何だかんだと4月も順調に過ぎて行く件
来栖家のお風呂は、田舎の一軒家だけあってかなり広くて豪華だ。それこそ、姉妹が3人で入っても全く困らない程度のスペースは確保されている。
紗良がこの家の一員になって、程無く決まった行事が幾つかある。その中に仲良く3人での入浴と、そこで明日の予定を決めるってのが追加されていた。
お陰でこの1か月、お風呂タイムは毎回賑やか。
「叔父さんに、変質の事があるからしばらくは学校に行くの控えなさいって言われたの……勉強はともかく、友達に会えなくなるのは嫌だなぁ」
「そうだねぇ、でも仕方が無いのかなぁ……人によっては“変質”で体調悪くしちゃったり、あとは急に人知れずパワーがついて、他人を怪我させたりって事例もあるらしいよ?
香多奈ちゃんは、特に体に異変とか感じないの?」
「う~ん、わかんない……」
浴槽から出て、紗良に髪の毛を洗って貰いながらの香多奈の返事はとっても曖昧。全く煮え切らない感じで、そもそも自分が本当に変質しているのかも疑わしい。
質問した当人の紗良だって、それは似たり寄ったりな感覚である。問い質した内容も、何となく他から仕入れた又聞きの言葉でしか無いのだ。
「アンタに異変なんて、これっぽっちも起こってないよ……それはお姉さんである、私が保証してあげる。でもまぁ、念の為に学校を休むのは仕方無いかな?
割と大ゴトになる事態もあるって、ネットの記事でも見た事あるし。学校や友達に、万が一にでも迷惑掛けたら大変だもんね」
「そうだねぇ……まぁ、勉強は姫香ちゃんと一緒に私が見るとして。段々と畑や田んぼの仕事も忙しくなって行くらしいから、暇にはならないのかな?」
仕事は幾らでもあるよと、笑顔での姫香の返答。取り敢えずは明日の予定を決めようかと、宙に視線を飛ばしながら続けて口にするお仕事リーダー。
実際、農業の手伝いやら雑用関係の仕事の割り振りは、姫香が決定権を持っている。それに加えて、居候の紗良が教師役で面倒を見始めた感じ。
生徒役が2人に増えて、紗良先生のお仕事も忙しくなりそう。最初は愚痴っていた香多奈も、現状はそれ程に悲観する事も無いと思い始めた模様。
何しろ家には、構ってくれる姉が常時2人もいるのだ。畑仕事も忙しくなるし、まぁ暇で仕方が無いって事にはならないのは良い事だ。
「取り敢えず、明日は午前中は勉強の時間かな? お昼に天気が良かったら、犬達にシャンプーしてあげよう。
それから私と紗良姉さんは、車の運転練習をしなきゃね」
「うへえっ、コロ助は身体を洗われるの凄く嫌がるんだよなぁ……レイジーとツグミは大人しくしてくれるのに、何でかなぁ?
明日は大変だ、お姉ちゃんも手伝ってよね!」
「コロ助ちゃんのシャンプー掛け、そんなに大変なんだ……みんなで力を合わせて頑張ろうか、香多奈ちゃん!
