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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
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今年最後の青空市が盛況の中終わりを迎える件



 午後から降り始めた雪は、湿気もそんなに含んでおらずその点は安心なのだが。午後からも人の往来は激しく、ブースに居座る姉妹もちょっと不安そう。

 紗良は用意良く、ブランケットなどの防寒用具を2人分用意していたけれど。本格的に降られると、風邪の心配など始めてしまうのは仕方の無い事。


 とは言え、ブースも午後になって再び盛況振りを取り戻し。意外と探索者の訪問が、多くなって来てエーテルが飛ぶように売れると言う珍事が。

 いや、需要はある商品なのでこれは順当なのだろうけれども。3組のチームによって、5ℓあった薬品も綺麗に売り切れてしまったのは確かで。

 ついでにスキル書も、何と2枚も売れて紗良も姫香も大喜び。


 これも福の神のミケのお陰と、姫香ははしゃいで口にするのだけど。肝心のミケは、寒さを嫌がってキャンピングカーに籠ってしまっていた。

 その中では先月に続いて、A級ランカーの甲斐谷チームが護人を訊ねての密談中。紗良と姫香も中の会話を気にしつつ、途切れない客の相手に時間を取られて。


 エーテルを買って行ったのはニコルのチームで、その次に訪れた『ヘリオン』の翔馬がスキル書を2枚もお買い上げに。ギルド員で使って、駄目なら知り合いのチームに格安で譲るとの事で、それ程の損も無いらしい。

 それより彼は、甲斐谷の入って行ったキャンピングカーの中を気にしている模様。この町に来たのも甲斐谷と一緒だったようで、確実に何かの用事はある感じだ。

 堪らず姫香も、護人に用事かと問うてみるも。


「いやぁ、甲斐谷さんに交渉は全部任せてるからね……協会への推薦も、あの人がやってたから心配は無いと思うけど。君たちのリーダーって、あんまり町内以外の探索は前向きじゃない気がしてさ。

 そこがちょっと、気に掛かる点かなって」

「護人叔父さんは確かにそうだけど、何かダンジョン関係でそう言う話があるの? この冬の寒い時期に、また遠征話とかって誰でも嫌がると思うけど」


 確かにそうだと翔馬も思う、そこで何とか吉和と三段峡の現状を姉妹に説明して。覚えを良くするために、スキル書まで買い取る事になったのはアレだけど。

 『ヘリオン』は15人以上在籍する中規模ギルドなので、相性の合う者も出る確率は高い。決して無駄な買い物では無いとは思うが、何と言うかハキハキ物を言う娘ではある。

 でもまぁ、将を射んとする者はまず馬を射よとも言うし?


 そんな事を話していると、ようやく甲斐谷が車内から出て来た。それと同じタイミングで、売り子の交代要員の凛香と小鳩が裏の通りから歩いて来て。

 A級ランカーたちと鉢合わせ、思わずビビって硬直してしまう一幕も。同じ市内で活動していた筈だが、ランクの違いから接点も余り無かった様子。


 アレは何なのと驚きをぶつけられた姫香だけど、今では割と常連さんだ。そう説明するも、2人とも納得していない表情でどんな交友関係なのよと愚痴られる始末。

 それ程にA級ランカーの圧と言うか壁は分厚いのだろうか、姫香には良く分からないけど。その割には、キッズ達の護人に対する接し方はむしろ気安い気もする彼女である。

 もっと尊敬の念があっても、良い気がするのだが。


「あの人を尊敬って、それはさすがに無理……確かに良くして貰っているけど、女や子供に甘い性格はちょっと酷過ぎないか?

