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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
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広島周辺の探索者&ダンジョン事情その12



 探索者の間で、広島市と尾道の間の三原や竹原で妙な動きがあると話題に上がっていた。それが最近A級ランカーとなった、三原の“聖女”石綿(いしわた)星羅せいらと関係があるとも。

 この“聖女”だが、戦闘能力はともかくとして《蘇生》と言う超特殊スキルを操れるらしい。それが原因で、どこかの権力者に囲われたとの噂が広まって。


 きな臭い話だが、そう言われるといかにもありそうな話でもある。それだけならまだしも、三原から『探索者支援協会』が追い出され協会に似た組織が発足したそうで。

 その名も『ダンジョン運営団体』と言い、通称『ダン団』と呼ばれているとの事。どうしてそうなったと、各地から戸惑いの声は上がるモノの。

 三原の“聖女”のカリスマ性は、それを補って余りあるみたいで。


 地元の住民を巻き込んで、ある種の宗教団体染みた集団が出来上がっていて。何しろこの三原の“聖女”は、どんな病気や怪我もスキル使用で治せてしまうのだ。

 しかも死すら拒否する超絶スキル持ち、そこらの教祖様も真っ青なスペックである。噂では、その姿は美少女であるらしいのも、カリスマの一端なのかも知れない。


 とにかくその『ダン団』だが、やってる事は実はちぐはぐで。探索者を支援する目的で立ち上がった『協会』の、劣化版と言うか上辺だけの真似っ子と言うか。

 例えば魔石の買い取り価格は、聞いた話では半分以下の値段だとか。それを知った大半の探索者チームは、その地域から逃げ出してしまったとの事だ。

 さもありなん、給料がいきなり半分になってしまったのだから。


 逃げ出さなかったもう半分のチームは、要するに給料より安全を取ったのだろう。“聖女”の回復&蘇生能力は、探索者にとってそれだけ魅力的に見えるのだ。

 しかしまぁ、どうしてこんな事になったと葛西かさいは思う。彼は広島市の協会本部長の地位にいる40代の男で、つまりは協会のトップであった。


 元はA級ランカーの“皇帝”甲斐谷と同僚で、探索者の使い潰しを危惧して自衛官を退職して。探索者を支援する純粋な思いで、『探索者支援協会』と言う組織を発足させたのだ。

 平時から武器を持ち歩く探索者を、決してならず者と思われないよう配慮して。地元住民との橋渡しを念頭に、その上で探索者の使い潰しを防ぐ理念のもとに。

 『協会』は、そんな彼の情念の込められた組織だったのだが。


 その利権を気に入らない政治屋か誰かが、“聖女”なんて存在を担ぎ出したのはまぁ分かる。政治も宗教も、経営方針と言うか理念は一緒である。

 要するに、民衆や信者から如何いかに甘い蜜を吸い取るか。


 そんな事を考える葛西は、自衛隊時代の悪辣な稼働率を思い出して嫌な気分になった。あの酷な時代のお陰で、彼は同期と後輩とは半分が死別している。

 国民を守る義務と言う、体裁があるのは確かに分かる。だが、前線の苛烈さに較べて、後衛からのサポートの何と薄っぺらだった事か。


 要するに上の連中は、隊員でダンジョンとモンスターを抑えつつ、そこからもたらされる利益に夢中になってたのだ。魔石の活用方法は、“大変動”直後から割とすぐに判明されて。

