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田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件  作者: マルルン
1年目の秋~冬の件
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広島周辺の探索者&ダンジョン事情その7



 意思のある宝石は悩んでいた、彼の人生は常に孤独な思考に彩られてはいるけど。こんなに悩んだのは、意思を持って以来初めてかも知れない。

 どうしようかと言う疑問符が、心の中で産まれては消えずに底の部分に堆積されて行く。いや、心に地面や天井があるかは彼にも分からないけど。


 問題は幾つかあった、大きく分別すると主に2つだけど。まず初めは、どんな形で産まれて来るべきか……せっかく相性の良いご主人に巡り合えたのに、何故自分は卵の形になった?

 剣のままで良かったのなら、この悩みはそもそも発生しなかったのだが。ご主人候補にいらないと拒絶されるなど、彼は思ってもいなかったのだから仕方が無い。

 青天の霹靂へきれきだ、ある意味その後の襲撃は考える時間として有り難かった程。


 ご主人候補の興味と言うか心の中は、まるで片付けられていないおもちゃ箱のよう。あっちこっちに楽しみや大切な想いが散らばって、まるで収集のつかない遊び場状態で。

 遊具は豪華なのもあれば、星の形の砂場があったりバラバラだ。


 そんなご主人候補の心の中で、豪華な剣より明らかに上位にあったのが“卵”だった。どうも並々ならぬ思い入れがあるようで、直近でもその価値の高さは燦然さんぜんきらめいていて。

 持ち帰って貰えないよりは、そっちの可能性にすがろうとの思考がその形への変化に踏み切らせたのだが。そのツケが、現在進行形で彼に襲い掛かって来ているのだ。

 つまりは、どんな形で産まれて来れば良い?


 ご主人候補の少女の頭の中では、その形は完全にニワトリ一色で占められていた。だが彼のプライドは、そんな形で産まれ出るのを思いっ切り拒否していて。

 せめて万物の生命の頂点のドラゴンだろう……少女の中にも、確かにその選択肢は存在していたのだけど。家に入り切らない大きさは嫌だなとの、冷静な思考の欠片も発見していて。


 かくして葛藤は続く、ってか元々意志を持つ異界の生き物の存在が、この家の中には多過ぎるのも要因の一つで。そして新入りの自分に対して、縄張りを主張して来てとても居心地が悪い。

 いや、縄張りを主張しているのは他にもいて、胡乱な目で見られるのが日常的ではあるこの空間は如何なモノか。特にここのボスである、ニャーと鳴く生き物は容赦が無い。

 てめぇ、ウチの子供達に危害を加えたら、タダじゃ済まねぇぞ的な威圧感。


 そんなつもりは毛頭ないし、彼は彼なりの秩序を重んじてはいるのだが。壁を這う赤い異世界生物からも、自分の主に手を出さないでと嫉妬の感情を叩きつけられ。

 そんな悩ましい境遇が、言ってみれば2つ目の問題だろうか。紆余曲折の末に辿り着いた場所が、まさかこんな込み入った環境だとは。


 まるで大家族に婿入りした若旦那のよう、そんな知識は意志を持つ宝石には無いのだけど。立場が弱いのは本当で、どうするべきかと悩みは深かったり。

 ただし、卵の形を取って良かった点も幾つかあるのは確か。例えば今まで感じた事の無かった温かみ、人の体温に触れる経験を得た事だろう。

 少女に抱かれて眠りについた、その経験は今まで一度も無かった事で。


 それは彼の本質に、化学反応の様な変化を与えたのだった。家族の一員でいる事、守って護られて大切に育てられる事……そんな体験を、少女の過去の経験から追体験して。

 意思を持つ宝石は、知らぬうちに“愛情”という特別な感情を身につけて行く事に。


 ――要するに、彼が孵化うかするまでもう少し時間が掛かりそう。









 探索者と言うか戦士団は、実は向こうの世界にもちゃんといて。彼らも現状、やっぱりそれなりに混乱はしていた。こちらの世界の“大変動”に相当する異変以降、ダンジョンの数が激増して。

 元々あったダンジョンと決定的に違うのは、そこに棲まう敵の質だろうか。天然のダンジョンと違い、そこの敵は倒すと魔石に変化するのだ。


 向こうの世界の戦士団は、元から剣や魔法や肉体で戦う術を身につけていた。その新しく生えて来たダンジョンにもすぐ対応して、そして魔石やポーションの有用性にもいち早く気付く事となって。

 挙句の果てには『彷徨う戦士団』と言う、そのダンジョン専門の職業すら出来上がる始末。まぁ、戦士団と言っても魔術師や弓使いやシーフなども在籍しているのだが。

 それらがパーティを組む事もあり、解析も少しずつ進んで行って。


 最新の分析では、この“異世界ダンジョン”は、文字通り別の世界との通路的な役割を担っているらしい。しかも魔素によって成長するし、ある程度の知能もあるそうだ。

 例えば宝箱を設置して、それを欲する生物を招き入れるとか。罠や階層ボスを配置して、適度に難易度やら達成度を調整するとか。


 しかも最大の弱点のダンジョンコアも、破壊は出来ても時間が経てば魔素を吸って再生してしまう。世界同士が衝突したエネルギーから生じた問題は、暫く収まりそうもない。

 そしてその異世界の知的生命体と、接触を図った部族も出始めるに至って。“異世界ダンジョン”ブームは、彷徨う戦士団だけでなく各部族の好奇心旺盛な学者たちにも広まって行き。

