一週間後の話(3)
「……それで、あなたが何をしているか、伺ってもいいか?」
「あ、はい。実は、アルチーナ姉様たち宛にお祝いのお手紙をたくさんいただいているのですが、お父様もお姉様たちも心当たりのない方からのお手紙がたくさんありました。お姉様から、侯爵様の関係だから私がお礼状を書くようにと言われてしまって……それで、少し調べさせていただきました」
私は手書きの一覧を見せました。
半分以上を占めている整然とした美しい文字はロエルのもの。残りは私が追加したもので、調べた範囲の情報も小さく書き込んでいます。
……ロエルの字と比べると、私の書いた文字は少し幼く見えますね。
お見せしておいて、やはり恥ずかしくなってきました。
でも、それをぐっと我慢して、おそるおそる侯爵様を見ました。
「だいたいは終わったのですが、どうしてもわからないところがあって。……手伝っていただけますか?」
「もちろんだ」
そう言っていただけたので、私は書き込みの終わった一覧表と、何も書き込めていない一覧表、それにそのまま持ってきた手紙を広げました。
「名簿の中でも、この方々のお名前を見つけることができませんでした。それに、このお手紙にはご家名が書いていないようで……お名前も正式名ではないような気がします」
侯爵様は全てにざっと目を通しました。
「……よく探し出しているな。騎士名簿を見たいと言うのは、これを調べるためだったのか。なるほど」
「お名前を見つけた方々も、侯爵様との関係まではわかりません。教えてくれますか?」
「確かに、名簿だけではわかりにくいな」
オズウェル様は私の近くに椅子を動かして座り直し、ペンを持ちました。
「ここからここまでは、騎士隊長だ。だいたいが第二軍だな。それから、これと、これと……この辺りも騎士隊長だが、第一軍だ。あなたの名前で礼状を書いてやると喜ぶだろう」
手早く印をつけていきながら、第二軍、第一軍と書き込んでくれました。
少し大きくて、癖のある文字でした。
一般的には美しい文字ではないかもしれませんが、味わいがあってずっと見ていたくなります。
「それから、これとこれ、それからこのあたりも第三軍だな。この名簿には載っていないだろう。……第三軍とはそこまで交流がないから、家名は正確にはわからないな。後で副官に資料を揃えさせよう。あとは……この辺りはすでに退役しているが、俺の元上官たちだ」
名簿に次々と印が入っていきます。
あとは数人分、それと一際立派な、でも短い署名しかないお手紙だけです。
これならすぐに終わりそうだとほっとしながら目を上げると、オズウェル様のお顔が思っていたより近くにありました。
一瞬、どきりとしましたが、すぐに首を傾げました。
オズウェル様が、何だか困惑しているように苦笑していました。
「どうかしましたか?」
「……いや、これは確かに絶対にわからないだろうな。まさか、あの方まで……」
オズウェル様はため息をつき、手紙はテーブルに戻して残っていた一覧の横に手早く文字を書き入れました。
「この方々は軍に籍だけ置いている王族で、この名前は軍内部での通称だ。俺から礼状を書いた方がいいだろう。それからこの手紙は……」
オズウェル様はペンを置き、ふうとため息をつきました。
「……やはり俺から礼状を書いておくが、あなたからも書いてもらえるか?」
「それはもちろんですが、あの、この方の正式なお名前は……」
「正式な名前は書かなくていい。宛名はこの通りで、宛先もここに書いてある通りで大丈夫だろう」
「でも……ここは王族領ではないはずですが……」
地理は人より少しだけよく覚えていますから、私は首を傾げます。
オズウェル様はちらりと開け放ったままのドアの方を見てから、私に顔を寄せて囁きました。
「……この方は王弟殿下だ。俺を取り立ててくれた方だが、表立って俺を贔屓にできないからこう言う形になっている。だから……難しい注文だが、あまり格式張らない、普通の礼状にしてもらえるか?」
私は少し考えてみました。
いろいろな手紙の書式を思い起こしながら、いくつかを頭の中で当てはめます。
「……わかりました。そういう微妙なところはメリオス伯爵家の得意分野です。我が家の書記官にも相談してみます」
「頼もしいな」
侯爵様はそう言って、一度立ち上がりました。
お盆に載っていた茶器に、ほどよく蒸らされたお茶を注いで私の前に置いてくれました。お菓子のお皿もあります。
「ありがとうございます」
人の気配に全く気付かないくらい集中していたので、少し疲れていました。
ありがたくお茶を飲んでいると、自分用のお茶も注いだ侯爵様は、執務机から手帳を持ってきて、名簿から何人かのお名前を書き写していました。
多分、王族の方々へのお礼状の準備のためでしょう。
「ところで、エレナに聞きたいのだが」
「……は、はい! 何でしょうか!」
突然、名前で呼ばれてドキドキしてしまいます。
ペンを置いた侯爵様は、一口お茶を飲んでからゆっくりと言葉を続けました。
「今日はオズウェルと呼んでくれないのか?」
「……あ」
そうでした。
一週間ぶりにお会いして、何だかとても素敵に見えて動揺して……つい、以前の呼び方をしてしまいました。
「今日の様子では、嫌われてしまったわけではないのだろう?」
「……嫌っては、いません」
嫌うなんて。
私は……もっと、もっと、たくさんお話ししていたいです。
そのために、まずお名前を呼ばなければ。
「…………オ、オズウェル様」
何度も深呼吸をして、何とか言えました。
ほっとして目を上げると、侯爵様……オズウェル様はなぜか目を逸らしてぐっと唇を引き結んでいます。
機嫌を損ねてしまったのかと思いましたが……もしかして、笑いを堪えているのですか?
思わず睨んでしまうと、オズウェル様は少しわざとらしい咳払いをして、やっと私と目を合わせてくれました。