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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘆きの孤児はマフィアに助けられる

作者: 涼暮月


 走る。走る。ただひたすら走る。


 息が苦しくなって傷ついた足から血が流れているのも無視して。


 いつもはもっと上手くやっているのに今回は少し見誤った。



 ようやく背後から聞こえてくる怒声が聞こえなくなり路地裏に身を潜める。 

 握りしめていた革の財布を覗くと硬貨が数枚。


 「……ハハッ、これっぽっち」

 

 見た目に反してパンを三つ買えるか買えないかくらいの金しか入っていない。

 たったそれだけのことに、こんなにも必死になって。


 自虐的に笑ってみたのに。

 徐々に頬が濡れていく。


 でも生きていかなければならない。


 目を擦り息を整えて物陰から辺りを伺った。

 街境を越えると理由を聞かずお金さえ払えば物を売ってくれる場所がある。

 持ち主に見つからないように隠れながら私はまた走り出した。




 (なんだろう?)


 なんとか隣町へ入ると、やけに賑やかで陽気な音楽が聞こえてくる。

 ふらふらとその音に惹かれて進んでいくと広場でお祭りをやっていた。


 独特の衣装を身に纏い花を掲げて踊っている子どもたち。

 小さい子から自分と同じくらいの子まで大勢いる。

 子どもはもちろん、その周りにいる大人もみんな笑顔で楽しそうで。


 小汚い自分が酷く場違いのような気がした。


 そんなことを思ってしまう自分に心底嫌気がさす。

 これ以上惨めな気持ちになりたくなくて踵を返すと思い切りなにかにぶつかった。


 「いってぇな」

 「……っ」

 

 反動で尻餅をついた私を見下ろした男は私の姿を見るなり突然大声をあげた。


 「泥棒だ!」

 「っ!!」

 

 その声に周りの大人が一斉にこっちを見る。

 

 「この餓鬼、俺の財布を握りしめてやがる」

 「違うっ、これは」

 「自分の服すらまともに買えないお前がこんな財布持っているわけないだろ?」

 

 男はそう言うとそのまま私を思い切り蹴り上げた。

 咄嗟に避けることもできずそのまま後方へ飛ばされる。


 (逃げなくちゃ)

 

 頭ではそう分かっていても体が動かない。

 咳き込みその場で蹲っていると髪の毛を思い切り引っ張られた。


 「なぁ、これは私の金だろ?」


 嫌らしい笑み。

 誰も助けてはくれない。

 

 それもそうだろう。こんな小汚い子どもを助けたところでどうなる。この財布だって、男の物じゃないけど私の物でもない。


 実際盗んだことは変わらないんだ。

 

 どこからか「祭りが台無しだ」と聞こえる。

 なぜ私がこんな目にあわなきゃいけないのか。

 孤児になりたくてなったわけじゃないのに。


 揉め事が始まりそうな雰囲気にさっきまで楽しそうに踊っていた子どもたちが揃って親の陰からこっちを伺っている。何か嫌なものを見るような目。私だって普通の家に生まれていればそっち側の人間だったのだろうか。


 何とか男の手から逃れようと体を動かすと髪の毛を離されそのまま頬を張られる。

 

 パァンッと肌を打つ音が広場に響き私はまた地面に倒れこんだ。

 

 うつ伏せに倒れ込んだときに胸に感じる感触。

 それは万が一のときに使おうと懐にいれていた小さなナイフだった。

 

 投げつけたところでかわされて終わりだろう。

 それなら刃を持ってそのまま突っ込もうか。


 ゆっくりと右手を懐に入れたときだった。



 「ねぇ。その子離してあげてよ」


 私の背後から聞こえた柔らかな声。

 

 振り返ると小柄な少年がいた。

 綺麗な服に身を包み一目で階級の高い子どもだと分かる。


 「あぁ?なんでお前にそんなこと言われないといけないんだよ。お前のじゃねぇだろ?」

 「んんっ」

 

 今度は胸倉を掴まれて体を持ち上げられた。

 苦しさで顔を顰めた私を見つめたまま少年は一歩ずつ近づいてくる。


 「僕のじゃないけど君のでもない」

 「おい、近づくな」

 

