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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
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協会に異世界交流を通達する件



 次の日は土曜日で、小学校に通っている香多奈にしてみれば嬉しい連休である。それも鑑みての昨日の敷地内ダンジョンの探索だったのだが、世の中って上手く行かない。

 ひょんな事での探索中断、本当なら来栖家チームは2つ目の“ダンジョン内ダンジョン”を探索する予定だったのに。予期せぬ客人を招いての、歓迎会に時間を取られてしまい。


 その異界からの客人は、今も来栖邸のゲストルームに居座っている。もっとも女性陣は子供達と2階で就寝し、もう1機はルルンバちゃんと庭先で過ごしていたけど。

 とにかく護人の立てた計画は、完全に頓挫して予定外の方向へ。それでも春先の胡乱な予知への対策的には、大戦力を味方に引き入れて成功との見方も。

 いや、まだ本当に信頼出来るかは分かってないけど。


「よく眠れましたか、ムッターシャさん……ウチは農家なので、朝が早くて済みませんね。家畜の世話でバタバタしているけど、まだお休みになってくれてていいですよ」

「いや、ぐっすり眠れて気持ち良く起きて来れたよ……本当に、手厚い歓待には痛み入ります。我ら戦士団をこんな厚遇してくれる場所は、我らの故郷にも滅多にありません。

 そう思うと、本当に有り難く思ってます」


 朝から恐縮仕切りの、異界の『彷徨う戦士団』のチーム“皇帝竜の爪の垢”のリーダーである。女性陣同士は、もっとくだけて既に仲良し状態だと言うのに。

 まぁ、その方が異常なのかも知れない……異界の垣根を差っ引いても、昨日知り合ったばかりの仲なのだし。人見知りしないのは、姫香や香多奈の良い所でもある。


 最近はそれに感化されて、紗良でさえそんな兆候が見え隠れしていると言う。そんな彼女たちは、既に朝の餌やりと厩舎掃除を終えて朝食の支度に取り掛かっている。

 姫香は恒例の朝のマラソン兼犬達の散歩で、それにザジもくっ付いて行ったそうな。香多奈はリリアラと、今日は何して遊ぼうかと話し合っている最中で。

 向こうはこの周囲を見て回りたいと、要望を口にしている。


「モチロンいいよっ……ここは田舎で山の上だけど、厩舎裏の特訓所とか紗良お姉ちゃんの温室とか、見て回る場所は結構あるからねっ!

 私の秘密基地も、こっそり見せてあげるねっ!」

「それは楽しみね、温室と言うのは何を育てているのかしら? 私も薬品を自作するから、とっても興味あるわ。私たちの世界の魔女はね、名前が売れたら自分の塔を持つモノなの。

 そこで研究したり、植物を育てたりと余生を過ごすのよ」


 リリアラはまだ全然若いじゃんと、香多奈は笑いながら返すけど。その発言を聞いていたムッターシャが、彼女は実は350歳なのだとそっと護人に耳打ちする。

 その気配を感じたのか、鋭い視線が彼女から。なるほど、エルフの尖った耳は伊達では無いと、護人はムッターシャと一緒に冷や汗を掻いてみたり。


 そんな話をしている内に、姫香とザジが早朝マラソンから戻って来た。そして台所から、朝ごはんの支度が出来ましたと紗良の台詞が届いて来る。

 そんな訳で、昨日と各々同じ席に着いての朝食がスタート。メニューは普通に和食で、お味噌汁の良い匂いがテーブルの上に満ちている。

 それから卵料理と、植松の婆の漬けた漬け物が色々。


 紗良も挑戦しているが、なかなかお婆みたいな立派なぬか床が育ってくれて無いので。そこは味を優先して、貰い物で我慢している次第である。

 それでも各種色合いの揃った漬物は、異界の住人も感心してフォークを伸ばしている。当然ながら、向こうの文化には箸を使うってのは含まれていなかった。


 香多奈が悪戯っ子の表情で、ザジに梅干を勧めている。そして自分でも箸を伸ばして、それをひょいッと口に含んで。釣られてそれを食べた猫娘、一瞬で驚愕の表情に。

 それを見て、笑い転げる無邪気な末妹だったり。


「悪い奴だね、アンタってば……それは酸っぱいよ、ザジ。お米と一緒に、お握りの具材にはよく使われる食べ物なんだけどね?

