来栖家の隣人事情が賑やかになって行く件
子供たちの喋り声で、帰りのキャンピングカーは相当に騒がしかったけど。それもその筈、7人もの新人さんが町の景色を見て騒ぎ立てていたのだ。
しかも田舎のお祭りの準備の風景である、彼らの琴線に触れるのは当然で。しかしそれも、車がどんどん山の中へと入って行くと自然と静かに。
子供の声で、本当の魔境だとの呟きが聞こえた気がして。何となく申し訳の無い気分になる護人である、まるで騙して山奥の秘境へ子供を連れ込んだような。
いや、自分達はそんな秘境で何の不自由も無く(いや、不自由はあるが)過ごして来たのだ。幸いにも年少組の2人は、ハスキーの触り心地に夢中で外の景色には気付いていないけど。
これ買い物とかどうするのとは、どうやら小鳩と言う名の少女の言葉らしい。
「ウチの白バン使っていいよ、誰か運転出来る人いる? いないなら練習して、覚えるまでは私が運転手やってあげるよ。ついでに隣町の大きいスーパーとか、生活に必要なお店の場所覚えなきゃね。
取り敢えずは、家の中を片付けて生活出来るようにするのが先かな?」
「お隣に、これも今月越して来た大学教授とそのゼミ生が民泊移住して来てるから。その人達とも仲良く助け合って生活してくれればと思ってる。
ついでにそのゼミ生達が、勉強教えたりもしてくれるから。後はそうだな、香多奈って名前の10歳の子がいるから、仲良くしてやってくれ」
「香多奈は元気で良い子だぞ、和香や穂積ともきっと仲良くなれるだろう」
そう請け合う凛香だが、元気しか褒める所が無いんだよねぇと姉の余計なツッコミが。それよりも色々と生活面の質問を飛ばすのは、どうやら小鳩がメインみたい。
この14歳の小柄な娘が、どうやらチーム『ユニコーン』の家計を握っているらしい。そばかすが可愛い眼鏡っ娘だが、探索にも参加しているとの事で。
茶髪の隼人は凛香からエースだと紹介されていたが、どうやらもう1人の“変質”持ちは彼のようだった。そう言われれば、左半身の肌色が灰色掛かっていて左右の瞳の色も違う。
凛香の話では、探索中に時折“破壊衝動”に駆られる事もあるそうだ。厄介な案件だが、今まで仲間をそれで傷付けた事は無いと言う。
ってか、隼人がいないと探索も儘ならないのが『ユニコーン』の実情らしい。
もう1人の14歳の譲司は、前衛も後衛もこなす便利屋だそうだ。魔法スキルも覚えているそうで、冷静で物静かなタイプらしい。
13歳の慎吾《慎吾》は『探知』スキルしか持っておらず、荷物運び役が定位置だそう。チーム全員に言えるが瘦せ型が多い中、一際瘦せ細っている印象の子である。
恐らくだが、成長期に栄養が足りてなかったのだろう。そう思うと本当に不憫だが、逆にこの田舎生活でどれだけ体重が増えるか楽しみでもある。
護人はその点は、確信に近い自信を持っていた。
などと考えている内に、車は無事に目的地へと到着。紗良の元実家前では、彼女と香多奈と隣に住むゼミ生達が出迎えに出てくれていた。
掃除は予定通りに終わったのか、紗良は満面の笑みでキャンピングカーに手を振っている。そして車を降りて来る集団に、同い年の子供を発見した香多奈は。
ワクワクを通り越して、興奮度マックスな表情に。
「さあっ、着いたぞ……君たちが新しい家を気に入ると良いが。取り敢えず荷物を運び入れて、今夜を過ごせる環境を整えてくれるかな?
