潮騒
その高校は海のすぐ傍にあった。野球部がレフトフライを上げると、そのボールは低い堤防を軽々と越えてポチャリと海に落ちた。
二階の教室には年中潮騒が轟いていたような印象がある。窓が開いていたから潮騒が轟いていたに違いない。いや、窓は閉まっていた?記憶が曖昧なのだ。
はっきり覚えている?カーテンを覚えている。真っ赤なカーテンだ。あの真っ赤なカーテンを忘れるはずがない。カーテンは年中閉まっていた。閉じた窓。閉じた真っ赤なカーテン。その教室に潮騒が年中轟いていた。
セルコは途中から居なくなった。スカートは左に傾いていて、上着は右に傾いていて、右に左に身体をスイングさせながら歩く女の子だった。
「ペン貸して」とセルコ。
私の席は赤い窓際の最後尾でセルコはすぐ前。
「ルビヨ!これボールペンでしょ。ペンつったらツケペンなのよ」
「漫画家かよ。ツケペン持ってるやつなんて居ないよ」と私。
セルコは舌打ちしながら前の席にいる男の子、名前は覚えていない。記憶が曖昧なのだ。確か将来漫画家になった男の子?からツケペンを貸してもらった。
そしてセルコは弁当を出して食べ始めた。ツケペンでスプーンのようにご飯を掬って食べ、鮭をツケペンでぶっ刺して食べている。
先生に怒られる?はずなのだが記憶が曖昧なのだ。
セルコは付けペンにぶっ刺した鮭を赤いカーテンに投げ与えた。カーテン揺れて咀嚼音聞こえる。鮭を食べているのだ。
「昔カーテンは真っ白だったってさ」とセルコ。
「けどあたしが鮭食わせ続けたもんでカーテンサーモンピンクになったのよ」むしゃむしゃ弁当食いながらセルコは言う。「んで、いつだったか男子が先生をカーテンに食わせたのよ。それ以来真っ赤なカーテンになったのよ」
潮騒が轟く音が大きくなった。セルコが、いつどのように居なくなったのか記憶が曖昧なのだ。いや、居なくなったのは私だったのか。
あなたの街に長すぎる真っ赤なコートを引きずり歩く女が現れるかもしれない。それは真っ赤なカーテンを纏ったセルコ、いや私かもしれない。コートの女から潮騒が轟くからといって近づいてはならない。