 毒じゃ無いから、吐き出さなくても大丈夫だってば」

「大丈夫、ザジちゃん……ほらっ、お茶飲んで?」

「ひいっ、カナに騙された……とっても酸っぱい、毒消し薬を初めて飲んだ時みたい!」


 向こうの毒消し薬は、どうも積極的に口に含みたい味では無い様子。ダンジョン産の薬品は、どれも薄味で格段に不味いモノは存在しないのだけど。

 それはともかく、朝から賑やかな来栖邸の食卓である。黙々と食事をするムッターシャに限っては、朝から5杯もお替わりをしてたけど。


 ザジも口直しにと3杯もお替わりしてたので、向こうの戦士団も身体が資本なのだろう。味については好評だったので、ホスト役の紗良もホッとした表情。

 膨れたお腹をさすりながら、今日の予定を改めて話し合う一同。取り敢えずは敷地内の案内をしたり、今後の2チームの動向についてとか。

 春先にやって来るであろう“異変”まで、お互いどう備えるか。


 向こうにしたら、異文化交流に色々とこちらの文明の基準を知りたいだろうし。お昼までは、本や家の中やネット動画などで見聞を広めて貰って。

 昼食前に、ちょっと身体を動かす目的で外に出てみるのも良いだろう。向こうの一員の魔道ゴーレムも、幸いルルンバちゃんがちゃんと持て成してくれているみたいだし。


 良く分からないが、向こうのチームも“荒くれ者”と言う印象はまるで無い。チーム内の仲も良いようで、その点でも今後お付き合いするのに好印象ではある。

 向こうもそう思ってくれれば良いがと、護人はこの縁を深めるのに割と前向きになっていて。子供達も、積極的に向こうの女性陣とコミュニケーションを取っている様子。

 そんな訳で、香多奈の翻訳能力が大活躍の運びに。


 博学のリリアラは、こちらの学力レベルが知りたいと紗良や姫香に教科書や参考書を見せて貰っている。ザジの方は、姫香のスマホで動画を熱心に眺めていて。

 内容は他のチームの探索動画やら、音楽関係の動画やら色々。香多奈が少女のリクエストを聞いて、次々と動画を探してあげての視聴会に。


 いつしかムッターシャも参加して、こちらの世界の魔法アイテムは凄いなと感心する素振り。ただしこのスマホは、ダンジョン内や恐らく異世界では使用不能なので。

 電波受信の問題もあるが、バッテリーを補充する方法が無いとただの薄い板と化してしまう。そう説明されて、明らかにガッカリ模様の両者である。

 あわよくば、譲って貰う気満々だった模様。



 そんな時間を過ごしてお昼前、子供達は今日は教授の所の授業も無いので気楽なモノ。今度は庭を案内するつもりの様で、これには全員が付いて行く事に。

 ハスキー達も、昨日から宿泊した異界のお客には、多少気を許している感も。警戒心も薄れていて、どうやら家族に危害を加える存在では無いと分かった模様。


 とは言え、向こうは得体の知れない流れ者には違いなく。格上だろうと、何かあれば身を呈して家族を守る気概充分のハスキー軍団である。

 そんな護衛犬の気持ちを知ってか知らずか、案内組は至って気楽に敷地内の案内に従事している。リリアラもザジも、紗良の力を入れている温室には感心し切りで。

 育てている種類の多さには、素直に感心している様子。


 特に将来、自分の塔で隠居して研究を望んているリリアラにとっては。この温室は、自分の理想が具現化された場所のように感じられたのだろう。

 しかも大半が、ダンジョンから持ち帰った種や苗を育てたモノである。学術的好奇心は、もはや仲間のムッターシャやザジでも止められそうもない勢い。


 紗良も訊かれた質問には、丁寧に答えて行くのだが。直接会話でなく香多奈の通訳が介入する時点で、どうももどかしくてお互いモヤッとしている感じ。

 どちらにしろ、魔法使いのリリアラもこの温室には感銘を受けた様子で。1年に満たない来栖家の探索からの収集活動が、認められた感じで紗良も嬉しそう。

 とは言え、他の探索チームとは腰の入れ方も違うのだが。


 何しろ来栖家チームは、本業が農家で探索は二の次みたいな所があって。装備の揃えやら探索時間に関しては、探索メインのチームに大きく劣っている。

 事前の情報収集に関しては、紗良が頑張ってくれているのだが。時勢やら探索者の流行については、ほぼ追いつけていない感じである。


 地元の協会も規模が小さいので、その辺は仕方が無いとも言えるけど。能見さんも頑張って、その辺の情報を子供達と毎週遣り取りはしている様なのだけど。

 そんな出遅れ感の凄まじい田舎町のポツン農家に、最先端の異世界交流が巻き起こるこのカオスと来たら。もはや家族の誰も、それに突っこもうともしない。

 護人に関しては、これを協会に話した際の混乱を思って眩暈めまいを感じてるけど。


 それは置いといて、敷地内探索はその後も順当に続いて。畑や田んぼは、今は積もった雪ばかりが目立ってそれ程に見る価値は無かったのだが。

