いよいよ制空権を握られて焦る件
それから2層の一番麓のワープ魔方陣に辿り着くまで、中型の敵を半ダースほど倒して。木板の川辺の渡し通路を辿って、無事に間引きを終えて3層へ。
ちなみに2層の宝物は、途中に見付けた鳥の巣から鑑定の書を2枚と木の実3個と、魔玉(水)を7個ほど回収済み。渋いねと文句を言う香多奈だが、それは前回の探索で感覚が麻痺しているからだろう。
普通は広域ダンジョンでも、あんなに宝箱がゴロゴロしている訳もない。“もみのき森林公園ダンジョン”は、恐らく新造ダンジョンだからあんなにドロップが多かったのだ。
それを老舗のこの“三段峡ダンジョン”に求められても、筋違いと言うモノ。そう諭す紗良ではあるが、少女の心には響かなかった様子。
もっと宝物出ろと、挙句の果てには念じ始める始末。
それが通じた訳では無いだろうが、次の宝箱との遭遇は向こうから船に乗ってやって来た。ついでにオーク兵が半ダースほど乗っていたが、ハスキー軍団の敵ではない。
今度は遅れまいと襲い掛かるルルンバちゃん、竜髭の鞭で容赦なくオーク兵をしばき倒している。その結果、大半が水に落ちて急な流れに身動きも取れない状態に。
ここは上流なので、川に深さは無いが流れは相当に急である。足場の悪さにあたふたしている敵を、サクッと木板の橋の上から片付けて行く姫香。
そして魔石はツグミが『影縛』で回収、ナイスアシストの縁の下の力持ちである。そして誰もいなくなった手漕ぎ舟には、小型の宝箱が1つ。
それを嬉々として、回収して中身チェックを始める子供たち。
中からは鑑定の書(上級)が3枚と銀製の銛が1個、MP回復ポーション700mlに解毒ポーション800ml。綺麗な空の瓶が3個と、中にメダカが泳いでいる大瓶が1個。
正直、何のこっちゃとメダカの泳ぐ瓶を眺める姫香と香多奈であるけど。それはそれで楽しそう、ちゃんと生きてるねぇと瓶の中で泳ぐ小さな魚を眺めている。
紗良はやっと出て来たMP回復ポーションを、ペット達に配る作業。どの道休憩だと、家族チームは渓谷の景色の中で寛ぎ始める。
時刻は突入から1時間ちょっと過ぎた程度、まずまずのペース。
「アイテムの回収はイマイチだけど、このままのペースでいいよね、護人叔父さん。今日は10層とか、結構深くまで潜る予定だもんね」
「そうだな、敵との遭遇率も低いけど……中型以上のモンスターばかりだし、慎重に進むくらいが丁度良さそうだ。
まぁウチのチームのペースは、ハスキー達が決めるんだけどな」
全く護人の言う通りで、ハスキー軍団について行くのが完全に癖になってしまった来栖家チームである。それはそれで、一定のペースで特に疲れないで良いのだが。
たまに狩りに熱くなって、ひっきりなしに敵を釣って来る事もあったりして。倒すのが物凄く忙しい事態に陥る事も、あったりなかったり。
それを含めて、ハスキー軍団はチームの良い先導役には違いない。今も彼女たちのペースで、2度目の川登りの道中だったりするのだが。
川の渡りから見上げた山道に、見慣れぬ影がヌッと出現して。
向こうも同じく、この賑やかなチームを発見して必死に降りて来ようとしているみたい。その毛むくじゃらの巨人を眺めて、あれはトロルかなぁと自信なさげに告げる紗良。
あの映画とかで有名な奴なのと、香多奈は不思議な表情になるけど。ムーミンとかの世界観とは、まるで違う妖精カテゴリーからはみ出た巨人はそれなりに強そうかも。
ハスキー軍団も、それを迎え撃とうと勇んで特攻掛けている始末。レイジーなんて、『歩脚術』を使って崖を自在に移動してのお出迎えである。
それに気を取られて、急な斜面を転がり落ちるトロルである。そこに容赦のない、ルルンバちゃんの魔銃での攻撃が上空から襲い掛かる。
そして止めは、コロ助の『牙突』が着水して立ち上がる事も儘ならない相手に。
「あらら、せっかく頑張って降りて来ようとしてたのに……ああ見えて、山道は凄く大変なんだよ? 下りとか特に、舐めてたら結構膝に負担が掛かるんだから」
「まぁ、確かに香多奈の言う通りかな……あっ、ツグミが何かドロップ拾ってくれたみたい」
ツグミが水没した魔石(小)と、茶色い髭っぽいモノを回収して来てくれた。それを微妙な顔で回収する香多奈、そして再び元気に歩き出す。
相変わらずポツポツと出現する、中型モンスターを撃破して行き。そして辿り着いたのは、再度となる“女夫淵”のワープ魔方陣である。