 スキル書や魔法アイテムも、前線に支給されるのは半分程度でしか無く。後は研究目的との理由で、誰とも知らぬ者の手に渡って行くのだった。

 ポーションや換金性のアイテムなど、その最たるモノで。


 そんな訳で、葛西や甲斐谷の我慢も1年ちょっとしか持たなかった。命を懸けて地域を守るなら、もっとマシな方法がある筈との思いで。

 幸いにも、隊員の半分以上がその誘いに乗っかってくれて。後で聞いた話だが、他の地域ではもっと酷い事になっていた部隊も幾つかあったそうだ。


 例えば全滅とか、逆にクーデター的な騒ぎに発展して、味方同士での殺し合いとか。葛西の部隊では、円満とまでは言えないが血は流さずに済んで本当に良かった。

 オーバーフロー騒動の、丁度区切りを迎えた時期だったのもこちらに味方してくれた。地域の被害を出さずに、除隊から『協会』の発足へと移行出来たのだ。


 そこからは、変な邪魔も入らず無難に探索支援の活動に従事出来ていたと言うのに。何故にこの時期との思いは、口にしても詮無い事には違いなく。

 葛西の元にも、当然“アビス”と“浮遊大陸”の予知内容は届いている。厄介な案件だが、連中はひょっとしてその利権を掻っ攫おうと暗躍し始めたのかも知れない。

 別にそれは良い、向こうの団体が2つの案件を抑えてくれるのなら。


 そうならなかった場合、広島は一気にカオス状態に突入する事となる。いや、事は瀬戸内全域に及ぶ恐れも。向こうは仮にそうなっても、痛痒は感じないかもだが。

 政治や宗教団体と言うのは、得てして自分の痛みには敏感なのだが。他人のそれには、どうやらとことん鈍くなる傾向があるらしい。

 せめて噂の“聖女”が、本当に清らかで民衆思いの人物であってくれれば。


 ――心の底から、そう思わずにいられない葛西であった。









 元は“意思のある宝石”として唯一無二の存在だった彼は悩んでいた。今はご主人に“萌”と名付けられ、取り敢えず家族の一員として歓迎されては貰えたけど。

 周囲の胡乱な視線も、その少女の言動に渋々従ってくれたので。最近は、そこまで邪険に扱われる事も無くなってくれた……のは良いけれど。


 何と言うか、家族の期待外れな感情がちょっと辛い今日この頃である。名前を貰って可愛がって貰っているのには、非常に感謝はしているのだが。

 戦闘に連れて行って貰って、さあ活躍しろと言われても。


 いや、戦おうと思ったら、それなりの結果は出せると自負している“意思のある宝石”である。ただ“萌”として活躍しようと思ったら割と大変な事に最近気づいて。

 形状を誤って産まれて来た感を、最近はヒシヒシと味わっている彼であった。でも鶏の形状は絶対に嫌だったし、人間の形は最悪ですらあったし。


 恐らくは、幾ら人の好い来栖家族でも、卵から産まれた人の形の生物を可愛がってはくれまい。かなりの抵抗を伴うのは確かで、それは薄々感じ取っていた彼である。

 だからと言って、今の竜形態がベストかと言われても少々疑問は残る。何故に竜が自然界で最強の生物なのか、それは魔素に最適の超絶種だからに他ならない。

 つまりは、こんな魔素の薄い世界では悪手な訳で。


 彼は“意思のある宝石”時代の他の生物を操る能力は、依然として使用出来た。なので戦闘で役に立とうと思えば、ある程度は可能ではあるのだ。

 ただし、それをすると家族から変な目で見られてしまう確率がグッと上昇する。彼がこの家族の元に来たのは、人間の“感情”を理解する為なのだ。


 だから疎まれる行為は、頑としてすべきでは無い。幸い、産まれたばかりだからとかばってくれる大人がいて助かっていたのだけど……。

 とか思ってたら、同期の仔ヤギが簡単に人間形態になって活躍しやがるし! 物凄く腹が立つ、お陰で愛情とか人気があっという間に向こうへ向かう事にっ!