 庭や納屋の並びに関しては、異世界人には珍しかったのだろう。計算されたような景観に、割と評価は高くて観光の視点で気に入って貰えた模様。


 そして完全手造りの厩舎裏の訓練場には、一同スゴイと声を上げての喝采が。ここで毎日、探索の為の特訓をしてるんだよとの香多奈の説明に。

 アスレチック道具を楽しみ始めるザジと、それに追従する姫香と香多奈である。ムッターシャは道具入れに木刀を発見して、護人に向かって目配せを送って来て。

 どうやらお手合わせを願うとか、そんな流れみたい。


「いや、俺は正式に剣術に触れた事なんて無いんだが……参ったな、そちらの意には沿えるほどの実力は持ち合わせていないよ?」

「構わないよ、こちらも少し身体を動かしたくってね。お互いの実力を知るのも、今後の協力の上では必要だろう?

 ほんの軽くでいいよ、こちらはスキルは使わない」


 異世界の探索者も、どうやらダンジョンで得たスキル書やオーブ珠で強化は可能なようだ。その辺は、昨日の飲み会で情報を共有していたのだけど。

 どうやらこちらの探索者みたいに、スキルの恩恵は強くは無いみたいである。その点は、経験値によるHPやステータスの上昇も同じみたいで。


 彼らの元の基礎体力や何やらを考えると、この点では公平なのかも知れない。とにかく軽くを信じて手合わせを行った護人だったのだが。

 向こうの木刀の扱いに舌を巻くばかり、どうやってもこちらの木刀が相手の身体に当たるイメージがつかない。そのうちにレイジーが乱入して来たが、2人掛かりでも全く同じ。

 レイジーの牙も、ムッターシャの身体に届きもせず。


 それを感心しながら見つめる観客たち、とか思っていたら姫香とザジも手合わせを始めたみたいで。ザジは短刀の二刀流らしく、その動きはとってもワイルド。

 姫香とツグミのペアでも、同じくその身に触る事を許して貰えない速度は凄い。どうやら向こうの世界の探索者のレベルは、こちらより相当上の様子である。


 そんな感じでの手合わせや、雑談や戦闘指南を1時間程度こなしてから。紗良が一足先にキッチンへ引っ込んで、みんなの昼食作りに奔走して。

 サンドイッチを割と大量に製作して、身体を動かした家族とお客へ声掛け。いつもの3倍の量を作ったけど、これで足りるか戦々恐々の紗良である。

 念の為にと、予備にお握りも作ってみたり。


 案の定、ムッターシャとザジの食欲は彼女の予想を遥かに超えていて。お握りを作っていて良かったと、物足りなさそうな2人にそっちを勧めるホスト役。

 これは美味しいよと、悪戯っ子の表情で中の具を見据えての末妹のお勧めに。疑う事を覚えたザジは、手にしたお握りを割っての中身確認。


 それは反則と悔しがる香多奈の頭をはたいて、こっちは昆布だよと交換を持ち掛ける姫香。どうやら戦闘訓練を通じて、より親しくなった姫香とザジだったり。

 そんな異界の食事やら常識やら、色々とカルチャーショックを味わっていたムッターシャとザジと違って。リリアラは、出来ればこちらに居を構えたいと打ち明ける始末。

 こちらなら、魔導士憧れの自前の塔を持てるかもと口にして。


 これ位の貯えがあるけど、こちらの物価はどんなかしらと聞いて来る始末。何とも気の早い話だが、取り敢えず一度報告に戻るのは決定事項らしい。

 向こうのチームが越して来るにも、色々と準備が必要との事で。それはそうだろう、ただし数週間後には数か月は居座れる程度の用意はして来ると言い渡されて。


 そして、少なくとも“喰らうモノ”の討伐までは、こちらで生活を送らせて欲しいとの事。こちらとしても、強いチームが近くにいてくれる安心感は得難いモノである。

 そんなこんなの細かい話を、昼食後はリーダー同士でこなして。紗良も道中のお土産にと、ザジにせがまれてお握りを大量にお土産に握らされる始末。

 そのお礼にと、貰った宝石はどうやら本物っぽい。



 そんなチーム同士のお別れは、むしろドライと言うかまたすぐ会おう的な簡素なモノで。実際、たった1日の付き合いではあったりするのだが。

 女性陣に関しては、なんとも親密度が増している気も。まぁ、いつもの事のような気もするけど、香多奈のお土産お願いねは厚かましい気も。


 それに任せてと、豪気なザジの返答も少々怖い気も。一体何を、異界から持ってくる気なのか……梅干しで散々やられた、意趣返しが無ければ良いけど。

 とにかくこれで、異世界交流もひと段落着く訳だ。護人に限っては、協会への報告やら色々と後処理が大変な気もするけれど。





 ――それを敢えて、考えないように頭の隅に追いやる護人だった。









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