さっ、泡を流すから目をつむって下さ~い」
香多奈のシャンプーが終わって、ついでに姫香のスケジュール決めも完了して。賑やかな女性3人の入浴も、10分後には無事に終了の運びに。
1階のリビングで、それぞれが寛いだり冷蔵庫から飲み物を取り出して口に運んだり。来栖家に常備されている牛乳は、もちろん自家製で毎朝自分たちが絞ったモノである。
そんな末妹の足元に、近付いて来る小さな影が……数日前の鑑定の儀の際には、すっかり忘れ去られていたルルンバちゃんである。現在は通常モードに戻って、真面目に仕事に勤しんでいる。
その動きは、しかし以前とは確実に変わったように感じる姉妹。何と言うか、機械がある日突然自分の意志を持っちゃった! みたいな感じ。
ただ来栖家には、改めてそれに突っ込む人間はいない。
紗良はリビングに置かれている、ノートパソコンでサイト巡りを始めていた。基本はアップされたE‐動画の、探索関連の情報集め。
それから自分たちで撮影した探索動画、これをアップしたところ結構な反響が。どうやら普通は、編集してから分割してアップするのが常識なのだそう。
その方法が分からず、未編集で1時間以上の動画をアップしてしまったのが不味かったみたい。それに対する意見や、武器やペット同伴に対するツッコミの書き込みが多数散見されていた。
正直、こんなに多くの反響があるとは、全く思っていなかった紗良である。
中には為になるアドバイスもあるけど、大半は戦い方へのツッコミやこのチームは変だとの批判コメントである。いや、一概に批判とも言い切れないのかも。
何しろ、他のチーム動画とはあまりに違い過ぎるのは確かな事実。
その辺は、あまり拘らない事に決めた紗良である。反省すべき所は反省しつつ、コメントや他の動画から情報の収集作業をこなして行く。
それをノートに纏めれば、他の家族も参考にしてくれるだろう。動画鑑賞には、その内に姫香と香多奈も加わって賑やかに意見を交わして行く流れに。
そんな感じで、いつも通りに夜は更けて行くのだった。
敷地内に新たなダンジョンが生えて、そこから4日が経過していた。2日目の昼過ぎに、家族で決死のダンジョン攻略をしたのも既に遠い過去の事のよう。
実際は、その傷跡は全く癒えても無いし、来栖家は依然として大変な問題を抱えたまま。何しろ家族全員が、“変質チェック”に引っ掛かってしまったのだ。
由々しき事態だが、これには全く手の施しようもない。取り敢えずの処置は、取り敢えず施す事には成功……つまりはダンジョンコアの破壊である、それによる周囲の魔素の低下も既に鑑定済み。
モンスターも最高で半年は出現しなくなるそうだし、当面の間の安全は確保出来た。それでも入り口は危険なので、護人は昨日の午後に木板で蓋をしてしまった。
意味は無いかもだが、これで知らない人や家のペットや家畜がうっかり入る事態も無くなるだろう。そんな来栖家の様子を、自警団『白桜』のメンバーが確認に訪れたのは昨日の事だった。
自治会長の峰岸も同伴して、団長の細見と一緒に仕事の合間に足を運んでくれた。そして缶ビールのパックと一緒に、安くは無さそうな大量の肉の差し入れが。
大変だからって事らしいが、既に事態は収拾したとのコメントに驚き顔。
そう言えば、あれこれと慌てていて事後の連絡を怠っていた。改めて経緯を説明しつつ、販売車から購入した装備品やら、ダンジョンで入手した品を細見に提示する護人。
ダンジョンコアの破壊の経緯に、感心して耳を傾ける先輩とただ驚くばかりの自治会長。探索者登録を勧めた癖に、その腕前に期待してなかったのがアリアリだ。
まぁ、護人のダンジョンでの貢献度なんて、ほんの少しには違いない。大半をハスキー軍団のお手柄にして、詳しい事はお茶を濁すに留めておく。
しかし、峰岸自治会長にとっては、そんな眉唾な話も聞き捨てならなかった様子。何しろ現状この町は、慢性的な探索者不足なのだ。
そこに降って湧いた、コアを潰した優秀な探索者の誕生である。
今後は本格的に探索者活動をやって行くのかと、多少食い気味の質問に。まぁ、家の敷地内の間引き程度ならと、曖昧な返事をするしかない護人。
自治会長は、折角装備にお金を掛けたのに勿体無いと、しきりに探索稼業を勧めて来る。そこは命には代えられないと、家族に子供がいる事をアピール。
それを言われると、引き下がるしかない自治会長。団長の細見にも労われ、その場はそれでお開きに。ただし探索の有力情報も、細身の口からポロっとゲット出来た。
