漂着
ビート板を手放せば、この体は水中に落ちる。
水底は浅い。足をつけば呼吸はできる。
そんな事実は、無聊の慰めにもならない。
自由を求めて泳ぎだした。
足をつけば、それは地面と変わらない。
御伽噺が恨めしい。
二本の足より、どこまでも泳げるひれが欲しかった。
水が鉛のように重い。愚鈍な股関節に油を差したい。
いっそ体が錆びて朽ち果てるならお似合いだと思う。けれどプールは、塩素によって見事に消毒されている。
綺麗な世界だ。そこで生きることを選んできた。
なのに、今はその場所で不自由を感じている。
体を水中に投げうって、溶けて消えることを夢想する。
手の先から鈍い衝撃が伝わった。固いものにぶつかった感触だ。
蹴りだしたスタートラインから、ゴールラインに泳ぎ着いたらしい。
足をつける。ゴーグル越しに泳いできた道を眺めてみた。
25メートル。仕切られた綺麗な世界はそれだけの距離しかなく、泳いでいける限界だった。
絶え絶えの息に、達成感ではなく、苦い笑みが湧いて出る。
綺麗なままで終わりたかった。
それが叶わないのは、一度は愛を手に入れたことへの罰なのだろう。
愛を失ってなお、この体は泡とならない。