納する。
それから午後に学校終わりの香多奈を拾って、協会への報告込みでのお出掛けと相成って。相変わらず留守番を言い渡された、茶々丸と萌は割と剝れていたけど仕方がない。
相変わらずのランクルでのお出掛けに、今回はあちこち寄り道が待っているのだ。落ち着きのない茶々丸や、見た目から竜な萌を連れ歩く訳には行かない。
一応の留守番をゼミ生の美登利に伝言して、家の方で何かあった時には電話してくれるよう頼み込んで。たった今の電話では、末妹は既に授業は終わったとの事。
植松の爺婆の家に到着して、寛いでいるとのコール内容で。
「香多奈にはまだ早いと思ってたけど、春の事態に向けて携帯を持たせたいと思ってるんだけど。もちろん小学校にはちゃんと話を通した上だけど、2人はどう思う?」
「ああっ、そうだね……しょっちゅう護人叔父さんのスマホを持っていかれるより、本人のを持たせた方がいいかもね。
確かにいざと言う時には、素早く連絡も取れるし」
護人のその案には、紗良も姫香も概ね賛成な様子。もっとも姫香は、叔父さんのスマホをおもちゃにされる対策としてみたいだけど。
そんな話をしている内に、来栖家の愛車は植松邸に到着した。その気配を察して、香多奈とコロ助が騒がしく出迎えてくれる。
その奥からは、相変わらずの爺婆の姿も。
挨拶を交わしながら、早速縁側を借りて昨日の回収品を披露する子供たち。お裾分けに欲しい分を選り分けて貰って、子供達は皆が満足そうな笑顔。
探索の自慢話は程々に、何しろあまり話し過ぎると心配されてしまうから。ハスキー軍団が頑張ったんだよと、その程度なら全く問題は無いのだが。
姫香が鍬を持って前線を張ってると知られると、感心より叱責される恐れが。
「ありゃっ、この時期にこんなに野草を取って来れるとはねぇ……凄いねぇ、それじゃあ少し分けて貰おうかね」
「今回潜った所は、凄く景色のいい所があってね……田んぼも広がってたよ、あとはアヤメが綺麗に咲いてたり、滝が凄く迫力あったり!」
「そんな所に行って来たんかね……カナちゃんが怖い思いしとらんかって、爺と毎回心配しとるんよ」
叔父さんやお姉ちゃん、ハスキー軍団がいるから大丈夫だよと末妹の元気な返事。意外な所から反対意見を出されて、探索について行けなくなったら大変なので。
必死に、自分は平気アピールに余念の無い香多奈である。
それからしばらく雑談をしたり、紗良が漬け物のコツをお婆に訊き出したり。香多奈は春休みの爺のピザ窯造りの計画に、興味津々で興奮模様。
何しろ春休みと言うのは、学年が変わるので宿題も出ないし丸儲けである。アンタももう6年生かぁと、姫香も爺婆も温かい目で少女を眺めて。
それは護人にしても同様で、姫香と香多奈の成長には物凄く感慨深いモノが。ともすれば泣いてしまいそうな記憶のオーバーラップに、話題転換するように次の目的地を口にして。
今日は訪れる場所が多くて、長居出来ない無礼を爺婆に詫びつつ。子供達を急かして車に乗車、キャンピングカーに乗り換えるのは、町中の敷地にお邪魔するのは逆に不便なので。
続けてランクルで、神崎夫婦へのお宅へと車を走らせる。
その寂れた農家然とした邸宅は、確かに多少の補修は施されてあった。とは言え完全リフォーム済みとは行かず、見た目は相変わらず廃屋2歩手前と言った感じ。
ただし中の居住区に関しては、まずまず居心地の良さそうな状態になっていて。その苦労を旦那さんに労いながら、居間へと案内される一行。
ハスキー軍団は庭にリリースされ、思い思いに羽を伸ばして貰っている。その内に庭を伝って、縁側伝いにこちらと合流してくれる筈。
農家と言うのは、だいたいそんな造りになっているのでその点は便利。中庭の華やかな景観も、立派に家の一部と言うかそんな理屈なのだろう。
ずっと以前、まだ世間が安全だった頃に、護人は観光名所の宮島のお宅にお邪魔した事があった。母親の知り合いだったか、用事で家に伺う事になったのだが。
観光名所と言うのは住むのも大変で、観光客が家の前を通らない日は無いと言う環境なのだ。だから宮島の庭の造りは、どこも独特で敢えて外からは見えなくなっており。
それでも各家庭、素晴らしい景観の庭を備えていて。
「うん、庭を含めて前よりは随分と綺麗になってるね、卓海君。慣れない作業だろうに、良くここまで頑張ったね。