今回もしっかり存在していて、ホッと一息の護人。
そして少しの休憩の後に第4層へ、今回のダンジョンは順調だねとか軽口を叩きながら移動して。今度は下る番だと、出発しようとした一行を止める小さな影が。
って言うか、毎度の末妹の我が儘なのだが。
「ちょっと待って、何か同じルートを上がったり下がったりつまんない! ここをちょっと上がってみようよ、何かいいモノあるかも知れないしっ!」
「まぁた、香多奈の我が儘が始まったよ……護人叔父さんっ、どうする? 確かに同じ道を何回も行き来するのは、飽きが来るって言うかダレるって言うか気が抜けるけど」
「ええっと、この少し上流に“塔岩”って言う名所? がありますね、護人さん。試しにそこまで行ってから、Uターンして戻るのはどうですか?」
そんな訳で、紗良の提案が決め手となってのルート決定に。何かいいモノ見付かったら、アンタの不思議スキルのお陰かもねと、姫香は割と現実主義な発言を口にしてるけど。
それに対して、香多奈は微妙な表情なのは仕方がない所か。『友愛』にしろ『天啓』にしろ、少女が望んで得たスキルでは全く無いのだから。
それを弄るのも、ある意味家族の遠慮の無さではある。口喧嘩になりそうな気配を察知して、護人が間に入ってさり気なく話題を柔らかい方へと誘導して。
“塔岩”って何だろうねと、話しながら木板の渡しを歩く。
その意味は分からなかったが、香多奈の予感は当たっていた事がその場では判明した。つまりは地図が示した“塔岩”の場所に、ちょっと豪華な渡しの舞台が造られていて。
その中心には立派な宝箱と、それを守る巨大なガーゴイルが2体ほど配置されていたのだ。武器こそ持たないが、2メートルを超す石像はなかなかの迫力。
「うわっ、本当にあったよ……香多奈の予知スキルは本物だ、これは馬鹿に出来ないね!」
「うん、まぁ……でもこれって、多分偶然じゃないかな」
当たった嬉しさより、何か釈然としない自身の不思議な能力に戸惑っている末妹。それよりガーゴイルを倒すわよと、勇ましく相棒のツグミと突っ込んで行く姫香である。
護人もシャベル片手に、もう1体を相手取るために前へと出る事に。何しろ硬い敵が相手だと、さすがのハスキー軍団も牙が通らないし。
その点、護人は『掘削』スキルでの攻撃が、硬い敵に効果的に作用するのが超利点で申し分なし。近付いた途端に動き出した向こうの攻撃を、盾で防ぎながら反撃に転じて。
サクッと致命的な一撃を、相手の胸元へと叩き込む護人。
姫香もツグミの『影縛』のサポートを得て、問題無く押し込めている様子。これは余裕とか思っていたら、後衛から上空警戒の叫び声が。
慌てて窺うと、かなりの大きさのワイバーンがこちらを見定めて旋回している最中だった。慌ててレイジーを招き寄せて、焔の魔剣をパスする護人。
とにかく時間を稼いで、地上の敵をまずは減らして行かないと。後衛の2人にはコロ助とミケが付いてるし、いざとなれば《結界》の魔法もある。
問題なのは、戦闘中に前衛陣が背後から襲われる事だ。さすがにそれは避けられないし、予測不能……と思った護人の視界と言うか感覚が、明快にクリアになって行き。
目の前の敵と戦いながら、何故か上空のワイバーンの挙動も“視える”ように。
これは《心眼》スキルのせいかもと、思った時には空の王者の襲撃は始まっていた。タッチダウンの瞬間に、護人は反転して思い切り油断しているワイバーンに“四腕”でのシャベル投擲を浴びせ掛ける。
それを思い切り眉間に受けて、前後不覚の所にレイジーの焔の魔剣での斬撃が見舞われて。何と最初の接触で、両翼幅10メートルを超すワイバーンは墜落の憂き目に。
「うわっ、スゴイっ……叔父さん、ナイスコントロール! 後ろから来た相手に、何であんな正確に武器が当たったのっ!?」
「えっ、ナニっ!? 護人叔父さんが何かやったのっ、見逃しちゃった!」
「これこれ姫香っ、まだ目の前のガーゴイルを倒せてないぞっ!」
護人も同じく、硬くてなかなか倒せないガーゴイルは、まだまだ元気に動き回っている。そして肝心のシャベルを手放してしまった護人は、《奥の手》で最後の追い込み作業。
傷をつけていた胸元に打撃を繰り出し、何とか破壊へと至る事が出来た。そして護人が投げた愛用のシャベルは、ルルンバちゃんが器用に回収してくれて。
姫香も何とか、鍬の一撃でガーゴイルに勝利して拳を振り上げている。