 「君」と言われたことに腹を立てるどころか、表情一つ変えず近づいてくる子どもを気味悪く思ったのか男がたじろいだ。


 「ほら、君はこれが欲しいんでしょ?上げるからその子を僕に頂戴」

 「……ちっ」


 周りの人間も増えてきた。

 これ以上関わる方が面倒だと思ったのだろう。男は私を突き放し少年から袋をひったくるとその場を去っていく。


 事が落ち着いたと周りの人間が散っていく中、私はまだその場を動けないでいた。 

 

 「大丈夫?」

 「……」


 体は痛む。けど何より辛いのはこの胸を締め付けるような思いだった。

 顔を覗き込まれ思わず口が滑る。


 「……助けてほしいなんて言ってない」

 

 精一杯の強がりだった。

 金持ちの子どもに情けをかけられ助けられたのが酷く悔しい。

 

 噛みしめた唇からは血の味がする。

 きっと殴られたときのものだ。

 

 この少年は汚らしく地面に転がっている自分とは違う。


 何もかも違う。

 住む世界が違うのだ。


 変なプライドが邪魔をしてついそう口走ってしまった。

 せっかく助けてくれたのに。

 さすがに怒られるだろうと身を固くするが、少年はさっきと同じ声色で言う。


 「うん。君はそんなこと言ってない」


 「……は?」

 思わず顔を上げると、やはり少年はあまり表情を変えず私を見下ろしていた。

 

 「僕が勝手にしたことだから。君が気にすることじゃない」


 目の前の子は一体何を言っているのか。

 私には理解できない。

 

 黙ってしまった私に少年は手を差し伸べた。


 「僕の名前はタクト」

 「……タク、ト?」


 口にしてみると、そう。と頷かれた。

 

 傷一つない。小さくて綺麗なこの手を取っていいのだろうか。

 分からない。

 分からないけど中断した祭りが再開したのか、再び陽気な音楽が流れ始めて気持ちを後押ししてくれた。


 ゆっくり手を出していくとキュッとタクトに握られる。


 そのまま引っ張られ、多少ふらつきながら立ち上がるとタクトは私より少しだけ背丈が小さかった。

 私を見上げるタクトに少し悩んだ後、久しぶりに自分の名を口にする。


 「私は……サアナ」

 「サアナ」


 名前を呼ばれるのはいつぶりだろう。

 透き通るような琥珀色の瞳に射抜かれた気がした。

 何も言わない私の手を握ったままタクトは歩き出す。


 行先も分からないまま私はついていく。

 握りあった手は二人分。


 二人分の湿り気と、私の分の心臓の音。


 「君の事情も分かるけどこんなこと続けていちゃいけない」

 「……それはきれいごとだよ」

 「それでも君の心は悲鳴をあげている。だから気になったんだ」

 

 まっとうに生きていけるほどこの世界は優しくない。

 でも、結局私は助けられた。


 タクトの言っていることは正しい。


 「……さっきのお金、時間かかるかもしれないけどちゃんと返すから」

 「あれは気にしなくていいよ。僕は人と争ったりするのが得意じゃないから、これがあるといいって言われて貰ってるだけ。だから返さなくてもいい」

 「そう、なんだ」

 

 それなら何故あんなに揉めていた私を助けてくれたのか。

 男の手にずっしりと納まっていた袋の重みを思い出す。


 「気になった」ってだけで関係ない人間の為に使っていいほどの額ではなかったように思えるけど、未だに繋がれたままの手を見てとりあえず頷く。


 「一緒に来た人がいるんだ」というタクトに連れられそのまま町を歩いていると、前から歩いてくる見覚えのある人物に血の気が引くのを感じた。


 (あいつは……)


 街境で財布をすった男たち。

 小銭しか入っていないとはいえ堅気ではなかったのだろう。

 必要以上に追われ痛めつけられた。


 たった数枚の硬貨でまさかこんなところまで追いかけてくるとは。


 ここで見つかるわけにいかない。

 なんとか逃げないと、そう思いタクトの手を引っ張るが少し遅かったようだ。


 「おい、あいつ!!」

 

 仲間の一人が私に気が付いたようだ。

 指を指され一気に駆け寄ってくる奴らを見て心臓の音が早くなった。

 逃げ出すにはもう遅い。

 今できることといえばタクトの前に出て男たちから彼の姿を隠すことだけ。


 「このガキが。俺の財布盗むなんて良い度胸だな」

 