何と『探索者支援協会』が、ようやくこの日馬桜町にも支部を開設するらしい。もし探索活動をするのなら、その利便性は飛躍的に向上するとの事。
こんな田舎町では、新しい施設が出来るってのは大変なニュースには違いない。そこなら探索で得たアイテムも、ひょっとしたら買い取って貰えるかも。
そんな細見のアドバイスに、それは今度顔を出さなければと護人の返答。この4日の間には、そんな一幕も起きていたのだった。
それから数日後、大根や人参の種を蒔いたり、温室で育てていた野菜の苗を植え付けたり。畑の作業は、気温の上昇と共に段々と忙しくなって来た。
学校に行けずに暇をしていた香多奈にとっては、渡りに船の慣例行事である。少女は張り切って、お小遣い目当てで叔父や姉たちの仕事を手伝いに掛かる。
そんな感じで、この数日間は猫の手も借りたいほどの忙しさだった。もちろんミケは知らん顔、その代わりに遠縁にあたる植松老夫婦が手伝いに来てくれた。
家族総出での朝からの作業でも、作付面積の広さは如何ともし難い。田植えやらのそんな繫忙期には、植松夫婦は毎年駆けつけてくれるのだ。
そして仕事は朝の割と早い時間から、何しろ下手したら作業は夜中過ぎに至る可能性も。大変なのが同じなら、日のある内にさっさと済ますに限る。
農家の知恵と言うか、常識と言うか。繁忙期は、子供だろうが年寄りだろうが駆り出されるのも同じく。そんな、皆が忙しなく畑に出ての作業中に事件は起きた。
起こした犯人はミケで、ネコと言うのは家の者から構って貰えないと悪戯っ子に変貌するモノ。究極のかまって生物と言うか、そこが可愛いと評する愛好家もいるのは確か。
しかし本当に忙しい時に、そんな一方的なコミュニケーションは迷惑でしか無い。例えその騒乱の元が、来栖家で最古参のネコであろうとも。
「叔父さんっ、はやくこっち来て……ミケさんが、死に掛けのモンスターを咥えて戻って来たのっ! 野良を捕まえたのかな、それともミケさん1匹でダンジョンに潜ってたのかな!?
ひあっ、こっちに持って来ないでっ!」
「うおっ、まだ生きてるのか……姫香と紗良は、納屋に行って鍬とシャベルを取って来てくれ!
香多奈は爺ちゃん達と、母屋に避難してなさい!」
「分かった……待ってて、護人叔父さん!」
自分が騒動の渦中だなどと、全く認識していないミケは呑気な表情。口に咥えた大ネズミを、誇らしげに主の護人の元へと運んで来る。
それをどうやって捕獲したかは定かでは無いが、まさしくそれは死に掛けのモンスターに間違いは無さげ。つまりはダンジョン産なのは、サイズ感から確定だろう。
そいつは死に掛けとは言え、モンスターには違いなく。サイズもミケとそんなに変わらない、良くもまぁここまで運んで来れたと思う。
それにしても、こんな騒動を起こすとは迷惑な。
護人がミケを、こっぴどく叱る事は無いけれど……元々叱るのが苦手な上、実はミケはかなりのご老体なのだ。怒りよりは、圧倒的に労りの感情が芽生えてしまう。
そもそもミケの狩りにしても、元は親切心からの行為だろう。敷地内に巣を作っている、厄介な害獣の駆除をしてあげてると思っているに違いない。
そんな事を考えていると、ようやく姫香が武器を手に戻って来た。しかしその時には、事態は勝手に収束してしまっていた。大ネズミが時間の経過で息絶えて、小粒の魔石へと変わってしまったのだ。
それを胡乱気に眺めるミケと、その前で頭を抱える護人の構図。ひょっとして、敷地内のダンジョンにオーバーフローの兆候もあるのかも。
それをミケが察知したのだとは、考え過ぎだろうか……そんな考察を姫香に話すと、少女は魔素鑑定装置を持って来るねと母屋へと再び駆けて行った。確かに良い手だ、考え込んでいても何も始まらない。
“大変動”から5年経つが、ダンジョンの特性も魔素と動物の関連性も、未だ何も解明されていない。何しろ、妖精が我が家に住み着く時代なのだ。
つまりは、どの感覚を当てにするかは、前の時代よりずっと不確かな訳だ。逆を言えば、自分の直感や当てにならない予感を、もっと信用すべき?
ついでにミケの様に、もっと自由奔放に生きるのも1つの手なのかも。
――満足そうな顔で褒めろと迫る愛猫に、そんな考えを抱く護人だった。
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