蟲のフロアを何とか突破に至る件
「おっと、宝箱を餌にモンスターが待ち伏せしてるな……さっきと同じ方法で行こうか、レイジーと紗良で草むらに魔法攻撃してくれ」
「紗良お姉ちゃん、頑張って~!」
香多奈の応援を貰って、気合いと共に魔法の放出イメージに取り掛かる紗良。レイジーが焼き払った場所と反対側の草むらへと、冷気の嵐のイメージを投影。
青い草があっという間に萎びて行き、隠れていた大バッタや大コオロギも大半が瀕死状態。堪らずに飛び出て来た大カメムシは、護人が弓で仕留めて行く。
レイジーの側は、もっと徹底されてある意味酷かった。燃え拡がる草むらから、新たに使役された炎の狼が数頭出現して。自ら炎を拡げながら、敵を容赦なく燃やし尽くして行く。
それを指揮するレイジーは、恐らくこの宝箱の番人の大カマキリまで流れで倒してしまっていた。災害級のスキルだねと、その結果を見た香多奈の感想だが。
否定の声は出ず、素直に褒めて良いモノかって感じ。
それでも宝箱の回収と、魔石の回収にはテンションの上がる子供たち。このフロアも、百までは行かなかったけど確実にそれに近い数は稼げたかも。
宝箱の中からは、ポーション800mlとMP回復ポーション800ml、それから木の実3個が回収出来た。箱の大きさ的には物足りないが、まだ2層目だし仕方がない。
そんな事を話しつつ、次の3層目へと突入する一行。ここも巨大な洞窟で、最初に出迎えて来たのは大蟻とかワーム系の敵が割とわんさか。
大ムカデや丸ムシも加わって、前線の維持も大変な程だけど。護人や姫香も前に出て、後衛組に敵を近付けないよう各々の武器を振るう。
今回の大蟻には、体格の良い奴や蟻酸を吐く奴も混じってて大変!
「護人さんっ、こっちは《結界》張って香多奈ちゃんをガードしますからっ!」
「頼むっ、それじゃあ前に出るぞ……姫香、派手にやっていいぞ!」
「了解、護人叔父さんっ!」
護人にゴーサインを出して貰った姫香が、愛用の鍬を旋回させて《舞姫》と《豪風》を発動させる。小さいが無慈悲な暴風が、前線に発生する。
それに呼応して、ルルンバちゃんもアームを振り回して前線を強引に押し上げる構え。体格に勝る彼ならではの戦法で、これで幾分かスペースに余裕が。
体格に劣るハスキー軍団と茶々丸は、無茶をせずかく乱戦法で戦線を維持していたけど。両サイドが暴れ始めると、その混乱に乗じて敵のキル数を伸ばして行く。
護人も姫香のサポートに徹しながら、全体の把握に忙しい。幸いにも《心眼》スキルは、そんな感じにも使えて戦場を俯瞰で観る役にも立っているけど。
ここでもレイジーが、サポートの手伝いに奔走してくれている様子。
正直、茶々丸の行き過ぎを諫めてくれているだけでも大助かりなのだけど。ハスキー軍団の指揮まで取ってくれているようで、その動きはまるで一つの生き物のよう。
芸術的なレベルですらあるのは、一段上の視点でなければ分からないだろう。主に茶々丸のヤンチャで生じる解れを、レイジーの指揮でツグミやコロ助がサポートして。
それでも駄目なら、レイジー本人が多少の無茶をしたりスキル使用に踏み切ったり。それをしながら、しっかり茶々丸に活躍の場を与えているのが凄い。
お陰で茶々丸のヤンチャは増長するのだが、し過ぎるとしっかりレイジーが視線で釘を刺してくれる。しかもこれが強烈で、これは護人には無い資質だったり。
さすが母犬、貫録の子育て方法である。
萌も騒ぎの後半は、何とか参加して大蟻を2匹ほど倒す事が出来た。茶々丸に較べると物足りないが、育ち方にも個性があるのは仕方の無い事。
ここも最終的に拾った魔石は大量で、しかも魔石(小)が10個ほど混じっていた。3層目はどうやら、難易度からして下とは違うみたいである。
「3層でこのレベルだと、進むの大変だねぇ……もう突入して1時間以上経ってるよ、護人叔父さん。少なくともダンジョンランクは、C級以上確定かなっ?」
「そうだな、どの位の深さなのか分からないけど……妖精ちゃんの基準だと、しっかりクリアが条件らしいし。つまり最深層までは、辿り着かなきゃならない感じかな?」
