秋の青空市に思わぬ波乱が舞い込む件
「そんな訳で、来月の青空市は2日間で盛大にやろうと思っちょるんよ。“大変動”以降、ずっと出来てなかった秋祭り……神様への収穫の感謝祭じゃな、それを開催したいって要望が多くてな。
住民の希望も汲み取って、こうやって告知ポスターも作ってみたんよ」
「それは凄いですね、こっちはチラシですか……へえっ、子供神輿や夜には神楽もするんですか。これは本格的だな、復帰直後なのに大丈夫なんですか?」
それは分からないけど、神楽に関しては年寄り連中で、演目や出演者が決まってから猛練習をするとの事。丁度稲刈りも終わったし、何しろ若者達は自警団やらでほぼ休日など無いのだ。
年配組も、街の活性化には一肌脱ぎたい思いも強いらしく。そこに降って湧いた、秋の収穫祭の話である。峰岸自治会長を含め、成し遂げたい思いは強いらしい。
護人も自治会の役員だが、声を掛けられてもちょっと参加は無理。探索者としての仕事も多く抱えているし、そこは向こうも分かっている様子で。
取り敢えずは開催の告知と、チラシとポスターを置いて峰岸自治会長は去って行った。護人も割と楽しみだ、住民として町の行事を盛り上げたいとは思うモノの。
やっぱり演者としての参加は、時間的に絶対に無理!
「来月の収穫祭かぁ、楽しみですね……これだけの集客があれば、まぁ大失敗って事は無いでしょうけど。お神輿や神楽の衣装、ちゃんと残っていたのは幸いでしたね」
「本当にそうですね、日馬桜町の氏神様も楽しんでくれれば良いんですが。それで仁志支部長、お話があるって事でしたけど……何か地元のダンジョン関係で、不味い事態でも?」
協会の支部長である仁志の元には、様々な情報が入って来る。この町の状況も同時に把握しつつ、それに関連ありそうな事柄を抜き出して行く。
この町の探索者であるチーム『日馬割』は、吉和のギルド『羅漢』主催の“弥栄ダムダンジョン”のレイドの参加チームである。ギルド『羅漢』で起こった異変についても、知らせておくべきだ。
そう思っていた仁志だが、向こうの地元で警備員に死人が出たと言う報告は余りに頼りないと思い直し。いや、大事件には違いないのだが、それが今回の遠征にどう影響を及ぼすかは全く定かでは無いのだ。
取り敢えずは報告するものの、やはり護人もピンと来ていない模様で。仁志も遠征の取り止めは無いにしても、何か事前に大きな変更があるかもと言葉を濁すのみ。
『予知夢』持ちの探索者が、きっちり未来を見通せば問題無い筈なのに。
などとここで愚痴っても、事態は一向に進展しないのも事実である。仁志は10月の遠征の無事な成功を祈りますと告げて、席を立って去って行った。
護人は内心、その前に山狩りがあるけどねと10月のスケジュールの思い直し作業。こちらも大人数を揃えての、ハードな1日になりそうな予感。
子供達にも、ぜひ頑張って貰わねば。
そんな子供達だが、相変わらずおはぎお1人様1パックは好調で、もうすぐなくなりそうな勢い。ついさっき、佐久間と名乗る男率いる例のチーム『ジャミラ』が、チーム全員で購入して行ったのが大きいかも。
彼らは今回も、MP回復ポーションが欲しいそうで。さっきまで店頭に置いてた奴は、すでに売り切れてここには無いので。後ろの護人の机を指し示して、交渉は例の如く丸投げに。
ちなみに彼らは、探索の休憩中の見張りに役立つかもと、モアイ像を1個買い取って行った。なるほど、普通はそう言う発想で使用するモノなのかも知れない。
何にしろ、大物が1個売れて姫香はガッツポーズ。
怜央奈は相変わらずブースに居座って、手伝い半分お喋り半分といった所。おはぎが目に見えて減ったせいで、客足が大きく鈍ったのが逆に良かったのかも。
そしてこちらもすっかり常連の、ニコルが3人連れで最後のおはぎをお買い上げ。差し入れのお菓子も持って来てくれて、何とも気が利く動画視聴者である。
それからついでにと、『風林火山』と大きく書かれた凧をお買い上げ。
彼は気に入ったらしいが、本来の使い方と言うより部屋に飾って楽しむそうだ。とにかくこれもサイズ的には大物だし、売れてくれて良かったねと怜央奈。
全くその通りだが、そんな怜央奈が知り合いを客の中に見付けた模様。手を振っているので、それなりに親しい間柄……と思ってたら、『麒麟』の西谷淳二だった。
しかもゴージャスな美女を2人も連れて、と思ったらこちらは研修旅行で顔合わせ済みの『トパーズ』の島谷姉妹のよう。向こうも手を振って来て、こちらに興味津々な感じ。
それから怒涛のお近づき攻撃、彼女たち姉妹もどうやら尾道で撮影した八代姉妹との動画を観たらしく。アイドル系探索者としては、是非とも自分達もやってみたいと提案して来る。
