貸し切り宿で鑑定と反省会に追われる件
「護人叔父さんっ、大丈夫? しっかりして、今この刺さってる矢を抜くからっ!」
「俺は後でいい、コロ助を見てやってくれ……」
敵の姿は全て消え去り、今は静寂が支配する“もみのき森林公園ダンジョン”の6層である。それでも先ほどの戦闘で受けた傷が消える訳もなく、慌てて手当てに奔走する子供たち。
香多奈も大慌てでコロ助にポーションをぶっ掛けてるし、姫香も叔父に刺さりまくった矢を抜いている。幸いどちらも、命には別状は無いようで何より。
護人に関しては、矢の先に毒か何かを塗られていて、身体が痺れて動けない状態だったけど。宝珠で覚えた《耐性上昇》のお陰か、危険なライン手前で持ち堪えられている感じ。
耐性スキルの効果って凄いなと思いつつ、姫香に解毒ポーションを飲ませて貰って。心配して顔を寄せて来る、レイジーやミケを優しく撫でてやる。
しかし今回ばかりは、ちょっと無茶をし過ぎたかも。
そこは大いに反省すべき点だが、まさか敵の只中にワープ魔方陣が通じていたとは。今まで無いパターンだっただけに、油断が無かったと言えば噓になる。
不味いと思った瞬間に、周囲の敵に盾の《敵煽》スキルを放ってしまって。お陰で集中砲火を四方どころか八方から浴びてしまう始末。
そのせいで、無駄にコロ助たちを頑張らせてしまったのかも知れない。今はそのコロ助も、紗良に『回復』を受けて流血も止まっている様子。
思わずホッと胸を撫で下ろし、護人は姫香に肩を借りて立ち上がって。治療が終わったら、すぐにでもここを出るよとチームに告げる。
だからダンジョンを出るまでは、気を抜かないようにと。
幸い、ダンジョンの突入口にまで戻らないでも、敵の密集していた地点に大きなワープ魔方陣が出現していた。恐らくこれが、出口に繋がっている筈。
ルルンバちゃんとツグミが、周囲に転がっていた魔石やドロップ品を回収してくれていた。自然に消滅した連中は、当然ながら何も落としはしなかったけど。
それを勿体無いとは、さすがの姫香も思わなかった様子。
今回は、本当に命が助かっただけ儲かり物だったのだ。護人が倒されていたら、そのまま他のメンバーも数分と持たなかっただろう。
そう思うと、初めて探索を怖いと思う姫香だった。
これまた幸いにも、探索に赴いたチームに欠員は全く窺えずの結果に。主催ギルドの『羅漢』の森末も、やはりどこかホッとした表情を浮かべている。
6チームの全員が、10分の誤差も無く稼働停止したダンジョンを抜け出す事に成功して。入り口に集合して、更にその10分後には車で移動の準備を終えていて。
何とも軍隊チックと言うか、時間に厳密な行動振り。
「大丈夫、護人叔父さん……こんなせっかちに移動しないで、少し休ませてくれればいいのに」
「大丈夫だよ、姫香……後は宿屋に移動して、風呂に入って寛ぐだけだから。向こうは軍隊出身者が多いから、こんな分刻みな行動に慣れてるんだろうな。
移動も1時間と少しだろう、その位の運転なら平気だから」
叔父を心配してプリプリ怒る姫香を宥めつつ、キャンピングカーは出発する。姫香は助手席に噛り付いて、本当に家長に異常がないかチェックに余念がない。
車内リビングでは、恒例の妖精ちゃんによる魔法アイテムの識別が行われている最中だったけど。今回は、“鬼のダンジョン”以上に魔法の品が多い雰囲気である。
それでも、香多奈にあまり浮かれた感じは無い。紗良も珍しく、何かを考えるように物思いに耽っている。今回の6層の大ピンチは、それぞれ思う所があった様子。
そんなやや重い雰囲気のまま、探索者チームの車の列は雪深い田舎の山道を進んで行って。幸い除雪も行われており、移動の車も特別仕様のモノばかりで。
アクシデントも無く、一行は今夜の宿へと到着を果たす。
そこは三段峡の入り口に建つ宿で、同時に“三段峡ダンジョン”の発生で已む無く打ち捨てられた宿でもあった。田舎の景色に溶け込む、そんな情緒のある宿屋なのに勿体無い。