 せめてタクトだけでも逃がそうと後ろ手で押すが、この状況に気付いてないのか動く気配はない。

 諦めて男と対峙するがやはりタクトのことを気づかれてしまった。


 「なんだ仲間がいたのか」

 「違うっ!こいつは関係ない」

 「そうだろうなぁ。だって身分が違うんだから」

 

 男の言葉に仲間たちが一斉に笑い出した。

 そう言われ改めて気づく。


 綺麗で高級そうな服に美しく白い肌。

 かたや私は汚れたボロボロの服と怪我だらけの浅黒い肌。


 「おいおい、今度は物乞いの真似か?盗みに、物乞いにお前も大変だな」

 「……うるさい」

 

 大声で笑う男たちについ口を滑らしてしまった。

 声を張っていなかったが彼らの耳には届いていたよう。

 

 「は?てめぇなんて言った」

 「……だからうるさいって言ったんだよ。好き勝手言いやがって。私だって好きでこんなことしてるんじゃない」


 殴られる。

 

 その瞬間ポケットに忍ばせていた小石を男たちに投げつけて、身を翻しタクトの手を力強く握りしめる。

 足には自信があった。

 体が小さいことを活かして路地を細かく走り抜ける。

 いつもはこれで相手を撒くまで逃げるが二人だと時間がかかった。

 

 思っていたよりタクトは足が遅い。


 (……しょうがない)


 路地に置いてあった箱の陰にタクトを隠す。


 「絶対動くな。声もあげちゃダメ」


 男たちの足音がすぐそこまで迫ってきていた。

 二人より一人の方が逃げるときに楽だから、という理由もあるがこの子をこれ以上巻き込みたくない。

 世間知らずな坊ちゃんだと思うがそれでもこんな私を気にかけてくれた奇特な子。


 素直に言えなかったがとても嬉しかった。


 自分から貧乏くじを引くようだったけどそれも仕方がないと思える。

 今までの生き方じゃ考えられないけど、タクトみたいな人がいると分かった今、自分も少しは変われるのではないかと思った。


 男たちの元へ出て行こうとすると袖口を引っ張られる。


 「サーナン!」

 「……それって私のこと?」

 

 心配そうに自分を見るタクトに思わず笑みがこぼれた。


 (ありがとう)

 喋っている暇はなさそうだ。

 タクトの手を振り払いぐしゃっと頭を撫でその場を飛び出した。


 「さっきのお友達はどうした?」

 「知らない」

 「……まぁいいや。とりあえず最初に用があるのはお前だから」

 

 私が逃げたらあいつを探すってことか。

 

 男の含みのある言い方にそう思う。

 これで迂闊に逃げられなくなったが、だからといってただやられるわけにもいかない。


 体を上手く使って急所に当たらないようにしていたが圧倒的に数の差がある。

 

 次第に体に重たい一撃が加わり頭が回らなくなってきた。

 流石に命までは取らないだろう。

 こいつらの気が済むまでのサンドバックだ。

 

 けれど体の方が先に限界を迎える。

 膝が地面につき次の一発が避けられない。と思った瞬間またあの声が聞こえた。


 「サーナンを返して!」


 「おいおい、向こうから出てきたぞ」

 「馬鹿、なんでっ!……っ、ゴホッゴホッ」

 

 大声を上げた私の体を男が蹴り飛ばした。

 せき込む私の横を通り男の仲間が声が聞こえた方へ向かうのが分かる。


 (お願いだから、逃げてよ)


 争うことが苦手だと言ったのに。

 また私みたいな奴を助けるために出てくるなんて……。


 もう逃がすほどの力はどこにも残っていない。

 初めて誰かを守りたいと思ったのにやっぱり私にそんな力はないんだ。


 「……誰だ?」


 もう駄目だ、と思ったがそれでも何とか起き上がろうとする私の耳に聞こえてきた緊張感のある声。

 

 声の方へ顔を向けるとタクトの元へ向かっていた男が立ち止まっていた。

 そのせいで男の前にいるはずのタクトの姿が見えない。這うように体をずらし男たちの隙間から覗くとタクトとその後ろに見たことのない青年が立っていた。

 

 その手には銃が握られている。


 「……お前、まさか」

 「これを見ただけで分かるんだったら話が早い」


 何を話しているのかさっぱり分からない。

 ただ男たちの空気が変わったことだけは分かる。

 ぴりぴりとした嫌な空気。

 