 姫香も香多奈も、よく我が儘女王にならなかったと逆に姫香を尊敬する」

「そっ、そこまで甘くは無いわよっ……私の進学の時とか、喧嘩もしたもんっ!」


 それを我が儘と言うのであって、結局は甘やかされていると凛香は思うのだが。敢えて口にはせず、それじゃあ尊敬する努力をしようと姫香に告げると。

 滲み出てる渋さとか、叔父さんにはある筈だと絡んで来る始末。厄介な奴だなとか思いながら、凛香はそんな姫香の子供っぽい所は大好きなのだが。

 それから数分に渡って、姫香の叔父さん自慢は冴え渡るのだった。




 一方、休憩に入った紗良は他の出店を林田兄妹と見て回っていた。偶然会っての合流だが、そこは色々と水面下での交渉が行われており。

 姫香や香多奈には優秀な護衛犬が付いているけど、紗良には相棒がいない点を心配して。他所から多数の人間の出入りがある中、狼藉ろうぜき者の心配をした姫香によって。


 実は秘かに、護衛依頼を受けていた友達の美玖である。兄のれんを引き連れて、偶然を装って紗良と合流して出店を一緒に見て回ろうと話を持ち掛ける。

 一応は業務中だけど、巡回警護なのでその辺は融通が利くとの判断である。そして現在、紗良が興味を示しているのは小さな企業のハーブ系の石鹼のお店だったり。

 確かに良い香りが、ブースの周囲に拡がっていて気分が良い。


「凄いね、美玖ちゃん……これいいな、家で使ってみよう。枕元とか、タンスに香り付けに忍ばせておくのも良いかも」

「本当だ、良い香り……ウチも買おうか、お兄ちゃん?」


 女の買い物に付き合わされている兄の錬は、不機嫌そうにいいんじゃないのと気のない返事。それでも気を害した感じも無く、美玖は色んな種類を購入して行く。

 紗良も負けずに、石鹸やドライハーブの類いを購入。


 その3軒隣のブースは、何と探索者チームが借りているブースだった。先月とは違うチームらしく、自己紹介から紗良はさり気なくお近付きになって。

 向こうもこの町で躍進している探索者チームと言う事で、チーム『日馬割』の事は知っているみたい。そんな彼らは、キャンピングカーでの根無し草チームらしい。


「九州や四国にも行くけど、メインは広島や山口や島根やね。景気の良さそうな地域に居座って、ダンジョンに潜って生計を立ててる感じかな?

 C級チームやから、そんな無理は出来んけど稼ぎはそこそこでね。あちこちで仲良くやらして貰ってるから、ここでもよろしく頼むでな」

「はあ、こちらこそ宜しくお願いします……」


 相手の勢いに押されつつ、挨拶を返す紗良ではあったけど。C級チームなら、腕はそこそこ良いに違いない。とは言え、ブースに並ぶ売り物はショボかったけど。

 来栖家ほどの幸運には、ドロップに関しては恵まれていないのかも。向こうのチームには紗良より年上の女性もいるけど、売り子さんは割と暇そうにしている。


 今後のお付き合いを想定して、特に欲しくない安物を購入しつつ。広島県周辺の情報などを、ちゃっかりと仕入れる紗良である。その手腕はさすが、本来は割と人見知りなのだけど。

 向こうもお喋りさんが揃っているようで、売れない商品よりもこちらの方が楽しいと感じたのか。結構な長時間、あちこちの市や町の現状などを話してくれた。

 そんな情報交換は、小一時間ほど続くのだった。



 姫香が凛香たちと店番をやっている間に、またもや大物がブースに顔を出して来た。前回も買い物をしてくれた、岩国市のチーム『ヘブンズドア』のヘンリーである。

 挨拶をして来た彼に対して、姫香も気軽に返事をしながらも。相変わらず大きいなぁと、変な感想で熱心に売り物を眺める外人さんを見遣るのだった。


 隣の小鳩辺りは、何故か緊張している感じだったけど。確かに一定以上の実力の探索者って、妙な威圧感のようなモノが存在するかも。

 それでも鬼がドロップした金棒を姫香が勧めると、笑いながらそれをブン回す愛嬌を示してからは。凛香も小鳩も、多少は心を許し始めたようで。

 愛嬌良く、あれこれと問答を繰り出せるようにはなって来たかも。


「ワタシの奥さん、日本人ネ……日本大好き、この前のかんざしとっても良かったネ」

「それならこの木製の独楽コマのセットとかどうかな……魔法の品だから、ちょっと高いけど。これはね、大きさによって回る時間が違うの。

 大きいのは3分きっかり回るから、タイマー代わりになるんだよっ!」


 オーっと、驚き顔で木製の独楽に食い付くヘンリー。交渉の末、破壊の大槌(震撃付与・中)とオーブ珠も一緒に85万円での買取が決定して。

 その姫香の手腕に、凛香と小鳩もビックリ顔だけど。紗良姉さんならもっと上手く売るよと、姫香はれっとした表情。実際、売り子は紗良が一番愛想が良くて上手かったり。


 その後ヘンリーは、ご主人に挨拶がしたいと言うので。護人のいるテーブルに案内して、姫香は交代の時間までのんびりと売り子に専念しての時間潰し。

 とは言え、お客はそんなに多くは寄って来ず。結局は凛香や小鳩とお喋りに興じて、気付けば紗良が荷物を抱えて戻って来て交代の時間。

 紗良は石鹸やドライハーブを買ったと、楽し気に報告して来る。


「うわっ、本当に良い匂いだね……凛香の所のも買ったら? 買って来てあげようか、今日の店番お手伝いのお礼にプレゼントするよ」

「あっ、多めに買ってるからこれあげるよ、凛香ちゃん。姫香ちゃんのお小遣いは、ちゃんと自分の為に使ってね!」


 などとわちゃわちゃしながら、姉妹での店番交代を滞りなく終わらせて。これからようやく、姫香が休憩のターン開始である。ツグミを引き連れ、まずは近場の屋台から探索を開始して。

