朽ちる美
私の妻は美しい。
目鼻立ちの整った見目は、ショウケース越しの宝石のように人々の目を奪った。
鎖骨のくぼみから薄く脂肪の乗った腹部まで丘陵を描く胸は、男女を問わずに情欲の熱を抱かせる扇情的なかたちをしている。
その美しさに、私は手をふれた。
垢にまみれた私の指を、寒さを凌ぐ蕾のようにたおやかな指に絡みつかせた。
鎖骨に歯を突き立てて、よじる首の血管の脈動を目にした。
それは理性的な交わりとは言えない。獣のような本能に従った行為とも呼べない。
皮脂で溶かした染料にて名画を模倣するかのような冒涜。
私を貫いたのは、快楽などでは決してなかった。
罪の意識。
禁忌を侵すこと。秩序に背くこと。
それは、正しき法が存在するが故の感情だ。
その中では手に入らないものがある。
永遠。
妻の美しさは、くすんでいく。
絡まる手指に当たる骨の感触が、首すじの脈動が、時間の流れを痛烈に突きつける。
朽ちていくことが自然の摂理だ。
それでも、私が目にしなければ彼女は美しいままだっただろう。
美しかったという記憶が、彼女の美しさを永遠にしていたであろう。
だが、私が気づいた。
手垢にまみれた宝石の輝きが戻らないように、手折られた花が枯れていくだけのように。
私は彼女に手をふれた。
その罪に、私は償いの感情を持たない。
私が失わせた美。
目を閉ざしてなお、それは暗い輝きを以って網膜を焼いた。
グラデーションが褪せていく。
今はただ――朽ちていく彼女が愛おしい。