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4話:ルロウ・ヴァレンティーノとの再会




「入るぞ、ルロウ」


 ダリアンが扉を開けると、中からは甘ったるい匂いが流れてくる。同時に生ぬるい温度が肌に触れた。


(ルロウ様。あの日、わたしを救ってくれた人)


 思い出すと、胸がきゅっと音を立てる。

 シャノンは思わず両手を組んだ。


「ルロウ、起きているんだろう」


 薄暗い室内を迷いなく進むダリアンは、窓際に置かれた巨大な寝台に向かって声をかける。


「あー…………」


 寝台の上で、もぞりと動くなにか。

 シャノンは目を丸くして、寝台の様子を見下ろした。


「言ったはずだ。お前が帰ったら紹介したい娘がいると」

「…………」


 反応はない。ダリアンは呆れた面持ちでシャノンをゆっくりその場に下ろし、立たせてやると、顎をしゃくって「なにか言え」と促す。

 いきなりどんな無茶ぶりだと思いながらも、シャノンはルロウに会ったときに伝えようと思っていた言葉を口にした。


「――様、ルロウ様。あの夜は助けてくださって、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

「…………」


 シャノンの声が響くと、ルロウははべらせた裸体の女性たちのあいだから上半身を起こし、ゆっくりと首をもたげる。

 興味がなさそうな赤い瞳をこちらに向けて、なお興味がない口ぶりで言った。


「……それは、どこの餓鬼だ?」


 窓から射し込む一筋の光が、ルロウの陶器のような素肌を照らす。

 若々しく引き締まった体躯。左二の腕から首筋にかけては黒い紋様が広がっていた。

 独特な雰囲気のある蠱惑的な面差しは、綺麗に整っており最上の美を体現しているようで、見る者を瞬時に引きつける。

 透き通る白金の髪がさらりと前に流れ、垂れた三つ編みを固定する宝石のような、硝子のような装飾が光に反射した。


「うう〜ん、なあに? もう朝ぁ?」


 体を起こしたルロウと一番近くにいた女性が声を出す。

 その声に反応したルロウは、ツーっと目線だけ女性のほうへ向けると、


「邪魔だ、消えろ」


 ゆったりと、何の感情も乗っていない声音で言い放った。



 ***



 寝台の様子を見れば、ルロウが女性たちとどんな夜を過ごしたのか誰でもわかるだろう。

 起きた女性はルロウに熱視線を向けていたが、まったく興味を持っていない様子に困惑するばかりだった。


「ちょっ、何よ急に。昨日はあんなに――」

「邪魔だ、早く消えろ」


 先ほどと同じくねっとりとしたテンポの遅い話口調。けれど、ほんの少し意志を込めた言葉には、威圧感が生まれる。

 たったそれだけの言葉で、周りの温度が下がったようにシャノンには感じた。


「もう、なんなのよ!」


 これ以上居座るのは危険だと本能が働いたのか、暴言を吐かれた女性は残りの二人を起こして、身支度も整わないままそそくさと退室してしまった。


「――ああ、そうか。昨夜連れてきた女だったか。しかし、記憶にないということは、それだけ価値がなかったのだろうな」


 そう言ったルロウは、心底どうでもよさそうに髪をかきあげる。

 片腕をあげた拍子にいままで隠れていた素っ裸の下半身が見えそうになり、シャノンは慌てて首を横に向けた。


「ルロウ、最低限は羽織ってやれ」

「何の話だ?」


 ついさっきシャノンが発言したことも忘れてしまったのか、ルロウは今はじめて気づいたような仕草でシャノンの姿を瞳に収めた。

 

「早く着替えろ」

「わかったわかった」


 二度は言わないという雰囲気のダリアンに、ようやくルロウは下を穿き、上半身はゆとりのある羽織りを素肌の上から袖を通さず肩に掛ける。


「それで、その餓鬼は?」


 ルロウの興味がシャノンに移り、静かに尋ねられる。

 最初の時間はなんだったのかと言いたくなるが、ダリアンは慣れているのか先ほどと似たような説明を繰り返した。


「名はシャノン。お前が見世物小屋で救った子供の一人だ。紹介したい子がいると話したろう。この子がそうだ」

「それで?」

 

 聞きながら半分興味を失いつつあるルロウに、ダリアンは続ける。


「シャノンをお前の婚約者として、ヴァレンティーノ家に置くことになった。これはすでに決定している」

「――その餓鬼が、おれの、婚約者?」

「ああ」

「婚約者、婚約者、か。それはつまり……おれと、夜、遊んでくれるというコトか?」


 ゆっくり淡々と発言するルロウは、瞳に少しの好奇心を滲ませる。

 言外に含ませた艶のある視線に、乱れた女性たちの姿が思い出されシャノンの胸がぎくりと跳ねた。


「馬鹿を言うんじゃない。先ほどの女たちを見たあとでは、こいつが真に受けるだろう」

「だろうな。おれは、餓鬼は相手にしない」


 ルロウはうっすら唇を引き、どうでも良さそうな口調でささやく。


「――要らん」


 赤い目が、何事もなかったようにそっぽを向いた。


「……」

(今日からこの方が、わたしの……本当に、務まるの?)



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