表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
192/857

広島周辺の探索者&ダンジョン事情その8



「ダンジョン学と言うのは、大半が推測を立ててそれが本当かを実証して行く作業なのだがね。残念ながら、その実証がとても難しい学問でもある訳で。

 そりゃあ、回収が容易な薬品類に関してはそこそこの実績は積んでは来れたんだがね。魔法やらダンジョン自体の存在意義に関しては、てんで検証が進んでいないのが現状なのさ。

 それを堂々と、まかりなりにも生徒に話して聞かせるなんてとてもとても」


 そう話す小島博士は、いつもの様に上機嫌で口元がとても緩やか。香多奈がダンジョンについて教えてよと、気楽に話を振ってのこの回答である。

 それで話してくれないのかと思ったら、なおも言葉は延々と紡がれて行く。つまりは、考察の類いは研究者の数だけあって、その中の有力な推測は覚えておいて損は無いよと。


 ダンジョンなるモノが出来た経緯は、色々と言われているが世界同士の衝突のエネルギー説が有力だ。地球を始めとする星が誕生した際にも、膨大なエネルギーが発生していたのは今や有力な説で。

 その時のエネルギーが、世界を股にかけた生命体を誕生させたのではと、多くの学者が仮説を立てており。その生命体はある程度の知性と言うか思考力を持っていて、生存本能に関してはずば抜けているんじゃないかと。

 研究者によっては、その本体は魔素そのものでは無いかと唱える者もいる。


 まぁ、魔素が何なのかと言うのも、まだ分かっていない未知の分野には違いないのだけれど。しかもそれは、“変質”に関連する重要な研究案件でもある。

 こちらは医学分野とも絡まって、解析が特に急がれている。


「そう言えば、ウチの叔父さんも“変質”チェック受けなさいとか、“変質”してたから学校休みなさいとか、最初は色々とうるさかったかなぁ?

 今は何にも言われないけど、友達には“変質”の事黙ってなさいって言われてるよ」

「うむっ、一般に広めるのは現状では得策では無いかもなぁ。何しろ今までの歴史は迫害だらけじゃ、人は他者と簡単に壁を作ってしまう生き物なんじゃよ。

 人種や性別や職業や生まれ、今は病気にカテゴライズされている“変質”もまたしかり……探索者に関しては、必要悪的な考えの者も多いそうじゃが。

 その内に時代に淘汰されるのは、“変質”していない旧人類なのかも知れんぞ?」


 そんな危ない発言を、茶目っ気たっぷりな表情で口にしてしまう教授である。近くではゼミ生が、ヤレヤレと言う表情で小さな生徒との問答を見守っているけど。

 ダンジョンと魔素の問題に関しては、小島博士ゼミでも最重要案件で解析に勤しんでいる問題でもある。そして徐々にその数を増やして行くダンジョンに、危惧感を抱いている有識者も実は多くて。


 十数年後には地球は不味い状況に陥ると、地球脱出計画がお偉いさんの間では進められているともっぱらの噂である。そのせいでダンジョン産の魔石やら鉱石が、高値で売れているのは何たる皮肉だろうか。

 それにしても、彼らが稼いだお金だか生命に執着する活力は本当に凄い。意地汚くも思えるが、その金を少しでも研究費に回して欲しいと常々思う小島博士である。

 そんな愚痴は、少女には何の興味も抱かせなかったけど。


 宇宙には、自分も将来行きたいよねとの、的外れな感想だけは貰う事が出来た。そりゃあそうだ、未来には無限の可能性がある……何も宇宙空間は、金持ちが逃れるためだけの場所では決してない筈だ。

 そして同時に、ダンジョン増殖も滅亡へのカウントダウンでは無いと信じたい。向こうの世界もほぼある事が判明したし、異世界交流から解決手段も見つかる可能性も。


 現在は小さな淑女(妖精ちゃん)のみとしか遭遇していないが、将来的にはもっと多岐に渡る異世界生物と交流を果たして。学問として異世界の在り方を、証明して行きたいとも小島博士は思っていたり。

 妖精ちゃんに関しては、そんな異世界を渡るモノ好きは結構いるだろうとの突き放した言い方だったけど。別に研究に協力する事自体は、やぶさかでもない様子である。

 彼女はこう見えて、幼いモノへの面倒見は結構良いのである。


「そう言えば、ダンジョンが生き物なら何を食べて生きているのかな? 宝箱とか魔石とかは、どうやって生み出されているんだろうね?