それは大変だねぇと、他人事な返事の香多奈だけれど。魔石がザックザクなのは、少女的にはお気に入りらしい。その感触を楽しみながら、もっと進む気満々みたい。
ハスキー達も同様で、MP回復をしながらやってやるぜ的な雰囲気を醸し出している。どうも護人にヤル気スイッチが入ったのを、一番喜んでるのが彼女たちみたい。
これでコソコソ、隠れて夜間訓練しなくて済むぞって感じ。
ところが休憩後、何と突然に洞窟の突き当たりで、中ボスと対面を果たす一行。アレっと言う感じで、何で3層にと混乱する子供達なのだけど。
護人も同じく、不思議そうに出現したボス級の敵を見遣る。そこには4本鎌の大カマキリと大型トラック並みのサイズの大クモ、それから大蛇かと見紛うサイズの大ムカデが。
その奥には階段が存在せず、大型の空箱とワープ魔方陣があるだけ。どうやらこのダンジョン、そんな仕様なのかも知れない。
ただし、同じような扉が4つもあったので、4回×3層だとすると結構大変かも。それから中央の鍵付き扉に入れるとすると、そこが何層あるかで大変さはかなり変わる。
まぁ、単純に計算しても10層は超える計算だ。
それは飽くまで推測なので、他の扉に入ってみるまでは正解かどうかは分からない。それよりその前に、ここの中ボス戦を勝利しないと話にならない。
この中ボス戦は、扉も部屋も無いけど近付かないと敵は反応しないみたい。3体以外に雑魚はいないので、まぁある意味やり易いとも言えるけど。
問題は、新人の2人を果たして攻略隊に組み込むか否かだろう。敵の強さと大きさは、今までの雑魚とは大違い。下手に参加させて、大怪我されたら大変だし。
子供達に相談すると、茶々丸なら素早いし平気だろうとの返事が。護人かレイジーと組めば、ある程度はコントロール出来るのではないかとのアドバイス。
なるほどと、護人はそれを踏まえてチーム分け。
切り斬撃の怖そうな大カマキリは、護人が盾で抑え込んでミケがサポートに。大ムカデはツグミに抑えて貰って、姫香とのペアで倒す方向で。
大クモはパワーのルルンバちゃんと、技のレイジーで当たって貰う方向で。茶々丸とコロ助もこの組に入って貰って、出来たら速攻で倒して他の組のヘルプに。
でもまぁ、一番大きいのがこの蜘蛛である……さすがのレイジーとルルンバちゃんのチームでも、速攻撃破は無茶振りだろう。まぁ、他の中ボスも強そうではあるのだが。
そんな訳で、後衛組は随時どこかのヘルプに入って貰う形で、いざ中ボス戦のスタート。姫香の気合い入れで、一斉に前進する来栖家チーム。
それに反応して、中ボス3匹も動き始める。
まずは護人だが、いきなり“四腕”発動での抑え込みも相手もやっぱり4本腕で。しかも鎌の振るうスピードが、半端では無く目でようやく追えるかってレベル。
受け損なうと、手足どころか首が飛んでしまいそう。敵の斬撃が盾を削る度、心臓をギュッと握られる感覚が護人を襲う。それを感じてか、ミケのサポートも今回は多め。
積極的に『雷槌』が大カマキリの体表を薙ぎ、鎌の動きが時折停止する。何と言うか、このスキルの並びは反則に感じる紗良である。
そんな生物を肩に乗せてるってのが、ちょっと信じられない。
一方の姫香とツグミだが、ツグミの『影縛』は現時点では中ボスにだって通用するレベル。それは疑って無い姫香だし、実は姫香にも宝珠で得た《毒耐性》スキルもある。
それも込みでのマッチメイクだけど、香多奈の『応援』まで貰って身体は頗る軽い。そしてツグミのサポートも完璧で、息もピッタリの中ボス戦である。
敵も大きいし動きも素早い、強いのは分かって気合いも充分に戦いはスタートしたのだが。うっかり良い一撃が初っ端に入って、いきなり決着がつきそうに。
さすが姫香とツグミのコンビは、阿吽の呼吸でボス戦でも頼りになる。襲い掛かろうとする巨体を『圧縮』ガードで華麗に避ければ、ツグミの闇がその動きを縛り付ける。
案外と、ここのコンビが一番最初に決着がつくかも?