 腹は立つけど、慣れない形状の身体はやっぱり上手く動いてくれない。


 自身の肉体を得ての気付きは、本当に色々とあったのだけど。自分で自分を動かす事が、こんなに辛くて大変だとは夢にも思っていなかった萌である。

 ただし、肉体を得て良かった点ももちろんあった。少女との添い寝で人の温もりを知れた事、それから経験値の入手で肉体が強くなって行く恩恵を得られた事も。


 つまりはもう少しの我慢である、成長の仕方は何も1種類ではないのだ。この肉体に慣れて行って、この世界の魔素の薄さにも慣れて行って、萌は確実に成長している。

 スキルの体内生成も、今の所は上手く行っているとも言える。あのダンジョンが稀にドロップするスキル書と言うのも、成長の糧になりそう気配がするし。

 つまり、殴る蹴るはもう少し肉体の成長が訪れてからだ。


 知識を得た今なら、彼は竜の形態より仲間のハスキー犬形態を選んでいたかも。あの俊敏性と獰猛性を兼ね備えた肉体は近くで見ていて惚れ惚れする程だ。

 ただ、道具を使うのに苦労しているのは、やっぱりマイナス点かも知れない。人間用に造られた武器の大半は、彼女らが扱うようには当然出来ていない。


 それに気付いた萌は、垂れ耳を器用に動かす術を覚えたのだった。実は彼の知識の中に、その手の戦闘特化で無い竜種もちゃんと存在していて。

 何しろこの家族の家長から、身体のサイズが大きくなったら外に放り出されると明言されているのだ。戦闘特化より、器用さと魔法に特化して行く方がベストだろう。

 その舵切りは、おおむね良好だと本人は思う次第。


 身体のサイズは、少女に与えられた『巨人のリング』で何とでもなるし。例えば室内で幅を利かせている“薔薇のマント”などは、ある意味強欲でそんな能力を何でも吸収してしまう。

 羨ましい存在ではあるが、この我が儘な個性は最初一番に萌を否定した。テリトリーと言うより、どうやらこの家族の主に惚れ込んでいるらしい。


 それを横取りされまいと、最初は威嚇されまくったのだが。今では程よい距離間で、まぁ何とか衝突も無くやれていると言った感じか。

 それから異界の住人の妖精だが、これは特に何の接触も無かった。向こうもナリに較べて、随分と長生きしている存在なのかも。多少珍しがられた程度で、興味は示されず。

 こちらも変にちょっかいを出されるより、余程気が楽だ。


 そして一番警戒して来たのが、この家の大ボスの猫のミケだった。彼女はこの家のペットの仕切りと、子供達のお世話を担う大物だった。

 少なくとも周囲からはそう認識されており、その実力は確かに本物の様で。その容姿で癒しの力も備え持つ、確かに最強の生命体なのかも知れない。


 萌も一瞬、あの姿での転生もあったかなと考えなくも無かったのだが。それはそれで、影の実力者も大変そう。まぁ、生活リズムは大変だらけているのだが。

 そんなミケからも、何とか家族に危害を加える者では無いと分かって貰えて。そこからは、幸いにも平穏な生活にシフトチェンジが出来た。

 後はじっくり、探索で活躍出来る作戦を練るだけだ。









 広島市のストリートチルドレン問題だが、職や住処の不定なのは大人も一緒である。彼らは一定数で集団を作って、空き家漁りなどで生き永らえていた。

 もちろんそれだけでは、5年間も生き延びるのは不可能である。他にも海で魚を捉えたり、広島の平和の象徴のハトを掴まえたりと手段を選ばずの結果である。


 小さな集団ばかりなのは、大集団だと糧の量もそれなりに必要になって来るから。それでもさすがに5年も過ぎれば、食料品を空き家から回収するのは難しくなって来て。

 そうすると、今度は盗んででも糧を得ようとする輩が出て来る。広島市内でも、そんな集団が少しずつ増えて来て。集団同士のいざこざも、かなり増えて来たのも事実。

 そんな訳で、最近問題に取り上げられるように。


 実際、野盗と化した集団はそれ程は多くなかったのだが。問題になる程度は、被害も少なくは無いようで。そんな訳で、天馬てんま龍星りゅうせいの集団も大きな岐路に立たされていた。