「やった、勝った、硬かった! これでやっと、お宝を拝めるよっ!」
「ワイバーン大きかったのに、一発でやっつけちゃったね! 凄いよ叔父さんっ、何か戦闘を通して進化したみたいな感じなのっ!?」
燥ぐ香多奈の指摘に対して、そうなのかもなと曖昧な護人の返事。戦いに必死でそれを見逃した姫香は、何故かひたすら悔しそう。
それはともかく、敵のドロップは魔石(小)が2個に魔石(中)が1個。そしてワイバーンからは、ラッキーにも追加でスキル書が1枚回収出来た。
そして宝箱からは、魔石(大)が4個にポーション1200mlにMP回復ポーション1100ml。魔法瓶タイプの水筒に、木の実3個と魔玉(風)が5個。
それからやたらと頑丈そうな胴鎧と、滑らかな石で出来ている剣が出て来た。この辺は魔法アイテムらしく、今まで大人しかった妖精ちゃんが騒いで知らせてくれている。
中ボスを前に、なかなかの引きを得たみたいで喜ぶ子供たち。
それを糧に、再び元来た道を歩き始める来栖家チームである。川の流れと同じく、どんどん出て来る中型のモンスターを倒しながら進んで行く。
そして麓近くに常湧きのワープ魔方陣を発見、それを潜って5層へと到達して。さて今度は登りだと、すっかりワンパターンとなった道のりを進んで行く。
5層は雑魚が全くおらず、その道のりはピクニックかと思う程に快適で。モノの10分で、“女夫淵”で待ち構える中ボス前に到達してしまった。
恐るべし探索者の健脚である、レベルアップした体力と脚力は、障害物の無い通路なら駆ける程の速度を可能にして。運動の苦手な紗良でさえ、魔法アイテムの補正でハスキー達のペースについて行けている。
そして目にしたのは、前層と同じく待ち構えるガーゴイル。
ただし大きさは3メートル級で、動いただけで舞台の木板を踏み抜きそう。胸板も厚く、手足も周囲の大木のように太くて強そうである。
そして香多奈が、上空にも何かいるねと鋭く指摘。恐らく二番煎じで、ワイバーンが不意を襲って来るのだろう。護人は果汁ポーションを使用、子供達もそれに倣って戦闘準備。
今回の作戦は単純で、硬い敵に相性の良い護人がガーゴイルと一騎打ちの格好で抑え込んで。空からワイバーンが襲来したら、姫香やレイジーが迎え撃つ感じ。
ミケの『雷槌』もガーゴイルには効きが悪く、その辺は相性なので仕方がない。そんな訳で、護人は“四腕”を発動させて自分の倍以上の体積の敵に挑み掛かる。
背後からは、子供たちの応援の声の後押しが。
それと同時に動き出す中ボス、同時に上空からも剣呑なプレッシャーが舞い降りて来る。そいつをさっさと倒して叔父の加勢に入りたい姫香は、遠目ながらも金のシャベルの投擲を敢行するけど。
これは軽く避けられて、焦らないでと紗良の励ましが。それに頷いて、相棒のツグミに接近戦はお願いねと信頼の言葉を投げ掛ける姫香。
それに呼応して、姫香の隣に巨大な影が盛り上がる。
それはツグミの《空間倉庫》から取り出した銀の毛皮を纏って、まるで巨大な狼のようなフォルム。これは相手も無視出来ないだろう、囮役に最適なデコイの完成だ。
その脅しが効き過ぎたのか、今度は最初のすれ違い戦でお互い有効打は与えられず。レイジーも影の狼の死角から飛び出して、焔の魔剣で斬り掛かったのだけど。
敢え無く空振りして、姫香の鍬の攻撃もやっぱり空振りの憂き目に。相手の尻尾の毒槍も、影の狼に掠っただけですぐに凄い速さで離脱して行った。
後衛は狙われない場所で丸まって、ひたすら応援を飛ばしている。ミケとコロ助は、いざと言う時用に待機して出番を待ち構えている感じ。
そして二度目の接近戦で、予想外の出来事が。
姫香が今度は当てるぞと、銀のシャベルの投擲を行ったタイミングで。それはやっぱり避けられたモノの、何故か上空から折り返しの投擲が翼を破る勢いでヒット!
何と《念動》で飛んで来たシャベルをキャッチした、ルルンバちゃんの頭脳プレーである。途端に平衡感覚を失うワイバーンは、地上で待ち構えていた戦士たちの餌食に。
その最後は割と悲惨で、姫香とレイジーに両翼を切り飛ばされて地面に落下すると言う。その後念入りにボコられて、哀れ空の王者は撃墜されて行ったのだった。
同じ頃に、護人も中ボスのガーゴイルとのタイマンに堂々の勝利を勝ち取って。シャベルの連続突きで胴体を粉砕して、《奥の手》と薔薇のマントでタコ殴りにしてやって。
――2か所での中ボス戦は、そんな感じで終焉を迎えたのだった。