夕食については、今夜は歓迎会と言う事でウチで食べよう」
「わっわっ、こんにちは初めましてっ? えっとね、日馬桜小学校の五年生の、来栖香多奈ですっ!」
舞い上がる香多奈の自己紹介は、残念ながら生温かい空気でスルーされたけど。興味深そうな視線が、年少者の和香と穂積から送られてはいた様子。
そこからは片付けられた家屋を、更に住みやすくする作業を約1時間。使える布団を持ち込んだり、他の家屋から使える家具を運び込んだり。
その作業の合間に、どうやら年少組2人と無事に仲良くなれた様子の香多奈。子供の垣根って、本当に小股で飛び越えられる程に低い模様である。
他のチーム『ユニコーン』のメンバーも、程々に紗良や姫香やゼミ生達と打ち解けて来てはいる様子。共同作業って素晴らしい、身体を動かしながら自然に話も弾むと言うモノ。
そうこうしている内に、片付けも一通り終了。
「よしっ、これで今夜はここで一夜を越せるよねっ! 子供ばかりで心配だったけど、何とかなりそうで良かったよね、護人叔父さん」
「子供って……姫香と私は同い年だぞ」
思わず呟く凛香だが、その心配は護人も同様だったので敢えて突っ込まない事に。もちろんその未成年集団が生活して行くのに、来栖家としてもサポートして行く予定ではあるけど。
小島博士とゼミ生達のお手伝いも、相当に期待しているのも確かで。そんな訳で、今夜の歓迎会には博士とゼミ生も招待する事に。
その準備にと、紗良は一足先に来栖邸に戻って夕食の準備を始めている。こんな時こそバーベキューの方が、幾分か準備は楽だったのだろうけど。
時期的に既に寒さが酷い山の上では無理、今回は普通にお料理をたくさん並べる事に。美登利がお手伝いを買って出てくれて、本当に大助かりの紗良である。
途中から姫香も加わって、総勢16名分の料理作り。
メインはみんな大好き唐揚げを、とにかくたくさん揚げまくる。それを姫香に任せて、紗良は大根を煮たりキャベツでポトフを作ったり。
とてもごちそう料理では無いけど、護人もそれで良いと言ってくれたし。そちらを美登利に任せて、今度は自家製の鶏卵でだし巻き卵を作り始める。
卵料理は香多奈も大好きだし、きっと新入りの子供達も気に入る筈。
後はデザート的な感じで、大学芋も作っておこうと決定して。今年のさつま芋は良く出来たと護人も言ってたし、我が家の紹介にもピッタリだ。
後はちょっとしたサラダと、スープも一応作っておく。ポトフが汁物なのでいらないかもだが、ひょっとして欲しがる人がいるかも知れないので。
例え今夜余っても、来栖家の明日の昼食に並べれば良いのだ。
そして夕方6時過ぎから、凛香チームの歓迎会とチーム『日馬割』の無事な遠征帰りを祝う宴会が開催された。もっとも、祝賀会は小島博士とゼミ生が勝手に付け加えた文言だけど。
つまり基本は、チーム『ユニコーン』の歓迎会に他ならない。そのメインのお客さん達は、食卓にずらりと並んだごちそうに息をするのも忘れてる程。
調理が間に合った紗良は、満ち足りた笑顔で召し上がれと言わんばかり。実際の音頭も彼女がとって、歓迎会がスタートしたのだけれど。
さすがにテーブルに全員は着席出来ず、リビングの方に子供席が出来上がる始末。そこには香多奈と和香と穂積と、何故か小島博士が着席していて。
まぁ、それなりに盛り上がって和気藹々《わきあいあい》と話し込んでいる模様。
一方の大人席は、低いテーブルを2つ並べて座布団を敷いて、何とか残りの人数の収容に成功。祖父母がいた頃には親戚が集まってた名残で、こんな人数にも対応可能と言う。
そしてお招きに与った大人たち(一部未成年を含む)も、並べられた料理に感動していた。食事が始まっても、凛香や隼人たちはどれから箸を付けて良いか、全く分からない有り様で。
適当に取って食べなよと、姫香が大皿から取り分けてから揚げなどを勧めているけど。それを一口食べた大人席のキッズたちは、温かな料理に感激しているよう。
そこからは、一々勧めなくても箸のスピードは止まらず加速する一方に。安心した招待側の来栖家チームも、話題を提供しつつ場を盛り上げる作業に移行する。
そして盛り上がりは、子供席の方が断然に高い様子。
「ほらっ、もっとから揚げ食べて良いよっ? 紗良お姉ちゃんの料理は絶品なんだからっ……この大根もキャベツも、ウチの畑で採れた奴だから美味しいよっ!
あっ、この大学芋も美味しいから、最後にお腹のスペース取っておくのを忘れないでね!」
「う、うん……でも、美味しいけどお腹に余裕はあんまりないかも……」
「ほっほっ、まぁそう言うモンじゃよ……今まで粗食に慣れてた者は、胃袋も小さくなってるからな。急にたくさんは食べれはせんから、無理せずちょっとずつ食べればええ」
そうなんだと、ビックリした様子の香多奈は果たして何に驚いたのか。案外、この変人に近い教授が真っ当な事を喋ったのに驚いた可能性も。
実はついこの間も、この小島博士は来栖家のリビングでやらかしており。来栖邸の仲間に、ダンジョン産の卵が追加されたよと香多奈が報告するや否や。
それを自宅で研究したいと、小島博士が恒例の無茶を言い出して。しかも嫌がる香多奈から、無理やり強奪しようと画策し始めるに至って。
ゼミ生の美登利が慌てて止める中、ウチの娘にナニしとんじゃと怒れる存在がリビングに。ミケの制裁は、つまりは正当化はされるのだろうけれど。
しかし小島博士の心神喪失状態は、一体何のスキル?
