泥のように眠る
鮮やかな深緑に囲まれた森の中では、呼吸ひとつとっても晴れやかな気分で行える。
蒸気の狂騒、人の喧騒。
そうしたものから離れたくて足を伸ばしたが、予想をはるかに超える気晴らしとなった。
眼下にある池には、いくつかの藻が揺らいでいる。健康的な水質なのだろう。
木々に結んだ葉の重なりが視線を対岸へと導くけれども、水を飲みに来る動物と幸いにして顔を合わせることは起きていなかった。
風にそよぐ葉の音は呼吸のように静やかだ。
心地よい静寂が、逆立った神経をやわらかく撫でていく。
わずかに、まぶたの重さを自覚する。
こうして眠気に誘われるのは、いつぶりのことだろう。
簡易的な寝具の類は持ち合わせていなかった。
体を汚すことと、この甘美な眠りに従うことを秤にかける。
その間にも睡魔と言う悪魔は存在感を増していき、自明ともいうべきか、ついには抗うという発想が消えるほどに巨大化した。
日々の労働で体は汚れる。そこまで嫌悪感を示す行為でもない。
そうしたしがらみを忘れるために足を運んだにもかかわらず、似た結果に繋がるのは因果だと思う。
地面に体を預け、泥のように眠った。
体は文字通り泥となって、二度と起きることはなかった。