 男たちはもう私のことなんて頭から抜けているようで、ゆっくりと体を起こすが全く気づかれる素振りがなかった。


 「ラルムファミリー……この名を知ってるなら早々に立ち去れ」


 青年の声はひどく冷たくそして威圧的だった。

 男たちはその言葉を聞くと私を一瞥することもなくこの場を走り去っていく。

 呆気にとられている私のところにタクトが駆け寄ってきた。


 「サーナンごめんね。怪我大丈夫?」

 「タクト……」


 どう考えてもあの男たちが急に帰ったのはこの二人が来たからだ。

 また助けられた。と思うと同時に、何者なんだろうと疑問が残る。


 「こら。その子が驚くだろう?」

 「カルタムス怪我みれる?」


 カルタムスと呼ばれたのはさっき男たちと喋っていた人。

 いつの間にかさっきまで持っていた物は消え、朗らかな笑みさえ浮かべている。


 「君がサーナン?」

 「……サアナ」

 「サアナな。了解……それじゃちょっと体触るぞ」

 

 頷くと腕や足を持ち上げられ、背中などを撫でられたあと「立てるか?」と聞かれた。

 まだ体は痛むが何とか立ち上がってみせると頭をポンと撫でられる。


 「うん。骨は大丈夫そうだ。上手く急所かわしたみたいだな」

 「良かった」


  安心したように私の手を握るタクト。


 「僕じゃサーナンを助けられないからカルタムスを探しに行ったんだ。遅くなってごめん。そのせいでこんなに」


 悲しそうな顔でそう言われ首を横に振る。


 「元はといえば私のせいだし。……あの男たちの言うとおり生きていく為だって言い聞かせて、盗みだって何度もした。助けてもらう資格なんてないんだ。私に関わったせいで怖い思いさせてごめん」


 話しているうちに鼻の奥がツンと痛んできた。

 お腹の底からぐっとこみ上げてくるもののせいで、声を出すたびに嗚咽がこぼれそう。

 でも伝えたいことはたくさんある。


 「だ、れも助けてくれなかった。ふ、ぅっ。……ほ、本当はこんな目にあうのも慣れっこなんだ。だけど……っ、タクトが私の手をとってくれたのが、名前を呼んでくれたのが……グスッ、嬉しくて」


 自分に名前があることすら忘れていた。

 名前など必要ない暮らしをしていたし今日を生き延びることしか考えていなかった。


 溢れてくる涙を拭って私はカルタムスの元へいく。


 「だから、……カルタムス、さん。私を仲間にいれてほしい。助けてくれたタクトに恩返しがしたいんです。何の役にも立たないかもしれない。それでも……きっと弾除けくらいにはなれると」


 弾除けという言葉にカルタムスは少し驚いたような顔をした。


 いくら孤児で学がないといってもそれくらいは分かる。

 “ラルムファミリー”がどれくらいの物なのか分からないがきっとマフィアとかそういう類のものだろう。だからあのチンピラたちはその名を聞いてすぐ逃げ出したんだ。


 頭を下げる私の隣でタクトが手を握ってくる。

 パッと横を向くとタクトが何故か眉間に皺をよせていた。


 断られるだろうか、と不安になっているとカルタムスに頭をぐりぐりと撫でられた。


 「僕は弾除けなんてしてほしくない」

  怒ったような口ぶりでそう言われて今度は胸がぎゅっと苦しくなった。


 「君の気持ちは分かった。でもタクトの言う通りだよ。命を粗末にするようなことを言っちゃ駄目だ。……タクト。あいつにちゃんと自分の口から言えるか?」

 「いいの?」

 「まぁタクトがここまで人に執着するのは初めてだからな。あいつが駄目だと決めたら俺は何もできないけど、それまではお前たちの味方をしてやろう」

 「ありがとう」

 

 カルタムスの撫で方は武骨だったがその手からは優しさを感じる。


 殴られる以外に人に触れられたのもそういえば初めてだった。

 下げた頭の上で会話が飛び交っているが、自分のことなのに他人事みたいであまり入ってこない。



 いつの間にかタクトとカルタムスの間で話がまとまっていたらしい。

 「帰るぞ」というカルタムスの言葉で少し歩いたあと、私は初めて馬車というものに乗った。

 

 ガタガタと揺れる車内はお世辞にも快適とは言えないが、それでも隣に座るタクトが嬉しそうに微笑んでいるのでこれはこれで良いもののように思える。


 「サーナン僕ちゃんと説得するから」

 何度もそう言われその度に頷く。

 そういえば気になっていることを聞いてみた。


 「わ、分かった。……それよりサーナンって言うの止めない?なんか子どもっぽいっていうか」

 

