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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
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週末が色々な予定で潰されてしまう件



 やるべき事は色々あって、春もまだ気配が感じられないのに忙しい日馬桜町である。今日も自治会が執り行われ、いつもの面々が小さな会議室に集合している。

 来栖家的にも、実はやるべき事は結構あるのだけれど。例えば、攻略が中途半端なままの“ダンジョン内ダンジョン”の探索の続きとか。


 鍵を3つまで集めている状態で、あと1つのまま平日が訪れて放置していたのだ。そして香多奈が学校休みの次の週末を待っていたのだが、肝心の護人に予定が入ってしまって。

 それがこの自治会で、しかも明日には青空市の開催も決まっている。もちろん来栖家もこれには参加するので、今週は探索に出掛けるのは無理っぽい。

 先送りはしたくないが、時間が取れないので仕方がない。


 香多奈が学校に行ってる間に突入したりとか、放課後過ぎに探索するって手もあったのだが。確実に、後々までこじれたり疲れを残すと分かっているので。

 そんな愚策には踏み切らなかった護人、家内は平和が一番である。この自治会もそうであれば良いのだが、上がる議題は物騒なモノばかりで。


 唯一、青空市での収益で町が割と潤って来ているとの報告が嬉しい程度だろうか。後は広島市のストレートチルドレン問題だとか、春先の予言についてだとか。

 暗い話は後を絶たず、おっちゃん連中も頭を悩ませている。そんな中で、会長の峰岸が予算の収支報告を皆に大声で告げていた。要するに、出費報告とこれからの使い道について。

 メインはやはり、民泊移住にお金を掛けるそうな。


「この寂れた町にも、民泊移住のお陰で若い人やら夫婦やら、あまつさえ春先には赤ん坊まで仲間入りしてくれそうな勢いでええこっちゃですわ。

 この勢いのまま、今年も春には新しく4軒ほど移住可能な家屋を増やすのを目標に掲げたいと思っちょります。皆さん、その際は応援よろしゅうに」

「それはええけど、そう都合良く新しい希望者が出て来るんかいの? まぁ、希望者がやって来て慌てるよりゃあ、ええかもしれんけど」

「ほうじゃね、業者が工事に入る前の荷物の片付けくらいは儂らぁでしようや。青空市と去年の民泊移住の成功で、頑張りゃあ何とでもなるっちゅうのが分かったけえね!」


 そんな単純なモノでは無いだろうが、町民の皆がヤル気を出してくれるのは素直に喜ばしい。青空市の成功で、街に活気が戻って来たのも事実だし。

 護人としても、青空市では単純にダンジョン産のドロップ品の収益で利益も得ているし。更には、地元の新たに増えた新人さんの面倒を見て貰っているお礼として。


 来栖家が青空市に出していた、スキル書や装備品の売れ残りを、再び自警団用にと買い取ってくれるそうな。以前にもあったが、今回も規模としては同じ位だそう。

 まぁつまり、今後とも宜しく的な含みも持たせての事なのだろうけれど。お金の面はともかくとして、そう言う信頼や繋がりを形にするって行為は意外と大事。

 来栖家の、地域への貢献度を考えれば当然の還元ではあるけれど。


 そんな訳で、売れ残りのスキル書や普通の武器防具の類いがそれなりに片付く約束が取り付けられ。管理役の紗良や子供達は、大喜びしそう。

 これによって、自警団『白桜』のメンバーもスキル持ちが増える可能性が。日馬桜町としても、大助かりの人員強化となってウィンウィンの結果である。


 何しろ西広島に、名指しでの予知が春先に直撃しているのだ。それに対抗するために、少しでも力を備えておくに越した事は無い。

 町でも何か対策を練るべきかとの議題には、小学校などで避難訓練とかしておくべきではとの話が上がって。そう言う対策は、少しでも進めておこうと速攻で決定に。

 町ぐるみでの避難訓練も、早々に行おうと話は順調に進んで行く。


「消極的な対策かもじゃが、被害を食い止める方法はナンボでもあった方がええよな。小学校は先生方に任せりゃええが、町の避難訓練は自警団の先導でお願い出来るか、団長?」

「分かりました、避難場所は……この町はダンジョンの生えてない安全エリアは無いので、比較的人が集まり易い小学校でいいですかね?

