旅行先で自主トレ風に探索に潜る件
協会で教えられた通り、確かにそのダンジョンの入り口前には立札があった。それに突入日やチーム名、更にはチーム人数や潜った階層を記入するのが習わしらしい。
確かにこれなら、一々協会に問い合わせなくてもダンジョンの間引き頻度が分かる。良く出来てるねぇと、感心しながら姫香が直前のデータを読み上げてるけど。
それによると、前回は1か月前に4人チームが潜っているみたい。
「それは私のチームだな……まだ駆け出しの、E級ばかりの6人チームなんだが。人数も全員が集まらなかったり、自由人ばかりでほとほとリーダーも困っている。
かく言う私も、修行と称して来栖家に半月お世話になってたしな」
「そうなんだ、潜った階層も4層までだし苦労してるっぽいね。でもまぁ、日馬桜町じゃこのペースで探索者が通うダンジョンなんてほぼ無いしねぇ。
その点だけは、尾道も恵まれてるんじゃないかな?」
姫香の言う事はもっともだ、日馬桜町はダンジョン数に反比例して探索者チームがほぼいないので。自警団チームが何とか遣り繰りして、1つのダンジョンの間引き期間は半年~1年に1度と言う体たらく振りで。
この通称“猫の細道ダンジョン”などは、だいたい月に1度は探索者が訪れている。繁盛してるねと、香多奈の良く分からないフォローが飛ぶけど。
本当だねぇと、各所から賛同の相槌が。
それはそうと、今回は来栖家チームに加えて、陽菜とみっちゃんも参加を決め込んでいるので。結構な大人数での探索となって、しかもこの“猫の細道ダンジョン”は完全迷宮仕様との事。
つまり道が枝分かれしていて、次の階層への階段を探すのが一苦労らしい。どうするかねぇと護人が呟くが、何とかなるでしょと子供たちは明るいノリを崩さない。
最悪、ハスキー軍団がいれば迷子になどならないだろうと他人任せの感はあるけど。それもそうだなと、探索着に着替え終わった面々は突入準備に余念が無い。
代表して紗良が立札にチーム名と人数を記入して、忘れ物が無いかの最終確認。ハスキー軍団はヤル気満々で、ルルンバちゃんも今回はドローン形態で参加を決め込んでいる。
短く立ち回り決めの作戦会議を挟んで、いざ突入!
「今回は地元の間引き依頼じゃ無いから、その点は気楽だよね、叔父さん。宝物いっぱい見付けて、サクッと戻ってくれば良いんだから!」
「あぁ、それもそうだな……取り敢えずは5層を目安に、お昼少し過ぎたくらいに戻って来れるように潜ろうか。
ゲスト陣のお嬢さん方も、それでいいかな?」
「はいっ、バッチリおっけーっス! 前衛は足りてるみたいなんで、後衛の護衛をしながらついて行きますねっ!」
元気な色黒日焼け少女の返事に、隣の陽菜も小さく頷いて。勉強させて貰いますとの言葉に、何となく護人はプレッシャーを感じつつ。いつもの2人を先頭に、ダンジョンへと入って行く一行。
そこは今まで見ていた尾道の街並みと、あまり変化の無いフィールド型ダンジョンだった。細い坂道が山に沿って存在しており、家屋と様々なタイプの家の塀が立ち並んでいる。
ここがダンジョン内だと言われても、ちょっと信じられない。
それでもハスキー軍団は、暫く地面の臭いを嗅いでいた後に前進し始めて。陽菜のアドバイスに従って、次の層への階段を探しに歩き出す。
出て来る敵はネコ獣人や大ガラス、それから妖怪系のモンスターがメインらしい。現に先行したハスキー軍団が、敵と遭遇して遣り合っている音が響いて来る。
そして来栖家チーム本隊にも、大カラスと一反木綿の襲撃が。
細くて狭い道での戦闘は、それなりに気を遣うし難儀である。それでも器用に『圧縮』で足場を形成して、空から襲い掛かる敵を屠って行く姫香。
護人の弓での援護も、息ピッタリで姫香の行動を遮らない。逆に空中にいるルルンバちゃんだが、標的にされると逃げ惑うしか手が無いと言う。
重量制限で、得意のネイルガンが装備出来なくて攻撃手段が無いのだ。
「ルルンバちゃん、逃げて~! 姫香お姉ちゃん、早くルルンバちゃんを助けてあげてっ!」
「分かってるっ、少し黙ってて……一反木綿と戦うのって、初めてだからコツが掴めないのよっ!」
ひらひらと舞う布のお化け相手に、やや苦戦中の姫香である。斬り付けた筈の鍬に絡まる嫌な相手なのは、傍から見ていても察する事は出来るのだが。
襲撃して来た大カラスは全て片付け終わって、ルルンバちゃんも無事に護人の背後に逃げおおせる事が出来て。姫香はそれを見定めると、飛んでいる一反木綿の殲滅をキッパリ諦めて。