 それを聞いてカルタムスが肩を震わせて笑った。

 

 「サアナ、歳は?」

 「……10」

 「ははっ、やっぱり。……タクトと同い年だぞ」

 「えぇっ!!」

 

 思わず大きい声が出た。

 カルタムスさんが大きな声で笑うからタクトが「うるさいっ」と少し拗ねたようにそっぽを向く。


 「タクトは少し幼く見えるからなぁ」

 「……それじゃカルタムスは老けて見える」

 

 言い争う二人が面白くてクスッと笑うとタクトに「サーナンも笑わないで」と言われた。

 

 カルタムスさんは私たちの5つ上らしい。

 もっと年上に感じていた。


 決して老けているとかそういう意味ではなく、ただなんとなく。

 うん。オーラとかそういうやつだ。きっと。


 揺れ続ける車内。少し気を紛らわせようと窓の外を眺める。

 “サーナン”か。

 言葉の響きがどこか幼くて呼ばれるたびにむず痒い気持ちになる。名前を呼ばれることもなかったのだ。そんな自分が愛称で呼ばれる日が来るなんて思ってもいなかった。




 色々なことが立て続けに起こったせいか、いつの間にか馬車の中で眠ってしまったらしい。


 「サーナンついたよ」

 タクトに揺さぶられ目を覚ます。


 馬車から降りると目の前には立派な洋館があった。

 二人の後に続いて中に入ると少し薄暗い廊下を抜け大広間みたいなところにたどり着く。


 「ここに住んでるの?」

 「そうだよ。僕はカルタムスと一緒にサーナンのことお願いに行くからそれまで少しここで待ってて」

 「私は行かなくていいのかな」

 「うん。今はまだ大丈夫」

 「分かった」

 

 二人が奥へ入っていくと広間は静けさにつつまれる。


 じっとしているのも居心地が悪くてあたりを見渡してみた。

 豪華な調度品があるわけではないが埃ひとつない。

 

 掃除が行き届いている空間に自分みたいな汚い子どもは似つかわしくないような気がする。

 座ることも出来ずうろうろとしていると突然奥から声が聞こえた。


 「おや?可愛らしいお客さんがいるねぇ」

 「っ!」


 声の聞こえた方へ顔を向けると薄明りの中から人が現れた。

 

 白髪の長髪をなびかせて唇の端を上げて笑う人間を前に呆気にとられる。

 色んな場所でたくさんの人を見てきたが、こんなに綺麗な人を見たことがない。


 思わず見入ってしまうとその人は私の目の前までやって来た。


 「ん?どうしたんだい?……あぁ、僕の髪色が珍しい?」

 「い、いや」

 

 独特の雰囲気にのまれ少し後ずさりをしてしまう。

 

 歳を感じさせないがきっと私よりは年上だろう。

 それに私を見てお客さんと言うのはここの家に住んでるということで、タクトやカルタムスの仲間だということになる。


 「え、っと。私はサアナっていいます。ここでお世話になりたくて。今タクトとカルタムスさんが偉い人にお願いに行っています……うろうろしててすいません。でも何も触ってないんで」


 自分の小汚い服の裾を握り頭を下げた。


 盗みに入ったと思われたらお終いだし普通に考えたらこんな良い場所に私みたいなのがいたらおかしい。


 「頭を上げなさい」

 

 ドキドキしながらじっとしていると穏やかな声が聞こえた。

 顔を上げると目の前の人は微笑んだまま私と視線を合わせるようにしゃがみこむ。


 「僕の目を見て」

 「……っ」

 

 言われるまま目を見るとまるで吸い込まれそうな気がした。

 自分の意志でそらすことが出来ないでいると相手の双眸がふっと柔らかくなる。

 

 「ここでお世話になりたいと言ったね。君はここがどういう場所かちゃんと理解しているかい?僕たちの仕事は死と隣り合わせになることが多い。君は“生きたい”という欲求が強いように感じるけど」

 「わ、たしは……」


 見透かされたような気がした。

 一瞬言葉に詰まるが、ここまで来る間に私も覚悟を決めている。


 「……生きている理由が分からないんです。なんでこんな惨めで辛い思いばかりして生きているんだろうっていつも思っている。でも死にたくもない。それは自分を見下してきた相手、私を惨めで可哀想だと決めつけた相手を見返したかったから。こんな思いをする為に私は生まれた訳じゃないって証明したかったからで……」


 「ちゃんと聞くからゆっくりでいい」

 

 一気に喋る私をなだめ近くにあった椅子に座るように促された。

 この格好で?