 それだと、小学校と合同で訓練した方がいいかも」

「それはええかもな……ただ、小学校に近い中条地区はそれでええとして、上と下はどうするんな? 年寄りもおるし、移動は大変じゃぞ?」


 それから議題は、避難訓練の細かい打ち合わせに15分ほど費やして。何とか自治会員の満足の行く結果に落ち着いて、さて次の議題に。

 今度のは割と重いと言うか、大変な決め事となっていた。広島市の救済案件で、ストリートチルドレンの受け入れを数人規模だが頼まれたのだ。


 吉和も手を上げたので、ウちの町もそれ位の人数なら受け入れようと。峰岸自治会長は提案するのだが、誰がどのように世話をするのかそこが問題で。

 峰岸自治会長は、出来れば会員の誰かにお願いしたいと視線を送るのだけど。こんな事が以前にもあったなぁと、護人は1年前の紗良の入居騒動を思い出す。

 あれからもう、1年が経ったのだ。


 そう言えば、紗良の誕生日は2月だった様な気がする。姫香か誰かの誕生日会で、そんな話題が上がった気がするのだがよく覚えていない。

 家に戻ったらちゃんと確認して、お祝いの準備を姫香と香多奈と一緒に進めておかないと。何しろこの1年、飛躍的に家庭内事情が向上したのは彼女のお陰なのだ。


 食事もそうで、今までは護人と姫香がメインで何とか回していたのだが。紗良が担う事になってからは、かなりレパートリーが増えて毎日の食卓が豊かになった。

 掃除や洗濯も同じく、とにかく本当によくやってくれている。護人や姫香としても、居候に迎えたなどとはもはや思っていなくて。

 今や家族で、姫香や香多奈にとっても姉妹である。


「誰かおらんかな、住み込みで子供を何人か預かってくれる者は? 農業を教えてくれれば、将来的には空き家に越してこの町の住人になってくれる方向で。

 見込みがあるのなら、探索者としても鍛えて貰う手もあるそうじゃが」

「補助金も出るそうやし、悪い話じゃないんやけどな……子供数人の世話するのは、言う程にゃ楽じゃないでよ。

 農業を教えるくらいならええけど、子供の世話は辛いのぅ」

「儂の所で預かろうか、部屋も余っとるし農業なら教えられるしの」


 探索者がどうのからの発言で、皆の視線が護人の方へと少しずつ集まっていたのだが。それが一気に、今の発言をした熊爺くまじいの方へと向いて行った。

 護人としても同じく、他の事を考えてその視線を気にしないようにしていたのだが。さすがに家に3人も娘がいるのに、これ以上の増加は勘弁願いたい。


 一方の熊爺だが、80代で自治会でも最年長の爺様で。大地主で確かに人手は幾らあっても良いだろうけど、連れ合いも亡くして家に女手は無かった筈。

 その辺は近所のお手伝いで何とかなってるらしいが、他の会員にしたら驚きの発言には違いなく。護人も驚いて、でもまぁアリかなと思い直す。

 老人の独り暮らしは、やっぱり色々と心配なので。


 しかもこの案件、町での受け入れなので子供たちの言動や教育は、町ぐるみで面倒を見るって事だ。熊爺だけに負担は掛からないだろうと、護人はそんな感じの質問。

 峰岸自治会長も、多少慌てつつそれを肯定してくれた。もちろん自治会でもサポートするし、近隣住民にも手伝って貰う段取りは付けると。


 ただし、ヤンチャだった場合を考えて、護人や細見団長の出動を願うかも知れない。そんな感じの約束はつけられたが、その位は協力すべきだろうと鷹揚に頷く両者。

 何にしろ、一番大変なのは受け入れを決めた熊爺なのだ。その真意は定かでは無いが、この爺様は護人も仕事上で結構お世話になっている。

 ってか、この町の住民は皆がお世話になっているとも。


 来栖邸の牛やヤギの入手ルートは、この熊爺を頼っての事である。獣医の孝明先生を紹介して貰ったのも、やっぱり熊爺からで。

 そもそも“大変動”後にあの来栖邸を引き継ぐ際にも、姫香と香多奈を引き取って新しい生活を始める際にも、物凄くお世話になった人物なのだ。


 そんな事を考えている内に、議会はようやく終結して行ってくれた。細かい決め事は、また日を置いて当人と話を詰めて行くらしい。

 そんな訳で、2時間に渡る話し合いはこれでお開きに。




 白バンの影で大人しく眠っていたレイジーを撫でて、ついでにお向かいの協会事務所に立ち寄る護人。ルルンバちゃんの改造について、新人の江川に相談されていたのだ。