 お陰で戦士たちの仕事は、盛況で食いっはぐれる事も無くなった。


 それは良いのだが、多岐に渡る性質のダンジョンを攻略して行くのは、やはり並大抵の努力では無く。何しろ既存するエリアだけで、『遺跡型』『フィールド型』『迷宮タイプ』『洞窟タイプ』と色々なタイプが存在するのだ。

 それを攻略する『彷徨う戦士団』の技量も、それなりの水準を求められるのも当然で。そんな中、たった3人と1機だけで異世界に到達した有名チームが出現した。


 その名も“皇帝竜のつめあか”と言って、その活躍と名声は確かに“大変動”以前からある程度轟いてはいた。ただし、ここまでの躍進など誰も考えてもいなかったのも事実で。

 大半はただの偶然だろうと思っている感じで、それは概ね間違いでも無かった。それでも王国と魔導研究機関の目に留まるには充分で、密命まで承ったとの噂が流れ。

 やっかみと共に、そのチーム名は広まって行く事に。


「んで、リーダー……密命を2つも受けちゃったけど、それに素直に従うニャ? 1つは凄く厄介じゃ無いかニャ、伝説の“大喰らい”の討伐だなんて」

「そうね……そんな奴が異世界ダンジョンに入り込むって、ある意味凄い厄災よねぇ。何しろ奴は、恐らく魔素まで貪欲に取り込む事が可能ですもの。

 今じゃ、一体どんな姿に変貌を遂げているやら?」

「怖い事を言うな、リリアラ……お前の予言は、やたらと高確率で当たるからな。口にするなら、もっと穏やかな感じに変換してくれ。

 それから、俺達チームの行動指針だが、基本は変えずに行こうと思う。異世界ダンジョンに潜って、まずは力と薬品と金と装備をチーム全員分得る。

 話はそれからだ、どちらの任務をこなすにしてもな」


 そう言い放つのは、“皇帝竜の爪の垢”のリーダーを務めるムッターシャと言う名の中年男だった。彼は異世界ダンジョンの構造に興味を持っており、それ以上にそこから得られる自身のパワーアップに心酔していた。

 ドロップも薬品や魔法アイテムと質が良く、これまた自身を高めるのに最適な環境である。そんな彼の言葉に、なるほどと頷くネコ耳少女。


 彼女はまだ若く、チームではシーフ任務を担う猫獣人の短刀使いである。短弓も少々扱うし、チームの在籍歴こそ短いが信頼は厚い仲間の1人で。

 思えば“皇帝竜の爪の垢”の躍進理由も、彼女の加入が大きいのかも。


 それからリリアラと言う名の、外見は随分と小柄な少女に見えるけど。実は御年350歳の、長寿の半妖精の魔術師が正体の女性。髪は緑で特徴的、その上に杖とローブと魔術師帽の3点セット。

 リーダーのムッターシャとは長い付き合いで、クリアしたダンジョンも数知れず。それを影からサポートしているのは、彼らに常に随伴する魔道ゴーレムで。


 ズブガジと名付けられた、濁点だらけの名前の魔道ゴーレムである。外殻は格好良くて戦闘能力は抜群、弱点があるとすれば話せない事くらいだろうか。

 大きさは人間サイズで、行動に魔力を消費して動くタイプである。最近は異世界ダンジョンの魔石でも稼働が出来るようになって、その有用性は飛躍的に向上している。

 そんな訳で、異世界ダンジョンは彼にとっても宝の宝庫なのだ。


「でもズブガジのグルメにも参っちゃうニャ、最近は大きいサイズしか受け付けなくなっちゃってるニャ! これで色の指定までされる様になったら、こっちは物凄く大変ニャ!」

「まぁ、その程度の我が儘は可愛いモンだと思うけど……こいつには戦闘で助けられてるし、最近は10層まで下るにも1時間ちょっとで行けるようになったしな。

 魔石(大)も、定期的にゲットする日はもう近いぞ?」

「そうね、こんな順調な探索チームになるなんて、昔は想像出来なかったけれど。なったらなったで、無理やり密命を受けさせられたりで、人生って儘ならないモノねぇ」


 などと語り合う3人と1機は、今は野外でキャンプ中である。人里離れた場所に生えた異世界ダンジョンに潜るため、日中移動しての安息の地に。

 焚火を囲んで喋りながら、夕食が出来上がるのを待つ時間。危険な魔物の接近は、大抵はズブガジが察知してくれるので野外でもそれ程の心配はない。

 そしてそれぞれが、明日潜る予定の異世界ダンジョンに思いを馳せ。


 ――それぞれの牙を秘かに砥ぎながら、じっと解放されるときを待つのだった。









 実を言うと、夏以降の広島市の治安は全く宜しくは無かった。それが自警団を始め、市内に所属する探索者チームに大きな負担をかけており。

 そんな中、A級ランカーの甲斐谷率いる『反逆同盟』が、無理して西方面へと出向いたのにはそれなりの理由が存在して。ってか、無理して出向いて本当に良かった。


 それなり以上の収穫はあったし、うっかり祭りの雰囲気まで堪能してしまった。本当はチーム員全員で遊びに行って、半日どころか2日とも滞在してリフレッシュしたかったのだが。

