温泉宿で護人の誕生日会が開かれる件
三段峡の温泉宿屋で一夜を明かした、遠征レイドの6チームの面々。朝早くから活動してるのは、やはりと言うかいつも朝の早い来栖家の子供達だったり。
姫香はハスキー達を連れて、まだ日も登っていない時間から散歩に赴いていて。まぁ、周囲の暗さと見知らぬ土地ってのを差し引いても、ハスキー軍団がいれば安全だろう。
本人も日課の早朝ランニングをこなして、冬の朝から快い汗を流している。日課の運動をこなしたハスキー達も、満足そうにキャンピングカー前に戻って行く。
どうやら彼女達も、見慣れた場所の方が落ち着く模様。
「水あげるから待っててね、みんな。ちなみに今日は、1日休みの日だからね。すぐそこのダンジョンに明日みんなで入るから、勝手に入っちゃ駄目だよ?」
専用のお皿に水を注ぎながら、そんな事を口にする姫香である。レイジー達の腕前は信用しているが、暴走して勝手に探索に入られたら不味い事態に陥ってしまう。
何しろここは見知らぬ土地だ、自分達の敷地内ならともかく他人のテリトリーで勝手したらダメ。その規則は、多分だけどハスキー達にも通用する筈。
現にツグミ辺りは、休養日とのご主人のフレーズに尻尾を振って応えてくれた。それから今日は、サプライズで護人叔父さんの誕生日会を開く予定。
プレゼントもこっそり、キャンピングカーへと運び入れている姉妹である。
それはともかくとして、“もみのき森林公園ダンジョン”で獲得したスキル書やオーブ珠だったけど。スキル書が7枚にオーブ珠が2個、これだけあって何と相性チェック全滅と言う顛末に。
最近はこんな事態も珍しくないので、家族内にがっかりした空気は流れはしなかったけど。騒いでいるのは香多奈だけ、それより宝珠が2個もあるのだ。
こちらをどう処理するか、その問題の方が大事である。特に鑑定で《氷雪》と言う、攻撃魔法系のスキルが出たのは大ラッキー。
チームの戦力底上げに、大いに貢献してくれそうなスキルには違いなく。何より香多奈が欲しいと言う出す前に、姫香としては自分が入手したいと画策していたら。
何と紗良が、後衛の自分が習得したいと挙手する顛末に。
これには皆がビックリ、何しろ高価な宝珠を使うのに拒否反応を示すような性格の紗良なのだ。どう言う心変わりかと思うも、確かに今回の探索は危ないシーンも多かった。
後衛の自分に、もう少し攻撃力があればと思う場面も、紗良からしてみれば多かったのかも知れない。その気持ちを酌んだ形で、宝珠の1つは紗良の元へ。
緊張気味にそれを覚えた紗良は、暇な時に『ヘブンズドア』の鈴木に弟子入りすると明言する。なるほど確かに、氷魔法の使い手が近場にいるなど滅多に無い事。
良い案だねと、護人も納得をしての話し合いは全部昨日の夜の事。ちなみにもう1つの《毒耐性》の宝珠は、短い話し合いで姫香が覚える事となった。
やはり前衛は危険だし、耐性スキルはあった方が良いとの判断だ。
昨日の夜は、それ以外に報告するようなイベントは無し。他のチームは揃って食堂で宴会していたし、来栖家の面々は早々に自室に引っ込んでしまっていたし。
のん兵衛で無い護人も、子供達を口実に宴会には参加せず。疲れたのか、姫香がくすねて来たビールをひっかけると、早々に寝てしまった。
それは子供達も同じで、朝の早い生活リズムなだけに10時過ぎには全員就寝した次第である。ちなみに寝室は男女別に用意されてたけど、結局同じ部屋での雑魚寝だった。
そんな家族だったが、時間的にそろそろ護人達も起きて来ている筈。
ハスキー達は、キャンピングカーの近くを動こうとしなかったので。姫香はあまり動き回らぬよう釘を刺して、自由にさせて置く事に。
それから自分だけで自室に戻ると、案の定全員が起き出していた。朝の挨拶を交わしながら、朝食はチーム別々で良いみたいと食堂で確認した情報を家長へと告げて。
ハスキー達は外に放してあると、事後報告ながらそう告げる姫香。狭いベランダよりはいいねと、護人もその件については同意の模様。
そんな事をしながら、家族は揃って食堂に。賑やかによく眠れたかとか今日は何しようとか話し合いながら、朝食を食べて部屋へと戻る。
