一週間後の話(5)
部屋に残っていたハーシェル様は、棚を勝手に漁ってコップを手に戻ってきます。その間に、若い騎士様が新たな名簿を持ってきてくれました。
私が早速それを調べていると、ハーシェル様はまだポットに残っていたお茶を注いで、一口飲んで眉をひそめました。
「……濃すぎるな。まあいいか。奥方、君はずっと調べ物をしているらしいね」
「はい。アルチーナ姉様たちへのお祝いの手紙をたくさんいただきましたので、そのお礼状のために調べています」
「そういうのは大変だよね。付き合いが全くなかった連中から来ると、どういうことなのかといろいろ勘繰ってしまう。でも……」
ハーシェル様はもう一口お茶を飲み、少し離れたところに積み上げられたままの記録冊子に手を伸ばしました。
「こちらは、本当に全く見ていないのかな?」
「あの、少しだけ……何ページかは拝見しました」
「少しだけ、か。ならば気付いていないのだろうな」
ハーシェル様は低くつぶやいて、記録を閉じました。
「この戦功記録、実はオズウェルの項目が一番多いんだ」
「……そんなに多いのですか?」
ちらりと中を見た時は、難しそうな戦争の始まり方しか読めていません。でも、そんなにたくさん載っていたなんて……と気を引かれます。
ハーシェル様は、さらに武術大会の冊子を開きながら続けました。
「それから、この年の武術大会は、優勝はオズウェルなんだよね」
「……えっ」
「でも私のおすすめは、こちらの、十年前の大会の記録だな。騎士隊に上がったばかりのオズウェルが出たんだ。この年は激戦でね、残念ながら準決勝で負けたんだが、一番の熱戦だったとして特別賞を与えられたんだよ」
すらすらと説明しながら、ハーシェル様は別の冊子を手元に引き寄せ、ペラリペラリとめくっていきます。
でも、私がその手元を見つめてしまった瞬間に、パタンと閉じてしまいました。
「どうかな? 気になってきた?」
「……はい」
「でも残念だね。戦功記録も、武術大会記録も、全て揃っているのは軍本部だけなんだ」
ハーシェル様は立ち上がり、戦功記録と武術大会記録をどんどん手に取って積み上げていきます。
唖然として見ている間に全てを一つの山にして、そのまま持ち上げてしまいました。
「……あ」
思わず声が出てしまいました。
ハーシェル様はにっこりと笑い、一番上の記録をポンポンと叩きました。
「これを読みたいのなら、また軍本部に来る必要がある。次に来た時にでも、オズウェルに抜き打ちで、見せてほしいと言ってごらん。きっと面白い顔が見られるから」
……抜き打ち? 面白い顔?
「では、奥方。私も仕事があるのでこれで。帰るときは、オズウェルの副官か、その辺にうろうろしている騎士に声をかけてくれ。……まあ、頑張って」
ハーシェル様はそう言って、記録の数々とともに部屋を出て行ってしまいました。
残された私は、こっそり部屋の中を見回します。
部屋の向こうでは、オズウェル様の副官らしい若い騎士様が書記官たちと何か打ち合わせをしていました。
……私は、ここにいてもいいのでしょうか。
改めて場違い感に戸惑っていると、いつの間にかすぐ近くに控えているルーナと目が合いました。
「奥様。お疲れですか?」
「いえ……そうね。少し疲れたかもしれないわ」
「では、今日はきりの良いところで終わりにしましょう。こういう時は、少し仕事を残して置くくらいがちょうどいいと思いますよ。またすぐにお邪魔できますからね! ……うん、うっかり忘れ物をするのもいいですね。あ、副官さん、忘れ物を見つけても、すぐに追いかけてこないでくださいませ!」
「……あ、はい、そういうことなら……がんばります」
まだ若い騎士様は、少し困ったような、少し情けないお顔になってしまいました。
私、やっぱりご迷惑しかかけていないのでは……。
「えっと……つまり奥方様の忘れ物は、お二人がお帰りになってしばらくしてから、僕が見つければいいんですね? それを軍団長閣下にお渡しする、と。……となると、僕がお見送りで途中までご一緒しなければいけませんね。書記官の皆さんとの仕事が終わるまで、少し待ってもらえますか?」
……え?
「大変に良いと思います。旦那様にも、お仕事が終わってから奥様の忘れ物をゆっくり手に取っていただく時間もできますね! 今日はちょうど良い髪飾りですし、奥様の誘惑もなかなかのものでしたし、これは後を引きますよ!」
「ね、ねえ、ルーナ。いったい何のお話をしているの?」
「ふふふ。奥様、大丈夫です。このルーナに全てをお任せください! 奥様はお疲れのようですから、少し楽な髪型にしましょうね。そして、この辺りにうっかり忘れていきましょう! あ、申し訳ありませんが、殿方は少しこちらは見ないようにお願いします」
「了解です!」
若い騎士様はびしりと敬礼をしました。
そして本当にくるりと背を向けてしまいました。書記官様たちも、さりげなく椅子の位置を変えて背を向けてくれました。
それを確かめて、ルーナは本当に私の髪飾りを外してしまいました。
形のついている髪をほぐして、手際よく櫛を通していきます。用意していたピンと紐であっという間に気楽な自宅向けの髪型に変わって、私は戸惑いつつも、ついほっとしてしまいました。
「……確かに、とても楽になったわ」
「そうでしょうとも。さあ、あと少しお仕事を続けましょう。私もお手伝いいたします!」
ルーナは櫛などを片付けながら、満面の笑みを浮かべていました。