もちろん報酬に、ブースのアイテムを購入してくれるそう。
「あらっ、スキル書が3枚もあるじゃない……えっ、本当に相性チェックからのお買い上げで構わないの? それじゃあ、お姉からどうぞ……やだっ、この琥珀の宝石可愛いっ!」
「あら、本当……中の不純物が良い感じでアクセントになってるわね。これも買いましょ、後は何かお勧めあるかしら、お嬢ちゃん?」
お嬢ちゃん呼ばわりはムカッと来るが、財布の紐の緩い上客を逃す手は無いと。姫香はすかさず反応して、目玉のモアイ像もプッシュする構え。
妹の反応は、これまた可愛いと良く分からない審美眼を晒す言葉で。それでも2つともお買い上げしてくれるそうで、結構なお金持ちであるらしい。
しかも2人とも、それぞれスキル書に反応すると言う引きの強さ。付き添いで来ていた淳二には全くの無反応、島谷姉妹は手を取り合って喜んでいる。
かなり年上だが、こういう所は素直で可愛いかも。
「えっと、それでは……当店オプションの、妖精ちゃんの無料鑑定が受けれますけど。向こうのキャンピングカーで、良ければ是非どうぞ?」
「あらっ、キャンピングカーがあるのね。それじゃあそこで、動画の撮影させて貰おうよ、お姉。淳二君、悪いけど撮影係をお願いね♪」
はいはいと肩を竦める淳二は、何と言うかそんなお願いに慣れ切っている様子。そしてお金を受け取って、車へと案内する紗良がインタビュー一番手らしい。
ってか、妖精ちゃんに所得スキルを聞こうにも香多奈が居なければ通訳が出来ない。それを聞いた怜央奈が、それじゃあ探しに行ってあげると名乗り出てくれて。
場はあちこちで、変な盛り上がりよう。
そして車内では、妖精ちゃんを発見してテンション爆上がりの島谷姉妹が浮かれまくっている始末。マイペースな淳二は、その様子を勝手に撮影してるけど。
あまりブースを空けておきたくない紗良は、何とか軌道修正して探索のお話に興じ始める。もっとも、紗良のスキルは他人にはなるべく秘密で通っていて、話せる事情は少ないけど。
そこはフワッと、後衛での支援役で押し通す構えの紗良である。能見さんは優秀で、動画でも紗良が『回復』スキルを使っている場面は、綺麗にカットしてくれているのだ。
こんな便利で医者いらずな能力が知れてしまうと、連日来栖邸に患者の行列が出来てしまう。そう思っての配慮らしいが、あながち間違ってはいないだろう。
なので話題は、ペット勢の強さがメインとなっていて。
島谷姉妹も、動画での予習はバッチリして来たみたいで話題によく釣れる。そして10分後には、姫香と交替……の前に、全員で何故か記念撮影を撮る事に。
更にその5分後に、元気な挨拶と共に香多奈が戻って来た。これでようやく、妖精ちゃんの通訳が可能となった訳だが。可愛いだけではなく鑑定まで出来る、異世界不思議生物に姉妹は驚いている様子。
姫香も尾道と因島の旅行の顛末を、動画撮影ではこれでもかって程にしゃべくり回したらしい。その表情はスッキリしていて、何だかやり遂げた顔をしている。
それはともかく、販売ブースも目玉のモアイ像は3体全て売れたし、スキル書も2枚売れて良好である。ちなみに島谷姉妹、それぞれ4つ目のスキル獲得らしい。
どうやら探索者としての能力も、低くは無いみたいである。
「へえっ、さっきのお姉さん達が広島市で有名な探索者なんだ……紗良お姉ちゃんと姫香お姉ちゃんも、いつかそうなるといいねぇ?」
「私は別に、有名になんかなりたくは無いけどなぁ。……あれっ、あそこにいる娘も怜央奈の知り合い?」
「えっ、どの娘……ああっ、あの娘も広島市の探索者さんだった筈。探索アイドル系では、島谷姉妹の方が市内では人気だし有名だけど。
あの娘……凛香ちゃんだったかな、それなりに知名度はあった筈だよ。まぁ、実力的には年上の島谷姉妹が圧倒的に上だろうけどさ」
なるほどと、怜央奈の説明に大きく頷く姫香。彼女もひょっとして、動画依頼的な用件なのだろうかとさり気なく窺ってみるも。
何だか凄い目付きで睨まれて、フイっと反転して人混みに紛れて見えなくなってしまった。何か気を悪くしたかなと、姫香は暫し考えるが心当たりはまるでナシ。
それも当然、恐らく彼女とは初対面だし両者に横たわる因縁など思い当たらない。行っちゃったねぇと、隣の怜央奈も呑気な口調で気にしていない様子。
気を取り直して、姫香は来月のお祭りポスターを玲於奈に渡して、広島市内の協会にも貼ってよと無茶振り。いいよと軽く請け負う玲於奈、広島駅の構内にも貼るねとあっけらかん。