その間も、香多奈は護人のスマホで動画を撮りまくっていたり。
「香多奈、アンタいつまで護人叔父さんのスマホを占領してんのよっ。動画撮るなら私の使いなさい……あと護人叔父さん、お昼はこっちで用意するから」
「ん、ああ……それじゃあ俺は、犬達と散歩でもして来ようかな?」
何かを察した護人は、そう言って香多奈にスマホを返して貰って外出する仕草。完全にサプライズはバレているけど、紗良の号令でお昼までにはケーキを作るよと子供たちの意気は高い。
護人の誕生日が、運悪く遠征に掛かってしまったのは仕方が無いけど。使い慣れない台所を借りて、何とか誕生日ケーキだけは形にする気の子供たち。
その作業は、護人が散歩から戻って来ても続いていた。ついでにようやく起きて来たギルド『羅漢』の森末が、来栖家チームのドロップ品を買い取りたいと言って来て。
『鑑定プレート(薬品専用)』やオーブ珠×2個とエーテルを、結構な額で買い取って貰う事に。合計3百近くの臨時収入に、良いのかなって気がしないでも無いけど。
それから、他のチーム員もようやく起きて来て。
昨日の続きの他チームの動画の鑑賞会を、チームの代表が集まって大部屋で行う事に。昨日は何故か来栖家チームの部屋で行ったが、こちらはちゃんとした機器が揃っていて普通に見やすかった。
ヘンリーのチーム『ヘブンズドア』の戦い方も観れて、それは単純に参考になったりして。ここは戦闘能力の高いチームで、大物相手に凄い戦いをしていた模様。
素直に感心しながらそれらを視聴し終わると、既に時間はお昼に差し掛かっていて。子供たちは何をしているのかなと気に掛かる護人だが、何となく伝わって来る気恥ずかしさ。
先程の散歩も楽しかったし、もう一度周囲を散歩しようかとか思いつつ。部屋でモタモタしていたら、ようやく香多奈が呼びに来てくれた。
満面の笑顔で、今日の主役を借りてる部屋へと案内する構え。
「「「お誕生日おめでと~~っ!!」」」
「おおうっ……ありがとう」
ちょっとその規模に驚いた護人の返しは、少しだけ間が抜けていたけど。まさか旅先で、ここまで気合いの入ったサプライズの持て成しを受けると思っていなかった。
宿屋の室内は、恐らく香多奈によってド派手に飾り立てられていて。テーブルには、ホットケーキが元の誕生日ケーキやちょっとした御馳走が飾られていた。
この物資が不十分の時代に、何とも頑張ってこれだけの歓待を用意してくれた子供達に。思わずホロリと、心を動かされそうな今日の主役の護人だったり。
香多奈が自作の紙吹雪を撒き散らして、それから叔父さんを主役席へと案内して。姉の2人に合図を送って、ハッピーバースデーの歌を歌い始めての仕切り振り。
どうやらお誕生会の仕切りは、末妹が担っている様子。
「はいっ、花吹雪の後始末はルルンバちゃんがしてくれますっ! 次はお姉ちゃんの歌を聴いて、それからみんなで食事になりま~す」
「あれっ、何の歌だっけ……それより、アンタも一緒に歌う段取りじゃ無かった?」
進行が多少グダグダなのは仕方がない。膝に登って来たミケを撫でながら、取り敢えず拍手で先を促す護人に対して。スマホを操作して、末妹はこの曲だよと姉に指示を出している。
そこからは、ノリノリで姉妹で『アンダーグラフ』や『スネオヘアー』の超マイナーなバースデーソングを熱唱する姉妹。この選曲に特に意味は無く、単に護人の古いCDの中のお気に入りからのチョイスに過ぎない。
それから次は紗良姉さんねと、無茶振りにも関わらずそれにしっかり応える真面目な紗良だったり。結局は護人のリクエストで、広島出身の『島谷ひとみ』のヒット曲を熱唱。
そこからようやく食事会、大きなステーキがあると思ったら昨日のダンジョンドロップらしい。そう言えば牛型のモンスターがお肉を落としたっけと、試しに口に入れてみると。
かなり美味しい、掛かっているタレも絶品だ。
「山葵もドロップしたので、それを試しに使ってみたんですけど……どうかな、試食はしたけどみんなの好みになってるかは分かんなくて」
「凄く美味しいよっ、紗良姉さん……うわぁっ、幾らでも食べれちゃいそう。でも我慢してね、護人叔父さん。