 その集団のリーダーは、15歳になる川村かわむらと言う少年だった。それから14歳の星野ほしのと、13歳の川村の妹の須惠すえと言う少女。


 それから最年少の、12歳のきし天馬てんま龍星りゅうせいと言う双子の少年少女。天馬が一応はお姉ちゃんだが、まぁ双子なので関係無いとも。

 その岐路と言うのは、要するに市の立ち上げたプロジェクトである。田舎に越して、農家に住み込みで働いてみないかと言うモノで。

 少なくとも、日々の食い扶持は稼げるらしいとの事。


「いい話じゃないかな、食べ物に困らないってんなら……大人の言う事は信用ならないけど、ここでの生活ももう限界だと思う。

 最近は縄張り争いも酷くなってるし、食糧の確保も儘ならないし」

「でも一緒に来てた協会の職員が、そこは周囲から“魔境”って呼ばれてるって言って無かった? そんな所に越して行って、平気なのかな?」

「でも毎月市場が立って、人がたくさん来てる場所でもあるって言ってたじゃん。危険な地域には、人は集まらないと思うよ?

 双子はどう思う、田舎に越して農業を手伝うの」


 訊ねられた双子は、この5人の集団では最年少なのだが。偶然に取得したスキルで、2人とも戦闘力を有していた。その力がなければ、とっくに他の集団に潰されていただろう。

 天馬も龍星も、その能力以外は可哀想な程に痩せっぽちのただの子供だった。学校にも通っておらず、人間不信一歩手前の野生の生き物のような。


 痩せているのは5人ともそうだし、“大変動”以降は誰も学校には通えてはいないのも同じだ。それから彼らの大人を信じないと言うスタンスも、何度も裏切られたからに他ならない。

 最初は集団の中にいた大人で、近所のよしみで面倒を見て貰えてたのだが。ある朝、何とか貯め込んでいた食料と一緒に逃げられていたのだった。

 他にも儲けの上前を撥ねられたりと、酷い扱いばかりで。


 5年もすれば、ひねくれ集団が誕生するのも当然と言った所ではある。そして最近の縄張り争いで、酷い大人連中の襲撃が多発するにつれて。

 彼らも団結して、何とか生き永らえて来ていたのだが。さすがに防衛と食い扶持を稼ぐのを同時には出来ず、行き詰まっていた所だったりする。


 そんな中で、戦闘になると心強いのがこの最年少の双子だった。ダンジョン探索こそあまりしていないが、戦闘センスは抜群の2人である。

 姉の天馬の所有するスキルは『自在針』と言って、釣り針のようなモノを出現させて相手に引っ掛けるスキル技。普通に釣りや小動物の捕獲にも使えて、割と便利な技である。


 弟の龍星のスキルは『伸縮棒』と言って、手の中に伸縮自在の棒状の武器を出現させるスキル技である。これは実在の棒のようには使えず、一見不便なのだが。

 武器を持ち歩く必要もなく、遠くの敵に対しても攻撃は可能で。そんな双子のコンビプレーもあって、野盗まがいの集団にも引けを取らない戦いっ振り。

 その容赦の無い戦闘能力は、近隣でも有名だったり。


「別にどこに行こうと、大人の世話にならなきゃいいんじゃないかな。お兄ちゃんたちは私が守るし、仕事を貰えるならそれは自立してるって事じゃん」

「そうだね、こんな場所にずっといたいとも思わないし……でも引っ越すのなら、やっぱり海の近くがいいかな?

 釣りが出来れば、食べ物の調達も楽だもんね」


 双子の意見も、おおむねこの地に未練など無しって事みたい。食料調達の多様性に注文をつけつつも、行き先にはさほど興味は無さそうな雰囲気だ。

 ストリートチルドレン全般に言えるのだが、彼らは揃って情報弱者である。この時代はテレビ放送は完全に停止していて、ラジオかスマホ位しか情報の収集手段がない。


 この集団の川村でさえ、スマホは所有していない有り様で。ダンジョン情報どころか、最近の地域の事件や天気予報すら分からない始末。

 もちろん5年も学校に通ってないので、基礎知識や文字の読解すら怪しい。凛香チームとはまた違った、危うい生活基盤の集団だったりする。

 そんな連中の一部が、悪事に手を染めるのもある意味当然で。





 ――生きる為の戦いに、ルールなど存在しないって世界なのだ。









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