 時勢がそれを許してくれず、全く自衛隊を辞めてからも忙しさに圧し潰されそうな日々である。まぁ、使い捨ての駒のように消耗させられるよりは、余程現状はマシだけど。

 とにかくその武具の獲得に、満足げな燿平ようへいの満面の笑み。


「いやぁ、楽しかったなー青空市! もう少し歩いて回りたかったよ、噂では日曜日に神楽もあったんだろ、そっちも観たかった!」

「そうよねぇ、いつか広島市でも復活出来たらいいわよねぇ……5月のフラワーフェスティバルとか、夏の太田川の花火大会とか。

 でも新しい鎧が見付かって、ほんとに良かったわね、燿平」


 まぁなと答える燿平は、現在その鎧を着込んでのパトロール中である。目の前にはほぼ壊滅状態の宇品港が、その奥には穏やかな瀬戸内海が拡がっている。

 この宇品港の惨劇は、つい最近の大型モンスターの襲撃によるものだ。海洋性の手強いドラゴン級の野良モンスターで、それを倒すのに燿平の鎧は犠牲となって。


 盾役を担う彼の装備は、結構な頻度で大きく破損するのが常である。その時は予備も含めて、彼の持つ装備は綺麗に無くなって焦っていた所。

 懇意にしていた協会の伝手で、こんな装備が鑑定に上がってますよと秘かに教えて貰って。ただまぁ、それは思いっ切り個人情報の漏洩に他ならず。

 迷いながらも、実はそれが西広島の知り合いの探索者だと判明して。


 知り合いと言っても、ほんの1度興味があって青空市を覗くついでに話しただけだ。こんな反則での裏情報の取得を、快く許して装備を売ってくれるかは別の話で。

 とは言え、放っておいたら燿平は、新装備が見付かるまで木偶の坊のままである。それはチームとしても戦力がた落ち、決して放置して置くべき問題ではない。


 そんな訳での恥を忍んでの小旅行で、相手に本当の事を切り出しにくかったのは事実だけど。幸い向こうは特に咎めもせずに、快く罪を許して鎧を販売してくれたのだった。

 逆にビックリして、10層程度でのドロップ品なのだと戸惑っていたりして。それが本当だとしたら、とんでもない豪運を持つ探索チームには違いない。甲斐谷が目を付けていたのは、犬猫ペットを探索に同行しての破天荒な印象からだったのだが。

 成長速度も、実は驚くべきスピードなのも紛れも無い事実で。


 向こうはやたらと謙遜していたが、こちらも潜って25層程度がやっとである。3日連続の探索は、魔素の関係で身体と精神に大きな負担となるのだ。

 その点、変質の壁を乗り越えたペットの存在や、何よりAIロボの活躍動画には毎度ビックリさせられる。チームでは主に燿平が、動画のファンで熱心に視聴していたけど。


 甲斐谷にも、青田買いでは無いが将来のパートナーと見初める期待株に見えて来て。それは“巫女姫” 八神 真穂子(まほこ)も同様らしく、口止め料と称して結構なお金を支払っていた。

 ひょっとして、今後あのチームとの繋がりが視えていたのかも知れない。現状は広島市の治安状況は余り宜しくなく、遠征に出向く暇など無さそうだけど。

 それでも大物の討伐後、少しずつ敵の攻勢も落ち着きを見せ始め。


「本当に、大型モンスターってのは特撮映画の怪獣みたいだよな……大きな建物とか船とかを目のかたきにして、片っ端から壊して行きやがって。

 まぁ、大方討伐は終わったみたいだし、鎧を壊された甲斐はあったかな?」

「協会の依頼の、水耐性の装備も買えたし良かったわよね。でも小物の数は相変わらず多いし、ダンジョンの場所が特定できないとイタチごっこのままよねぇ?」

「ダンジョンが海の中だと、相当に厄介だよな……まぁ、海外だと町ごと滅んだ地域もあるって話だし、日本はまだマシだと思いたいよな」


 リーダーの甲斐谷の話題振りに、そうだよねぇと頷く2人であった。見渡す半壊した港は、敵の姿も見当たらず一見すれば平和そうだけど。

 破壊された痕跡は至る所に及んでいて、過去にあった壮絶な戦いが容易に思い浮かぶレベル。そんな戦いを幾つ潜り抜ければ、彼らの望む平和な時が訪れるのか。





 ――それは恐らく、“巫女姫”のスキルをもってしても窺う事叶わず。







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