全て巻き取ってから、地上へと降りて来る。
「護人叔父さんっ、全部捕まえたっ! コレの処理どうしよう、このまま地上に持って帰ったら高値で売れるかなっ!?」
「いやそんな、クヌギ林でカブト虫捕まえたのとは訳が違うっスから……」
みっちゃんの冷静なツッコミに、紗良と護人も激しく同意。素直な香多奈は、籠を用意しようと鞄を漁り始めているけど。ミケが醒めた目で近付いて、その生きてる布の塊をひと睨み。
哀れな妖怪モンスターは、雷でまとめて真っ黒焦げに。
そして転がる小粒の魔石を、飛行モードのルルンバちゃんが拾って行く。戦闘能力は無いけれど、お仕事は真面目に取り組む姿勢は本当に素晴らしい。
そうこうしてる間に、先行していたハスキー軍団が戻って来た。ツグミが差し出す魔石は全部で5個、向こうの襲撃も小規模だった模様。
姫香が頭を撫でると、ツグミは嬉しそうに一行を案内し始める。
それに素直について行く来栖家チーム+α、細い坂道を行列を作りながら先に進んで行く。分かれ道は坂を上る度に存在し、その分岐は既に4つ目だ。
それを大した事では無い様に、先導して行くレイジーとその子供たち。護人も当然のように、彼女を信頼して後に続いて行く。戦闘も何度か間に挟みつつ、潜り始めて30分程度だろうか。
ぽっかりとした空き地に出て、その中央には下へと続く階段が。
「おおっ、意外とすんなり辿り着けたね、護人叔父さんっ! さっすがレイジー、優秀だなぁ」
「えっ、嘘……たった30分で次の層への階段を発見……?」
驚いた顔付きの陽菜だが、それも当然と言うか。地元の通い慣れたチームでさえ、1時間以上は普通に掛かる道のりなのだ。それを犬の嗅覚スゴイとかってレベルで、果たして片付けて良いモノか。
来栖家の子供達はまるで頓着せず、今度は宝箱も探し出してねと無茶振りまでする始末。そもそも宝箱の類いなど、5層程度を潜っても滅多に見付かりなどしない。
いやしかし、来栖家の探索動画では結構な幸運ドロップが続いているみたいだし。あり得るのかなぁと、心中に疑心暗鬼が湧き起こる陽菜である。
自分の常識を覆す探索振りだが、しかし来栖家の面々は割と時間掛かったねぇと逆な感想を述べている。相変わらず頼もしいのか常識外れなのか、判断の難しいチームである。
そこを見込んで、陽菜は弟子入り志願したのだけれど。
2層の探索も、似たような古い市街地の街道がメインだった。元々尾道の古い町並みは、家の塀の並びが独特でお洒落と言うか面白い。
ポリゴン時代のダンジョンみたいな感じだろうか、香多奈も景色を楽しんでいる風だ。元から初のお泊り旅行な上、その旅行先でダンジョンに潜っているのだ。
テンション上がりまくりの少女は、楽しそうに鼻歌なんか歌っちゃって。ある家の屋根に雑草が花を咲かせてるのを見て、大はしゃぎで撮影に勤しんでいる。
なんせ坂の町なので、屋根が目の丈の視線だったりするのだ。そしてダンジョンから見下ろす風景からも、ちゃんと瀬戸内海が見下ろせる。
さすが映画の町、その見晴らしは頗る良い。
戦闘は相変わらず、大半がハスキー軍団で片付けて行く暴虐振り。飛行型のモンスターのみ、素通しで本体に近付いて来る感じだろうか。
それもミケの参戦によって、撃墜率が急速に跳ね上がる始末。どうもひらひらと空を舞う、一反木綿の在りようがミケは気に入らない様子で。
目に入るなり、『雷槌』で始末して行く始末。
「うわぁ……この家猫も凄く強いんスね、姫ちゃん。動画では見た事あるけど、まさかここまで積極的に戦闘参加してくれるなんて」
「いや、ミケは本当に気分屋だよ……? 自分が気に入らない相手とか、私達がピンチの時くらいかな。積極的に、戦闘に参加してくれるのは」
「そうだね、ミケさんは意外と母性愛が強いからね……私やコロ助なんかは、完全にミケさんの子ども扱いだよっ!」
みっちゃんの驚きのコメントに、そんな事も無いよと冷静に返す姫香と香多奈の姉妹である。既に飛んで来る敵影も無く、地上の敵もハスキー軍団が倒して綺麗に掃除済み。
そのお陰で路地もサクサク進めて、1層よりも進行スピードは上がっている感も。しかも途中の家の軒先に、停めてあった自転車の買い物かごに。
何とアイテムが数点、放り込まれているのをツグミが発見。
教えて貰った香多奈は、大喜びでそれを回収して行く。中身は鑑定の書が4枚と牛乳瓶にポーションが500ml、それからビー玉サイズの魔石が3個だけだったけど。