 見るからに上質な椅子に座ることを躊躇っていると「大丈夫」と言われる。

 恐る恐る腰を下ろして、ふぅと細く長い息を吐いた。


 「盗みだって生きる為なら仕方がないって言い聞かせて。本当は悪いことだって分かっていたけど、でも止められなかった。止めたら死んでしまうから。身寄りのない孤児なんてそんな風に生きていくしかないって諦めていた。誰も助けてくれなかったし。本当は町の家族連れとかが羨ましくて、誰かに手を引いてもらいたかった」


 そこで口を閉じる。

 俯いて自分ばかりずっと喋っていた。

 

 ちょっと顔を上げ相手の反応を伺うとちゃんと私の言葉を聞いてくれている。この人も私のことを一人の人間として接してくれるということに安心した。


 「タクトって子いますよね?……名前を呼んでくれて、助けてくれて、手を差し伸べてくれて。初めてだったんです。あなた達の世界のことはよく分かりません。でもきっと危険に溢れている。私は人と争う事が苦手だと言ったタクトを守りたい。最初は弾除けと言いました。でも二人がこんな私に命を粗末にするなって言ってくれた」


 嬉しかった。

 私を価値のある人間のように言ってくれて本当に嬉しかったんだ。


 「だからここでなら私が生きている理由を見つけられると思ったんです。惨めじゃない生き方が出来るって……意地汚くても、無様でも、タクトを守りながらも最後まで生き続けたい。今はただそう思って」


 最後まで言うことが出来なかった。

 気付けば柔らかく暖かい感触に包まれている。


 自分が抱きしめられているということに気が付くまで少し時間がかかった。


 「合格だよ。僕の名前はカゲツキ。ようこそ、ラルムファミリーへ」

 「ご、うかく?」


 ゆっくり体を離され至近距離で目があう。


 「サアナ。今日から君は僕たちの家族だ。もう一人じゃない。君のその強い意志でタクトを、そして他の仲間も守っておくれ。僕たちも君を全力で守り、助け、そして愛そう」


 “家族”という馴染みのない言葉より。

 私を守って、助けて、愛してくれる。と言う言葉が胸に沁みた。


 自然と目から溢れてくる涙。

 それはもう自分の意志で止めることなどできなくて。

 

 カゲツキさんが私の涙で濡れてしまわないように身体をのけ反らせるが「おいで」と優しく言われ再び抱きしめられた。

 

 もうこの感情が何なのか自分でも分からない。

 物心ついた頃から孤児院で育ち、そこも口減らしの為8歳で追い出された。


 

 この日私は生まれて初めて誰かの腕の中で声を上げて泣いた。



 「サーナン!」

 「タクト!」

 

 泣き続けた私がようやく落ち着いた頃。

 カゲツキが「みんなを呼んでくるね」と言い広間から出て行った。


 泣いて乱れた呼吸を整えているとタクトの声が聞こえる。

 私の姿を見て駆け寄ってきたタクトとハグをした。


 「サーナンなら大丈夫って信じてた。カゲツキは優しい人だし」

 「ありがとう」

 

 やっぱりあの人が一番偉い人だったんだ。


 途中からなんとなく気が付いていたが、あえて考えないようにしていた。

 だってそんな人に私は抱きつき泣き続けたのかと思うと頭が痛くなる。


 とりあえず再び会えたことに喜んでいると、タクトの背後から見覚えのある人が現れた。


 「よっ!これからよろしくな」

 「あ、カルタムスさん!え、っと……お世話になります」

 「ハハッ、かしこまらなくていいぞ。カゲツキが認めたなら俺たちはもう家族だ。カルタムスでいいし、気楽にいこうぜ」

 