 おやつの時間には少し早いけど、美味しそうな屋台があれば突貫をかまして行って。もちろん相棒のツグミの分も、多めに買い込むのを忘れない。


 そんな感じでうろついてると、不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと小柄な影が、中学の時の地元の後輩の女の子が手を振っている。

 手は降っているのだが、向こうから近付こうとしないのはひょっとしてツグミが怖いのかも。ハスキー軍団の強面こわもては学生時代から有名だったし。

 こんなに大人しい性格なのにと、姫香は相棒を内心で弁護するも。


 探索では敵をバリバリ倒す、戦闘マシーンなのも確かな事実。相手の女の子は椎名しいなめぐみと言っただろうか、朝の電車ではいつも一緒だった覚えがある。

 今までの青空市でも、長話はともかく挨拶はしてくれていた知り合いだ。


「姫香先輩の探索者転向って、学校でも凄い有名ですよっ! 動画もいつも観てます、今度サイン貰っていいですかっ!?」

「えっ、私は別に有名人とかじゃ無いし……探索者も儲かりはするけど、凄くキツイ職業だよっ? あんまり夢を見るなって、友達にも伝えといて?

 夏休みに私の同級生の男子が、病院送りになった話聞いてるでしょ」


 慌てながらそんな言葉で諭す姫香だが、後輩の恵はテンション高くご謙遜をとヨイショして来る。それでも近付かないのは、やっぱりツグミが怖いからだろう。

 通りをチェックしてても、今日はたくさん有名な探索者を見掛けましたと恵の報告に。この娘の探索者熱は本物かなぁと、戸惑いを隠せない姫香である。

 挙句の果てに、次に潜るのはどこですかと尋ねられ。


 そんなの知らないし、自治会依頼によるとしか答えられない。変なファンにまとわりつかれ、何とも調子を崩してしまう姫香であった。

 通っていた中学校に、こんな集団があると思うとゾッとしてしまう。夏休みの一件は、小さなこの町では割と大騒ぎになったのだ。

 それを思い出して、思わず頭を抱える姫香だった。




 今年最後の青空市は、広島市内からの人の流れも結構増えていたようだ。それだけ向こうの事情が落ち着いたってのもあるし、秋祭りの宣伝効果も大きいのかも。

 そう思うと感慨深いものもあるが、来栖家のブースの売り上げは意外な地区の来訪が作用する事に。何とお隣の町の自警団チームが、峰岸自治会長の伝手で訪れて来てくれたのだ。


 彼らも吉和のオーバーフロー騒動に、少なからず危機感を募らせていたらしい。それに対する防衛手段を、来栖家の販売ブースで強化したいとの事。

 とは言え予算は限られているし、なるべく大勢の隊員に行き渡らせたいとのお願いに。紗良は笑顔で予算の上限を聞き出して、それじゃあスキル書の相性チェックから行いましょうかと仕切り始める。

 久々の大口のお客さんだ、逃す手は無いと紗良の手腕は冴え渡る。


 それを眺めていた凛香と小鳩は、なるほどとさっきの姫香の言葉が腑に落ちた様子。紗良に言われるままに魔法の鞄から武器や防具を取り出して、机の上に並べて行きながら。

 薬品系も揃えましょうねと、紗良のコーディネートは冴え渡る。結果、ダブついていた武器や防具のストックは半分以上売り払われてスッキリした来栖家の在庫。

 とは言え、向こうの意に沿う販売実績に凛香は唸るしかない。


「凄いな……紗良姉さんは、ひょっとして商売の神か何かか?」

「凄いね、あれだけ綺麗に売れると逆に清々しいよね!」


 30分に渡る商談の結果、スキル書2枚に短弓や大弓や予備の矢束、鋼の槍や大盾や小剣の類いがセットで売れて。おまけにと、ポーションやエーテル類を付けて締めて65万円。

 隣町の自警団も、こんな一気の強化は初めてだった様子で。新たにスキルを取得した2人ともども、かなり舞い上がっている模様である。


 何にしろ、この年末に大口の商談が纏まって両者ともホクホク顔で良かった。それを後ろの席で眺めていた護人と峰岸自治会長も、紗良の手腕には舌を巻く思い。

 子供の成長っていざ目にすると凄いなとか、そんな事を胸中で思いながら。A級探索者の甲斐谷によってもたらされた、新たな依頼に思い切り悩みまくりの護人である。

 それにしても、この冬に豪雪地帯への遠征とか。





 ――冬くらいは寛ごうよと、根っからの農家気質の護人は思うのだった。






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[一言] 探索者になった内部事情をかいつまんで話して、オーバーフローに備えて地元の砦になりますって言えばよかったのに… それができないからダメな保護者なんスよねぇ、この人
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