ちなみにどの家屋も、完全に玄関の扉は開かない仕様になっているみたいで。どこかの扉が開いたと言う話は、陽菜も全く聞いた事が無いとの話である。
そうこうしてる間に2層もクリア、この層は20分とちょっと掛かっただろうか。迷路で1度行き止まりに詰まっただけで、後は迷わず階段の空き地に辿り着けた。
そして毎度の紗良のハスキー軍団の怪我チェックを経て、いざ3層へと降りて行く一行。この層もエリアの構造に変化は無し、入り組んだ街並みと古い坂の小路が続いている。
ただし今回は、いきなり二股の分岐路が。
「おっと、これは……まぁ仕方が無いな、迷いながら進もうか。空の敵が一掃出来たら、ルルンバちゃんにルートを確定して貰う手もアリだけどな」
「それが一番楽かもね、尾道の探索チームもドローン使えばいいのに。でもまぁ、この本体は10万円近くしたし……下手に墜落したら、それだけで大赤字になっちゃうかもね?」
「そうだな、それなら迷った方が良い場合もある。小路の行き止まりに、たまに宝箱が置かれてる場合もあるからな」
陽菜の宝箱トークに、思いっ切り食い付く香多奈ではあるけど。ミミックが混じってる場合が多いぞと、しっかりと落ちをつけるのを忘れない。
そして話をすれば何とやら、この層から混じり始めた襤褸を纏ったネズミ獣人と、一つ目坊主を倒して順調に進んで行くと。小路の行き止まりの電柱の影に、ひっそりと置かれた宝箱が。
それは金色に光っていて、まるで開けてくれと誘っている様子。
「あっ……アレ、多分ミミックだ……」
「えっ、そんなの見ただけで分かるの、陽菜?」
半分は勘だけど、こんな浅層に金色の宝箱がある筈が無いと言う、一般常識から導き出した答えだとの事。それを聞いた姫香と香多奈は、途端に渋い表情に。
ミケもアレを開けるなら、まずは雷を落とすぞと気を逆立てての臨戦態勢っぽい。ミミックは結構強くて、毎年探索者が病院送りにされる被害が後を絶たないそうな。
そんな有り難くない話で盛り上がってるが、子供たちはテコでもここから立ち去る気配は無い。つまりは罠だろうとコレを開けて、ドロップ品を拝む気満々である。
仕方無く『硬化』スキルを発動して、プラス盾を構えて万全の護人が開封儀式に進み出る。その後ろには、しっかりと姫香と陽菜が控えての臨戦態勢。
当然だが、ミミックは外殻が硬くて倒すのも一苦労との事。
つまりは強敵の類いだ、護人の《奥の手》で開封した途端、蓋の部分に噛み付かれた衝撃は確かに凄かった。ミケの『雷槌』にも耐えて、お返しにと箱から毒の煙を吐き出す難敵モンスター。
発された悲鳴は果たして誰のモノか、追撃の武器攻撃もミミックの硬い外殻に全て弾き返されている。ただし向こうの毒霧も、薔薇のマントの機転で見事吹き飛ばしに成功した。
護人の考えを、忠実に汲み取ってくれるまさに良装備である。
「メッチャ硬いコイツ、毒のブレスまた来たら厄介だから早く倒したいのにっ!」
「慌てて突っ込み過ぎるなよ、姫香っ! 逆襲喰らうぞ、コイツ一度噛み付いたらなかなか離れてくれないらかなっ!!」
己の堅さを武器に、ガンガン目の前の獲物に噛み付きに掛かるミミックに対して。来栖家チームの前衛陣は、反撃に殴り掛かるも有効打を与えれない状況。
その上通路も狭いので、敵を囲い込むのも大変と言う。威勢の良い掛け声と共に殴り掛かる姫香だが、その度にミミックの蓋閉じ防御で決定打を与えられずにいる。
その時、一行の後方から勇ましい犬達の吠え声が。
ウチのエースの登場だと、香多奈が元気に声を発する。とは言えこのゴチゃついた現状だと、攻撃参加も儘ならないなと護人は一考して。
姫香とミケに、コイツを放り上げるぞと大声で合図を送り付け。自分は有言実行へと動き出し、《奥の手》と薔薇のマントで丸まるミミックを抱え上げて、宙へと思い切り放り上げる。
そこに後ろから駆け付けたレイジーの『魔炎』と、ミケの『雷槌』が炸裂する。
この魔法の二重奏には、さすがのミミックも結構なダメージを受けたようだ。そして落下地点に先回りした姫香の、待ってましたの掬い上げの一撃。
それが綺麗に決まったのは、ダメージを受けたミミックが防御の姿勢を取れなかったからだろう。物の見事に決まったコンビプレー、地面に激突した箱型の魔法生物は完全に活動停止してくれた。
――そして後に残ったのは、焼け爛れた茶色い宝箱だった。