幸いにしてその状態は、ほんの10分程度で回復出来たけど。小島博士に対するミケの威嚇は、そんなモノじゃあ済まないと言う有り様に。
以降、ミケにとって小島博士は招かざれる客に決定された様子。今回も実は、最初にひと悶着あったのは内緒である。しかし一体、発動したスキルは何だったのかと不思議がる子供たち。
ただし、ミケさんやり過ぎとは誰も結局は口にせず。
そんな子供席は、妖精ちゃんも交えて結構な盛り上がりを見せていたけど。大人席で喋るのは、もっぱら姫香の役割だった。その次が、紗良か美登利程度だろうか。
それでも、お腹が満たされてようやく一息ついたキッズ連中も、ようやく本来の活気を取り戻して来て。隼人や小鳩も、段々と会話に参加して来るように。
姫香と隼人の火花飛ばしに、護人などはハラハラする局面も何度かあったけれど。話題の推移は概ね順調で、隼人もギルドの設立には割と積極的。
ずっと個人のチームで、あれこれと嫌な目にも遭って来たのだろう。未成年の集まりで、下に見られた事態も数多かったのかも知れない。
彼らにとって、保護者の存在は切実な問題なのかも。
「そうねっ、それじゃあ今後はみんなでギルドをどんどん大きくして行く方向で。そしたらその内に、皆が安全に探索出来て生活にも困らない日がきっと来るよっ!」
「ほっほ、お嬢ちゃん……ギルドと一口に行っても、運営方法は様々じゃぞい。条件が厳しい所もあれば、親族だけでやたらと結束の固いところもある。
そもそも中世の西欧に発祥したギルドは、親方と呼ばれる者を頭とする身分制度から始まったモノなんじゃよ。または、自営業者の友愛精神やら経済的利害に基づいた組織じゃな。
さて、お嬢ちゃんの頭の中の地図にはどんな模様が拡がっとるんかの?」
突然の問答の様な乱入は、当然の如く小島博士からに他ならず。彼は教えると言うか、子供たちの思考を拡げるのが教育だと思っている節があって。
子供達への基礎知識の貯えはゼミ生に丸投げで、ある意味この分配は上手く機能しているとも。そしてこの数週間で、すっかりその遣り取りに慣れた姫香は頭をフル回転させて考え始める。
その間にも、小島博士のお得意トークは止まらない……ギルド運営に必要なのは、労働時間や労働条件の設定の他にも、技術や資本の共有も当然大事で。
組合に入っている者が、お得だと感じなければ当然ギルドは発展して行かない。同時にそこが提供する品質や価格が、不味かったら他の組織に相手にされない。
そして時には、罰則の設定と執行も必要とされるのだ。
そんなに捲し立てられても、姫香はちっとも慌てなかった。或いは小島博士との問答も、ある程度慣れっこになっているのかも。ウチには強力な頭脳がいると、姉の紗良を指差して。
ギルドの運営代行に指名された紗良は、座っているのに思わず立ち眩みを起こしそうになりながら。まぁ頑張って突き進む妹のフォローは、姉として当然なのかなと自分を納得させる事に辛うじて成功する。
姫香のギルド組織の理論は、とってもフワッとしていて家族的な感覚に近かった。皆で助け合って決して喧嘩せず、弱っている者を絶対に見捨てない。
その輪がどんどん外へと広まって行けば、人類同士の喧嘩はいつか無くなるのだと。香多奈からは、ウチは姉妹喧嘩は結構あるよと茶化されても折れない姫香の信念である。
その解答を聞いた小島博士は、一言若いねと苦笑い。
当然ながら、一部の大人はそれが決して実現しないことを体感で理解している。それでも挑戦する事は無駄だよと、その若い世代に告げる事は決してしない。
挑戦自体は罪では無いし、ひょっとしたらと言う思いが胸の裡にあるのかも。それ故に、この夢に対するサポートも惜しまないだろう。
その夢が無残に破れ、少女が打ちひしがれるその日まで。
――その時に側にいて支えてやるのが、或いは大人の役目なのかも。