 あとはモンスター、アレって何なんだろうねぇ!?」

「そうじゃな、お嬢ちゃん……疑問を持つ事は仮説を生み出す事にも繋がる、研究者にとって最も大事な思考の一つじゃよ。

 お嬢ちゃんは、将来は立派な学者になれるかもなぁ」

「私は叔父さんとかお姉ちゃんみたいな探索者になるから、学者は別にいいや」


 見事にフラれた教授だが、全く気にはしていない様子。ダンジョンは捕食者の一面も持つし、魔素を生み出す繁殖者の側面もある。モンスターは倒すと魔石になるし、魔素が無い場所では行動が極端に鈍る。

 そう言う彼らのパターンを読み取ると、色々と見えて来るモノも当然あって。宝箱は捕食者のダンジョンが、獲物をおびき寄せるための餌なのかも知れないし、違うのかも知れない。


 魔素にしても、現在の人間にとっては迷惑だが、将来は世界に馴染んで必要な要素の一つとなる可能性もある。魔石もポーションもエネルギーの側面を持っており、ダンジョンがそれを生み出してくれているのかも知れないのだ。

 だとすると、ダンジョンこそが新時代のエネルギー施設になり得るのでは?


 人間の欲望の1位は、やはり健康体での長寿に他ならない。最近の探索の成果で、“若返りの霊薬”がダンジョンの高級素材から生成出来ると発表されたのだった。

 そのお陰で、一時期探索者の数が倍増したり、有名な霊薬素材の『ガマの油』や『賢者の石』が1千万以上で落札されたりと噂になった。香多奈は辛うじて、『ガマの油』ならウチにあるよと口にするのを我慢出来て。


 そんな自分を内心で褒めながら、ウチって案外金持ちなのかもと思う次第。ただまぁ、それを発現したら厄介ごとに巻き込まれるのは何となく理解して。

 お口チャックで、何食わぬ顔を装う事に成功して。


 要するに、ダンジョンの正体は分からないけど、将来的には生活に欠かせない存在になるかもで合っているのかと。教授に推測のまとめをお願いして。

 自分としては、ダンジョンは修行の場でもあるし、出会いの場でもあるんじゃないかなと持論を披露してみる。だからダンジョンは面白いし、色んな人が集まるのだ。


 中には欲に塗れた人達も押し寄せるけど、何だって例外はあるのだ。多分だけど、今後はもっと楽しい出逢いとか素晴らしい経験が、あの中で待ち構えているに違いない。

 そう言うと、小島博士はとても良い笑顔で親指を立てて。お嬢ちゃんの仮説は考える余地がとってもある、素晴らしいモノだと褒めてくれた。

 それを聞いて、少女もニッコリ笑って研究職も良いなと簡単に前言を翻す構え。


 ――小さな評論会は、こうしてのんびり続くのだった。









 向こうの戦士団には深く関わらない方が良い、それがムッターシャの出した結論だった。一度ならず話し掛けようとしていきなり襲われた、連中は割と獰猛な種族のようだ。

 まぁ、モンスターと勘違いされた可能性も、割と高いかも知れないけど。それでも会話の余地くらいは、充分にあったのではなかろうか。


 チームとしてのそんな方針に、仲間も軽く了承してくれたけど。それだと、異世界の知性体とのコンタクト依頼は、クリアするのが難しくなってしまうかも。

 取り敢えず、異世界ダンジョンには随分と慣れて来た“皇帝竜の爪の垢”チームである。その腕前だが、10層程度までなら1時間とちょっとで楽に降りられるようになって来ていて。

 それにより、稼ぎもそこそこ安定して来て良い調子。


「でもさリーダー、向こうに行く当てが何となく分かって来たけど、向こうの生命体と会話が出来ないのは致命的だニャ!

 これじゃいつまでたっても、コンパクト依頼は無理ニャ!」

「コンタクト……接触って意味ね、ザジ。確かに向こうの戦士は、喧嘩っぱやい奴らが多いみたいだけど。いつかはきっと、友好的な戦士団に出逢えるんじゃないかしら?

 私の予感によると、恐らくはもう2~3か月先くらいには」

「お前の予感は良く当たるからな、リリアラ。3か月先か、その位には恐らく魔法アイテムも随分と集まって、魔石やポーションの在庫もたくさん増えているだろう。

 今回の異世界ダンジョンはたった15層だったから、また移動してもっと深い奴を見付ける所から再スタートだな。

 面倒だけど、また街に戻って情報を仕入れなきゃ」


 彼らは何度かの探索結果から、異界のほつれは15階層以降から見付かりやすいのを知るに至って。深いダンジョンを探し回っているけど、それもなかなかに大変で。

 浅いダンジョンにはそもそも用は無いし、深いダンジョンから異界を渡っても、異世界の知性体に敵とみなされて刃物を振るわれる始末。


 もう1つの依頼である“大喰らい”の捜索も、ここ数か月はパッタリと情報も途絶えて久しい限り。恐らくどこかのダンジョンに潜伏しているのだろうが、同業からの発見報告は全く上がって来ない有り様である。