デザートのケーキも、一応はみんなで頑張って作ったんだからっ!」
「苦労したよね、旅館の食堂を使わせて貰ったけど。でもかなり良いい出来だと思うなっ、見た目も凄く綺麗になったし!。
まぁ、半分以上は紗良お姉ちゃんのお手柄だけど」
「そんな事無いよ、みんなで頑張ったお陰だよ……ただちょっと、色んな素材を勝手に使わせて貰ったので後で了承を取らないと」
「確かにそうだね……このケーキの飾りのフルーツとか、虹色の果実を使ってるし」
言われて気付いたが、確かに白いクリームに彩りを添えているのはレベルアップ果実だった。ケーキの土台の上に桃缶の果実に混じって、派手な虹色が踊っている。
まぁ、虹色の果実については、毎回誰が食べるか議論も面倒なのでどうでも良い気も。それにしても、そんな物まで流用する想像力には恐れ入る。
誤算は色々あって、結局はみんながステーキのお替わりをしてしまったとか。ケーキを食べている最中に、昨日に続いてお客さんが部屋にやって来たとか。
プレゼントは、今回は姉妹全員がお手製の布製品だった。紗良の元に頑張って修行した成果を見れて、それはそれでとても嬉しい護人だったり。
例え香多奈のお手製のポシェットが、多少歪だったとしても。
逆に姫香のプレゼントは、かなりの大作で一体どれだけの時間を掛けたのか気になる程。それは立派な作業着で、大きな黄色のヒマワリが背中に刺しゅうされていた。
紗良のは逆に小さなマスコット人形で、3匹のハスキー犬とキジトラ猫、それからAIロボが仲良く一体に作られていた。これも小さいが力作で、心が籠っていて嬉しい限り。
子供達にお礼を言いながら、お客の甲斐谷チームやギルド『羅漢』の面々は部屋の騒ぎに驚いた様子。進行役の少女が、この輪に入りたければプレゼントを持って来いと、容赦の無い進行役の素振りを見せる。
実際、プレートの上のステーキを発見した面々は、このまま引き下がる様子は無いようで。プレゼントと言う名の献上品を捧げて、この騒ぎに混ざる気満々。
そんな訳で、最後の方はステーキの試食会気味になったとは言え。
1人1曲は歌うんだからねとの、末妹の無茶振りにも和気藹々と応じる面々のお陰で。場は変な空気になったとは言え、それなりに盛り上がったのは確かで。
最後の方では岩国チームも参加して、酒も入ってないのに宴会ムード。主役の筈の護人は、いつしか隅に押しやられて他チームの面々との対話に忙しい。
今は姫香に掴まっていて、プレゼントの作業着に袖を通して大人しく動画に撮られている。大変だっただろうとの質問に、製作者の姫香は笑顔で応じて。
恐らくは、作っている間も楽しかったのだろう。受け取る者の笑顔を想像しながら、毎晩寝る間も惜しんで縫い物に集中していたに違いない。
それにしても、ヒマワリの大輪の花の何と見事な事よ。
「探索には着ていけないけど、ギルドの催し物には着用しなくちゃな。凄く上手に縫えてるよ、姫香もそのつもりで作ったんだろう?」
「えっ、そう言う意味とも違うけど……護人叔父さんに一番似合うのは、やっぱりヒマワリの花かなって。大きくて真っ直ぐ地面から伸びて立派で、みんなを見守ってる感じ。
だから私たちのチームも、ヒマワリの花にちなんでるの」
賑やかな室内で、真っ直ぐな姫香の理想が語られて行き。照れもせずにそんなセリフが言えるのも、やはり若さゆえの事なのだろうと護人はこそばゆい思い。
何にせよ、こんな賑やかに誕生日会を祝って貰えて良かった。この歳になると、年を重ねるのもひたすら面倒になるだけだったけど。
これだけ賑やかだと、そんな事すら忘れてしまう。向こうでは香多奈が、懐メロのリクエストに応えまくってまるで小さなアイドルのよう。
テーブルではお客のリクエストで、紗良がプレートでひたすらステーキを焼いている。この娘が我が家に加わる事で、ある意味来栖家の生活が上手く回り始めたのだ。
そんな娘たちには、感謝しかない護人である。
――こうして旅先の宿の一部屋で、賑やかなお昼時は過ぎて行った。
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