勝手に貼ったら怒られるよと、一応突っ込む常識派の紗良である。
それから3人の話題は、今月予定の山狩りとか“弥栄ダムダンジョン”への参加とか。尾道~因島の旅行話も、もちろん大いに盛り上がって。
何しろ午後の販売ブースは、野菜販売と違って結構暇なのだ。それでもたまに、動画を観たファンの人が声を掛けて来たり、ハスキー軍団を見せてと言って来るから侮れない。
今回も地元の人からの差し入れは、午後になってもポツポツやって来た。お礼を言いながらそれを受け取り、玲於奈と分け合って食べる姉妹。
その内に午後も2時を回り、そろそろ店仕舞いの時刻。このあと皆で企業に寄って、ブースで売れない素材系のアイテムを売り払う予定である。
それからアリの甲殻を使って、装備が出来ないか依頼をする件も。
それには玲於奈も付いて来たいと申し出て、全員でブースを片付けての少し早めの店仕舞い。その途中に峰岸自治会長が訪れて、再び売れ残りのスキル書と武器類を買い取るとの申し出が。
それには大喜びの紗良と姫香、“ゴミ処理場ダンジョン”での売れ残りの武器防具も、安く融通すると申し出て。これで売れ残り問題も、少しだけ解消したかも。
魔法アイテムの生活用品とか、実はまだ色々と残っているのだけど。姫香がそれらを、来月のお祭りで在庫一掃セールとかしたらいいかもねと言い出す始末。
紗良も面白そうと乗り気だし、そこら辺は子供たちに任せてる護人はノータッチ。売上金を受け取って、キャンピングカーの戸締りをしっかりと確認して。
ハスキー軍団を従えて、企業ブースへと皆で赴く事に。
「えっ、こんな高そうなモノいいのっ、綺麗だけど……宝石じゃんか、お土産の品にしては高過ぎじゃ無いかなっ!?」
「琥珀の宝飾品だよ、因島ダンジョンのドロップ品だから、そんなに遠慮しなくていいよ、玲於奈。私達も1つずつ持っておくつもりだし、陽菜とみっちゃんにも渡してるし」
今日のブースの売り子のお手伝いと、それから旅行土産を兼ねての琥珀の宝飾品のプレゼントに。最初は戸惑っていた怜央奈も、それなら遠慮なくと手の平を返したような笑顔に。
みんな持っているなら話は別だと、嬉しそうに宝石を透かし見て満足げ。護人は仲いいなぁと、紗良と姫香の交友関係にほのぼのしつつ。
ふと誰かの視線を感じて、進行方向に目を向ける。
そこには姫香と同じくらいの年頃の少女が、鋭い視線をこちらに向けていた。飢えた獣の様なその表情は、まるで愛情を渇望するような小さな子供の様で。
思わず足を止めてしまって、子供たちに不審がられる始末。
「いや、済まん……あの娘もひょっとして、姫香の知り合いか誰かじゃ無いかと思ってな。多分だけど、探索歴はあると思うな……佇まいが、姫香と少し似てるから」
「ああっ、さっきも私達のブースを睨んでた、確か広島市の探索者の娘だっけ。何でかさっきも睨まれてたけど、接点はその位しかない筈……怜央奈、何か思い付く?」
「う~ん、さっぱりだねぇ? あっ、ひょっとして……彼女は今月の、姫ちゃんのチームの弟子入り志願者じゃないかなっ?
先月は陽菜ちゃんだったし、それだったら説明つくよっ!」
物騒な事を、平然と言わないで欲しい……護人は背中に冷や汗を搔きながら、その予感が外れてますようにと天に祈る思い。厄介事は、これ以上は本当に充分だ。
ところが予感と言うモノは、嫌な方の奴はバッチリ的中する方向にあると言うか。来栖家が企業に、ドロップ品の媚薬とか蛇の毒袋を売りつけて、そしてアリの甲殻をカスタマイズ出来ないかを相談している最中にも。
少女の鋭い視線は、一行に来栖家から外れてくれそうにない。
それどころか、段々と距離が詰まって来ていて護人も気が気では無い思い。人見知りなのか、なかなか話し掛けて来ようとはしないけど。
ハスキー軍団も、この娘に敵意があるのか図り兼ねている様子。意識はしているけど、唸ったり攻撃の意志は表には出していない感じである。
そんなある種の緊張を破ったのは、やはり行動力が男前の姫香だった。睨み付ける少女の前に進み出て、何か用? とやや喧嘩腰の挨拶をかます。
その隣にはツグミがついて、ご主人の喧嘩をサポートする構え。
「……お前はっ、何で……こんなに恵まれてっ、私はっ……!!」
「えっ、ええっ!?」
対面したまま姫香の手首をガッシリ掴んで、突然恨み節と共に泣き出した少女に。姫香は突き飛ばす訳にも行かず、ただ驚き顔で相手を見詰めるのみ。
別に泣かすつもりも無かったし、これではこちらが虐めっ子だ。戸惑いながら背後を振り返るが、紗良も怜央奈もこちらを批難する表情だったり。
――違うっ、私はまだ何も言って無いと増々慌てる姫香であった。




