着々と装備が整って行く件
ようやく昼過ぎの2時ごろ、手配した企業の移動販売車が家の前に到着した。来栖邸はこれを受け、ペットのハスキー軍団込みで大盛り上がり。
移動販売車が、思ったよりも大きかったのも理由のうちの1つだろう。それから自動で開いた荷台部分の、販売品の多様さもテンションの上がる理由だった。
そして運転手込みで、販売員の数も3人と意外と多い。
「ご予約頂いた来栖様ですね、お待たせ致しました。こちらが『四葉ワークス』の販売車、そして私は販売員の松村と申します……以後も、どうか末永きお付き合いを。
さて、まずは来栖様の“探索者カード”をご呈示頂けますか……?」
「あぁ、はい……宜しく、これが俺のカードです」
松村と名乗った男はスーツ姿、残りの2人は普通に繋ぎの作業着を着込んでいた。お揃いの若葉色なので、恐らくは会社の専用服なのだろう。
軽く事情を説明したところ、松村はスキル書が3枚もドロップした話に異様に食い付いて来た。ただしそれを全て使用してしまったと告白したら、ガッカリした表情に。
やはりダンジョンの主な儲けは、スキル書と魔石らしい。
つまりは小粒の魔石も、1個千円ちょっとで買い取って貰えるらしい。それを聞いた子供達は、それは凄いと大はしゃぎ。何しろ数だけは十数個あるのだ、まとめて売ったらそこそこの額に。
どうも魔石は、色によって性能だとか使い道が違うらしい。詳しい説明は省かれたが、ダンジョン内では魔石の入手は簡単みたい。
「買い取りはそれ位ですかね、お電話では装備品を揃えたいとのお話でしたが……数は少ないですが、一応スキル書も持参いたしております。
目玉商品だと、《風魔法》や《槍術》スキルなどがございますよ? まぁ、少々お高くて売値はどちらも百万円を超えてしまいますが……。
ちなみに、素質が無ければ返品は可能な親切設定になっております」
「う~ん、まずは装備から見せて貰おうかな」
商品棚に食い付いて品物を見ていた姉妹の分を含め、販売車に用意されていた戦闘服は種類こそ少なかったモノの。その性能は、製作側の折り紙付きらしい。
見た目は完全に、セパレートのレーシングスーツと言うか革の装備である。確かにこれなら、擦過傷やそっち系の耐性には優れているだろう。
ただし、殴打や衝撃系の攻撃にはそこまで強く無い気も。
「でも格好良いかも……お揃いなのもいいよね、叔父さん? でも『E-TUBE』の配信では、あんまり見掛けないよ、こういった感じの衣装って」
「それは探索者の多くが、変質してしまってHPを纏うようになるからだと思われますね。このHPがある程度モンスターの攻撃を防いでくれるので、ベテランの探索者は武器の方にお金を掛ける傾向にあります。
それに探索を続ければ、ダンジョンドロップの良品装備にも巡り合えますからね」
そうらしい、どうやらダンジョン探索では色んなアイテムが手に入るようだ。しかも魔素によって変質した人間は、HPや更にはMPを纏う事が可能になるらしい。
そう言えば獣医の孝明先生にも、人間と動物の変質チェックを受けるように言われていた。この変質に適性があれば良いが、無かった場合は大きく体調を崩す事になってしまう。
ところが来栖家の人間もペットたちも、今日に至るまで体調の異変を訴える者は存在していない。これは幸いな事ではある、何しろ魔素を吐き出すダンジョンが、家の周囲に3つもあるのだ。
それでもチェックは必要と、護人はそっち系の機具が売り物の中に無いかと松村に訊ねてみた。その返事だが、何と“魔素鑑定装置”と“変質チェック装置”の両方を、移動販売車においてあるそうな。
しかも、簡易版の安いのと高級品の2種類も。
ただ、安いと言っても1台7万円はする……高い機具に至っては、50万円近い値段。大きさも高いのは20ℓのポリタンクくらい、安い奴は2ℓのペットボトルサイズだ。
今後も必要だし、護人としては両方とも購入する方向に傾いていたのだが。姫香が隣から、HPの有る無しで変質の程度が分かるなら、“鑑定の書”で確認が可能なのではと言い出した。
それを受けて、繋ぎを着た販売員が返事をする。