それを遠方から、A級ランカーの一行が来るとあって。協会や地元の関係者が、わざわざ宿泊施設や温泉を再稼働させてくれたのだそうで。
それ程に、A級ランカーの存在は有り難いし、オーバーフロー騒動は厄介だと言う事でもある。特にこの“三段峡ダンジョン”は、ワイバーン級の野良が発生するので有名なのだ。
何にせよ、探索者一行で1軒宿の貸し切りは凄いかも。
そう思い至って、すぐにテンションの上がる子供たち。さっきまでの陰鬱な雰囲気はどこへやら、貸し切り温泉に皆で入ろうと騒ぎ始めて。
一息つきたい護人は、荷物を持って受付けでペット達の処遇を質問する。驚いた事に、廊下までなら建物に入れてもオッケーとの返事を貰い。
さすがいつもは閉館している施設、その辺はおおらかで助かるとは言え。その取り決めに、逆に護人やハスキー軍団が戸惑う始末。
ミケだけは、それが当然と堂々と紗良に抱っこされているけど。そんな騒動を起こしつつ、ようやく宿の一室に通される来栖家の面々である。
そのお持て成しに、ちょっと感動している子供たち。
「何か凄いね、ビップってこんな感じなのかなぁ……A級ランカーの甲斐谷さんチームは、受けて当然って慣れてる感じだったけど。
確かに間引きする探索者チームのいない土地では、有り難がられて当然かもね?」
「まぁ、そうかもな……ウチのチームはこき使われて、その点は大いに違うかもだけど。近所のおばちゃん達には、青空市で感謝されてるからそれ以上は望むべきじゃ無いよ、姫香。
過度の歓待は、身を持ち崩す第一歩でしかないからね」
なるほど深いねと、感心した様子の素直な姫香である。それより一息つきたい護人は、案内された部屋に立派なベランダがあるのを発見して。
部屋は駄目でもベランダなら良いだろうと、ハスキー軍団をそちらに全員招き入れて。自分も厚着のまま、ベランダにあった椅子に座ってお茶を啜り始める。
それから子供達に、温泉に入りたかったら入っておいでと催促する素振り。主人の落ち着きぶりに、さっきまでの戦闘で昂っていたハスキー達もようやく落ち着きを取り戻し。
それなら自分達も好きにしようと、子供たちはお風呂の準備をして部屋を飛び出して行く。妖精ちゃんもちゃっかり一緒で、どうやら楽しみにしていたらしい。
日本の文化を堪能する、何とも風変わりな異世界不思議生物《妖精ちゃん》。
「おおっ、そんなに広くは無いけど……ウチのお風呂よりは広いかなっ、窓から外の景色が見えるけど、覗かれないよねっ?
ツグミをボディガードに、連れて来れば良かったかも」
「まぁ、平気じゃないかな……それにしても宿に泊まるの、夏の旅行以来だよねぇ。“大変動”で高校でも修学旅行とか無かったのに、1年に2度も旅行出来るなんて!
ちょっと前には、考えもつかなかったよ」
「私もお泊りは楽しいよっ、でも今日の最後の層は凄く怖かったなぁ……やっぱり私も攻撃の手段とか、持った方がいいよねっ姫香お姉ちゃん!?」
香多奈もそれなりに考えて、後衛の火力不足を問題提起しようとしているようだ。今回の問題は、不意に敵陣のど真ん中に転移してしまった事である。
それでも少女は、火力でゴリ押しすれば窮地を脱出する事は可能だったと思っているようで。まぁ、その方法も悪くは無いかもと姫香もちょっと考える。
ってか、自分もテン張って上手く立ち回れなかったのは、大いなる反省点である。紗良は2人の妹の遣り取りを聞きながら、妖精ちゃんのお風呂を用意してあげて。
それから自身の身体を洗いながら、この宿に来るまでの道中での悩みを打ち明ける。つまりは家族チームの強みは団結力の強さだが、それは逆に脆さでもあると。
家長に何かあった場合、サブで指揮する者がこのチームにはいないのだ。
「だからやっぱり、私が強くなるべきだと思うんだ……香多奈ちゃんの暴走も止めて、姫香ちゃんにも後ろからサポート出来て。私は今から頑張って、そんな力を付けるよ。
だって家族だもん、誰1人欠けたりしたくないからねっ!」
「紗良姉さんっ、ナイス判断だよっ……それこそ紗良姉さんがB級ランカーの力をつけたら、ウチのチームは無敵になっちゃうよっ!