自治会から人を出すって聞いたから、ウチは手伝わなかったけど」
「とんでもないですよ、来栖さん……まだまだ補修は行き届いてないですけど、暮らして行くには充分な環境ですし。大工仕事も段々と慣れて来て、今後も続けて行くつもりです。
それより、赤ん坊を見てやってください!」
来栖家一行を案内してくれた旦那さんは、天にも昇るような浮かれ振りで対応してくれて。父親になった実感を、日ごとに噛み締めて幸せ絶頂な感じが漂っている。
そんな彼に温かい眼差しで応じる子供たち、香多奈は庭の管理がまだ甘いねと容赦の無いダメ出し。確かに庭の草木の刈り込みはまだまだで、来栖邸の庭にはまるで及ばない。
その点は要勉強だねと、護人も軽くフォローしておいて。春からは畑にも手を出す予定との事なので、神崎家ももっと大変になって行くだろう。
ギルドメンバーなので、来栖家としても協力を惜しむつもりは全く無いのだが。神崎家はどちらかと言えば、自治会とのパイプを太く築いており。
そちらからの協力が、最近は多いそうなので安心ではある。
特に峰岸自治会長など、2日に1度は必ず顔を出してくれるそうで。彼にとっても、それだけ町の移住者の出産は、重い比重を占めているのだろう。
他にも週1で、リフォーム業務を手伝いに来てくれるおっちゃん連中もいるそうで。取り敢えずは外観より、居住空間を先に着工して今に至るそう。
護人としては、町の自治会で採決された『民泊移住』の案件が正常に作動していて嬉しい限り。それはギルドに誘った手前もそうたが、町が口だけで詐欺まがいの事をしていなかった安堵も当然あって。
そんな事態は考えたくないけど、人間は切羽詰まれば何だってするモノだ。不便な田舎に越して来てくれた神崎家は、一度山の上の生活にギブアップしている経緯もあって。
護人も心配してたのだが、ここでの生活が落ち着いたのなら何よりだ。
「わあっ、小っちゃい……可愛いねぇ!」
「いらっしゃい、みんな……私たちの娘で、名前は咲良だよ。起きたばかりだから、みんなで抱っこしてみる?」
「あっ、いいんですか……取り敢えず、お土産はここに置いときますね? それじゃあ、紗良姉から順番にサクラちゃんを抱っこさせて貰おうか。
うわぁ、本当に小っちゃい……」
子供達は母親の美亜と、彼女の隣の産着を着せられた小さな命の元へと一直線。それからお祝いの言葉やら体調の心配やらをすっ飛ばし、赤ん坊に夢中な様子。
紗良でさえそうで、姫香に一番手を言い渡されてすっかり舞い上がっている様子。アドバイスを貰いながらも抱っこして、頬を紅潮させながら赤ん坊を覗き込んで。
その頃には庭先に、ハスキー軍団がはせ参じて室内の小さな生命体に興味津々。それを察した奥さんの美亜が、縁側の窓を開けてウエルカムモードを発動。
元々、彼女も犬やモフモフが大好きな人種なので。毛深いハスキー犬達は、モフり甲斐もあってとても癒される。そして赤ん坊を見たハスキー達も、とっても満足気な表情に。
甘い声を発しながら、コミュニケーションを取ろうと頑張っている。
それを阻止する末妹の暴虐、順番だからと割り込んで赤ん坊を抱っこさせて貰って。危なっかしいその姿に、すかさず姫香もフォローに入る。
その辺は、チームとしてしっかり機能しているなと、眺める護人も安心して見れる。いや、家族としての立ち位置なのだろう、お互い尊重してフォローし合うのは。
そんな景色を眺めながら、護人は旦那さんに向けてお土産の説明を始める。ポーション類やら食べ物の詰まったバスケットを、卓海は有り難く受け取ってくれて。
これで2件目の用事は果たせたと、肩の荷が降りた護人にもう一仕事がやって来た。姫香に呼ばれて、抱っこした赤ん坊を差し出された護人は大慌て。
腕の中の赤ん坊は、たらい回しにも上機嫌の模様。
途中からスマホで撮影係になった香多奈は、張り切って赤ん坊をあやしている。反応の薄い赤ん坊の咲良ちゃんだが、護人の腕にはしっかりその体温は伝わって。
その可能性は、ありきたりな言葉だが無限なのだろう。その点に関しては、来栖家の子供達も同じだが。次世代を担う彼女たちは、伸び伸びと成長して欲しい。
――そんな願いを、護人は腕の中の小さな存在に込めるのだった。
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