 いや、相談すべきはこっちなのだが。新人さんは結構乗り気で、パーツの伝手を開拓中との事らしく。護人としても、伝手と言えば早川モータースのルートしか無いので。


 その辺は有り難いし、香多奈も事あるごとにせっついて来る始末。護人としても、次の探索までにはパーツを集めて改造に着手したいとの思いはある。

 仁志支部長を交えて、そんな話を15分ほど相談して。ついでにと、次の2月の案件の打ち合わせも少々。既に地元の、全ダンジョンの魔素鑑定は終わってるとの事。

 協会の大事な仕事の1つ、オーバーフロー予防は最優先事項なのだ。


 それが終わって、さて家に帰ろうと集会所の駐車場へと向かう護人。自治会で集まった軽トラの群れは、もうほとんどいなくなって静かなモノ。

 レイジーに声を掛けて、植松の夫婦のところに寄ってから帰ろうかと思っていると。白バンの影に、何とレイジーと一緒に熊爺まで発見してしまった。


 レイジーは完全にリラックスして、撫でられるままで気持ち良さそう。熊爺は誰が見ても農家の爺様って感じで、役員会の今日もそんな格好での出席だった。

 皺くちゃの顔は、髭も相まってワイルドではあるけど。年齢不詳って程ではなく、農家の年寄りにしか見えない。ただまぁ、身体は大きくないので熊には見えない。

 熊爺の相性は、名前の熊五郎から来ているのだ。


「あれっ、熊爺さんどうしたの……俺に用があったら、会合終わりに声掛けてくれれば良かったのに」

「いやまぁ、大した用事じゃ無かったしの……お嬢ちゃん達は元気か、最近は一緒に探索者なんぞをやっとるらしいが」

「あぁ、敷地内に3つもダンジョンを抱えてると、もう自分達で解決するしか無いって感じかな。適性があったのか、今じゃあ子供たちの方が乗り気だよ」

「そうは言うても、やっぱり危険じゃろうに」

「まぁ、多少はね……でも探索ってのはチームで動くのが重要だから。幸いハスキー達にも適性があって、毎回サポートして貰ってるよ」


 そう言うと、レイジーは嬉しそうに尻尾を振って来た。護人は世間話をしながら、熊爺のさっきの決定について言及する。つまりは、子供数人の受け入れについて。

 単純に、労働力としての受け入れなら人を雇えば良い。実際に熊爺の所の田んぼや畑、それから畜産に関しては数人の近隣の住人を雇っている。


 家の家事についても同様で、お手伝いさんが毎日細々とした事をしてくれてるって話だ。確か親戚筋の女性だった筈で、今更子供を引き取るとなると大変だろうに。

 そう護人が水を向けると、熊爺は少し困った表情になった。それから外国の有名な小説で、そんな話があったかなと煙に巻くような言葉を吐き出す。

 それは確か、モンゴメリの『赤毛のアン』かなと護人。


「そうだね、あの小説も確か老人が子供を引き取るシーンから始まるね。でもその老人は、本当は女の子じゃ無くて労働力になる男の子を望んで間違いを口に出せなかったんだ。

 紆余曲折があって、その無口な老人とお喋りなアンは、最後には本当の親子のようになる。でもまさか、そんな話が原因で子供を数人引き取ろうと思ったのかい、熊爺さん?」

「全く無いと言えば、まぁどうじゃろうな……原因は、護人がお嬢ちゃん達を引き取っての5年間じゃよ。それなりの苦労はしたじゃろうが、立派にやり遂げた。

 最初は儂も、共倒れになりゃせんかと心配しとったよ。牛やヤギや鶏を頼まれて譲った手前、知らんぷりも出来ゃせんしの。

 姉妹揃って、ほんまにええ娘に育ったよ」


 それを聞いた護人は、じんわりと心の底が温かくなって来るのを感じた。人生の大先輩に認められた嬉しさと、自分が苦労して育てた姉妹を褒めて貰った喜びと。

 なるほど、それで今度は自分の番だと熊爺が張り切るのは、ちょっとどうかなとは思うけど。広大な山林や農地を所有する身としては、その後継者の心配などしてるのかも。


 熊爺の近親者も、このご時世の御多分に漏れず“大変動”で亡くなっているって話だ。田舎に留まって生き残った熊爺と、都会で生き延びて田舎に戻って来た護人。

 そして同じく両親を喪って、護人に引き取られた姫香と香多奈。それぞれに覚悟を決めて、この田舎町で今後生きて行く事を決めたのだ。

 出来るなら、引き取る予定の子供達もそうであって欲しい。





 ――心にほんのり温かみを感じながら、そう思わずにいられない護人だった。








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