きっと護人叔父さんも、喜んでくれると思うなっ!」
それはどうだろうと、紗良は思うけど盛り上がる姉妹に敢えてそんな指摘はしない。その代わりに、裸の妹達の肌を洗うのを手伝いながら入念にチェック。
何しろあんな激闘の後なのだ、乙女の肌に傷がついたままなのはとても我慢ならない紗良である。幸いにも、姫香と香多奈の両者ともそんな傷が残って無くて何より。
部屋に戻ったら、ハスキー達の傷チェックももう一度やろうと誓いながら。それから自分で言った手前、強くなる道を模索して行かなければ。
大変な道のりだけど、それを分かって口にした誓いなのだ。姉妹たちの期待を裏切らず、チームの攻防の要の位置まで成長するのが今後の宿題だ。
それを成すために、相応の努力を誓う紗良であった。
一方の護人は、寒い室外のベランダで暫く過ごして温かい室内へ。ハスキー達からようやく寛ぎの波動が感じられるようになったので、そこは安心して移動したのだが。
寒いのが平気なハスキー達は、午前の激闘のせいか皆で寝そべって休憩モード。護人も一応は地元の協会へ、無事に探索を終えたと連絡を入れて。
それから寛ぎながら、子供たちが戻って来るのを待つ。いや、特に待たずに自分も風呂に入りに行けば良いのだが。今は疲労が身体を支配していて、動きたくないのが本音。
座椅子に腰掛けていると、ミケが甘え声を発しながら近付いて来た。すかさず膝上を占領されて、これで完全に外に出掛けるのは億劫になってしまう。
そんな護人の前を、ルルンバちゃんが軽快に駆けて行く。
本当に仕事熱心だが、彼も走り回るのが本能なのだろう。宿は畳敷きで、掃除も行き届いて改めて埃を取る必要も感じないのだけれど。
それでも日常に感じる生活音が、すぐ近くから聞こえて来るのは安心出来るし心地良い。テレビも無いこの時代、部屋の中は本当に静かで居心地が悪い程なのだが。
子供たちが一緒にいる空間では、そんな静寂など感じた事が無くて。護人は改めて、ミケを撫でながら静かな空間を贅沢に堪能する。
半分眠りこけていたら、突然に部屋の扉にノック音が。それよりもベランダのハスキー軍団が反応する音で、思わず飛び起きてしまった。
それと同時に、廊下で子供たちの賑やかな喋り声が。
「護人叔父さんっ、他のチームの人たちが一緒に動画観ないかって言ってるよ? どうしよう、夕食まではまだ時間があるそうだけど」
「んっ、ああっ……上がって貰って構わないよ」
寝ぼけていたのを隠すようにと、体裁を繕う仕草の護人である。ミケは律儀に入り口まで、姉妹を迎えに行ってくれている模様。或いは、来訪者のチェックかも知れないが。
とにかく他のチームも、取り敢えずは一息ついて夕食までの時間で何かしようと動き出した模様。明日は一応休養日だが、オーバーフローやら不測の事態が起きないとも限らない。
動画チェックとは、恐らくは今日の『反逆同盟』のダンジョンボス討伐シーンとか、他のチームの探索シーンの相互チェックだろう。それも有意義には違いなく、断る理由もない。
明後日に突入する予定の“三段峡ダンジョン”の事前チェックは、遠征旅行前に一応は済ませてある。本当に川沿いの山道ダンジョンで、歩き回るのに苦労しそう。
しかも出て来る敵は中~大型モンスターが殆どと言う。
かなり癖のある場所には違いなく、たった1日の休息でそんなダンジョンに挑むのもどうかと思うけど。『夢見』系のスキル所有者が、オーバーフローが近いと予見したらしく。
それ故の、こんな時期にも関わらずの遠征チームでの間引きとなったようである。ちなみにこのダンジョンは、20層以上は確実にあるそうで。
A級ランカーの甲斐谷チームでも、簡単に活動停止とは行かないかもとの事である。そしてここも広域ダンジョンで、ワープ魔方陣での移動が定番との話。
一応はB級ダンジョン指定だが、大型モンスターが多く魔素濃度によってはA級扱いを受けるそうで。この時期はA級ダンジョンの心意気で突入すべしと、前以て注意を受けている。
つまりはそんな厄介なダンジョンを、連続はしごする遠征旅行なのだ。
「護人叔父さん、いいお湯だったよっ! 動画チェックの前にお風呂入って来たら?」
「いや、俺は夕食の後でいいや……」
そんなやり取りの最中に、続々と部屋に入って来るお客さんたち。こんなに多いなら、会議室でも借りれば良いと思うのだが。
誰もそんなの気にせずに、モニターの準備を始める甲斐谷チームの面々。浴衣に着替えた子供たちと、同じく浴衣着のヘンリーが浮いているのはともかくとして。
どのチームから流そうかと、騒々しく会話が行き交っている。
――先程までの静寂はどこへやら、ミケも呆れて布団の山に避難するのだった。