「確かにそれは可能です、ただ“鑑定の書”は使い捨てなのでコスパ的に高くつきますね。ダンジョン内での入手率は高いので、ウチの販売価格もそんなに高くは無いですけど……それでも、1枚4千円程度はします。
ただ、安物の鑑定の書では、詳しい数値は分からない仕様ですね」
「うへぇ、それは勿体無いなぁ……どうする、護人叔父さん? あのダンジョンで探索して、人数分入手出来るか試してみる?」
「それはあまり現実的では無いかもな、姫香……素直に安い方の機具を、2つ買い揃えておこうか。ずっと使えるものだし、無駄遣いにはならないだろう。
それから、後は武器も見せて貰おうかな?」
ところが武器に関しては、更に値段の張るモノばかりと言う有り様。鞘付きの大振りのナイフで5万円程度、長剣に関しては20万円以上もする。
斧や鉈系の片手武器だと、一応は10万円台に収まる感じ。とは言え重量感と間合いの短さが、どうも護人の好みには合っていないのでパスする事に。
しかも武器に関しては、“探索者カード”所有者にしか売れないそうな。
確かに殺傷能力のある品を、ホイホイ得体の知れない者に売ってしまうのは、企業倫理的にも不味いのかも。保護者の護人にしても、姫香や紗良に武器を買い与えるのは躊躇われてしまう。
そんな訳で、結局は自分用の武器も購入するのを控える事に。色々考え始めると、家に刃物を置いておくのも怖くなったのだ。それでなくても、農家は危険な刃物には困らないと言うのに。
財源も限られているので、自分と子供達の防具をメインに揃える事に。それから必要な機具類と、香多奈が見繕ったアイテム類を数種ほど購入する。
例えば探索に持って行くナップサックやアイテムポーチ、簡易ガスマスクなどなど。護人は家族の安全を最優先に考えているが、末妹はどうやらダンジョン探索に楽しみを見出したい様子。
とは言え最年少の小学生を、危険と分かっている場所へと同伴など出来ない。まぁ、家に居残りが安全かと問われれば疑問ではあるけど。
とにかく装備品の購入金額だけで、一人頭20万円を超えてしまった。革の装備に加えて、皮手袋や安全靴仕様のブーツに頭部を護る額当てなどなど。
結構な散財だが、まぁ安全には代えられないから仕方が無い。
当然ながら、犬の装備などは1つも売っていなかった。訊ねて変な顔をされたので、犬と共にダンジョンに突入ってのは主流では無いのだろう。
姫香や香多奈は残念そう、それでも追加で貰えたパンフレットとアイテム買取価格表には大興奮の様子。価格表は、ダンジョンで標準的にドロップするアイテムを掲載していた。
「……うわっ、コレって噂の回復ポーションじゃん! 動画では結構、宝箱に入ってた印象だけど。凄いのになると、若返りの秘薬ってのまであるんだって、護人叔父さん。
それを見付けられたら、数千万円で売れるって!」
「それは凄いな、でもダンジョンに入る目的はお金儲けじゃないからな、姫香。飽くまで家庭の安全が第一だから、そこは肝に命じておいてくれよ?」
「未鑑定のスキル書でも、数十万で買い取って貰えるんですね……今日、護人さんが遣った金額位なら、スキル書2~3枚で回収が可能ですね」
居候の立場の紗良が、姫香と一緒に買取価格表を眺めながらそんな事を呟く。魔石を少々売ったとは言え、4人分の装備と装置類を揃えたら大赤字である。
彼女が何らかの手段で、補填を気にするのも当然には違いない。ただし販売車のスタッフの話では、レア度の高い当たりアイテムは稀にしかお目にかかれないそう。
2人とは別に、1人パンフレットを眺めていた香多奈が、不意に大声を発して護人に駆け寄って来た。どうも、追加で買って欲しい装備品を見付けたようだ。
それはベース型の盾で、軽い合金で造られているとの説明文。それが秀逸なのは、隙間から撮影出来るように、盾の後ろにスマホを固定出来るようになっている事。
末の妹に甘い護人は、その盾があるかを販売員に訊ねてみる。その結果、販売車に2つほど在庫があるとの返答だった。それならと、予備も含めて2つとも購入する流れに。
上機嫌でそれを受け取る香多奈の横で、他に買い忘れが無いか護人と姫香はチェックに余念がない。何しろこんなド田舎なのだ、次にいつ販売車が来てくれるコトやら。