 朗らかに笑うカルタムスにつられて笑みがこぼれる。


 「なんだカルタムスも知り合いなの?……ってあれ、女の子?ヤバ新入りちゃんじゃん。男ばっかりでむさくるしいから俺は大歓迎だよ。よろしく~」


 私がタクトとカルタムスさんと話をしていると反対側から見たことのない二人が現れた。


 ふわふわと柔らかそうな髪型をした青年があっという間に距離を詰めてくる。


 にっこりと笑いかけられて反応に困っていると、彼の後ろからそれを窘める丸い眼鏡をかけた優しそうな青年が顔を覗かした。


 「ちょっとハリマ!ちゃんと挨拶」

 「え、っと……」

 「ごめんね。俺はルソー。でこっちはハリマ」

 「どーも」

 「仕事で俺達先週から留守にしてたんだ。だからタイミングが良かった。君がサアナだね。よろしく」

 「よろしくお願いします」


 この二人も私の恰好を見ても変な顔をしない。

 人からこんなに普通に接してもらったことがなくて、熱があるみたいに体が火照ってきた。

 とりあえず歓迎されているようで安心していると下げた頭をポンポンと頭を叩かれる。


 顔を上げるとハリマが優しく微笑んでいた。


 「堅苦しいのは抜きで。俺の事は好きに呼んでいいよ」

 「……すきに、さん?」


 あれ、さっきハリマと名乗っていた気がしたがあだ名なのかな?

 そう思い言われたことをそのまま口にしてみるとカルタムスとルソーが吹き出した。


 「アッハハハッ……ゴホゴホッ」

 「おい笑うな!あー……えっと、好きに。って呼んでほしいわけじゃなくて、俺のことハリマでもハリマ君でも何でもいいよ。ってこと。あ、お兄ちゃんでも可」


 笑いすぎて咳き込んでいるルソーを睨みつけたあと、ハリマは頭を掻きながら冗談っぽく「お兄ちゃんか。結構いいな」と言う。


 「えっ?……っ!!あ、すいません」


 ようやく自分が勘違いしていたことに気づき、慌てて謝るがハリマは「全然いいよ」と明るく笑い飛ばした。そのまま「やばい、ツボ」と笑い続けるルソーの脇腹を小突く。



 「みんな集まったね」


 一気に賑やかになった広間にカゲツキが戻ってくる。

 マフィアの一番偉い人というと、この人がボスってことになると思うのだが……。


 「カゲツキおせぇよ」

 「えー喉が渇いたからちょっとおいしいお茶を探しに……」

 「お茶なら俺があとで淹れるから、早くこっち来い」

 「カルタムスのお茶は絶品だからねぇ。それは楽しみだ」


 その割にはハリマもカルタムスもかしこまった素振りがない。


 「カゲツキさんはね、なんというかちょっと普通の人とは違うから」

 ちょうど隣にいたルソーに視線を向けると少し苦笑しながらそう言われた。

 

 「ルソー。あんまり変なこと言っちゃ駄目だよ」

 「あっ、すいません」

 「謝る事ないぞ。こいつが訳の分からないやつだって言うのはここで暮らしていくならすぐに分かる」

 「ハリマは酷いなぁ」


 ふわふわとした笑い方をする人だ。

 掴みどころがなく極端に穏やか。

 

 知れば知るほどカゲツキのような人に出会ったことはない。

 そう思いながらじっと見ていると目があう。

 

慈愛に満ちた眼差しがくすぐったくてすぐに逸らしてしまったが、気づいたら皆が私のことを同じような目で見ていた。


 そうか。私はこの人たちの仲間になったのだ。


 タクトが「サーナン」と呼ぶ声も、皆が「サアナ」と呼んでくれることも、暖かい笑い声も居場所も、ずっと焦がれていた物が今ここにある。



 怒涛の一日だったけど私は家族が出来たこの日を絶対に忘れることはないだろう。



 「サアナ。一つだけ大切なことを教えるよ。僕たちは基本的に争いをしない。でもやるときは徹底的にやる。それがこの辺りの均衡を崩さないために大事なことだからね。そのときに約束してほしいのは決して死を選ばないこと。僕たちは家族を絶対に見捨てない。だから僕たちを信じて背中を預けてくれ。同時に皆の背中も君に預けるよ」



 カゲツキに真剣な顔で言われたこと。

 これはこのファミリーの掟の一つらしい。 



 この出会いから7年。

 ボロ雑巾のようだった私は心身ともに健やかにそして強く育った。


 この地方最恐と言われるラルムファミリーを名乗って今日も“家族”と共に生きていく。



作品がたくさんある中、ここまで読んで頂きありがとうございます!

応援頂けたらとても嬉しいです。

7年後のお話を書くようだったら恋愛メインで書きます。

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