 ある程度の範囲にまでは絞られているが、異世界ダンジョンと言うモノは月日と共に増えて行くものでもあり。

 依頼の遂行は、結局どちらも未だ至っていない“皇帝竜の爪の垢”チームである。


 ――かくして今日も、それを見付けるために潜る3人と1機であった。









 西広島の『予知夢』スキル持ちの高坂ツグムの、最新の占いが吉和支部の探索者支援協会に届いた。それによると、相変わらず“三段峡ダンジョン”は危ないそうだ。

 大物のワイバーンや亜竜の類いが、わんさか近辺の空を覆いつくす画像が見えるそうで。それを防ぐための戦力は、しかし吉和には存在しないと言う。


 何故なら、新しく出来た“もみのき森林公園ダンジョン”のオーバーフロー騒動が、未だに片付いていないから。その問題は切実で、“大変動”以降に増えた住民は安心して眠れない毎日を過ごしている。

 その騒動の沈静化に、吉和在住のギルド『羅漢』は掛かり切りになっており。とても“三段峡ダンジョン”の間引きに回す戦力は、残っていない有り様なのだ。

 探索者はどこも人手不足、それは今も昔も変わらずだ。


「しかし、よりによって新たな予言が2つも出て来るとは……全く、ひょっとして西広島エリアは、とんでもない何かに呪われてるのか?」

「ダンジョン事情はどこも似たり寄ったりだよ、岩瀬支部長。探索者不足も同じ、本質はそれだけの話でしか無いよ。

 呪われてるのは、むしろ地球全体だろう?」


 自嘲気味にそう呟くのは、ギルド『羅漢』のギルマスの森末だった。連日の出動と激務で、今や見る影も無くやつれ果ててしまっているけど。

 こうやって、連絡だけはマメにこなして有事に備えているのは立場故だろうか。


 それにしても、今回の予知夢は前回と較べると難解な内容である。まず1つ目は奇妙なダンジョンの出現らしい。しかも西広島エリアで、新造の癖に20階層を超す規模なのだそうで。

 そんなダンジョンなど、今まで聞いた事は無い……新造ダンジョンと言えば、深くて5~7層と相場は決まっている。

 しかもそのダンジョンは、拡張し続ける性質があるそうで。


 厄介な事に、その件を追って異界の戦士たちがこちらの世界にやって来るそうな。彼らは手練れで、そこを“喰らうモノ”と呼称して殲滅に励むようで。

 その風変わりなダンジョンを放っておくと、こちらの世界も喰われてしまう可能性が出て来るそう。予知夢にしては、奇妙な程に対策も告げられているのは何故なにゆえか。

 とにかくそれは、西広島の規模では収まらない災厄なのだそう。


 それからもう1つ、こちらも恐らくは世界規模の異変が近々訪れるのだそう。それは恐らく瀬戸内海エリアに出没し、“大変動”並みに世界を混乱に陥れるそうで。

 いや、そんな規模の異変が世界に同時に訪れると言う証なのかも知れない。つまりは、この地域では代表して瀬戸内海エリアに《《何か》》が出現すると言うだけの事で。


 それが何かは、『予知夢』を持つ高坂ツグムにも分からないそうだ。ただし世界と世界が繋がった際の、あの“大変動”と同等の混迷のイメージはハッキリと窺えると。

 それが本当なら大事である、西広島だけの問題では済まない訳だが。広島市の“巫女姫”は、果たして同じイメージを現状で共有しているのか。


 ――それが分かっても、森末には打つ手が全く無いのが問題ではあるが。









 戦士団に“大喰らい”と呼ばれていたモノは、昔から狩りたてられる存在だった。彼に出来る事は、モンスターに次々と寄生して逃げる事くらいで。

 元はアメーバ型の寄生虫、それが“大喰らい”の正体だった。知性は低く、ただし生存本能だけはやたらと高い存在、そんな彼が最終的に逃げ込んだのが“異世界ダンジョン”で。


 皮肉な事に、それがただの逃亡者だった彼の運命を決定付ける選択に。そのダンジョンはまさに生まれ立てで、彼を捕獲しようとするモンスター群も雑魚ばかりで。

 彼はそれらを喰らい尽くし、最終的には魔素の取り組みにも成功した。こんな報告は、実はあちこちであって珍しい現象では無かったのだけれど。

 彼がソレ等と違ったのは、コアまで喰らってしまった点だった。


 つまり彼は、新造ダンジョンとの戦いに勝利したのだ。そして新たに、ダンジョンとして成長する権利を得て。当然の如く、彼は生き延びる為に拡張をし続けた。

 魔素が流れ込むルートなら、彼は自然と上手く嗅ぎ分ける事が出来た。それが更なる成長を手助けして、彼はどんどん大きくなって行った。


 追い立てる存在が常に背後にいるのを、彼は以前の記録から理解していた。捕まらないように上手に生き延び、そして彼は唯一無二の存在となったのだった。

 ただし、そんな彼にも弱点はあった……ダンジョンコアだけは、誰の目にも触れさせてはいけない。その焦燥感は、彼を更なる成長へと導いて行く。

 かくして奇妙なダンジョンは、誰の目にも止まる事なく成長を続ける。





 ――異界同士が、繋がりを見せるその日まで。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