買い逃しが致命的なのは、普段の生活で身に染みて理解している2人。
「もう他に、買い忘れは無いかな……武器はともかく、安全向上に必要そうなものは遠慮せずに買っておかないとな。
ただちょっと、スキル書は高過ぎて手が出せそうに無いな」
「う~ん、動画を見た限りでは特にもう無いかな……回復ポーションはあった方が良いけど、ウチのチームには紗良姉さんがいるし。
犬達にも、特に必要なモノって無いみたいだし」
「また用があれば、遠慮なく呼んで下さい……この地区は、探索者の活動があまり活発では無いので、売上げ的には厳しいですが。
また掘り出し物があれば、こちらからも連絡差し上げますので」
具体的には、探索者のステータスとも言えるスキル書の類いの事らしい。販売員の松村も、慇懃に見えてこれで遣り手の模様。来栖家が新たな良き取引相手になりそうと、秘かに認知したのかも知れない。
それとなく聞き出した所では、『四葉ワークス』はこれから活躍しそうな優秀な探索者の発掘にも余念が無いみたい。それに対するサポート支援なども、業務の1つとして行なっているとの事。
護人が今後、頭角を現して一人前の探索者となって行くかは不確かではある。その可能性を信じて、向こうは青田買い的に声を掛けて来たらしい。
そんな裏を想像しても、護人は嬉しくも何ともないってのが本音であった。ダンジョンなんて、危険の類いにはなるべくこちらから近付きたくなど無い。
そちらの方が、偽らざる本音の護人であった。
別れの挨拶と共に、企業の移動販売車は山の上を去って行った。その時になって、護人は作業着の2人が実は護衛も兼ねていたのだと思い至る。
何しろこんな世の中だ、野良のモンスターにも備えなければならないし、高額な商品も扱っている。安全性を高めるのは、企業にとっても当然なのかも。
とにかく無事に目的の装備類も、全員分買う事が出来た。来栖家の面々は、実は革のスーツを試着してそのまま着用したままである。
つまりは、覚悟さえ決まればこのままダンジョンに突入可能な感じ。結局はメーカーからも、ダンジョンを封印する有効な情報は得られなかった。
彼らから貰ったアドバイスと言えば、探索を頑張ってアイテムや魔石を稼いでくれ的な応援のみ。実際、探索者の平均月収は危険に充分に見合う程はあるらしい。
意外と稼げて、しかもポーション類も割とダンジョン内で拾えるとの事。つまりは、危険を冒して中に突入⇒敵を倒してアイテム入手⇒運が良ければ、コア破壊で魔素濃度の軽減のルートが最有効手段との話。
まぁそれもアリかと、護人は突入の覚悟を決める。嫌な事は早い内にこなすべし、後回しにすると手を付けるのが億劫になるに決まっている。
って言うか、姫香と香多奈は既に入る気満々で準備に余念が無い。
「盾の1個は私が持って、叔父さんのスマホで後ろから撮影すればいいんでしょ? 後の1個は、姫香お姉ちゃんが持つの?」
「私も護人叔父さんも、武器を持ったら両手が塞がっちゃうよ。紗良姉さんに持ってて貰おうか……後はシャベルの予備とかも、一緒に持って来て貰った方が良いかなぁ?
あっ、紗良姉さんは回復要員だから、戦闘に参加しちゃ駄目だからね! 戦うのは、私と護人叔父さんと犬達に任せてくれればオッケーだから!」
「あっ、うん……良かった、連れて行って貰えるんだ」
モチロンだよと、相変わらず姉妹チームの結束は固い様子。最年少の香多奈も、ちゃっかりメンバーに入っているのは、前もっての根回しだろうか。
憂鬱な気持ちになりながら、それでも護人は家長としての決断を口にする。例えそれが、子供たちの心を傷付ける事になったとしてもだ。
最終的には、彼女たちを救う一助になると信じて。
「……紗良はともかくとして、香多奈は家でコロ助とお留守番してなさい。子供がダンジョンに入るのは危な過ぎる、許可は出せない」
「えっ、やだヤタッ……連れてってよ、叔父さん!!」
――そんな同行案に首を横に振られた、香多奈のギャン泣きが始まった。
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