魔女
短いです。
あら、やだわ。槍なんか向けちゃって。
そんなもの向けたところで、私が本気で逃げたら意味ないわよ。
だからと言って逃げる気なんてありませんけど。
ええ。だから、静かにして頂戴。
そんな事すら出来ないの?だから、野蛮って言われるのよ?
…ああ、はいはい。分かったわよ。話すから。
だから、この手錠も鎖も外してくださる?このままじゃ見苦しくて、人に見せられないわ。
…罪人だからだめ?ああ、そう。
なら仕方ないわね。
でも、今日は私の一生に一度の晴れ舞台なのよ。
ちょっとくらい大目に見てくれてもいいでしょ。
つべこべ言わずにとっとと話せ?
分かりました。今話すから焦らないで。
まずは、ちょっと宣誓させて?
いくら私でも信仰心くらいはあるのよ。
天におわす我らの父よ。これからの私の言葉に偽りはないことを貴方に宣誓致します。
それでは、少し聞いてくださる?幼く愚かだった私のことを。
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エリーゼ・リーフェンコニファーは、産まれた時から孤独だった。
若い娘の見目に惹かれ、手を出したがいいが、結果生まれた娘を庇う力も正妻にバレずに育てる事も出来ず、見て見ぬふりをした実父。
男の持つ権力に惹かれ、見目に惹かれ、言われるまま股を開き結果生まれた娘に興味すら持たなかった母。
そんな女に惹かれ、結婚したはいいが、連れ子の存在を疎ましく思い、結ばれたのに手に入らない女にもどかしさを感じ、結果引き取った義娘を殴り蹴った養父。
愛する男との間に自分には望めぬ子をもうけ、愛された女が許せず、女の娘をいびり虐めた奥様。
崩壊した家族に悲しみ、原因である人間に強い恨みを抱き、言葉でいたぶった腹違いの兄。
家族と呼ばれるはずの彼らに疎まれ育った彼女は、それを憐れむ使用人に育てられたと言っても過言ではない。
そんな彼女がどうして人を憎まず育てただろう。
どうして人を恨まず死ねただろう。
哀れなエリーゼは、やっと産まれたちいさな腹違いの妹の命と引き換えに死んだのだった。
いや、死んだはずだった。
気がつくとエリーゼの前には悪魔がいて、そいつは可笑しそうに笑うのだ。
可愛いお前が可哀想だから、お前を攫ってきてやったと。
元々、小さな娘の命を助けろと頼まれた。だから、叶えてやったのさ。お前だって小さな死にかけの娘だろ、と。
エリーゼの実父とその奥様は、己の娘の代わりにエリーゼが死ぬことを望んだ。
エリーゼの実母とその旦那は、金の入った皮袋の代わりにエリーゼが死ぬことを望んだ。
だが、悪魔はそれを叶えなかった。
悪魔はにやっと笑っていう。
オレは人が嫌がることをするのが好きなのさ。
だから、エリーゼは言った。
なら、あたしを生かして、と。
悪魔は嫌な笑みを深めて言った。
任せろ。お前を魔女にしてやろう。
こうしてエリーゼは魔女になった。
哀れな幼子は魔女にされた。
悪戯な悪魔に騙されて。
残酷な家族に望まれて。
エリーゼは、生き長らえた。
何年も。何十年も。何百年も。
人を騙して、裏切り、大切なものを奪いながら。
醜くいじらしく生きてきた。
エリーゼは幾度も巡る時の中で、色々なことを経験した。
胸をときめかせる恋模様も、心躍る冒険譚も。
そうやって、エリーゼは少しずつ大人になった。
色んな人と関わって、騙して、それでもまた関わって。
それで、エリーゼは知ったのだ。
自分の受けた惨い仕打ちを。
エリーゼは、ずっと死ぬことを望んでいた。
エリーゼは、ずっと愛される事を望んでいた。
エリーゼは、ずっと幸せに生きることを望んでいた。
エリーゼが望んだのは、箱いっぱいの金塊でも、数年続く美貌でもなかった。
エリーゼが望んだのは、望んでいたのは、小さな家と小さな庭だった。そこで暮らす優しい夫と、可愛い子供。それから、真っ白な猫だった。
エリーゼが望んだのは、誰もが得る権利のあるささやかな幸福だった。
でも、エリーゼはそれらを何一つ得られない。
愛しいものの為に生きて死ねない。
守りたいものを守ってはいけない。
だってエリーゼは魔女だから。
生きるも死ぬも、笑顔も涙も、全て悪魔に捧げた魔女だから。
エリーゼは、絶望した。
この世から消えて無くなろうとした。
でも、
出来なかった。
悪魔はそれを許さなかった。
悪魔はニヤリと笑った。
オレは人が嫌がることをするのが好きなのさ。
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分かりますわ。
分かっていますわ。
悪魔なんて居ない、眉唾物だと仰りたいのでしょう?
でも、事実なのです。
私がここに魔女として居る事も、あそこで笑みを浮かべて悪魔は空を浮かんでいることも。
ほら、見えたでしょう。
あの男です。
あの美しい男なんです。
私を騙し、嵌めた男は。
あの男は、人の困り顔が大好き、悲しむ顔が大好きなんです。
だから、きっとこれからあの男は私を助けるのでしょう。
貴方がたの望みを果たさせないために。
そして、私の望みを叶えさせないために。
ーああ。ほら、こちらへ飛んできた。
相変わらず嫌味な顔ね。
その笑い顔どうにかしては如何かしら。
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エリーゼは、空に浮かぶその男を見つけ力なく笑った。
民衆は、その男がエリーゼに近寄るのを、口を開けてただ見ていた。
王は、兵への指示をも忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
男は笑ってエリーゼに手を差し出す。
「迎えに来たよ、僕の魔女」
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