レイジーとルルンバちゃんでの敵の抑え込みは、実はあんまり実績がない。とは言え、敵は巨体なので小型ショベル形態のルルンバちゃんは頼りになる。
巨大クモは、そんな彼の数倍の巨体で迫って来ているけど。茶々丸は巨大化したコロ助の背中に跨って、敵に襲い掛かる隙を伺っている所。
巨大な敵と言うのは、それだけでも強いし戦いの取っ掛かりが掴みにくい。向こうが身体を揺らすだけで、下手をすればこちらに怪我人が出るのだ。
もっと下手を打つと、何もしない内にペチャンコにされてしまう恐れも。そんなのを目の前にしても、レイジーの瞳には一切の畏怖も恐怖心も無いのはさすが。
逆にどうやって倒そうかと、闘志が身体を覆っている。
敵は考える暇も与えず、長い前脚でレイジーを串刺しに掛かって来た。それをひょいッと避けて、逆に咥えていた焔の魔剣で斬り付ける。
それが思いの他に効果的で、相手の前脚は半ば千切れそうに。傷口からは炎が上がっていて、焦げた臭いが周囲に充満している。
それはともかく、ギチギチと痛がっている相手を観察してレイジーはアレっと言う表情に。構わずアームで殴り掛かるルルンバちゃんの一撃も、モロに相手の頭にヒットしている。
これは思ったより弱いかもと、レイジーは控えているコロ助と茶々丸に合図を送り。タイミングを合わせて、相手の片側の脚を全部切り落としに掛かる。
その反対側でも、派手な粉砕音が響き渡って。
小山のような中ボスの巨体が揺れたと思ったら、ズドンと激しい音がして。完全にノックダウンの巨大クモ、茶々丸も一撃入れたようで槍を手に燥いだ様子。
次の瞬間、その巨大な姿は消えて魔石にと変わっていた。尚も殴り掛かろうとしていたルルンバちゃんは、その結末に拍子抜けしたような感じ。
レイジーも同じく、せっかく強い相手を指定して貰えたと喜んでいたのに。それならご主人のお手伝いをとそちらに目をやるが、大カマキリもほぼ時を同じく倒されて行った。
最後は護人の『掘削』の一撃だったが、ミケの『雷槌』で相手は既に虫の息だった模様。そして姫香とツグミのペアの戦況も、これまた終焉を迎えていた。
大ムカデは細切れにされ、哀れにもご臨終。
そして転がる、魔石(中)が3つと甲殻鎌素材に蜘蛛糸系の素材。スキル書のドロップが無い事に、香多奈は文句を呟いていたけど。
ちゃんと宝箱に入っていて、あっという間に少女のご機嫌は回復。他にも鑑定の書が4枚に魔結晶(小)が6個、魔玉(土)が7個に甲殻装備素材が4つ。
それから蟲の意匠の短剣と、これまた蟲の意匠のイヤリングが1個ずつ。最後に大振りの、蟲の意匠が施された鍵が1つ出て来た。
それを見て、子供達は何となくの納得顔に。これが無いと中央の扉は開かないが、これ1個だけでも恐らくは開かない仕様に違いない。
つまり、4ヵ所回って4つの鍵を集めないと。
「でもまぁ、3層で中ボスに辿り着けて良かったよね、護人叔父さん。5層とかだったら、凄い時間も掛かってただろうし。
中ボスも思ったほど強くないし、B級って程でも無いかなぁ?」
「それじゃあC級で、後で協会には報告しようか……まぁ報告する義務も無いかもだけど、動画作製依頼もして貰うなら一緒にした方がいいかな?
由来や場所は、適当に濁した方が良いだろうし」
「鬼が造ったって言ったら、騒ぎになっちゃうもんねぇ?」
香多奈の呟きが、モロに的を射ていて何となく黙り込む一行である。それからこのワープ魔方陣は、地上に繋がっているのかなと話を積極的に逸らす姫香。
家族で試してみた結果、それは地上でなく推定ゼロ層に繋がっていた。つまり5つの扉がバッチリと窺える、あのスタートの層である。
改めて確認して見ても、クリアした蟲の扉に特に変化は見られず。とは言え、再度突入してもガラガラなフロアに辿り着くだけだろう。
そんな訳で、一行は休憩の後にその隣の扉を選択する事に。1つの扉に1時間半掛かったので、4つの鍵を集めるのは6時間オーバーコースである。
それでも乗り掛かった舟、出来るなら今日中にクリアしたい所。
――こんな事なら午前中から潜れば良かったと、早くも後悔模様の護人だった。




